マーメイド・コスモス

咲良きま

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第22話

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新年明けて、最初の登校日。

ずっと心を閉ざして学校生活をやりすごしていたから、目的を胸に秘め一日をスタートするというのは新鮮で、朝から胸がドキドキする。気のせいか、心の持ちようで普段みなれているはずの景色も変わる。私の意気込みに呼応するかのように、曇った冬特有のどんよりした景色さえも不思議と特別なものになる。いつのまにか葉を散らした街路樹は寒さの中でも凛として空へと羽を広げるようにたっている。葉がある時には知ることができなかった木の枝々の不思議な造形。余分なお肉をそぎ落としたアスリートの姿に重なる。その姿はシンプルで美しい。行き交う人の緊張した背中。冷たく澄んだ空気。私は力いっぱい肺にそれを吸い込んだ。自分を鼓舞する為に。

「二ノ宮、おはよう。」

教室に入ろうとしていたら声がかけられた。後藤田先生は相変わらず青色ジャージの上下。新年早々、ぼさぼさの髪。変わらないその姿に心が和む。思わず微笑んで挨拶を返す。

「おはようございます。」

先生は、おっという顔をした。

「元気を取り戻したか?」

そうつぶやくと、まるめた教材で私の頭を軽くぽんとこづいて笑った。先生は他の生徒にも挨拶をしながら先に教室へ入っていく。私も後に続く。

朝から学校は喧噪に満ちている。生徒達は皆、休み明けに久々に会うので、近況報告に余念がない。年末の特番の話で盛り上がったりしている。

私は森田君を探した。彼は教室の隅にひっそり座っている。私の視線を彼は挑むように受け止めた。まるで、こちらの決心が分かっているみたい。

ホームルームが始まろうとしている。私は慌てて席につく。

私の緊張は増してきて、午前の間ずっと森田君に話をどう切り出そうかとばかり考えていた。

お昼休みの予鈴が鳴った。

私は慌てて、お弁当と水筒を手に森田君を探す。彼は、コンビニの袋を手にすでに廊下へつながるドアへ向かっていた。その時、彼はまるで私の視線を背中でとらえたかのように、振り返ってまっすぐに私を見やると、ついて来いとでもいうようにあごをしゃくってみせた。私は急いで後を追う。

彼は歩くのが速い。すたすたと歩いて行く。私は半ば走って追いかけた。

普段は使用されていない空き教室に森田君が入って行くのが見えた。私が入る頃には彼は窓を一つ開け放していた。

「空気が悪いだろ。喚起しないとね。」

そう言って、ぴょんと机の上に乗ると足をぷらぷらさせる。

…いつもの森田君だ。

「食べないの?」

彼は手にした袋からごそごそとパンを取り出している。私も、森田君にならって向かいの机に腰掛けた。

「森田君?」

「何?」

森田君がほほえむ。

本当に、いつもの森田君だ。

私は思わずあふれ出た涙を急いでぬぐって、お弁当を取り出す。

「あ、今日は梅干しがない。」

つぶやくと、私のお弁当を森田君がのぞく。

「ママ弁?」

「そう。」

「いいな。うまそう。」

「好きなおかずがあるならあげるよ。」

「本当?じゃ、タコさんウィンナーちょうだい。」

「はい。」

森田君はタコさんウィンナーをおいしそうにほおばった。窓から冷たい風が入ってくる。けれど、不思議と気にならなかった。なんだか、心がほかほかして幸せだった。

しばらく、無言でご飯を食べていた。沈黙は気にならなかった。

森田君がジュルジュル音をさせてパック牛乳を飲んでいる。とたんに、先輩がミキに飲み干されたことが頭をよぎり私は蒼白になった。

森田君は真剣な表情になって、パックを置いた。

「話があるんでしょ。」

私はこくりとうなずいた。お弁当を置くと両手を握りしめて告げる。

「色々あって、何から話せばいいのか分からない。」

「だろうね。」

森田君はそう言うと窓を閉めた。外の雑音が遮断されて、室内がしんと静かになる。

「僕から、話をしようか。」

意外な申し出だった。

私はとまどいながらうなずく。

「僕は、君の知っている森田武という人間だ。けれど、人間に転生している地球外生命体でもある。」

「つまり、あなたも本当は宇宙人なの?」

「そうだね。今は人間なんだけど。

君の家にいるんだろ?『ナンバー千十二』。あれみたいな寄生型ではないタイプなんだよ。」

「う~ん。森田君である宇宙人?宇宙人である森田君?…変な感じだな。

『ナンバー千十二』。やっぱり彼女を知っていたのね。あの時、森田君確かにつぶやいてたし。」

「公園で?」

「そう。公園で。

彼女、私の家に居候しているわ。だけど、その呼び名、ちょっと味気ないから、コスモスって名前をつけてあげた。」

「コスモス、か。いいね。」

彼はほほ笑んだ。

「あの子を助けたのはほんのきまぐれだったんだ。あの時、敵にやられた大勢のひん死の子たちがいたけどね。あの子が一番生への執着が強かったからつい見かねて、ね。

そしたら、愛されてしまったよ。それで、追いかけられるようになったんだ。

僕も長い時をもてあましていたからね。その追いかけっこを結構楽しんでいたんだ。

そうして、流れ流れてこの地球へやってきた。でも、彼女、僕の姿を見失ったみたいでね。ずっとここで彼女が来るのを待っていたんだけど、彼女が遅くてね。そのうちたいくつして、それからちょっとのきまぐれも手伝って、人間に転生してみたんだ。

…そして、君を見つけた。」

急な話の展開に心臓がどきんとはねた。

「私を?」

「うん。正確には前世の君を、ね。…面白かったよ。人間離れした力を持っていたから。」

私は、両の手のひらを眺めてみる。そしてひらひらさせて彼に言う。

「なんの力もないけど?」

彼はにっこり微笑んで続けた。

「君は太陽の巫女として、彼の地で大きな権力を手にしていた。君の力で寒冷化した土地も温まり、人々の諍いも止んだ。平和をもたらしたんだ。ほれぼれするぐらい見事な手腕だったよ。

それに、何より君は大変美しかった。あ、今がそうじゃないってわけじゃないよ?」

森田君のあわててフォローする感じがなんだか気に食わないなぁと、ちょっとむすっとなる。森田君はこほん、とひとつ咳をして話をまとめた。

「そんなわけで、見事に君の国は君の力で空前の繁栄を迎えた。」

「なんだか、現実離れした話。

寒冷化した土地を温める?無理だよ。…まるで神様みたい。」

「そうだね。凄かったよ、神様みたいにね。実際、人々は君を神の化身だとあがめていたし。けれど、どんなに大きな力を持っていても君はしょせん限りある命を持った人間だった。年とともに、当然力のかげりは出てくる。

そしてある時、不運な天体現象が起きる。太陽が欠けながら大地に沈んだんだ。」

「日食?」

「そう。神秘な世界の息づく古代においてそれは君にとって致命的な出来事だった。君は太陽の化身として人々の上に君臨していたのだから。君の誇っていた絶大なる権威はそれであっけなく失墜する。

人々は君にその力を次の世代に継承することを迫り、君にはもはや選択の余地は残されていなかった。…その時代、力の継承は力を持つ者の死をもって行われる。

その儀式の為に、君は殺された。」

お伽話でも聞いているようだった。ただ、欠けながら落ちて行く太陽の姿はとても印象的で心を揺さぶる何かがあった。

「そう。…恐い話。

ねぇ、その時私たちは友達だった?」

「いいや。僕は傍観者だった。それに、勝手にこの世界の流れに手を加えるわけにもいかないしね。」

「そう。」

その答えは私の気持ちを沈めた。彼もまた私の味方であるとは限らないということが分かってしまったから。

少しの沈黙。森田君は記憶をたどるように再び話を始める。

「それから、僕はまた何度か人間として生きてみた。それでも、コスモスは僕を追ってこない。そのうちに僕は、人間として過ごすことが楽しくなってきてね。

それから、ふと君のことを思い出したんだ。あれほどの力を持ったものが次はどんな人生を歩むのか。」

「それで今、私のそばにいるってわけね?」

「そう。でも、最初は驚いたよ。君の器に。全く魂と適合しないものを選んでの転生だったから。君はあの時の力をほとんど発揮できないでいる。

…前世の教訓なのかな。君は自分の力を疎ましく思っているのかもしれない。あの時、人々の為に尽くしながら、殺されたんだからね。無念だっただろう。だから今度は静かな生を願ってその不似合いな器を選択したんじゃないのかな。

僕は、人として生きる時にはオリジナルの意識を沈めておくんだ。この世界に与える影響を最小限にする為にね。今回もそうだったんだよ。」
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