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第29話
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その声ではっと意識をとりもどす。
目の前にサッカーボールほどの大きさの太陽があった。夕焼け色の真っ赤な太陽が。それは落日のなんとも胸にせまる鮮烈な朱。
「何をぼうっとしている。」
「え、あ。」
「頭もあまりよろしくない、か…。まぁ、他人より抜きんでるのも人として生きにくいからな。その程度でちょうどいいということか。」
「あ、あの。えーーと。」
「しかし、こんなに霊感がないとは、いやはや。なんて不自然なことだろう。」
「あなたは一体?」
「我か?我はそなたの一つ前を生きた同じ魂を持つ者である。」
「えーーーと。
ってことは、私の前世ってことなのかな。森田君が言っていた偉大な力を持った太陽の巫女?」
「うむ。我を形容するにはふさわしい言葉である。」
太陽は満足気にまたたいた。
「あれ。なぜ、今ここに?」
「我、最期を迎えるにあたって、民に失望してな。務めを投げだして時空の旅に出ているところじゃ。今頃皆、さぞ慌てていることだろう。ふふふ。
我も最期くらい好きにしたいと思ってな。次の転生の準備の為に、来世の選択肢をこうして探っておったんじゃ。」
「へぇ。なんだか、途方もない感じ。」
「ははは。造作もないことだ。しかし、やっとそなたのような逸材を見つけた。数ある可能性の中で、そなたが一番面白そうだ。我はそなたに決めたぞ。」
「それは、どうも…。」
「うむ。
そなたという存在はそれだけで面白い。我は来世が楽しみになった。これで少しは気がおさまるというもの。憤懣やる方ないが、我の苦渋に満ちた最期を迎える為に還るとするか。
時に、そなた。力が欲しいか?」
「はい。…どうしても。」
「我の女王としての命運はつきた。帰還とともに命を絶たれよう。しばしの猶予しかないが我の仮の器をそなたに授けよう。好きに使うがよい。」
太陽は眩しいほどに光を放ち、消滅した。
さきほどまでは、頭がくらくらしてどうしようもなかったのに、今は体中に力がみなぎっている。マグマが地表にあふれでるのを待っているかのように私の中でぐつぐつと大きな力が渦巻いている。
しっかりと立ちあがって、ふと気付く。私の両手はしわしわだった。あしもこけている。それに、裾の長い見慣れない民族衣装を着ていた。手にはきらきらと輝く丸い鏡。ずっしりと重くて、落としそうになってから、その存在に初めて気がついた。
何気なく鏡をのぞき、映し出された自分の姿を見て息をのむ。それは、年を経た老婆の顔をしている。私はショックのあまり、再び鏡を落としそうになって、慌てて強く握りなおす。
とにかく、動揺している場合じゃない。今はみんなの所に行かないと。
私は鏡に光を集め、私を優しさで閉じ込めているおもいやりのこもったこの場所に穴をあける。
鏡の光を受けた場所が丸く輝き、次の瞬間黄色の空間は色を失い散り散りに崩壊した。
ああ、外気の冷たさが戻ってきた。外だ。
意外にも、そこは最初に私が倒れた場所だった。私の腕や指が切断された直後に朝日が癒しの繭をこの場に作ってくれたんだ。朝日の優しい糸。私は感謝の気持ちをこめて灰色となってちらばったそれに触れる。
衝撃音が地を揺らす。もう戦いは始まっているようだ。私は太陽を探そうとして、軽く舌打ちをする。まだ日が昇るには時間がある。せっかく、巫女の器を借りたのに。仕方ない。やれることをやらなくちゃ。星の光を集めよう。鏡を持ち上げてふと、気付く。近くにもう一つ繭の山がある。不思議に思って近づく。細やかな編み目が美しい。星の光の中、繭全体が黄色くきらきらと瞬いている。
ああ、そうか。コスモスが倒れていた場所だ。でもこれは、朝日が作ったものじゃない。香りが違う。朝日の繭はお日様のぽかぽか陽気の、なんともいえない懐かしい香りがした。でも、こっちは爽やかなミントの香り。どちらかというと、今の時刻にぴったりな夜のイメージ。
私は鏡の使い方を知っている。自然な動作で両腕を突き出し、鏡の表面を繭に向ける。すると、鏡の裏面の磨かれていない銅板にくっきりと中の様子が映しだされた。
思ったとおり、コスモスだ。中では、繭がまるで意志を持った、生き物のように一本一本細やかに動いて、彼女の患部に手当をほどこしている。コスモスは穏やかな表情で眠っている。まるでつきものがとれたかのような感じ。彼女の中にいつもくすぶっていた毒々しさが嘘みたいに消えている。
本能。彼女をつきうごかしていたもの。彼女を彼女たらしめていたもの。生きる動機そのもの。それを、失ったらもう、彼女は彼女ではなくなるのではないのだろうか。彼女の生きる意味も失われるのではないだろうか。
天使の様なその寝顔が、無垢な優しいその表情が、私にはただただ痛ましく思えてならない。
風にのって、生温かいにおいが届く。これは、血のにおい。嗅覚が異常に働くのに驚く。聴覚もするどいようだ。かなり遠い場所の些細な音まで分かる。二匹の怪物の足音。それぞれの怪物が一ダース以上ある堅い足を動かす度に、節がしなる乾いた音が聞こえてくる。
どうやら森田君は、森田君の姿ではなくなったようだ。
…人型のぬけがらなんかないよね。それは、とても見たくないなぁ。それよりも、戦いを止めさせないと。どちらかが死んじゃう。
どうしたらいい?解決策は?
二人に、どう説得するかが問題だ。ああ、大丈夫。女王の器が教えてくれる。いいえ、それどころか私は、あふれる叡智の中に埋もれていく。巨大な女王の意志の中で私はどんどん小さくなってその一部へと組み込まれていく。私はどんどん薄まってしまう。ああ、私が私でなくなってしまう…。
目の前にサッカーボールほどの大きさの太陽があった。夕焼け色の真っ赤な太陽が。それは落日のなんとも胸にせまる鮮烈な朱。
「何をぼうっとしている。」
「え、あ。」
「頭もあまりよろしくない、か…。まぁ、他人より抜きんでるのも人として生きにくいからな。その程度でちょうどいいということか。」
「あ、あの。えーーと。」
「しかし、こんなに霊感がないとは、いやはや。なんて不自然なことだろう。」
「あなたは一体?」
「我か?我はそなたの一つ前を生きた同じ魂を持つ者である。」
「えーーーと。
ってことは、私の前世ってことなのかな。森田君が言っていた偉大な力を持った太陽の巫女?」
「うむ。我を形容するにはふさわしい言葉である。」
太陽は満足気にまたたいた。
「あれ。なぜ、今ここに?」
「我、最期を迎えるにあたって、民に失望してな。務めを投げだして時空の旅に出ているところじゃ。今頃皆、さぞ慌てていることだろう。ふふふ。
我も最期くらい好きにしたいと思ってな。次の転生の準備の為に、来世の選択肢をこうして探っておったんじゃ。」
「へぇ。なんだか、途方もない感じ。」
「ははは。造作もないことだ。しかし、やっとそなたのような逸材を見つけた。数ある可能性の中で、そなたが一番面白そうだ。我はそなたに決めたぞ。」
「それは、どうも…。」
「うむ。
そなたという存在はそれだけで面白い。我は来世が楽しみになった。これで少しは気がおさまるというもの。憤懣やる方ないが、我の苦渋に満ちた最期を迎える為に還るとするか。
時に、そなた。力が欲しいか?」
「はい。…どうしても。」
「我の女王としての命運はつきた。帰還とともに命を絶たれよう。しばしの猶予しかないが我の仮の器をそなたに授けよう。好きに使うがよい。」
太陽は眩しいほどに光を放ち、消滅した。
さきほどまでは、頭がくらくらしてどうしようもなかったのに、今は体中に力がみなぎっている。マグマが地表にあふれでるのを待っているかのように私の中でぐつぐつと大きな力が渦巻いている。
しっかりと立ちあがって、ふと気付く。私の両手はしわしわだった。あしもこけている。それに、裾の長い見慣れない民族衣装を着ていた。手にはきらきらと輝く丸い鏡。ずっしりと重くて、落としそうになってから、その存在に初めて気がついた。
何気なく鏡をのぞき、映し出された自分の姿を見て息をのむ。それは、年を経た老婆の顔をしている。私はショックのあまり、再び鏡を落としそうになって、慌てて強く握りなおす。
とにかく、動揺している場合じゃない。今はみんなの所に行かないと。
私は鏡に光を集め、私を優しさで閉じ込めているおもいやりのこもったこの場所に穴をあける。
鏡の光を受けた場所が丸く輝き、次の瞬間黄色の空間は色を失い散り散りに崩壊した。
ああ、外気の冷たさが戻ってきた。外だ。
意外にも、そこは最初に私が倒れた場所だった。私の腕や指が切断された直後に朝日が癒しの繭をこの場に作ってくれたんだ。朝日の優しい糸。私は感謝の気持ちをこめて灰色となってちらばったそれに触れる。
衝撃音が地を揺らす。もう戦いは始まっているようだ。私は太陽を探そうとして、軽く舌打ちをする。まだ日が昇るには時間がある。せっかく、巫女の器を借りたのに。仕方ない。やれることをやらなくちゃ。星の光を集めよう。鏡を持ち上げてふと、気付く。近くにもう一つ繭の山がある。不思議に思って近づく。細やかな編み目が美しい。星の光の中、繭全体が黄色くきらきらと瞬いている。
ああ、そうか。コスモスが倒れていた場所だ。でもこれは、朝日が作ったものじゃない。香りが違う。朝日の繭はお日様のぽかぽか陽気の、なんともいえない懐かしい香りがした。でも、こっちは爽やかなミントの香り。どちらかというと、今の時刻にぴったりな夜のイメージ。
私は鏡の使い方を知っている。自然な動作で両腕を突き出し、鏡の表面を繭に向ける。すると、鏡の裏面の磨かれていない銅板にくっきりと中の様子が映しだされた。
思ったとおり、コスモスだ。中では、繭がまるで意志を持った、生き物のように一本一本細やかに動いて、彼女の患部に手当をほどこしている。コスモスは穏やかな表情で眠っている。まるでつきものがとれたかのような感じ。彼女の中にいつもくすぶっていた毒々しさが嘘みたいに消えている。
本能。彼女をつきうごかしていたもの。彼女を彼女たらしめていたもの。生きる動機そのもの。それを、失ったらもう、彼女は彼女ではなくなるのではないのだろうか。彼女の生きる意味も失われるのではないだろうか。
天使の様なその寝顔が、無垢な優しいその表情が、私にはただただ痛ましく思えてならない。
風にのって、生温かいにおいが届く。これは、血のにおい。嗅覚が異常に働くのに驚く。聴覚もするどいようだ。かなり遠い場所の些細な音まで分かる。二匹の怪物の足音。それぞれの怪物が一ダース以上ある堅い足を動かす度に、節がしなる乾いた音が聞こえてくる。
どうやら森田君は、森田君の姿ではなくなったようだ。
…人型のぬけがらなんかないよね。それは、とても見たくないなぁ。それよりも、戦いを止めさせないと。どちらかが死んじゃう。
どうしたらいい?解決策は?
二人に、どう説得するかが問題だ。ああ、大丈夫。女王の器が教えてくれる。いいえ、それどころか私は、あふれる叡智の中に埋もれていく。巨大な女王の意志の中で私はどんどん小さくなってその一部へと組み込まれていく。私はどんどん薄まってしまう。ああ、私が私でなくなってしまう…。
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