あらざらむ

松澤 康廣

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 新たな地への移住を希望する30人ほどの人々が船底で膝を抱えていた。
 三郎以外は皆家族での移住のようだった。幼い子どもも多かった。
 相模に向かう船は5艘。
 その5艘の中で三郎が乗り込んだ船が最大で、戦闘にも耐えられるように、頑丈な板で出来た何枚もの楯で防備し、大きなやぐらを持った船だった。楯も櫓も赤や黒、黄、緑、様々な色で彩色されていた。

 これほどの大船を三郎は見たこともない。紀州熊野の港にも大船はあった。が、比べ物にならない大きさだった。この船を見たとき、三郎は自分の運命が開けて行くことを確信した。
 この船の所有者である双信、その主の伊勢殿、ともに相当な人物に違いない。その支配地にこれから入るのだ。きっと自分も成功者になる……。 成功者になれるなら、何にでもなってやる……。
 相模の地はまだ争いの中にあるらしい。それなら死の危険もあるだろう。
 が、その恐ろしさは希望にかき消されていた。
 熊野の地で話をしてくれた双信の家来、関口太兵衛が、思いもかけず船底で寝転がっていた三郎に話しかけてきた。一人で参加した者はその船では三郎一人だったので、寂しく見えたのか、と三郎は思った。
 太兵衛は多弁だった。
 自分の身の上話、主の双信の話、これから行く相模の地の話……等。
 その中でも、戦場の話は実に面白かった。何よりも、三郎が気に入ったのは、伊勢殿があの明応の大地震を逆手にとって伊豆・相模に電撃的に勢力を広げていくくだりだ。太兵衛はその戦争に参加したわけではないようだが、実に詳細に話した。
 三郎はその話にのめり込んだ。
 太兵衛の巧みな話術のせいかもしれないが、三郎はそれ以上に伊勢殿の行動に魅力を感じた。
 誰もが地震で苦しんでいたその時に、それを機会に力を伸ばした伊勢殿にかれないわけにはいかなかった。これほどの人物のもとに行くのだ。「きっとわが身にもいいことしか待っていない」確信はさらに高まった。
 船は途中、三島に立ち寄り、三郎が乗る船ともう二艘の船の船人の一部が降りた。三郎が乗る舟の残りは20人ほどとなった。その目的地は皆相模だと関口太兵衛が、上陸して岸壁につどい手を振る船人を眺めていた三郎にぽつりと言った。
 伊豆を越えて、相模に入ると、3艘の船は小田原沖で停泊した。残り2艘は品川に向かった。そして、船人は十数艘の小船に分乗し、上陸した。小田原は遠浅で大型船での上陸は困難だった。
 小田原の波は穏やかで、不気味なほど静かだった。
 小田原に着いたときは日も暮れかかっていた。月の明かりにうすぼんやりと正面右手に櫓が見えた。そこが小田原城だろう。城と言っても小高い森の頂に櫓だけが見えた。
 あそこが小田原城だと右手で指差しながら、太兵衛が言った。右手は力強く真っ直ぐ伸びて、三郎が推察した小田原城に向かっていた。
 左手は山また山だが、小田原城から右側は次第に平地となり、海岸まで続いていた。海岸は砂浜がひろがり、そして、砂浜から離れるほど、人家がわずかずつ増えた。しかし、疎らで、大きな町を想像していた三郎は拍子抜けした。
 上陸した三郎たちは、皆、小田原の早川沿いの、十数軒の集落のうちの新しく建てたばかりと思える、一番構えの大きな、板葺きの屋根に大きな石をいくつも並べた建物に集められた。数名の武士が三郎たちを迎えた。
 そこは、三郎のような移住する者たちを一時的に収容するためにつくられた家のようだった。板敷きの、十家族ばかりが一緒に休められそうな広い部屋が2つ並んでいるが、2つの部屋とも調度品の一切無い殺風景なところだった。
 そこで、それぞれが移住地への案内人を紹介された。
 いや、皆ではない。まだ到着していない案内人もいた。案内人を紹介されない船人は皆不安な表情を浮べていた。
 三郎は運よく案内人がいた。
「伊勢殿の家臣、今は幸田村の開発を任されている河井肥前守だ」
顔じゅう髭だらけの男は名乗った。見た目は若くは無い。年齢は予想がつかなかった。
「太田三郎と申します。何卒よろしくお願いします」
 三郎は直立し、深く頭を垂れた。
 後ろで髪を綺麗に束ねてはいるが、具足も身に着けておらず、着ているものも粗末で肥前守はとても武士には見えなかった。肥前守という呼称が不釣合いに三郎は感じた。

「開発の仕事は農民と変わらないが、その気になれば、戦いにも出られる。お主も村の仕事が軌道に乗れば、殿の信頼も得られて、望めば、侍にもなれるだろう。我が殿は新参者を大切にするからな」    
 三郎は強い目をしている、肥前守はそう感じた。この男は侍になりたいのだ。村に居つかないかもしれない……。
 それは肥前守が一番警戒していたことだった。 
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