42 / 44
第42話 神桜会
しおりを挟む
客間にて、会合が始まる。テーブルには、はまぐりの焼き物や、伊勢エビの刺身。鮑の蒸し物など、魚介類を使った料理が並んでいた。会長が日本酒好きということで三重県のプレミアム地酒である『爾今』も用意してある。
上座に座るのは、神桜会六代目会長。神桜望。三十五歳という若さでありながら、県内の極道を総括している若き権力者。本来であれば、京史郎のような木っ端者のために御足労などしない立場の人間。
眼鏡をかけていて、いかにもインテリヤクザといった風体である。顔には甘さも若さも残るが、その瞳の奥底には、極道特有の力強さが秘められているようであった。
「会長。ご無沙汰しております」
遙か年上であるはずの城島が、畳に手を置いて、深々と頭を垂れる。
「お元気そうでなによりです。城島さん」
「この度は、うちの元組員がバカをやらかしたようで、ご迷惑をおかけしました」
京史郎も、続いて頭を下げる。
「……榊原京史郎です。今回の一件は、堅気としてのビジネスでしたが、神桜会ならびに柄乃組の方々には大変ご迷惑をおかけしました。もうしわけございません」
城島が合図をすると、京史郎は鞄から包みを取り出した。神桜望の前へと置く。
「柄乃。おまえにも迷惑をかけたな」と、城島が言う。京史郎は、同席している柄乃の前にも包みを置いた。
「城島の緑。顔を見るからに、こっぴどく叱られたようだな」
先刻、城島が殴りかかってきたのは、こういう言葉を神桜望や柄乃から引き出すためである。城島の指示ではないという意思表示といったところか。また、ふたりの溜飲を少しでも下げようという狙いもある。だから、京史郎は甘んじて殴られた。
「この度の件は柄乃組長から窺いました。随分と派手にやってくれたようで」
神桜望が切り出した。
「おいらの教育が行き届かなかったからです。ただ、京史郎は極道としてではなく、あくまでビジネスのためにやったことで――」
神桜望が、掌を向けて言葉を遮る。
「そのことは結構。榊原京史郎の処分に関しては、一切不問となっています」
あまりに寛大な処置に、城島も驚いていた。
「は……それはいったいなぜ?」
「神桜会としては見過ごせぬ振る舞いですが、そちらの柄乃組長のがどうしてもというので、手打ちとなりました」
疑問に思う京史郎。これほどの件を手打ちにするには、相当の金を積んだであろう。果たしていったい、柄乃にそこまでする理由があるのか。
「では、会長はなぜ、ここへ……?」と、城島剛鬼。
神桜望は、控えている黒服に「持ってきてください」と、告げた。
アタッシュケースが運び込まれる。それを、テーブルの上。京史郎の目前へと置いた。
「開けてみろ」
神桜会長に言われるまま、京史郎はアタッシュケースを開く。すると、中には札束が詰め込まれていた。
「……おまえは、柄乃の姫夜叉を倒したそうだな」
極道の間で、柄乃夜奈は姫夜叉と呼ばれている。難攻不落の最凶のボディーガー
ド。柄乃達義の懐刀。本家神桜会も注目しているほどの逸材である。
「実力は当然、頭もいい。度胸もある。会社を興すだけの行動力もある。動画サイトの方も上手く行っているようだな」
「はい」と、静かに返事をする京史郎。
「堅気にしておくのは惜しい。本家神桜会で、榊原京史郎を預かりたい。――それは支度金だ。1億ある」
神桜望に続いて、柄乃が述べる。
「京史郎。おまえは堅気に向いてねえ。こっちの世界に戻ってこい。しかも、1億って言ったら、会長が夜奈に付けた値段と同じだ。もっとも、あいつはオファーを断っちまったがな」
この若さで、それだけの大金を手に入れたら、もはや勝ち組と言っていいだろう。金のため極道になった。金のために事務所を開いた。もし、これが京史郎という人間に付けられた価値だとしたら――これまでやってきた無茶も報われる。
「迷っているのなら、背中を押してやる」
神桜望が合図をすると、先程の黒服が、アタッシュケースをふたつ持ってきた。
「全部で3億。姫夜叉を倒したおまえに、同額というのも失礼な話だったな」
首を縦に振るだけで、すべてが京史郎のものとなる。果たして、義理や人情がこの大金に勝るのか。芸能事務所を続けるとして、これだけの大金を、将来ポケットに入れることができるのか。
――けど、京史郎の頭の中には、どうでもいい連中の顔がちらついて消えなかった。
京史郎は、深々と頭を下げる。
「大変ありがたいお話ですが、遠慮させていただきます」
「おい、神桜会の会長が、直々に言っているんだぞッ?」
柄乃にきつく言われるが、京史郎は頭を下げたまま続ける。
「もうしわけございません。城島の下で働いて、もう極道は懲りました」
肩を竦める神桜望。
すると彼は立ち上がった。
「……そうですか。ならば、私はこれで失礼します。柄乃さん、城島さん。今度、仕事抜きで食事にでも行きましょう」
「城島とですか? はは、気まずい食事会になりそうですな」
苦々しい笑いをこぼす柄乃。城島の方は嬉しそうに「いつでも声をかけてください。隠居生活は暇なので」と、告げる。
そして、神桜望は退室していった――。
上座に座るのは、神桜会六代目会長。神桜望。三十五歳という若さでありながら、県内の極道を総括している若き権力者。本来であれば、京史郎のような木っ端者のために御足労などしない立場の人間。
眼鏡をかけていて、いかにもインテリヤクザといった風体である。顔には甘さも若さも残るが、その瞳の奥底には、極道特有の力強さが秘められているようであった。
「会長。ご無沙汰しております」
遙か年上であるはずの城島が、畳に手を置いて、深々と頭を垂れる。
「お元気そうでなによりです。城島さん」
「この度は、うちの元組員がバカをやらかしたようで、ご迷惑をおかけしました」
京史郎も、続いて頭を下げる。
「……榊原京史郎です。今回の一件は、堅気としてのビジネスでしたが、神桜会ならびに柄乃組の方々には大変ご迷惑をおかけしました。もうしわけございません」
城島が合図をすると、京史郎は鞄から包みを取り出した。神桜望の前へと置く。
「柄乃。おまえにも迷惑をかけたな」と、城島が言う。京史郎は、同席している柄乃の前にも包みを置いた。
「城島の緑。顔を見るからに、こっぴどく叱られたようだな」
先刻、城島が殴りかかってきたのは、こういう言葉を神桜望や柄乃から引き出すためである。城島の指示ではないという意思表示といったところか。また、ふたりの溜飲を少しでも下げようという狙いもある。だから、京史郎は甘んじて殴られた。
「この度の件は柄乃組長から窺いました。随分と派手にやってくれたようで」
神桜望が切り出した。
「おいらの教育が行き届かなかったからです。ただ、京史郎は極道としてではなく、あくまでビジネスのためにやったことで――」
神桜望が、掌を向けて言葉を遮る。
「そのことは結構。榊原京史郎の処分に関しては、一切不問となっています」
あまりに寛大な処置に、城島も驚いていた。
「は……それはいったいなぜ?」
「神桜会としては見過ごせぬ振る舞いですが、そちらの柄乃組長のがどうしてもというので、手打ちとなりました」
疑問に思う京史郎。これほどの件を手打ちにするには、相当の金を積んだであろう。果たしていったい、柄乃にそこまでする理由があるのか。
「では、会長はなぜ、ここへ……?」と、城島剛鬼。
神桜望は、控えている黒服に「持ってきてください」と、告げた。
アタッシュケースが運び込まれる。それを、テーブルの上。京史郎の目前へと置いた。
「開けてみろ」
神桜会長に言われるまま、京史郎はアタッシュケースを開く。すると、中には札束が詰め込まれていた。
「……おまえは、柄乃の姫夜叉を倒したそうだな」
極道の間で、柄乃夜奈は姫夜叉と呼ばれている。難攻不落の最凶のボディーガー
ド。柄乃達義の懐刀。本家神桜会も注目しているほどの逸材である。
「実力は当然、頭もいい。度胸もある。会社を興すだけの行動力もある。動画サイトの方も上手く行っているようだな」
「はい」と、静かに返事をする京史郎。
「堅気にしておくのは惜しい。本家神桜会で、榊原京史郎を預かりたい。――それは支度金だ。1億ある」
神桜望に続いて、柄乃が述べる。
「京史郎。おまえは堅気に向いてねえ。こっちの世界に戻ってこい。しかも、1億って言ったら、会長が夜奈に付けた値段と同じだ。もっとも、あいつはオファーを断っちまったがな」
この若さで、それだけの大金を手に入れたら、もはや勝ち組と言っていいだろう。金のため極道になった。金のために事務所を開いた。もし、これが京史郎という人間に付けられた価値だとしたら――これまでやってきた無茶も報われる。
「迷っているのなら、背中を押してやる」
神桜望が合図をすると、先程の黒服が、アタッシュケースをふたつ持ってきた。
「全部で3億。姫夜叉を倒したおまえに、同額というのも失礼な話だったな」
首を縦に振るだけで、すべてが京史郎のものとなる。果たして、義理や人情がこの大金に勝るのか。芸能事務所を続けるとして、これだけの大金を、将来ポケットに入れることができるのか。
――けど、京史郎の頭の中には、どうでもいい連中の顔がちらついて消えなかった。
京史郎は、深々と頭を下げる。
「大変ありがたいお話ですが、遠慮させていただきます」
「おい、神桜会の会長が、直々に言っているんだぞッ?」
柄乃にきつく言われるが、京史郎は頭を下げたまま続ける。
「もうしわけございません。城島の下で働いて、もう極道は懲りました」
肩を竦める神桜望。
すると彼は立ち上がった。
「……そうですか。ならば、私はこれで失礼します。柄乃さん、城島さん。今度、仕事抜きで食事にでも行きましょう」
「城島とですか? はは、気まずい食事会になりそうですな」
苦々しい笑いをこぼす柄乃。城島の方は嬉しそうに「いつでも声をかけてください。隠居生活は暇なので」と、告げる。
そして、神桜望は退室していった――。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
なお、シリーズ第二作目が、現在なろう様、カクヨム様で連載しています。
2月13日完結予定。
その後、アルファポリス様にも投稿する予定でいます。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる