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1話
しおりを挟む「リナ、旦那様は今日もお帰りにならないの?」
「は、はい……同僚との付き合いがあると…」
「そう……」
1人きりの冷えたベットで、私は項垂れた。
今日は結婚式の翌日。
昨晩は「招待客の接待に忙しいから先に寝てろ」と初夜を断られたらから、必然的に今日になると思ったのだけれど。
ここまでされればなんとなく察する。
「私、あの人に嫌われてる……?」
「そ、そんなことはありません!」
リナが慌てて否定するが、3.4回しか会ったことのない人に好かれてると思うほど私の頭はおめでたくない。
しかし出来るだけ好意を持たれようと接したつもりだし、初夜を遠回しに拒否されるほど嫌われているとは思わなかった……。
膝の上で強く握った手に爪が食い込んだ。
「今頃娼館とか行ってたらどうしよう……もしくは愛人の家とか……いや、もしかしたら私と婚約する前から付き合っている恋人がいたりとか……」
「それはありません!少なくとも私どもの知っている限りは、旦那様に恋人はいません!」
「じゃあ身体だけの関係かぁ……」
「奥様……!」
やばい、涙出て来た。
だって私旦那様に一目惚れだったんだよ……それをうっかりじっちゃん……お祖父様に漏らしたら気がついたら婚約させられててさ……。
どうしよう、旦那様にもし好きな人がいたら、私最低な悪役じゃん。悪役令嬢じゃん。
やだ……ヒロインになりたい……旦那様に溺愛されるヒロインになりたい……。
でも旦那様は、今頃他の女の子といたりするのかな……。この時間での同僚の付き合いって、そういうことじゃないの?
………そんなの、大人しく寝てられるはずない!
ぼやける目をゴシゴシこすり、無駄に大きいベットから立ち上がった。
「お、奥様?」
「リナ、着替えるから手伝って」
「奥様!?」
このヒラヒラな寝巻きじゃ部屋から出れない。
もはや布切れといってもいいそれを躊躇いなく脱ぎ捨てると、リナが大慌てしだした。
「奥様!出て行くにしても、この時間は(馬車が)用意できません!」
「大丈夫。自分で作る」
「DIY!?」
クローゼットを開ければ実家から持って来た服がいくつか収納されており、その中で一番ラフなワンピースに手早く着替える。
さらに奥の方に仕舞われていたセットを引っ張り出し、困惑するリナを連れて部屋を出た。
「お、奥様……?その箱は一体……あ、持ちます」
「大丈夫、刃物が入ってるから落としたら危ないよ」
「刃物!!?」
この重たい箱を儚げなリナに持たせるわけにはいかない。
丁重に断ると、リナが真っ青な顔で私の前に出た。
「お、奥様!いえ、ヴィヴィアーナ様!早まらないでください!そんなことしたら、ヴィヴィアーナ様は……!」
「………ええ、わかっているわ。自分がどれだけ罪深いことをしようとしているのか。でも、止めないで。我慢できないの」
「奥様………」
そうよね、今から私をすることを思えば、専属侍女として止めるのは当然のことだわ。
リナが気を抜いた隙にその横をすり抜け、まっすぐ向かうのは厨房。
「………その箱の中身では足りないのですか?」
「ええ、ミキサーとかあると良いんだけど」
「粉砕!?」
「大丈夫、こういうこともあろうかと料理長にあらかじめ許可をとっているわ」
「とったんですか!?」
リナがとても驚いている。そうよね、シェフは自分の厨房に他人が入ることを激しく嫌うもの。
おおらかな人でよかったわ。なんなら自分も手伝うと言ってくれたけど、さすがに申し訳ない。
自由に使っていいと言ってもらえたエリアに箱を置けば、リナがきょろきょろとあたりを見回した。
「ほえー……厨房って初めて入りました、すごく広いですね……」
「リナ、お湯を沸かしてくれないかしら」
「は、はい!」
おろおろとやかんに水を入れ出したリナに感謝し、自由に使って良いと言われた冷蔵庫に向かう。
中には予想通り、賄い用の冷やご飯とほんだしを出した。
これだけでもう既に美味しいが、流石にひもじいので引き続き冷蔵庫の中を漁る。お、鶏肉とねぎと梅。あ、いりごまもあった。
戻るとリナが心配そうにこちらを見ていた。
「あ、あの……ヴィヴィアーナ様……?それをどうするのですか……?」
「?なにって、一緒に食べるんだよ」
「食べる!!??」
むしろどうすると思ったんだろう。首を傾げながら小ネギを渡す。
「これ切って。包丁出すの面倒だったらハサミでいいよ」
「ね、ねぎ……?臭みをとる……?」
「え、そうなの?」
私が料理長の手伝いを断ったのは、こういう無知を晒すのが恥ずかしかったのもある。まあ食えればセフセフ。ヴィヴィアーナ食堂はズボラ第一で行きます。
都合よくぶつ切りになっていた鶏肉に岩塩と胡椒をふり、油と一緒に熱したフライパンでこまめに油を拭きながら皮がカリカリになるよう焼き上げる。
それを梅といりごまとリナが切ってくれたネギと一緒に2人分の器にいれた冷やご飯に盛り付けた。
あ、やば。そういえば人によっては、温めたご飯の方が良いって人もいるんだっけ?でも今日暑いし……ごめんリナ、君が冷やご飯派であることを願う。
最後にご飯にだし汁をかけ、先程沸いたお湯をゆっくりと注ぐ。
ふわりと香る鰹と香ばしい鶏の匂いに、隣で見ていたリナがゴクリと唾を飲んだ。
「ヴィヴィアーナ様…これは………」
「お茶漬けよ」
「お茶漬け……!伝説の勇者様が異世界より持ち込んだというあの……!?」
そう、それである。
私は異世界人である母方の祖父にたくさんの夜食レシピを教わった。その一つがこのお茶漬けだ。
お茶漬けはアレンジも豊富で、凝っても適当でも間違いなく美味しい。しかも簡単だ。
「冷める前に食べよ!」
「ええっ私も良いのですか!?」
もちろん。流石の私も2人分は食べな………い……よ。
「いただきます!」
「い、いただきます…?」
そこらへんにあったパイプ椅子に座って、ちょっと大きすぎたかもしれない(そして盛りすぎたかもしれない)器を前に手を合わせる。
木のスプーンですくって口に運べば、熱い出汁の中で冷やご飯がほろほろとほどけた。同時に炒りごまの風味が鼻を抜ける。
「うま~~」
高級レストランや料理長の絶品料理とは違う。ものすごく普通の美味しさだ。だがしかしそこが良い。
2口目は鶏肉と一緒に食べる。んんん皮のカリカリとほんのり塩味が身に染みる。控えめに入れた岩塩の食感も楽しい。
3口目は梅と。鶏肉の油っぽさを梅が爽やかにしてくれる。無限ループ不可避。
あ、美味すぎてリナの存在忘れてた。美味しく食べてくれてるかな…?と横に視線を向ける。
そこには、凄まじい勢いでお茶漬けをかきこむリナの姿があった。
うっとりした表情であっという間に器を空にしたリナは、数秒ぼんやりとして、ハッとこちらを見た。
「す、すすすすすみません!ついお行儀悪く……!」
「う、ううん。美味しかった?」
「はい!!!とても美味しかったですわ!!!実家の家族にも食べさせてあげたいくらいです!!」
お、おお……そんなたいそうなものじゃないからそれはちょっと……。
でも、家族に食べさせてあげたい、か。私もよくお祖父様に食べ物貢がれてたな。
思えば彼の愛情表現は大体食べ物だった。曰く、『美味しい食べ物を食べると真っ先にビビに食べさせてあげたくなる』らしい。
『おやビビ、こんな夜にどうした?』
『じっちゃん、ねむれない。おかあさまがいないから……』
『そうか……俺もだよ。じゃあじっちゃんと一緒にお茶漬けでも食うか!』
『おちゃづけ……?』
じっちゃん……会いたいな。
「ヴィ、ヴィヴィアーナさま…!?」
横からリナが驚いた声をあげ、慌てて私の目にハンカチをあててくる。どうやら私は泣いているらしい。
「……ごめん、家族のことを思い出して」
「………ヴィヴィアーナ様……」
この寂しさは旦那様に会えないせいかと思っていたけど、実家を離れた心細さもあったのだろうか。
……私、もうここでずっと1人なのかな。
暗い気持ちで俯いた、その時だった。
「ヴィヴィアーナ様、大丈夫です。大丈夫ですよ」
温かい手がそっと私の背を撫でた。顔を上げれば、そこには随分と優しい顔をしたリナが微笑みを浮かべている。
「ご家族の元を離れて、心細い気持ちは当然です。その上旦那様も帰ってこなくて、知らない邸で1人きり。……寂しいんですよね」
「………うん」
「じゃあ、そんな日は今日みたいに、美味しいご飯を食べましょう。私もご一緒していいですか?」
「…うん」
「ありがとうございます。今度は他の使用人も一緒に誘いましょう。旦那様に叱られたら、私も一緒に叱られます」
侍女にそんなことを言われるのは初めてだった。
驚いて目を見開くと、リナは慌てた顔で口を吃らせた。
「す、すみませんヴィヴィアーナ様!不快に思われましたか!?実家を出た時の自分と重なったものですからつい……!」
「………ううん。嬉しい。最近よそよそしい扱いばかりだったから………それと、ビビで良いわ」
「ビ、ビビ様……」
「うん、リナ」
思わず微笑むと、リナの顔もパッと明るくなる。
「さ、付き合わせて悪かったわね。早く片付けて休みましょうか!」
「はい!」
お茶漬けの最後の一口を口に流し込み笑い合う。はりつめた心はいつしかほどけていた。
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