56 / 65
学生編
我慢の限界
しおりを挟む夜ご飯は、皆月さんが作ってくれた。
希望のメニューを伝えたら、一緒に買い出しに行こうと誘われて、近所のスーパーでふたり仲良く食材を調達した。もちろんお金は私が出した。
相変わらず効率よくパパッと作られた料理を堪能して、洗い物は私が担当。その間に皆月さんはお風呂を済ませた。その後、私もすぐお風呂に入って、髪を乾かしてあげて。
そして、現在。
「う、ぅ~んん…」
悩ましげな皆月さんの声と顔を前に、私は苦笑している。
「ほら、はやく」
持っていた2枚のカードを悩む皆月さんへと近づけて促したら、ようやく覚悟を決めたのか、そのうちの一枚をつまんで、上へと引き上げた。
「あぁん~…!またジョーカーだぁ…なんでぇ」
「はは。残念でした」
そう、今はふたりでババ抜きをしている。
……ふたりで。
私からしたらどっちがババを持ってるのかすぐ分かっちゃうから、面白くもなんともないんだけど…こういうトランプゲームに縁がなかったらしい皆月さんにとっては、ものすごく楽しいようで。
「もう一回、おねがい~」
「もちろん」
「やった」
かれこれ5回目くらいになるババ抜きを始めた。
紅葉ちゃんが生まれるまではひとりっ子で、産まれてからは子育てに忙しかった皆月さんは、幼い頃に誰でも遊ぶようなトランプゲームにも疎くて……でもそれは、私もひとりっ子だから気持ちがよく分かった。
どこまでも無邪気に、楽しそうにはしゃぐ笑顔を目に焼き付ける。
同時に、私がもし仮に変な気を起こして体に触れるようなことがあれば、次こそはもう二度とこの顔を向けてくれなくなるんだ…と、浮つく気持ちを戒めた。
「…そろそろ寝ます?」
「うん、そうしよっかな」
皆月さんの強い希望で布団は敷かず同じベッドで寝る事にした私達は、トランプを片付けて同じ布団へと潜り込んだ。
「………ね、渚ちゃん…」
「ん?なんですか」
「ちょっとだけ、くっついてもいい?」
この人は本当に…憎たらしい。
なんの気なしに、そんなお願いばかりしてくる。
その度に私の心は今にも折れそうで、もう認めたくない何かを認めちゃいそうになるくらいには、しんどいっていうのに。
「…いいですよ」
心が乱れないように気を付けながら、私の腕の中へと無遠慮に入り込んできた体を受け入れる。
彼女の願いは、できるだけ叶えてあげたくなる。だから断るなんてできなかった。
「暑くないですか?」
「うん、へいき」
「夏のうちにエアコン直ってよかったですよ、ほんと」
「そうだね。おかげで今、涼しいよ?」
「それならよかったです」
私の体内は、熱くて変になりそう。
眼下で微笑むその顔を、あまり見ないように視線を逸らす。目が合ったら、血迷っちゃいそうだ。
こういう時に限って…マッチョはいつも仕事をしてくれない。
全ての思考は無に返されて、頭に強く残るのは、皆月さんへの羨望と……一時的な欲求不満がもたらす、下心みたいな何かだけだった。
「おやすみ、渚ちゃん」
「はい。おやすみなさい」
彼女が寝静まるまで、じっと待つ。
それはまるで草むらで息を潜め、狙いを定めた草食動物が休んで膝を落とすのを待つ、肉食動物みたいな気持ちで。
私の欲望をありありと曝《さら》け出せるまで、ただ静かに目を閉じた寝顔を眺めた。
正直もう…かなり我慢の限界である。
昼間、顔が近すぎてキスできそうになったあの瞬間から、今の今まで。
私の頭にはこびり付いたように、皆月さんの唇の感触が浮かび上がっていた。
また触れたい。
「………皆月さん」
穏やかな寝息が聞こえて、しばらく経つ。
もういいかなと、行動を起こした。
「起きてますか?」
石橋を叩いて渡るように確認して、白い頬にかかった横髪を耳の方へと流してあげた。反応はない。
腕で自分の体を軽く支えながら、体勢を変える。もう片方の手で、すやすや眠る顎を上を向かせるように持ち上げた。
「楓さん」
名前を呼んでも、反応はない。
もう…さすがに寝てるよね?
安心して、顔を近付ける。
「……ん…」
唇が触れてすぐ、鼻の奥から漏れるような声が鼓膜を触った。起きた…?大丈夫かな。
だけどすぐには離さないで、艶《なまめ》めかしいような感触を味わうように、唇で挟み込む。
顔のたった一部。たった一瞬。
そこが触れ合うだけでこんなに気持ちいいなんて、欲望が満たされるなんて知らなかった。
「………すみません…」
時間にしたら数秒も経ってない。
短い間ひっついていた唇を、音を立てないようにそっと離して、罪悪感から勝手に謝罪が口から出ていく。
「んっ~…んん…」
まだ眠りが浅かったのか、それとも暑かったのか。
唇が離れてすぐに皆月さんは咳払いをしながら寝返りを打って、背中を向けてしまった。
さびしく思ったけど、少しは欲求不満が解消されてたから気持ちは満足していて、あまり気にせず仰向けになった。
スッキリしたからか、その日はぐっすり…よく眠れた。
19
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる