あざとすぎるよ、皆月さん

小坂あと

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学生編

我慢の限界

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 夜ご飯は、皆月さんが作ってくれた。
 希望のメニューを伝えたら、一緒に買い出しに行こうと誘われて、近所のスーパーでふたり仲良く食材を調達した。もちろんお金は私が出した。
 相変わらず効率よくパパッと作られた料理を堪能して、洗い物は私が担当。その間に皆月さんはお風呂を済ませた。その後、私もすぐお風呂に入って、髪を乾かしてあげて。

 そして、現在。

「う、ぅ~んん…」

 悩ましげな皆月さんの声と顔を前に、私は苦笑している。

「ほら、はやく」

 持っていた2枚のカードを悩む皆月さんへと近づけて促したら、ようやく覚悟を決めたのか、そのうちの一枚をつまんで、上へと引き上げた。

「あぁん~…!またジョーカーだぁ…なんでぇ」
「はは。残念でした」

 そう、今はふたりでババ抜きをしている。
 ……ふたりで。
 私からしたらどっちがババを持ってるのかすぐ分かっちゃうから、面白くもなんともないんだけど…こういうトランプゲームに縁がなかったらしい皆月さんにとっては、ものすごく楽しいようで。

「もう一回、おねがい~」
「もちろん」
「やった」

 かれこれ5回目くらいになるババ抜きを始めた。

 紅葉ちゃんが生まれるまではひとりっ子で、産まれてからは子育てに忙しかった皆月さんは、幼い頃に誰でも遊ぶようなトランプゲームにも疎くて……でもそれは、私もひとりっ子だから気持ちがよく分かった。
 どこまでも無邪気に、楽しそうにはしゃぐ笑顔を目に焼き付ける。
 同時に、私がもし仮に変な気を起こして体に触れるようなことがあれば、次こそはもう二度とこの顔を向けてくれなくなるんだ…と、浮つく気持ちを戒めた。

「…そろそろ寝ます?」
「うん、そうしよっかな」

 皆月さんの強い希望で布団は敷かず同じベッドで寝る事にした私達は、トランプを片付けて同じ布団へと潜り込んだ。

「………ね、渚ちゃん…」
「ん?なんですか」
「ちょっとだけ、くっついてもいい?」

 この人は本当に…憎たらしい。
 なんの気なしに、そんなお願いばかりしてくる。
 その度に私の心は今にも折れそうで、もう認めたくない何かを認めちゃいそうになるくらいには、しんどいっていうのに。

「…いいですよ」

 心が乱れないように気を付けながら、私の腕の中へと無遠慮に入り込んできた体を受け入れる。
 彼女の願いは、できるだけ叶えてあげたくなる。だから断るなんてできなかった。

「暑くないですか?」
「うん、へいき」
「夏のうちにエアコン直ってよかったですよ、ほんと」
「そうだね。おかげで今、涼しいよ?」
「それならよかったです」

 私の体内は、熱くて変になりそう。
 眼下で微笑むその顔を、あまり見ないように視線を逸らす。目が合ったら、血迷っちゃいそうだ。
 こういう時に限って…マッチョはいつも仕事をしてくれない。
 全ての思考は無に返されて、頭に強く残るのは、皆月さんへの羨望と……一時的な欲求不満がもたらす、下心みたいな何かだけだった。

「おやすみ、渚ちゃん」
「はい。おやすみなさい」

 彼女が寝静まるまで、じっと待つ。
 それはまるで草むらで息を潜め、狙いを定めた草食動物が休んで膝を落とすのを待つ、肉食動物みたいな気持ちで。
 私の欲望をありありと曝《さら》け出せるまで、ただ静かに目を閉じた寝顔を眺めた。
 正直もう…かなり我慢の限界である。
 昼間、顔が近すぎてキスできそうになったあの瞬間から、今の今まで。
 私の頭にはこびり付いたように、皆月さんの唇の感触が浮かび上がっていた。

 また触れたい。

「………皆月さん」

 穏やかな寝息が聞こえて、しばらく経つ。
 もういいかなと、行動を起こした。

「起きてますか?」

 石橋を叩いて渡るように確認して、白い頬にかかった横髪を耳の方へと流してあげた。反応はない。
 腕で自分の体を軽く支えながら、体勢を変える。もう片方の手で、すやすや眠る顎を上を向かせるように持ち上げた。

「楓さん」

 名前を呼んでも、反応はない。
 もう…さすがに寝てるよね?
 安心して、顔を近付ける。

「……ん…」

 唇が触れてすぐ、鼻の奥から漏れるような声が鼓膜を触った。起きた…?大丈夫かな。
 だけどすぐには離さないで、艶《なまめ》めかしいような感触を味わうように、唇で挟み込む。
 顔のたった一部。たった一瞬。
 そこが触れ合うだけでこんなに気持ちいいなんて、欲望が満たされるなんて知らなかった。

「………すみません…」

 時間にしたら数秒も経ってない。
 短い間ひっついていた唇を、音を立てないようにそっと離して、罪悪感から勝手に謝罪が口から出ていく。

「んっ~…んん…」

 まだ眠りが浅かったのか、それとも暑かったのか。
 唇が離れてすぐに皆月さんは咳払いをしながら寝返りを打って、背中を向けてしまった。
 さびしく思ったけど、少しは欲求不満が解消されてたから気持ちは満足していて、あまり気にせず仰向けになった。
 スッキリしたからか、その日はぐっすり…よく眠れた。























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