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第四話〜難解だけど愛おしい〜
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「うーちゃんこんなところで何してるの? お散歩?」
「こんな時間まで佐々木とどこ行ってたの?」
ポケットに両手を突っ込み、呆れ顔でため息を吐きながら、眼鏡の奥で眼光鋭い視線を送るうーちゃん。
見た事ない迫力に、一瞬背筋がヒヤッと震えた。
今まで彼の怒った顔を怖いと思った事は一度もないけど、今初めてこの場で怖さを思い知る。
目鼻立ちの整ったうーちゃんがつくるシリアスな雰囲気は、身震いするほど迫力があるのに、そんな姿まで息を呑むほど惚れ惚れしてしまう。
「こんな時間って、まだ五時前だよ? 小学生じゃないんだから――」
それでも、いつもの調子で話せば笑ってくれる筈。
うーちゃん何言ってるの? 言いかけた言葉は、ヒュンと喉の奥に引っ込んだ。
やっぱり、そんな軽口を叩けるような雰囲気ではない。
「何で他の男と二人で出掛けてるのって言わないと分からない?」
一切の熱を感じない、低く押し殺したような声。
塩対応だとしても優しい、いつもの声とは全然違う。
でも、でもね、うーちゃんにそんなこと言う権利なんてないと思うの!
だって、私は彼女じゃないんでしょ?
「う、うーちゃんには関係……ないと、思う」
「は?」
こ、こわっ。
呆れたような、軽蔑するような、潰れた虫でも見るような……とにかく、そんな風に良くない感情を全てごちゃ混ぜにしたような瞳で、彼は私を見下ろす。
そ、そんな圧かけても、負けないんだからっ!
「だ、だってそうでしょ? うーちゃんは私の彼氏でも何でもないんだから……そんな風に口出しする、権利なんてないんだよ!?」
「もういい」
「ちょっ、うーちゃん!!」
痛い……私の手首をガシッと掴んだうーちゃんは、そのまま私を引っ張るようにして歩き、自分の家の玄関ドアを力任せに勢いよく開けた。
そして、彼にしては珍しく大きな声を張り上げる。
「父さん、車貸して。数時間は帰らないけどいい?」
「おー。気をつけろよ」
リビングの方でうーちゃんパパおじさんの声がする。
うーちゃんどこか出掛けるの?
それならこの手を早く離して欲しい。
お隣さんちのやり取りを、訳も分からずただ見守るしか出来ない。
うーちゃんは、靴箱の上に無造作に置かれている鍵をジャラッと持ち上げ、今度は駐車場へ私を引きずるように連れて行った。
「うーちゃん痛いから手離して」
「乗って」
ピッと電子音が鳴った後、うーちゃんは助手席のドアを開け、中に入るように促した。
「でも、出掛けるなら親に声掛けてこないと」
「ダメ。行かせたら華奈ちゃん逃げるから。俺が後でちゃんと説明するからとにかく今は乗って」
は、はい。
私に拒否権はないのですね。
分かりました。
これ以上彼を怒らせない為にも、おずおずと助手席に乗り込みシートベルトをする。
その間にうーちゃんは運転席に乗り込んでエンジンを始動させた。
「こんな時間からどこ行くの? 明日は二人とも学校だよ?」
ご機嫌を伺うようにチラッと隣を見たけど、強張った横顔が目に入り、すぐに前を向き直した。
「明日一限目あるの?」
「二限から」
「じゃあ大丈夫でしょ」
「だってうーちゃんは?」
「俺は二、三時間眠れれば大丈夫だから」
二、三時間て……そんな夜中まで連れまわす気じゃないよね?
大好きな人との初ドライブ。
それなのに、こんな最悪の状況下では、とても楽しめるような気がしない。
ゆっくり走り出した車は、住宅地を抜け市道を抜け、片側二車線の大きな県道へ。
「どこに向かってるの?」
「二人で静かに話せるところ」
だからそれどこなのよ?
何で教えてくれないの。
県道をひたすら西へと進み橋を渡って、いつの間にか車は隣の小さな街を走っている。
もう乗車して二十分は経過しただろうか。
さっきからひと言も会話もせず、車内には音楽ひとつかかっていない、街並みはどんどん寂しくなっていく。
少なくなる街灯に反比例して、私の不安はどんどん膨れ上がる。
流石に泣きたくなってきたから、どこかでひと呼吸置きたい。
そこで怒ってるぽい、うーちゃんにも冷静になってもらって、帰るように説得しよう。
「うーちゃん、おトイレ行きたい。どこかコンビニ寄って」
「もうすぐだから」
コンビニ作戦は失敗した。
それなら次は――
私が次の作戦を練っているうちに、車は線路脇の細い道へ入る。
すると突然目に入ったのは、電飾煌びやかな大きな建物。
こ、これは。
言われなくても分かる。
えいちおーてぃーいーえる。
"HOTEL"って書いてあるけど、これは所謂"ラブホテル"っていうヤツじゃないですか!
うーちゃんは迷う事なくホテルの門をくぐり、ガレージと思われる場所へ吸い込まれるように入車した。
駐車場付近には、何やら料金表のような看板も見える。
静かになったエンジン音とは反対に、心臓の高鳴りは最高潮を迎える。
「う、うううーちゃん、何でこんなところっ」
慌てふためく私をよそに、運転席から降りたうーちゃんはスタスタとガレージの入り口に向かい、壁にあるボタンを押した。
すると、分厚そうなビニールカーテンが自動で閉まり、外からの視線が遮断される。
とうとう訳が分からなくなった私が助手席に張り付いて動けずにいると、無表情のうーちゃんがやってきてドアを開けた。
ガチャ――
「華奈ちゃん降りて」
差し出された手を掴み、大人しくうーちゃんの後をついて行く。
こんなところ初めて来たけど、造りはこうなってるんだ。
駐車場のすぐ後ろに玄関ドアみたいなのがあって、そこを開けるとお部屋に直結してるらしい。
他の誰とも顔を合わせない親切設計だ。
普通の玄関のように中に入るとたたきで靴を脱いで準備してあるスリッパを履く。
「へぇ、なるほど。出る時払うのね」
うーちゃんは入り口横の自動精算機を見て感嘆の声を上げ、一人で納得している。
やけに落ち着いているから実は来た事があるのかと心配していたけど、この感じだとこういった場所には初めて入った様子。
ラブホテルって、"いかにも"みたいな感じなのかと思っていたけど、想像よりずっとおしゃれでフツーな感じの部屋だった。
このお部屋の場合、落ち着いた色合いのインテリアに、白を基調としたファブリックで清潔感も感じられる。
ソファ前のテーブルに、ジャラッと音を立てて車の鍵を置いたうーちゃん。
次に彼から出て来た言葉に耳を疑った。
「先にシャワー浴びる?」
「ちょっと待って、静かに話をする為にここに来たんだよね?」
「華奈ちゃん面白い事言うね。ただ話をする為だけにここに連れて来たと思ってる?」
「だって……でも……」
「じゃあ一回目はそのままシて、その後二人でシャワーすればいいか」
――三時間いられるから、三回くらい出来るかな?
ブツブツ独り言を言う、目の前の猫背金縁眼鏡くん。
何やら不穏な空気を醸し出してますが、一体どういう事なのか説明して欲しい。
「うーちゃん待って、ちゃんと話したい。まず、どうしてそんなに怒ってるのか、そろそろ教えて欲しい」
「それ本気で言ってるの?」
うん、返事をする前に唇を塞がれた。
そのまま後ろの大きなベッドへ押し倒され、うーちゃんは私の上に馬乗りになると、眼鏡を外し枕元に置く。
大人が何人も横になれそうなやたら大きなサイズのベッドは、うーちゃんの膝の重みでギッと音を立てた。
「うーちゃ、待って……はなし……ん、むぅ……」
日に焼けると蒸発しちゃいそうなほど色白で軟弱なうーちゃんなのに、上にのし掛かる力強さは、私では到底敵いそうになかった。
息継ぎも出来ないほどの濃厚で激しいキスの嵐。
逃げようともがいてみても、長い舌が深いところまで追ってきて離してもらえない。
これは、獲物を捕らえるような肉食獣の目。
しかも、決まった時にご飯をもらえる動物園のじゃなくて、野生のお腹を空かせた獰猛な捕食者。
僕はいかにも草食動物です、って見た目のうーちゃんなのに、今彼の瞳はギラギラと熱の灯った欲情を滲ませている。
「こんなに脚出して、俺の好きな香水つけて何で他の男と会えるの?」
「何で、何でそんな事言うの? 私はうーちゃんの彼女じゃないんでしょ? それなら、誰と会っても何してもうーちゃんには関係ないんだよ?」
ひくっ。
鼻の奥にツンとした痛みが広がり、目の前は一気に潤んで視界がぼやける。
これは、苦手なワサビがツーンと鼻にきた時より遥かに辛い痛み。
「もしかして、華奈ちゃんは俺の彼女になりたかったの?」
え!?
コイツナニヲイッテイルンダ!?
呆気にとられたまばたきと同時に、雫が頬を滑り落ちる。
「だって、好きな人の彼女になりたいって思うのはフツーの事でしょ?」
「うーん? 華奈ちゃんは俺にして欲しい事は必ず言葉にして要求するけど、『彼女にして』とは言った事なかったよね?」
「それは、なかったけど……ちゃんとうーちゃんの事好きって伝えてたし、あんなにエッチしてるんだから、言わなくてもフツー分かるでしょ?」
「なるほど、そういうものなんだね。気づいてあげられなくてごめんね」
「それで……だから、あのお友達の前で否定したの?」
「あぁ、吉田君? そうだけど?」
そうだけど? じゃねぇ!
思わず床に転がったスリッパでツッコミたくなった。
けど、涙を拭う指先が優しかったから、今は我慢してあげる。
「それなら、うーちゃんは私達の関係性を今までどう思ってたの? やっぱりただの幼馴染? 優しいから私の事断れなかっただけ?」
「関係性? 華奈ちゃんは俺の花嫁になる人だから、そういう『彼女』がどうとか『幼馴染』とか気にした事なかったな」
へ?
ハナヨメッテナンデスカ?
先ほどからの理解に苦しむ言葉の数々に、頬を伝った涙は早々に引っ込んだ。
「はなよめ?」
「違うの?」
「はなよめって、花嫁さん? 奥さん? うーちゃんの愛する妻って事?」
「他に何があるの?」
うーちゃん、バカにしたように鼻で笑うなんて酷い。
でもやっと笑顔を見せてくれた。
「そんなの、それこそ言ってくれないと分からないよ?」
「ん? 幼稚園の時約束したよね? やっぱり覚えてない?」
え? 幼稚園?
どうしよう、全然覚えてないんだけど。
しかも、やっぱりって失礼だな!
まさか、うーちゃんはその頃した約束をずっと覚えていて、しかもそれを律儀に守ろうとしてたって事!?
頭良い人の記憶力半端ない。
「うーちゃん一つ言っていい? 幼稚園の時の事なんて昔過ぎて忘れちゃったし、あと、私達はまだ結婚してないんだから、だったら今の状態を一般的に彼氏彼女って言うんじゃないの?」
あ、二つになっちゃった。
「なんか俺、彼女って言い方あまり好きじゃない。俗ぽいって言うか、安っぽいって言うか……」
ナンダソレ……。
世の中の全『彼女』さんに失礼だぞ。
それに彼氏彼女じゃなければ他に何て言うんだ?
恋人とか?
それは、うーちゃんお得意の難しい計算式か何かですか?
頭の中に図式を思い浮かべようとしたけど、おバカな私には何も浮かばなかった。
大好きなうーちゃんだけど、今だけは本気で何言ってるのか分からない。
でも今更そんな事はどうでもいい。
何よりも一番大切な事を確認せねば。
これだけは、どうしたって譲れないのだ。
「うーちゃんは私の事が好きなんですか?」
「は?」
本日二回目の『は?』いただきました。
でもさっきのとは違って、今度はだいぶ表情が和らいで見える。
「だってうーちゃんから好きって言われた事ないもん」
「いつも言ってるよね」
「ちっがーう! いつもは無理矢理頷かせてるだけでしょ? ちゃんとうーちゃんの言葉で証明して欲しいの!」
「まったく、華奈ちゃんは本当にバカだなぁ。まぁ、そこが可愛いところなんだけど」
「バカってひど」
酷い。
全部言う前にまた唇を塞がれた。
今度のは、想いが伝わる優しいキス。
私の大好きな――
でも次の言葉を聞いて、やっぱり耳を疑った。
「証明って言葉だけでいいの? 今から俺がどれだけ華奈ちゃんを好きで想っているか、じっくり態度でも証明するからね。覚悟は出来てる?」
「こんな時間まで佐々木とどこ行ってたの?」
ポケットに両手を突っ込み、呆れ顔でため息を吐きながら、眼鏡の奥で眼光鋭い視線を送るうーちゃん。
見た事ない迫力に、一瞬背筋がヒヤッと震えた。
今まで彼の怒った顔を怖いと思った事は一度もないけど、今初めてこの場で怖さを思い知る。
目鼻立ちの整ったうーちゃんがつくるシリアスな雰囲気は、身震いするほど迫力があるのに、そんな姿まで息を呑むほど惚れ惚れしてしまう。
「こんな時間って、まだ五時前だよ? 小学生じゃないんだから――」
それでも、いつもの調子で話せば笑ってくれる筈。
うーちゃん何言ってるの? 言いかけた言葉は、ヒュンと喉の奥に引っ込んだ。
やっぱり、そんな軽口を叩けるような雰囲気ではない。
「何で他の男と二人で出掛けてるのって言わないと分からない?」
一切の熱を感じない、低く押し殺したような声。
塩対応だとしても優しい、いつもの声とは全然違う。
でも、でもね、うーちゃんにそんなこと言う権利なんてないと思うの!
だって、私は彼女じゃないんでしょ?
「う、うーちゃんには関係……ないと、思う」
「は?」
こ、こわっ。
呆れたような、軽蔑するような、潰れた虫でも見るような……とにかく、そんな風に良くない感情を全てごちゃ混ぜにしたような瞳で、彼は私を見下ろす。
そ、そんな圧かけても、負けないんだからっ!
「だ、だってそうでしょ? うーちゃんは私の彼氏でも何でもないんだから……そんな風に口出しする、権利なんてないんだよ!?」
「もういい」
「ちょっ、うーちゃん!!」
痛い……私の手首をガシッと掴んだうーちゃんは、そのまま私を引っ張るようにして歩き、自分の家の玄関ドアを力任せに勢いよく開けた。
そして、彼にしては珍しく大きな声を張り上げる。
「父さん、車貸して。数時間は帰らないけどいい?」
「おー。気をつけろよ」
リビングの方でうーちゃんパパおじさんの声がする。
うーちゃんどこか出掛けるの?
それならこの手を早く離して欲しい。
お隣さんちのやり取りを、訳も分からずただ見守るしか出来ない。
うーちゃんは、靴箱の上に無造作に置かれている鍵をジャラッと持ち上げ、今度は駐車場へ私を引きずるように連れて行った。
「うーちゃん痛いから手離して」
「乗って」
ピッと電子音が鳴った後、うーちゃんは助手席のドアを開け、中に入るように促した。
「でも、出掛けるなら親に声掛けてこないと」
「ダメ。行かせたら華奈ちゃん逃げるから。俺が後でちゃんと説明するからとにかく今は乗って」
は、はい。
私に拒否権はないのですね。
分かりました。
これ以上彼を怒らせない為にも、おずおずと助手席に乗り込みシートベルトをする。
その間にうーちゃんは運転席に乗り込んでエンジンを始動させた。
「こんな時間からどこ行くの? 明日は二人とも学校だよ?」
ご機嫌を伺うようにチラッと隣を見たけど、強張った横顔が目に入り、すぐに前を向き直した。
「明日一限目あるの?」
「二限から」
「じゃあ大丈夫でしょ」
「だってうーちゃんは?」
「俺は二、三時間眠れれば大丈夫だから」
二、三時間て……そんな夜中まで連れまわす気じゃないよね?
大好きな人との初ドライブ。
それなのに、こんな最悪の状況下では、とても楽しめるような気がしない。
ゆっくり走り出した車は、住宅地を抜け市道を抜け、片側二車線の大きな県道へ。
「どこに向かってるの?」
「二人で静かに話せるところ」
だからそれどこなのよ?
何で教えてくれないの。
県道をひたすら西へと進み橋を渡って、いつの間にか車は隣の小さな街を走っている。
もう乗車して二十分は経過しただろうか。
さっきからひと言も会話もせず、車内には音楽ひとつかかっていない、街並みはどんどん寂しくなっていく。
少なくなる街灯に反比例して、私の不安はどんどん膨れ上がる。
流石に泣きたくなってきたから、どこかでひと呼吸置きたい。
そこで怒ってるぽい、うーちゃんにも冷静になってもらって、帰るように説得しよう。
「うーちゃん、おトイレ行きたい。どこかコンビニ寄って」
「もうすぐだから」
コンビニ作戦は失敗した。
それなら次は――
私が次の作戦を練っているうちに、車は線路脇の細い道へ入る。
すると突然目に入ったのは、電飾煌びやかな大きな建物。
こ、これは。
言われなくても分かる。
えいちおーてぃーいーえる。
"HOTEL"って書いてあるけど、これは所謂"ラブホテル"っていうヤツじゃないですか!
うーちゃんは迷う事なくホテルの門をくぐり、ガレージと思われる場所へ吸い込まれるように入車した。
駐車場付近には、何やら料金表のような看板も見える。
静かになったエンジン音とは反対に、心臓の高鳴りは最高潮を迎える。
「う、うううーちゃん、何でこんなところっ」
慌てふためく私をよそに、運転席から降りたうーちゃんはスタスタとガレージの入り口に向かい、壁にあるボタンを押した。
すると、分厚そうなビニールカーテンが自動で閉まり、外からの視線が遮断される。
とうとう訳が分からなくなった私が助手席に張り付いて動けずにいると、無表情のうーちゃんがやってきてドアを開けた。
ガチャ――
「華奈ちゃん降りて」
差し出された手を掴み、大人しくうーちゃんの後をついて行く。
こんなところ初めて来たけど、造りはこうなってるんだ。
駐車場のすぐ後ろに玄関ドアみたいなのがあって、そこを開けるとお部屋に直結してるらしい。
他の誰とも顔を合わせない親切設計だ。
普通の玄関のように中に入るとたたきで靴を脱いで準備してあるスリッパを履く。
「へぇ、なるほど。出る時払うのね」
うーちゃんは入り口横の自動精算機を見て感嘆の声を上げ、一人で納得している。
やけに落ち着いているから実は来た事があるのかと心配していたけど、この感じだとこういった場所には初めて入った様子。
ラブホテルって、"いかにも"みたいな感じなのかと思っていたけど、想像よりずっとおしゃれでフツーな感じの部屋だった。
このお部屋の場合、落ち着いた色合いのインテリアに、白を基調としたファブリックで清潔感も感じられる。
ソファ前のテーブルに、ジャラッと音を立てて車の鍵を置いたうーちゃん。
次に彼から出て来た言葉に耳を疑った。
「先にシャワー浴びる?」
「ちょっと待って、静かに話をする為にここに来たんだよね?」
「華奈ちゃん面白い事言うね。ただ話をする為だけにここに連れて来たと思ってる?」
「だって……でも……」
「じゃあ一回目はそのままシて、その後二人でシャワーすればいいか」
――三時間いられるから、三回くらい出来るかな?
ブツブツ独り言を言う、目の前の猫背金縁眼鏡くん。
何やら不穏な空気を醸し出してますが、一体どういう事なのか説明して欲しい。
「うーちゃん待って、ちゃんと話したい。まず、どうしてそんなに怒ってるのか、そろそろ教えて欲しい」
「それ本気で言ってるの?」
うん、返事をする前に唇を塞がれた。
そのまま後ろの大きなベッドへ押し倒され、うーちゃんは私の上に馬乗りになると、眼鏡を外し枕元に置く。
大人が何人も横になれそうなやたら大きなサイズのベッドは、うーちゃんの膝の重みでギッと音を立てた。
「うーちゃ、待って……はなし……ん、むぅ……」
日に焼けると蒸発しちゃいそうなほど色白で軟弱なうーちゃんなのに、上にのし掛かる力強さは、私では到底敵いそうになかった。
息継ぎも出来ないほどの濃厚で激しいキスの嵐。
逃げようともがいてみても、長い舌が深いところまで追ってきて離してもらえない。
これは、獲物を捕らえるような肉食獣の目。
しかも、決まった時にご飯をもらえる動物園のじゃなくて、野生のお腹を空かせた獰猛な捕食者。
僕はいかにも草食動物です、って見た目のうーちゃんなのに、今彼の瞳はギラギラと熱の灯った欲情を滲ませている。
「こんなに脚出して、俺の好きな香水つけて何で他の男と会えるの?」
「何で、何でそんな事言うの? 私はうーちゃんの彼女じゃないんでしょ? それなら、誰と会っても何してもうーちゃんには関係ないんだよ?」
ひくっ。
鼻の奥にツンとした痛みが広がり、目の前は一気に潤んで視界がぼやける。
これは、苦手なワサビがツーンと鼻にきた時より遥かに辛い痛み。
「もしかして、華奈ちゃんは俺の彼女になりたかったの?」
え!?
コイツナニヲイッテイルンダ!?
呆気にとられたまばたきと同時に、雫が頬を滑り落ちる。
「だって、好きな人の彼女になりたいって思うのはフツーの事でしょ?」
「うーん? 華奈ちゃんは俺にして欲しい事は必ず言葉にして要求するけど、『彼女にして』とは言った事なかったよね?」
「それは、なかったけど……ちゃんとうーちゃんの事好きって伝えてたし、あんなにエッチしてるんだから、言わなくてもフツー分かるでしょ?」
「なるほど、そういうものなんだね。気づいてあげられなくてごめんね」
「それで……だから、あのお友達の前で否定したの?」
「あぁ、吉田君? そうだけど?」
そうだけど? じゃねぇ!
思わず床に転がったスリッパでツッコミたくなった。
けど、涙を拭う指先が優しかったから、今は我慢してあげる。
「それなら、うーちゃんは私達の関係性を今までどう思ってたの? やっぱりただの幼馴染? 優しいから私の事断れなかっただけ?」
「関係性? 華奈ちゃんは俺の花嫁になる人だから、そういう『彼女』がどうとか『幼馴染』とか気にした事なかったな」
へ?
ハナヨメッテナンデスカ?
先ほどからの理解に苦しむ言葉の数々に、頬を伝った涙は早々に引っ込んだ。
「はなよめ?」
「違うの?」
「はなよめって、花嫁さん? 奥さん? うーちゃんの愛する妻って事?」
「他に何があるの?」
うーちゃん、バカにしたように鼻で笑うなんて酷い。
でもやっと笑顔を見せてくれた。
「そんなの、それこそ言ってくれないと分からないよ?」
「ん? 幼稚園の時約束したよね? やっぱり覚えてない?」
え? 幼稚園?
どうしよう、全然覚えてないんだけど。
しかも、やっぱりって失礼だな!
まさか、うーちゃんはその頃した約束をずっと覚えていて、しかもそれを律儀に守ろうとしてたって事!?
頭良い人の記憶力半端ない。
「うーちゃん一つ言っていい? 幼稚園の時の事なんて昔過ぎて忘れちゃったし、あと、私達はまだ結婚してないんだから、だったら今の状態を一般的に彼氏彼女って言うんじゃないの?」
あ、二つになっちゃった。
「なんか俺、彼女って言い方あまり好きじゃない。俗ぽいって言うか、安っぽいって言うか……」
ナンダソレ……。
世の中の全『彼女』さんに失礼だぞ。
それに彼氏彼女じゃなければ他に何て言うんだ?
恋人とか?
それは、うーちゃんお得意の難しい計算式か何かですか?
頭の中に図式を思い浮かべようとしたけど、おバカな私には何も浮かばなかった。
大好きなうーちゃんだけど、今だけは本気で何言ってるのか分からない。
でも今更そんな事はどうでもいい。
何よりも一番大切な事を確認せねば。
これだけは、どうしたって譲れないのだ。
「うーちゃんは私の事が好きなんですか?」
「は?」
本日二回目の『は?』いただきました。
でもさっきのとは違って、今度はだいぶ表情が和らいで見える。
「だってうーちゃんから好きって言われた事ないもん」
「いつも言ってるよね」
「ちっがーう! いつもは無理矢理頷かせてるだけでしょ? ちゃんとうーちゃんの言葉で証明して欲しいの!」
「まったく、華奈ちゃんは本当にバカだなぁ。まぁ、そこが可愛いところなんだけど」
「バカってひど」
酷い。
全部言う前にまた唇を塞がれた。
今度のは、想いが伝わる優しいキス。
私の大好きな――
でも次の言葉を聞いて、やっぱり耳を疑った。
「証明って言葉だけでいいの? 今から俺がどれだけ華奈ちゃんを好きで想っているか、じっくり態度でも証明するからね。覚悟は出来てる?」
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