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学生編
なんか、やだ
しおりを挟む渚ちゃんは、たぶん。
むっつりだと…思う。
新しく見つけてしまった、相変わらず露出度が高くて過激めな写真を眺めながら、その隣でずっと枕で頭ごと隠してる渚ちゃんに意識を向ける。
さっきはいきなり土下座されてびっくりして読むのをやめたけど、ついつい気になって今、また目を通してる。
…前に見たやつより、えっちな気がする。
渚ちゃんって女の子が好きなのかな?いやでも…変な気は起こさないみたいだし、さすがにそれは違うか。
「……わ、見えちゃってる」
「な、何がですか」
肌の色が変わってる箇所があって、それが布で隠しきれてないことに驚きながら声を出したら、さっきまで頭隠して尻隠さずだった渚ちゃんが、ひょっこり後ろから写真集を覗き込んできた。
ほら。
「やっぱり、むっつりだ」
なんとなくムッとして、肩越しに頬をつつく。
「ち…違いますよ。なにを見てるのか気になっただけです」
「まったく…」
「ほんとですって……皆月さん」
わたしが怒ったと思ったのか、捨てられた子犬みたいに眉を垂らして、渚ちゃんが肩に顎を置いた。
「き、キモいですか…?こういうの」
背後からわたしの持つ写真集を指差しながら伺う仕草で聞かれて、何も言わず首を横に振った。
自分では絶対に買うことはないけど…他人が何冊こういう本を買っていても自由だと思うから。そこに気持ち悪いとか、軽蔑するみたいな気持ちは微塵もない。
…ただ、ちょっと腹は立つ。
どうして腹が立つのかは自分でよく分かってないけど、とにかく気分が悪いのは確かだった。
なんか、やだ。
渚ちゃんが…他の女の子で興奮して、えっちな気持ちを満たしてると思ったら、心が重くなって苦しくなる。
「皆月さん…」
耳の奥に、声が響く。
その声の近さに驚いて振り向いたら、
「怒ってます…?」
視界の全てを、幼いような…かわいらしい顔が埋めた。
不安を浮かべた瞳と、情けなく狼狽えた姿がかわいく映って、ちょっと顔を前に突き出せば触れられるほどの距離に、一度触れたことのある渚ちゃんの唇があった。
夏祭りのあの日、たったの数秒触れ合ったキスの感触が、わたしの鼓動をおかしくさせる。
「怒って…ない」
今なら…できるかな。
また、あの柔らかな感触が欲しくて、つい首を伸ばすように動かした。
「あ、あー……それなら、よかったです」
ふんわりと、包むように口元を覆われる。
目線を遠くへと逸らしながら肩に置いていた顎を離した渚ちゃんは、困ったように頬をかいた。
「すみません、近すぎました」
「…………別に…いいのに」
「いや、また同じことして嫌われたくないんで」
嫌わないのに。
キスをしてからずっと、渚ちゃんは何かに怯えたみたいに距離を取る。
…わたしのこと、怖くなった?
女の子相手なのにキスしたいとか馬鹿なこと言ったから、警戒されてる?何かがあるって、思われちゃったかな。
自分の抱くこの感情が、恋愛なのかなんなのかは分からない。けど、もしかしたらこれって…あんまり女の子に向けていいものではないのかも?と気付きつつはある。それも……断りにくいであろう年下の子に。
先輩っていう立場を利用して、セクハラしてるとか思われてないかな。大丈夫かな。
渚ちゃんへの距離感が、分からなくなる。
どこまで許されて、どこからがだめなの…?
男の人とだって経験のないわたしが分かるわけもなくて、胸がきゅうって辛くなるから、疲れた気持ちで吐息を漏らした。
「…疲れてます?」
こんな何がしたいのかもよく分からないわたしに対しても、渚ちゃんはすぐに察して優しく声をかけてくれる。
「へーき。ごめんね」
「あ、そうだ。皆月さんが喜ぶと思って、お菓子持ってきたんですよ」
「えっ!おかし?」
「うん、お菓子。食べます?」
「たべるたべる…!」
用意してくれた甘いものを前に、単純な脳はあっさりと悩むのをやめた。
「はい、どうぞ」
「ありがと~」
考えたって仕方ないよね。
渚ちゃんとは今まで通りの関係でいいし、本人もわたしに変な気は起こさないって言ってくれてるし…悩むだけ無駄無駄。時間がもったいない。
わたしに、恋愛なんて必要ないもん。
「いただきまーす」
チョコをひと粒、口の中へと放り込む。
舌の温度で溶け出した瞬間、とろけるような甘さが口内を満たして、むせ返るようなチョコの香りが鼻腔いっぱいに広がった。
「んんん~…おいしい~」
心と体が満たされていく。
今のわたしには、甘味《これ》さえあれば充分かな。
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