7 / 12
6.疑心
しおりを挟む
誰からの命令であろうと。申し訳ないが知った顔だからといって。ヴェルが叱責されない為に自分が捕まろう、何てお人好しなことは考えない。そんな余裕俺にはなかった。
焦る気持ちを落ち着けて頭を働かせる。大丈夫だ。海から出ても、まだやりようはある。指で触れて、ポケットの外からそれの形を確かめる。うん。まだ、入っている。
砂浜に上がると、少し離れたところにある大きな岩の上に下ろされた。濡れた体が微風にさらされて寒い。俺を見下ろすヴェルの顔色を伺っていると、両手の平が髪から十センチほどの場所に当てられた。
あったかい。
髪を乾かす魔法だった。続いて服と体も乾かされ、清潔にする魔法もかけられた。香りがいい。この魔法の仕上がりは、各々のイメージに左右されるものだった。自然というか緑っぽい香りがする。
「ありがとう、ございます」
「……お障りございませんか」
「はい……」
それが終わると、己にも同じ魔法をかけたのか、濡れた痕跡がなくなった。それからヴェルは手の平を上に向けて辺りを指し示しながら、
「そちらと、あちらは。ラトゥエル様のお履物とお荷物でしょうか?」
「あ……、はい」
海に入る前に付近の林の陰に鞄を放っていた。砂浜に投げた履物もまだ波に飲まれていないみたいだ。
ヴェルはそれらをサッと回収してきて鞄を手渡してきたのち、俺の足元に片膝をついて「どうぞ」と手ずから履物を履かせる体勢をとってきた。「自分でできますので」と断るも「足場がお悪いですから」と断り返されて、結局ふくらはぎに手を添えられて履いたのだった。
「……よろしければ、御髪を紐でおまとめいたしましょうか?」
「いいえ……大丈夫です」
岩の上から地面に下りる。ヴェルは護衛の中でも身長が突出して高い方ではないが、少なくとも俺より十五センチは背が高い。至近距離に立つとそのクールな表情も相まって威圧感があった。騎士の彼が非力な俺を拘束するなど、赤子の手をひねるも同然。対敵するのは脅威でしかなかった。
しばらく口を閉じたままのヴェル。
その間手持ち無沙汰を装い周囲を見渡す。他に仲間らしき人はいなさそうではあるけれど、もう俺の勘なんて当てにならないだろうし。一体誰の命令で来たのか。
教会騎士を動かしたということは、教会のお偉方か。いや、貴族とかに金を積まれて来た可能性も捨てきれない。護衛といっても十人以上いるのでヴェルのことをそう把握している訳ではないが、少なくとも上からの命令に抗ってもらえるほど親しくはなかった。
波の音が支配するどことなく緊迫した空気を破ったのはヴェルだった。
ヴェルは地に片膝をついて首を垂れる。
「御身に許可なく触れ不敬だということは存じております。大変申し訳ございません。何なりと、罰をお与えください」
最上級の敬意を表す姿勢。何のつもりだ。
「……もう、わたくしは。敬われるような立場ではございませんので」
だから立ってください、と促すとほどなくして立ち上がってくれた。こんな場面人に見られたら困るし。
「それで、何か。わたくしにご用でしょうか?」
俺を見下ろしてくるもの言いたげな灰色の瞳に、こちらから問いかけた。
焦る気持ちを落ち着けて頭を働かせる。大丈夫だ。海から出ても、まだやりようはある。指で触れて、ポケットの外からそれの形を確かめる。うん。まだ、入っている。
砂浜に上がると、少し離れたところにある大きな岩の上に下ろされた。濡れた体が微風にさらされて寒い。俺を見下ろすヴェルの顔色を伺っていると、両手の平が髪から十センチほどの場所に当てられた。
あったかい。
髪を乾かす魔法だった。続いて服と体も乾かされ、清潔にする魔法もかけられた。香りがいい。この魔法の仕上がりは、各々のイメージに左右されるものだった。自然というか緑っぽい香りがする。
「ありがとう、ございます」
「……お障りございませんか」
「はい……」
それが終わると、己にも同じ魔法をかけたのか、濡れた痕跡がなくなった。それからヴェルは手の平を上に向けて辺りを指し示しながら、
「そちらと、あちらは。ラトゥエル様のお履物とお荷物でしょうか?」
「あ……、はい」
海に入る前に付近の林の陰に鞄を放っていた。砂浜に投げた履物もまだ波に飲まれていないみたいだ。
ヴェルはそれらをサッと回収してきて鞄を手渡してきたのち、俺の足元に片膝をついて「どうぞ」と手ずから履物を履かせる体勢をとってきた。「自分でできますので」と断るも「足場がお悪いですから」と断り返されて、結局ふくらはぎに手を添えられて履いたのだった。
「……よろしければ、御髪を紐でおまとめいたしましょうか?」
「いいえ……大丈夫です」
岩の上から地面に下りる。ヴェルは護衛の中でも身長が突出して高い方ではないが、少なくとも俺より十五センチは背が高い。至近距離に立つとそのクールな表情も相まって威圧感があった。騎士の彼が非力な俺を拘束するなど、赤子の手をひねるも同然。対敵するのは脅威でしかなかった。
しばらく口を閉じたままのヴェル。
その間手持ち無沙汰を装い周囲を見渡す。他に仲間らしき人はいなさそうではあるけれど、もう俺の勘なんて当てにならないだろうし。一体誰の命令で来たのか。
教会騎士を動かしたということは、教会のお偉方か。いや、貴族とかに金を積まれて来た可能性も捨てきれない。護衛といっても十人以上いるのでヴェルのことをそう把握している訳ではないが、少なくとも上からの命令に抗ってもらえるほど親しくはなかった。
波の音が支配するどことなく緊迫した空気を破ったのはヴェルだった。
ヴェルは地に片膝をついて首を垂れる。
「御身に許可なく触れ不敬だということは存じております。大変申し訳ございません。何なりと、罰をお与えください」
最上級の敬意を表す姿勢。何のつもりだ。
「……もう、わたくしは。敬われるような立場ではございませんので」
だから立ってください、と促すとほどなくして立ち上がってくれた。こんな場面人に見られたら困るし。
「それで、何か。わたくしにご用でしょうか?」
俺を見下ろしてくるもの言いたげな灰色の瞳に、こちらから問いかけた。
92
あなたにおすすめの小説
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる