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第28話
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声は頭に直接響く。ハスキーでかわいい男の子の声。
「誰?」
「名前はないんだ。よかったらつけてくれる。」
「名前…。」
すると、頭の中にイメージが浮かぶ。地平線から顔を出す太陽。希望に満ちた朝の白い光。
「朝日。」
「アサヒ。素敵なひびき。アサヒ。
ありがとう。」
目の前に少年が現れた。中学生くらいの男の子。黒髪に黒い瞳。日本人としては当たり前のその姿。でも、彼の黒い瞳は不思議な魅力を持っていた。黒曜石のような深い輝きを放っている。私は落ちるように彼に魅了されてく。彼の新しいイメージが頭に浮かぶ。叡智。無垢。深い青。
もしかしたら、私の思考は彼につつぬけなのかもしれない。少年は、はにかんだ様子で言った。
「リサが親しみを持てる姿をイメージしたんだ。本来の姿だとリサを怯えさせるだけだろうから。」
「あなたはミキの子なの?」
「そうだよ。だけど僕、生まれる前から君のことを知っているんだ。会いに行ってたでしょ?でも、リサを怯えさせるようなことになっちゃったよね。
分けも分からずリサにつきまとってしまって。あれじゃ、怖いよね。ごめんなさい。」
最初に見ていた夢のことを言っているんだ。けれどあの時の彼と今の彼とは抱くイメージが全く違う。今の彼には恐怖を感じない。けれど…。
「あなたも私を食べたいの?」
「今は、食べたいとは思わない。僕は両親とは少し違う。不完全だからかも。ママが人魚としての本能を捨てたから。
でも、リサのおかげで偶然に欲しいものが手に入ってしまった。…これは、運命なのかな?」
「欲しいもの?」
「そう、人魚の本能。」
彼の手の先にコスモスの下半身が現れた。まだぴくぴくと動いている。
「これを摂取すれば、僕は完全体になれる。でも、僕の理性がどれほど残るのか分からない。…それが怖いよ。」
「それを、食べちゃうの?」
私の不快感が彼に伝わったのだろう。朝日は困ったような笑顔をみせた。
「うん、食べるつもり。生物として、今のままだともろいんだ。だからどうしても食べないといけない。けれど、違う自分になると思うとちょっとしりごみしている。なによりこれを摂取することで、リサを食べたくなってしまうかもしれないってことが怖いんだ。」
彼は私に近づくと胸のペンダントに触れた。
「ママとは関係なく、僕は生まれる前から君が好き。
今のままの僕でいたいけど、それじゃあいつに勝てない。
リサを守れない。」
彼の言う、『あいつ』が誰を指すのか分かった。森田君だ。
「だから、おまじない。僕が君を食べてしまわないように。」
そう言って、朝日はペンダントにくちづけする。それはとても神聖な儀式のように思えた。はたして、私はそれだけの価値に値する人間なのだろうか。
「値するよ。」
そう言った朝日の美しい双眸が思ったよりも間近にあって、私はどぎまぎする。
「これで、けがの方はもう大丈夫だね。」
言われて、私は右腕と左手の指に目をやる。切断されたのがうそのように、元通りになっていた。こわごわ動かしても、なんの不自然さもない。痛みもない。夢でも見ていたのかと疑うほどに。
「よかった。きちんと治って。でも、流れ出た血液までは僕の力じゃ戻せない。だからリサはここで、安静にしていてね。少し眠るといいよ。」
そう言うと、朝日は私の右のほっぺにキスをして、はにかみ笑顔と共に去った。朝日が何をする気なのか分っていたけれど止められなかった。もう、私には何が正しくて何が悪いのか分からない。
誰かが、正義と正義がぶつかるから争いが起きるんだと言っていた。今の状況って、そういうことなのかな。森田君に朝日にコスモス。私は誰にも死んで欲しくなかった。
ああ、だけど、貧血で体に力が入らない。私一人ここで、ぬくぬくとしていたくなんてないのに。どうしたらいいんだろう。眠りたくない。
意識が消えそうになるのを懸命にこらえようとする。けれど、どうしても血が足りなかった。
「なんとも、たよりないことだ。」
老婆の声が頭に響く。
「誰?」
「名前はないんだ。よかったらつけてくれる。」
「名前…。」
すると、頭の中にイメージが浮かぶ。地平線から顔を出す太陽。希望に満ちた朝の白い光。
「朝日。」
「アサヒ。素敵なひびき。アサヒ。
ありがとう。」
目の前に少年が現れた。中学生くらいの男の子。黒髪に黒い瞳。日本人としては当たり前のその姿。でも、彼の黒い瞳は不思議な魅力を持っていた。黒曜石のような深い輝きを放っている。私は落ちるように彼に魅了されてく。彼の新しいイメージが頭に浮かぶ。叡智。無垢。深い青。
もしかしたら、私の思考は彼につつぬけなのかもしれない。少年は、はにかんだ様子で言った。
「リサが親しみを持てる姿をイメージしたんだ。本来の姿だとリサを怯えさせるだけだろうから。」
「あなたはミキの子なの?」
「そうだよ。だけど僕、生まれる前から君のことを知っているんだ。会いに行ってたでしょ?でも、リサを怯えさせるようなことになっちゃったよね。
分けも分からずリサにつきまとってしまって。あれじゃ、怖いよね。ごめんなさい。」
最初に見ていた夢のことを言っているんだ。けれどあの時の彼と今の彼とは抱くイメージが全く違う。今の彼には恐怖を感じない。けれど…。
「あなたも私を食べたいの?」
「今は、食べたいとは思わない。僕は両親とは少し違う。不完全だからかも。ママが人魚としての本能を捨てたから。
でも、リサのおかげで偶然に欲しいものが手に入ってしまった。…これは、運命なのかな?」
「欲しいもの?」
「そう、人魚の本能。」
彼の手の先にコスモスの下半身が現れた。まだぴくぴくと動いている。
「これを摂取すれば、僕は完全体になれる。でも、僕の理性がどれほど残るのか分からない。…それが怖いよ。」
「それを、食べちゃうの?」
私の不快感が彼に伝わったのだろう。朝日は困ったような笑顔をみせた。
「うん、食べるつもり。生物として、今のままだともろいんだ。だからどうしても食べないといけない。けれど、違う自分になると思うとちょっとしりごみしている。なによりこれを摂取することで、リサを食べたくなってしまうかもしれないってことが怖いんだ。」
彼は私に近づくと胸のペンダントに触れた。
「ママとは関係なく、僕は生まれる前から君が好き。
今のままの僕でいたいけど、それじゃあいつに勝てない。
リサを守れない。」
彼の言う、『あいつ』が誰を指すのか分かった。森田君だ。
「だから、おまじない。僕が君を食べてしまわないように。」
そう言って、朝日はペンダントにくちづけする。それはとても神聖な儀式のように思えた。はたして、私はそれだけの価値に値する人間なのだろうか。
「値するよ。」
そう言った朝日の美しい双眸が思ったよりも間近にあって、私はどぎまぎする。
「これで、けがの方はもう大丈夫だね。」
言われて、私は右腕と左手の指に目をやる。切断されたのがうそのように、元通りになっていた。こわごわ動かしても、なんの不自然さもない。痛みもない。夢でも見ていたのかと疑うほどに。
「よかった。きちんと治って。でも、流れ出た血液までは僕の力じゃ戻せない。だからリサはここで、安静にしていてね。少し眠るといいよ。」
そう言うと、朝日は私の右のほっぺにキスをして、はにかみ笑顔と共に去った。朝日が何をする気なのか分っていたけれど止められなかった。もう、私には何が正しくて何が悪いのか分からない。
誰かが、正義と正義がぶつかるから争いが起きるんだと言っていた。今の状況って、そういうことなのかな。森田君に朝日にコスモス。私は誰にも死んで欲しくなかった。
ああ、だけど、貧血で体に力が入らない。私一人ここで、ぬくぬくとしていたくなんてないのに。どうしたらいいんだろう。眠りたくない。
意識が消えそうになるのを懸命にこらえようとする。けれど、どうしても血が足りなかった。
「なんとも、たよりないことだ。」
老婆の声が頭に響く。
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