3 / 21
2
しおりを挟む
新たな地への移住を希望する30人ほどの人々が船底で膝を抱えていた。
三郎以外は皆家族での移住のようだった。幼い子どもも多かった。
相模に向かう船は5艘。
その5艘の中で三郎が乗り込んだ船が最大で、戦闘にも耐えられるように、頑丈な板で出来た何枚もの楯で防備し、大きな櫓を持った船だった。楯も櫓も赤や黒、黄、緑、様々な色で彩色されていた。
これほどの大船を三郎は見たこともない。紀州熊野の港にも大船はあった。が、比べ物にならない大きさだった。この船を見たとき、三郎は自分の運命が開けて行くことを確信した。
この船の所有者である双信、その主の伊勢殿、ともに相当な人物に違いない。その支配地にこれから入るのだ。きっと自分も成功者になる……。 成功者になれるなら、何にでもなってやる……。
相模の地はまだ争いの中にあるらしい。それなら死の危険もあるだろう。
が、その恐ろしさは希望にかき消されていた。
熊野の地で話をしてくれた双信の家来、関口太兵衛が、思いもかけず船底で寝転がっていた三郎に話しかけてきた。一人で参加した者はその船では三郎一人だったので、寂しく見えたのか、と三郎は思った。
太兵衛は多弁だった。
自分の身の上話、主の双信の話、これから行く相模の地の話……等。
その中でも、戦場の話は実に面白かった。何よりも、三郎が気に入ったのは、伊勢殿があの明応の大地震を逆手にとって伊豆・相模に電撃的に勢力を広げていく件だ。太兵衛はその戦争に参加したわけではないようだが、実に詳細に話した。
三郎はその話にのめり込んだ。
太兵衛の巧みな話術のせいかもしれないが、三郎はそれ以上に伊勢殿の行動に魅力を感じた。
誰もが地震で苦しんでいたその時に、それを機会に力を伸ばした伊勢殿に惹かれないわけにはいかなかった。これほどの人物のもとに行くのだ。「きっとわが身にもいいことしか待っていない」確信はさらに高まった。
船は途中、三島に立ち寄り、三郎が乗る船ともう二艘の船の船人の一部が降りた。三郎が乗る舟の残りは20人ほどとなった。その目的地は皆相模だと関口太兵衛が、上陸して岸壁に集い手を振る船人を眺めていた三郎にぽつりと言った。
伊豆を越えて、相模に入ると、3艘の船は小田原沖で停泊した。残り2艘は品川に向かった。そして、船人は十数艘の小船に分乗し、上陸した。小田原は遠浅で大型船での上陸は困難だった。
小田原の波は穏やかで、不気味なほど静かだった。
小田原に着いたときは日も暮れかかっていた。月の明かりにうすぼんやりと正面右手に櫓が見えた。そこが小田原城だろう。城と言っても小高い森の頂に櫓だけが見えた。
あそこが小田原城だと右手で指差しながら、太兵衛が言った。右手は力強く真っ直ぐ伸びて、三郎が推察した小田原城に向かっていた。
左手は山また山だが、小田原城から右側は次第に平地となり、海岸まで続いていた。海岸は砂浜がひろがり、そして、砂浜から離れるほど、人家が僅かずつ増えた。しかし、疎らで、大きな町を想像していた三郎は拍子抜けした。
上陸した三郎たちは、皆、小田原の早川沿いの、十数軒の集落のうちの新しく建てたばかりと思える、一番構えの大きな、板葺きの屋根に大きな石をいくつも並べた建物に集められた。数名の武士が三郎たちを迎えた。
そこは、三郎のような移住する者たちを一時的に収容するためにつくられた家のようだった。板敷きの、十家族ばかりが一緒に休められそうな広い部屋が2つ並んでいるが、2つの部屋とも調度品の一切無い殺風景なところだった。
そこで、それぞれが移住地への案内人を紹介された。
いや、皆ではない。まだ到着していない案内人もいた。案内人を紹介されない船人は皆不安な表情を浮べていた。
三郎は運よく案内人がいた。
「伊勢殿の家臣、今は幸田村の開発を任されている河井肥前守だ」
顔じゅう髭だらけの男は名乗った。見た目は若くは無い。年齢は予想がつかなかった。
「太田三郎と申します。何卒よろしくお願いします」
三郎は直立し、深く頭を垂れた。
後ろで髪を綺麗に束ねてはいるが、具足も身に着けておらず、着ているものも粗末で肥前守はとても武士には見えなかった。肥前守という呼称が不釣合いに三郎は感じた。
「開発の仕事は農民と変わらないが、その気になれば、戦いにも出られる。お主も村の仕事が軌道に乗れば、殿の信頼も得られて、望めば、侍にもなれるだろう。我が殿は新参者を大切にするからな」
三郎は強い目をしている、肥前守はそう感じた。この男は侍になりたいのだ。村に居つかないかもしれない……。
それは肥前守が一番警戒していたことだった。
三郎以外は皆家族での移住のようだった。幼い子どもも多かった。
相模に向かう船は5艘。
その5艘の中で三郎が乗り込んだ船が最大で、戦闘にも耐えられるように、頑丈な板で出来た何枚もの楯で防備し、大きな櫓を持った船だった。楯も櫓も赤や黒、黄、緑、様々な色で彩色されていた。
これほどの大船を三郎は見たこともない。紀州熊野の港にも大船はあった。が、比べ物にならない大きさだった。この船を見たとき、三郎は自分の運命が開けて行くことを確信した。
この船の所有者である双信、その主の伊勢殿、ともに相当な人物に違いない。その支配地にこれから入るのだ。きっと自分も成功者になる……。 成功者になれるなら、何にでもなってやる……。
相模の地はまだ争いの中にあるらしい。それなら死の危険もあるだろう。
が、その恐ろしさは希望にかき消されていた。
熊野の地で話をしてくれた双信の家来、関口太兵衛が、思いもかけず船底で寝転がっていた三郎に話しかけてきた。一人で参加した者はその船では三郎一人だったので、寂しく見えたのか、と三郎は思った。
太兵衛は多弁だった。
自分の身の上話、主の双信の話、これから行く相模の地の話……等。
その中でも、戦場の話は実に面白かった。何よりも、三郎が気に入ったのは、伊勢殿があの明応の大地震を逆手にとって伊豆・相模に電撃的に勢力を広げていく件だ。太兵衛はその戦争に参加したわけではないようだが、実に詳細に話した。
三郎はその話にのめり込んだ。
太兵衛の巧みな話術のせいかもしれないが、三郎はそれ以上に伊勢殿の行動に魅力を感じた。
誰もが地震で苦しんでいたその時に、それを機会に力を伸ばした伊勢殿に惹かれないわけにはいかなかった。これほどの人物のもとに行くのだ。「きっとわが身にもいいことしか待っていない」確信はさらに高まった。
船は途中、三島に立ち寄り、三郎が乗る船ともう二艘の船の船人の一部が降りた。三郎が乗る舟の残りは20人ほどとなった。その目的地は皆相模だと関口太兵衛が、上陸して岸壁に集い手を振る船人を眺めていた三郎にぽつりと言った。
伊豆を越えて、相模に入ると、3艘の船は小田原沖で停泊した。残り2艘は品川に向かった。そして、船人は十数艘の小船に分乗し、上陸した。小田原は遠浅で大型船での上陸は困難だった。
小田原の波は穏やかで、不気味なほど静かだった。
小田原に着いたときは日も暮れかかっていた。月の明かりにうすぼんやりと正面右手に櫓が見えた。そこが小田原城だろう。城と言っても小高い森の頂に櫓だけが見えた。
あそこが小田原城だと右手で指差しながら、太兵衛が言った。右手は力強く真っ直ぐ伸びて、三郎が推察した小田原城に向かっていた。
左手は山また山だが、小田原城から右側は次第に平地となり、海岸まで続いていた。海岸は砂浜がひろがり、そして、砂浜から離れるほど、人家が僅かずつ増えた。しかし、疎らで、大きな町を想像していた三郎は拍子抜けした。
上陸した三郎たちは、皆、小田原の早川沿いの、十数軒の集落のうちの新しく建てたばかりと思える、一番構えの大きな、板葺きの屋根に大きな石をいくつも並べた建物に集められた。数名の武士が三郎たちを迎えた。
そこは、三郎のような移住する者たちを一時的に収容するためにつくられた家のようだった。板敷きの、十家族ばかりが一緒に休められそうな広い部屋が2つ並んでいるが、2つの部屋とも調度品の一切無い殺風景なところだった。
そこで、それぞれが移住地への案内人を紹介された。
いや、皆ではない。まだ到着していない案内人もいた。案内人を紹介されない船人は皆不安な表情を浮べていた。
三郎は運よく案内人がいた。
「伊勢殿の家臣、今は幸田村の開発を任されている河井肥前守だ」
顔じゅう髭だらけの男は名乗った。見た目は若くは無い。年齢は予想がつかなかった。
「太田三郎と申します。何卒よろしくお願いします」
三郎は直立し、深く頭を垂れた。
後ろで髪を綺麗に束ねてはいるが、具足も身に着けておらず、着ているものも粗末で肥前守はとても武士には見えなかった。肥前守という呼称が不釣合いに三郎は感じた。
「開発の仕事は農民と変わらないが、その気になれば、戦いにも出られる。お主も村の仕事が軌道に乗れば、殿の信頼も得られて、望めば、侍にもなれるだろう。我が殿は新参者を大切にするからな」
三郎は強い目をしている、肥前守はそう感じた。この男は侍になりたいのだ。村に居つかないかもしれない……。
それは肥前守が一番警戒していたことだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる