女子高生ですが、アイドルになるためヤクザと徹底抗戦することにしました。お嬢様学校の炎上王子が忍者やサイコパスと一緒にアイドルを目指す。

倉紙たかみ

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第32話 人質わらしべ長者

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 柄乃組の屋敷。庭園で、柄乃夜奈は苛立ちを募らせる。縁側に腰掛け、砂利の敷き詰められた静かな空間めがけて、誰に聞かせるわけでもなく文句を吐き出す。

「遅い! 伊南村のアホは、なにをやっとるんや!」

 すでにライブは始まっている時間。本来であれば、伊南村が迎えにきているはずだった。

「お、お嬢。カシラは、お忙しい方ですから……」

 屋敷に控える構成員が、ビクビクと機嫌を取る。

「忙しい? 何がや? 仕事か? せやったら、ライブハウスの件は仕事やないんか?」

「いえ、す、すみません。もうそろそろくると思いますので……」

「ええ大人やったら、せめて電話の一本も寄越すんがスジちゃうんか、ったく……」

 むぅ、と、頬を膨らませ、ブツブツと文句を垂れ流す夜奈。

「荒れているな、夜奈」

 野太い声が、背後から聞こえた。

「おとん」

 現れたのは、柄乃組の最高権力者。組長の柄乃達義。老齢ながら、がっしりとした体格。それでいながら、余裕のあるたたずまい。修羅場を潜り抜けた経験が、貫禄として全身に張り付いるかのようであった。

「何かあったのか?」

「伊南村が迎えにくるはずなんやが、すっぽかされとるんや」

「ほう、デートか」

「ちゃうわ。例のライブハウスの件や」

「ああ、アレか。難儀だったな。くくっ、城島のみどりとは仲良くできないか」

「無理やろ。あいつは、おとんと柄乃組を虚仮にしすぎや。絶対にうちが懲らしめたる」

「本当にそれが理由か?」

「そや。……他になにかあるんか?」

 夜奈はジロと睨む。彼女が不機嫌になったのを察したのか、柄乃はそこで話題を変える。

「し、しかし、伊南村と連絡が取れないのは妙だな。俺の電話にも出ない」

「ほんま、あかん奴やな。うちはともかく、おとんからの電話は、なにがなんでも出なあかんやろ――」

 ふと、夜奈の懐からメロディが流れ出す。取り出して確認してみる。

「伊南村のアホからや」

 通話ボタンを押して、耳に当てる。

「おい、なにやっとるんや! もうライブが始まってしま――」

『――柄乃さんのお宅ですかぁ?』

 夜奈は声を詰まらせる。すぐに画面を再確認。間違いなく、伊南村のスマホからかけている。けど、電話の声は榊原京史郎であった。

「京ッ? なんで、おどれが伊南村のスマホからかけてきとるんや!」

『機嫌悪いなぁ。どうした? 飼ってた子犬が行方不明にでもなったのか? 安心しろ。犬はともかく、おまえのとこの若頭なら、こっちで保護しといてやったぜ。元気な姿を見せてやっから、ちょいとビデオ通話にしてもらえるかな?』

 夜奈は奥歯を噛みしめ、言われたようにビデオ通話にする。見やると、そこにはロープでぐるぐる巻かれた伊南村が映っていた。意識はないようで、首をグッタリとさせている。

「……い、伊南村……ッ」

『ひゃはは、おっかしいなぁ? 保護した時は、元気に噛みついてきたんだけどなぁ。ちょっと遊んであげたら、疲れちゃったみたぁい』

 ガシガシと、足で蹴ってみせる京史郎。彼は再びカメラの方を向くと、表情に真剣味を帯びさせる。

『――どっちが喧嘩売ったとか、どっちが悪いとか、そんなぬるい水掛け論はやめにしようぜ。伊南村を返して欲しけりゃ、俺を堅気として扱え。ライブをやらせろ』

「冗談ほざけや! こんなことして黙ってられる柄乃やない!」

 夜奈が怒鳴ったところで、柄乃達義が声を飛ばした。

「おい、城島のトコの緑」

 ビデオ通話越しに、京史郎が会話する。

『……柄乃組長っすか。ご無沙汰っすね。以前は、ウチの親父が随分と世話になりました』

「ウチの若頭も世話になってるし、お互い様だ。――けどな、あまり夜奈を虐めるな。こいつはこいつなりに考えて行動してるんだ」

『あんたは、こんな小さなイザコザを気にする人じゃないっすよね? 今回の件は、末端の連中が好き勝手に遊んでいるだけっすよね? 器の大きいところで、どうにかコレ、終わりにしてくれはしませんか?』

「買いかぶってくれるのはありがたいが、ウチの幹部をさらうってのは、ちとやり過ぎじゃねえか?」

『それに関しては詫びますよ。じゃ、これで手打ちってことにしましょ。俺みたいな木っ端者は、もう一般人扱いしてくれるってことで――』

「アホ言えやぁッ!」

 ふたりの会話に割って入る夜奈。

「京、おどれは死なす! うちが全身全霊をかけて殺したる!」

 苦笑する柄野組長。

「――だ、そうだぞ。城島の緑」

 画面の向こうの京史郎は、落ち着いた様子で肩を竦める。すると、カメラの向きを反転させ、歩き始めた。

「決着をつけようぜ、夜奈――」

 京史郎は、周囲の景色を写しながら移動する。倉庫と思しき空間が画面に見える。

「ここは、麻思馬港にある十五番倉庫だ」

 そう言って、京史郎は巨大な搬入口を抜け、港の景色を見せる。次に、倉庫の番号をしっかりとカメラに収め、間違いなくそこにいるのだと証明する。

「こいつは、俺とおまえの意地の張り合いだった。けど、これで仕舞いだ。ここで殺しあおうぜ。死体を沈めるのも楽でいい」

「ほうか。ほな、殺したるわ」

「極道やめたって、必死に生きてるのには変わりねえ。邪魔するなら、例え相手が極道でもぶっ殺す。命懸けの人間を殺したきゃ、殺される覚悟でこいよ」

「上等や! 首を洗って――」

 言いかけたところで通話が終了する。一方的な態度に、怒りを募らせる夜奈。

「はははっ。城島の残党に苦しめられることになるとはなぁ」

「おとん、なに笑っとるんや! ――みんな、京史郎を始末しにいくで!」

 整列する黒服。

「はっ! しかし、ライブハウスの方はどうしますか?」

「んなもんほっとけ! ――い、いや、あかん! 待つんや!」

 口にして、すぐ冷静になる夜奈。思案顔を浮かべ、ひとりつぶやいた。

「そうか、そういうことか、京……」

 奴の狙いは、自分に暴力を集中させることか。

 伊南村を人質に、夜奈たちを引き寄せる。そのうちにライブだけは終わらせる。ライブは商売の第一歩。同時に、城島の残党が、最後の最後に柄乃へ一矢報いるための一本の矢。おそらく、倉庫には罠が仕掛けられているに違いない。

「おまえらは予定通りライブハウスを襲撃せえ。倉庫へはうちが行く。――おとん、少しばかし兵隊を貸してくれへんか?」

 柄乃達義は、指でコメカミをトントンと叩いた。ゆっくり思案し、夜奈が焦れたところで、ようやく口を開く。

「なあ、夜奈。ちょっと俺の考えを聞いてくれねえか――?」

                              ☆

「あーあ。明日まで生きてられっかなぁ」

 京史郎は自虐的な笑みを浮かべると、スマホをポケットに戻した。

 伊南村の猿ぐつわをずりさげると、口の中にハバネロを押し込んでやる。ぐいぐいと息ができなくなるほど詰め込むと、ようやく伊南村は意識を取り戻す。

「お、ぐげッぼうぇぇえッ! ――げほっ、げほっ。あっ、がっか、かかかかかッ!」

「もーにん、伊南村ぁ。忙しいあなたに睡眠時間をプレゼントぉ。気に入ってくれたか?」

「は……ぁ? 京……? ……あああぁぁぁ京史郎おぉおおぉぉぉッ!」

 意識が戻り、己の状況を思い出したのだろう。拘束されていながら、必死に暴れる。丈夫なはずのロープがぎりぎりと音を立てていた。

「はあ、はあ……うぇ……げほっ、おい、何を食わせた!」

「ハバネロ。最近料理に凝っててな。オリジナル調味料に挑戦したんだが、パウダーを買ってきた方が早いって気づいた。余ったもんで、お裾分けだ」

「ふざけやがって! てめえだけはぶっ殺す!」

 顔面に蹴りを入れて黙らせる。だが、さすがは若頭といったところか。これだけ一方的な状況になっても、伊南村の瞳の奥は、殺意の炎で焦げているようであった。

「……伊南村。俺からの最後の警告だ。――二度とうちの大事なアイドルに手ぇ出そうとするんじゃねえぞ。次は殺すからな」

「やってみ――がふぁッ!」

 京史郎の右ストレートが炸裂。横たわったところへ、顔面への強烈なストンピング。

「は……ぐ……ぁ……そ、その前に、てめえを殺してやる……」

「おーおー、さすがは伊南村さんだぁ。これだけぶちのめされても心が折れねえとはな」

 たいした奴である。
 柄乃組が強いはずだ。

「極道だろうが堅気だろうが、命を懸けて守らなきゃいけねえモンがあるんだよ。それを奪おうってんなら、俺じゃなくてもおまえを殺すぜ」

                              ☆

 再び意識を失った伊南村を捨て置き、京史郎は倉庫をあとにする。

 ライダージャケットに身を包み、アイシールドの濃いヘルメットを被る。歩きながらグローブを着用。尻ポケットから鍵を取り出した。

 倉庫裏に用意されていたのは、ブルーメタリックのCB400スーパーフォア。中型バイクを性能で選ぶのであれば、間違いなく候補のひとつとして挙がるだろう。

 スタイリッシュで大きすぎないフォルムは、和奏の体型にベストマッチと判断して購入した。あいつがコイツに跨がれば栄える。しかしそれはあくまでキャラづくりのため。普段は、交通手段として京史郎が使わせてもらう。

「さて、急ぐか」

 跨がってエンジンを起動。軽くふかしたあと、思い切りアクセルを捻る。遠慮のない加速が、車体を一瞬ウィリーさせる。港を抜け、麻思馬の街並みを進む京史郎。

「あとは、全員が俺の予定通りに動いてくれるかどうかだな」

 さんざん夜奈を挑発したんだ。奴は港に現れるだろう。京史郎との決着を付けたくて仕方がないはず。

 ――しかし、そこに京史郎はいない。

 京史郎の狙いは柄乃組の最高権力者。柄乃達義。

 ――夜奈よりも伊南村よりも、あいつこそが最高の人質だ。
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