8 / 12
7.衝撃
しおりを挟む
「……ラトゥエル、様。貴方様は……」
「敬称をつける必要も、もうございません。ラトゥエルとお呼びください」
眉がわずかに顰められた。そして逡巡しているのか少しの沈黙ののちヴェルが口を開く。
「貴方様は――死ぬ、おつもりだったんですか」
降ってくる強い視線に、俺はそっと顔を逸らした。
「僭越ながら。貴方様の旅の行き先が。具体的にはわたくし共に知らされていなかったこともありまして、気に掛かっておりました」
教会に、行き先なんて言うはずもない。特に予定は決めていないが旅に出るかもということだけを伝えていた。
「置手紙を拝読いたしましたが、かどわされた可能性も否めなく。隊長はとりあえず上の指示を仰ぐ、と申しておりました。けれどもわたくしは衝動的に飛び出てきてしまい……。勝手をして申し訳ございません。――ですが」
意外だった。今まで仕事上ヴェルと言葉を交わした経験から、公私をきっちり分ける性質だと思い込んでいた。こんな場面で私的感情を吐露されるとは。
感情を押し殺すように語られる言葉。それは真実なのか、それとも油断させる為の嘘なのか。
「ですが。やはり。ラトゥエル様は……もう、この世界から……」
「――ヴェル、とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「……はい」
「わたくしの心配をしてくれてありがとう。でも、その懸念はヴェルの気のせいです。先程はただ海に入っていただけ。海というものが珍しくて、ついはしゃいでしまったのかもしれません」
年甲斐もなくね。何て苦笑してみせ、余計な心配をさせてしまいましたねと謝意も伝えた。
ヴェルが本当に俺の身を案じてくれていたとしても。それと任務は区別して、命令が下されていたならば俺の捕縛などを遂行するだろうし。まずいことにさっきの俺の行動で自殺されるよりはと、不要な正義感を引きずりだしてしまった可能性もある。俺の身柄を誰かに預けることには正当性があると。
誰からも命令など下されていない、ただの親切心からの行動だというのなら。もうこれで騙されてくれないだろうか。――見て見ぬ振りでもいい。
虚しくも慣れた“神子の顔”でのやり取り。表情の変化が分かりづらい彼の、しかしわずかに引き結ばれた唇から納得させられなかったことが伺えた。
俯いて細く長い溜息を吐く。気持ちに区切りをつけるように。
面倒くさいな。この世界で気を張って、頑張って生きていく意味はもうない。風になびく髪を両耳に掛けて、顔を上げた。
「もう……、いいかなって思ってね。やることも、ないし」
何といってももう疲れた。
「でもヴェルが……、心配して追いかけてきてくれたのは本当にありがたいことだと思ってるから」
「……はい」
返事をしたヴェルはどことなく沈んで見える。もしかしたら本当に俺の何かしらを慕ってくれていたのかもしれない、が。どうしたものか。
重たい空気が流れ気まずさが俺を苛む。いいかげん、もう直球に誰かの命令で来たのかと聞いてみるか?
「――――いで、ください」
「……うん?」
ふいに小さく呟かれた言葉は、寄せては返す波の音と溶けあい不明瞭だった。
「お願い、ですから。オレから、――離れていかないでくださいっ! 貴方はようやく見つけられた、この世界での希望なんですっ!」
唐突にそう訴えかけてきたヴェル。なぜか表情からは深刻さを感じるが、意味がよく分からない。俺が希望? もう大層な役目は終わったはずだ。
「落ち着いてくれ、ヴェル。突然どうしたんだ?」
『オレだって……』
そして、俺は耳を疑った。なぜだかヴェルは先程までとは違う言語でしゃべりだしていた、のだが――なんで。
『オレだって、この世界でやりたいことはあまりないですしっ。やりたいことっていったら、ゲームしたいとか続きが気になってる漫画が見たいとか。カレーとか美味しいご飯も、スナック菓子も食べたい。無理なら贅沢言わないからもうお米炊いただけの物でもいい。でもできればおにぎりにして海苔と母の漬けた梅干しと大根のお漬物も添えてほしい……。今世孤児だし、正直前世の家族が恋しくて辛いし会いたい、とか。……そんなんばっかで絶対叶わないですし!!』
怒涛の勢いで繰り出される言葉に、俺はただただ唖然としたのだった。
「敬称をつける必要も、もうございません。ラトゥエルとお呼びください」
眉がわずかに顰められた。そして逡巡しているのか少しの沈黙ののちヴェルが口を開く。
「貴方様は――死ぬ、おつもりだったんですか」
降ってくる強い視線に、俺はそっと顔を逸らした。
「僭越ながら。貴方様の旅の行き先が。具体的にはわたくし共に知らされていなかったこともありまして、気に掛かっておりました」
教会に、行き先なんて言うはずもない。特に予定は決めていないが旅に出るかもということだけを伝えていた。
「置手紙を拝読いたしましたが、かどわされた可能性も否めなく。隊長はとりあえず上の指示を仰ぐ、と申しておりました。けれどもわたくしは衝動的に飛び出てきてしまい……。勝手をして申し訳ございません。――ですが」
意外だった。今まで仕事上ヴェルと言葉を交わした経験から、公私をきっちり分ける性質だと思い込んでいた。こんな場面で私的感情を吐露されるとは。
感情を押し殺すように語られる言葉。それは真実なのか、それとも油断させる為の嘘なのか。
「ですが。やはり。ラトゥエル様は……もう、この世界から……」
「――ヴェル、とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「……はい」
「わたくしの心配をしてくれてありがとう。でも、その懸念はヴェルの気のせいです。先程はただ海に入っていただけ。海というものが珍しくて、ついはしゃいでしまったのかもしれません」
年甲斐もなくね。何て苦笑してみせ、余計な心配をさせてしまいましたねと謝意も伝えた。
ヴェルが本当に俺の身を案じてくれていたとしても。それと任務は区別して、命令が下されていたならば俺の捕縛などを遂行するだろうし。まずいことにさっきの俺の行動で自殺されるよりはと、不要な正義感を引きずりだしてしまった可能性もある。俺の身柄を誰かに預けることには正当性があると。
誰からも命令など下されていない、ただの親切心からの行動だというのなら。もうこれで騙されてくれないだろうか。――見て見ぬ振りでもいい。
虚しくも慣れた“神子の顔”でのやり取り。表情の変化が分かりづらい彼の、しかしわずかに引き結ばれた唇から納得させられなかったことが伺えた。
俯いて細く長い溜息を吐く。気持ちに区切りをつけるように。
面倒くさいな。この世界で気を張って、頑張って生きていく意味はもうない。風になびく髪を両耳に掛けて、顔を上げた。
「もう……、いいかなって思ってね。やることも、ないし」
何といってももう疲れた。
「でもヴェルが……、心配して追いかけてきてくれたのは本当にありがたいことだと思ってるから」
「……はい」
返事をしたヴェルはどことなく沈んで見える。もしかしたら本当に俺の何かしらを慕ってくれていたのかもしれない、が。どうしたものか。
重たい空気が流れ気まずさが俺を苛む。いいかげん、もう直球に誰かの命令で来たのかと聞いてみるか?
「――――いで、ください」
「……うん?」
ふいに小さく呟かれた言葉は、寄せては返す波の音と溶けあい不明瞭だった。
「お願い、ですから。オレから、――離れていかないでくださいっ! 貴方はようやく見つけられた、この世界での希望なんですっ!」
唐突にそう訴えかけてきたヴェル。なぜか表情からは深刻さを感じるが、意味がよく分からない。俺が希望? もう大層な役目は終わったはずだ。
「落ち着いてくれ、ヴェル。突然どうしたんだ?」
『オレだって……』
そして、俺は耳を疑った。なぜだかヴェルは先程までとは違う言語でしゃべりだしていた、のだが――なんで。
『オレだって、この世界でやりたいことはあまりないですしっ。やりたいことっていったら、ゲームしたいとか続きが気になってる漫画が見たいとか。カレーとか美味しいご飯も、スナック菓子も食べたい。無理なら贅沢言わないからもうお米炊いただけの物でもいい。でもできればおにぎりにして海苔と母の漬けた梅干しと大根のお漬物も添えてほしい……。今世孤児だし、正直前世の家族が恋しくて辛いし会いたい、とか。……そんなんばっかで絶対叶わないですし!!』
怒涛の勢いで繰り出される言葉に、俺はただただ唖然としたのだった。
98
あなたにおすすめの小説
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
貴族の次男に転生した俺はこの身分を手放して自由を求めて生きていく
陽花紫
BL
貴族の次男に異世界転生をした俺、リオンは前世の記憶をひどく引きずっていた。そして、使用人のフランのことが大好きだった。しかしある事件をきっかけに、フランは屋敷を去ってしまう。
そして俺は、この身分と兄のことを強く憎むことになる。
成人を迎えて身分を手放した俺は、自由を求めて生きていく。
※リオン総受、複数の相手がいます。
ムーンライトノベルズにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる