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8.願い
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何を、言っているのか? 勢いがよ過ぎて内容が上手く飲み込めない、心がついていかない。いや、そんなことよりも。
『日本、語?』
『……オレも。日本人、だったんです。多分前世っていうやつで』
ヴェルは目を伏せて、久しぶりだと上手く口が動きませんね、と寂しげに言った。それらは三十ニ年ぶりに耳にした、遥か遠い異世界の故郷の言葉だった。
『やっぱり……ラトゥエル様も、同じ……なんですよね?』
『そう、……だな。俺も前世は、日本に住んでいたよ……』
とりあえず混乱しながらも日本語で答える。ヴェルはほっとした様子で、『懐かしいですね、日本語』と口元を緩めた。
「お忙しそうだったので覚えていらっしゃらないかと思うんですが……。オレ、ずっと昔にラトゥエル様とお話しさせていただいたことがあるんです。もう神子様にはなられたあとのことで……。その時に、ラトゥエル様も日本人だったんじゃないかと気が付いたんです……」
ヴェルが懐古するように。この世界の言葉で語り始めたのは、彼の幼少期の話だった。
要約すると。教会の敷地内にある孤児院で剣の稽古をしたあとに。一人打撃の痛みにうずくまっていたヴェル。それをたまたま通りかかった俺が治した、という話。軽傷でも子供ならば、診察室に来ずとも治癒することはあっただろうが……。
そして、その最中。ヴェルが耳にしたのは、この世界では聞くはずのない言葉で。
『いたいのいたいの、飛んでいけ~』
そう呟いて怪我を治し、ポンッと頭を一撫でして俺は消えていったそうだ。
語られたそれらは。仕事と学業に忙殺されていたからなのか記憶にも残っていない一幕だった。……いやヤバい本当に覚えていないな。できれば知りたくなかったが、忙しくて頭がおかしくなっていたのかもしれない。
でも。
「……そう、だったのか」
ヴェルも俺と同じだったのか。全く気が付かなかった。
同郷だから、俺を気に掛けてくれて。追いかけてきた。それは故郷への恋しさゆえだったんだろうなと推察する。藁にも縋る。そんな風な気持ちは自分にも相通ずるものがあった。
「じゃあ、ヴェルは。俺を捕らえて来いって、誰かに命令されて追いかけてきた訳ではないのか?」
「えっ違いますっ! 懸念は十二分に理解しておりますが――大丈夫です! これからはオレがラトゥエル様をお守りいたしますので!」
色んな偉い人に言い寄られていましたもんね! 任せてください! なんて軽く言ってくれて、えへん! と胸を張るヴェル。
「……なら、分かるだろう。俺といるのは危険かもしれないんだ」
私的な知り合いがほぼいないということは調べられているだろうから、頼る人のいない俺なんか、いつでも簡単に捕まえられると踏んでいるのかもしれないし。生きているなら、今後も油断はできない。
「知っています。十分、分かっています……でも」
同郷で、年下で、しかも意外と人がよさそう。だからこそなおさら、迷惑を掛ける前提で一緒にいられるはずもない。そもそも生きるつもりももうないし。
護衛だったヴェルは、俺が色んな意味で狙われていることを理解しているだろうに。彼らの中には巻き込まれて刺されたり、死ぬ寸前まで追い込まれた者もいたのだ。幸い俺が治癒できる範囲内ではあったが。
「ヴェルの身に危険が及ぶのは申し訳ない。俺と一緒にいることは承諾いたしかねる」
分かってくれるな? とやんわり諭した。
「だいたい俺は、神の遣いと称される神がかり的な力をもう持ち合わせていないんだ。あまつさえ魔力すら、もう直に完全になくなる。今までのように、怪我をしてもヴェルを治してあげることはできなくなるんだ。そうなってから俺を後悔させないでくれ」
俺はもう特別な存在じゃない。それをきちんと理解しているのか?
「俺を守る価値は少しもないし、武術の訓練とかしていないから戦力にもならない。一緒にいるのはかなりの足手纏いだと思う。だから――」
「――だからこそ、です」
切なげに眉を顰めてヴェルは語気を強めた。
「あの日から見てきたんです。遠くからですが、異世界の地で懸命に職務を全うするラトゥエル様を。そうして、烏滸がましいことですがオレがラトゥエル様をお守りしたいと思い、惰性で目指していた教会騎士を、本格的に目指し始めました」
ヴェルは語る。今までの行動の根幹を、内なる激情を。
「転生者の特典というやつなのか、庶民なのに魔力があり量も他の人より多くて。元々孤児院の人から将来は教会騎士はどうかと言われていました。命のやり取りをする職業に自分が向いているとは思っていません。ですが、オレは。鍛錬と並行してこっそり魔法の研究も積み重ねて。守れるように、生き残れるように。この世界を生き抜くために、奥の手くらい、いくつかは持っているんです」
俺の目を見て。今までの自分の人生をさらけ出すようにして。力強く言い切る。
「神子様として、オレには察せないくらいの重責を背負っていらっしゃったことだろうと思います。だから今。解放された、と思っていらっしゃるのかもしれません。ですが。ですが、どうか」
しかし段々と、毅然とした態度が弱々しく変化していく。ヴェルの表情は。
「どうかオレを。置いていかないでください。――オレと一緒に生きてほしい」
潤んだ瞳は、神にでも祈っているかのようだった。
『日本、語?』
『……オレも。日本人、だったんです。多分前世っていうやつで』
ヴェルは目を伏せて、久しぶりだと上手く口が動きませんね、と寂しげに言った。それらは三十ニ年ぶりに耳にした、遥か遠い異世界の故郷の言葉だった。
『やっぱり……ラトゥエル様も、同じ……なんですよね?』
『そう、……だな。俺も前世は、日本に住んでいたよ……』
とりあえず混乱しながらも日本語で答える。ヴェルはほっとした様子で、『懐かしいですね、日本語』と口元を緩めた。
「お忙しそうだったので覚えていらっしゃらないかと思うんですが……。オレ、ずっと昔にラトゥエル様とお話しさせていただいたことがあるんです。もう神子様にはなられたあとのことで……。その時に、ラトゥエル様も日本人だったんじゃないかと気が付いたんです……」
ヴェルが懐古するように。この世界の言葉で語り始めたのは、彼の幼少期の話だった。
要約すると。教会の敷地内にある孤児院で剣の稽古をしたあとに。一人打撃の痛みにうずくまっていたヴェル。それをたまたま通りかかった俺が治した、という話。軽傷でも子供ならば、診察室に来ずとも治癒することはあっただろうが……。
そして、その最中。ヴェルが耳にしたのは、この世界では聞くはずのない言葉で。
『いたいのいたいの、飛んでいけ~』
そう呟いて怪我を治し、ポンッと頭を一撫でして俺は消えていったそうだ。
語られたそれらは。仕事と学業に忙殺されていたからなのか記憶にも残っていない一幕だった。……いやヤバい本当に覚えていないな。できれば知りたくなかったが、忙しくて頭がおかしくなっていたのかもしれない。
でも。
「……そう、だったのか」
ヴェルも俺と同じだったのか。全く気が付かなかった。
同郷だから、俺を気に掛けてくれて。追いかけてきた。それは故郷への恋しさゆえだったんだろうなと推察する。藁にも縋る。そんな風な気持ちは自分にも相通ずるものがあった。
「じゃあ、ヴェルは。俺を捕らえて来いって、誰かに命令されて追いかけてきた訳ではないのか?」
「えっ違いますっ! 懸念は十二分に理解しておりますが――大丈夫です! これからはオレがラトゥエル様をお守りいたしますので!」
色んな偉い人に言い寄られていましたもんね! 任せてください! なんて軽く言ってくれて、えへん! と胸を張るヴェル。
「……なら、分かるだろう。俺といるのは危険かもしれないんだ」
私的な知り合いがほぼいないということは調べられているだろうから、頼る人のいない俺なんか、いつでも簡単に捕まえられると踏んでいるのかもしれないし。生きているなら、今後も油断はできない。
「知っています。十分、分かっています……でも」
同郷で、年下で、しかも意外と人がよさそう。だからこそなおさら、迷惑を掛ける前提で一緒にいられるはずもない。そもそも生きるつもりももうないし。
護衛だったヴェルは、俺が色んな意味で狙われていることを理解しているだろうに。彼らの中には巻き込まれて刺されたり、死ぬ寸前まで追い込まれた者もいたのだ。幸い俺が治癒できる範囲内ではあったが。
「ヴェルの身に危険が及ぶのは申し訳ない。俺と一緒にいることは承諾いたしかねる」
分かってくれるな? とやんわり諭した。
「だいたい俺は、神の遣いと称される神がかり的な力をもう持ち合わせていないんだ。あまつさえ魔力すら、もう直に完全になくなる。今までのように、怪我をしてもヴェルを治してあげることはできなくなるんだ。そうなってから俺を後悔させないでくれ」
俺はもう特別な存在じゃない。それをきちんと理解しているのか?
「俺を守る価値は少しもないし、武術の訓練とかしていないから戦力にもならない。一緒にいるのはかなりの足手纏いだと思う。だから――」
「――だからこそ、です」
切なげに眉を顰めてヴェルは語気を強めた。
「あの日から見てきたんです。遠くからですが、異世界の地で懸命に職務を全うするラトゥエル様を。そうして、烏滸がましいことですがオレがラトゥエル様をお守りしたいと思い、惰性で目指していた教会騎士を、本格的に目指し始めました」
ヴェルは語る。今までの行動の根幹を、内なる激情を。
「転生者の特典というやつなのか、庶民なのに魔力があり量も他の人より多くて。元々孤児院の人から将来は教会騎士はどうかと言われていました。命のやり取りをする職業に自分が向いているとは思っていません。ですが、オレは。鍛錬と並行してこっそり魔法の研究も積み重ねて。守れるように、生き残れるように。この世界を生き抜くために、奥の手くらい、いくつかは持っているんです」
俺の目を見て。今までの自分の人生をさらけ出すようにして。力強く言い切る。
「神子様として、オレには察せないくらいの重責を背負っていらっしゃったことだろうと思います。だから今。解放された、と思っていらっしゃるのかもしれません。ですが。ですが、どうか」
しかし段々と、毅然とした態度が弱々しく変化していく。ヴェルの表情は。
「どうかオレを。置いていかないでください。――オレと一緒に生きてほしい」
潤んだ瞳は、神にでも祈っているかのようだった。
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