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第二章 後悔するもの
10 見合い話と約束と
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謎の男がやってきて、私を前世の記憶持ちだと見抜いた件は、一旦終わった。
連絡がこないことには、これ以上どうしようもないもの。
ところで私は最近、仕事に忙殺されていた。
魔法使いとして働いている人でも、一日に魔力蓄積器ひとつの半分を入れられたら上出来らしいの。
私のように毎日三つも満タンにしてなお余裕があるのは、賢者でも成せないとか。
前世の世界と違って、今いる世界は個人情報保護というものが皆無。
私の家には、しょっちゅう魔力目当ての客がやってくるようになった。
最初は父が懇意にしていた貴族たちだった。
貴族の家は、平民の家よりも魔道具設備が多い。
その分使用人を多く雇ったり、専属の魔法使いがいたりするのだが、私が魔力蓄積器を大量に作れるという話を聞いて、買い取りたいと言われた。
公爵閣下御本人がいらっしゃったこともあって、緊張したわ。
私の父は公爵とも仲良くさせていただいていたのねと、改めて亡き父を尊敬した。
貴族の方には魔力買い取り屋と同じ額で、魔力を提供させてもらった。
他には、商人たち。
貴族の口に戸は建てられないし、さっきも言ったけれど、個人情報保護が皆無だからね。
こちらは、一旦話だけ聞いて、身辺調査をさせていただいた上で、値段を買取屋の三割増しでいいなら、と返事した。
魔力は悪用もできる。私の魔力が悪用されるのは我慢がならないので、こういう手段を取ったわ。
結果的に、悪用するルートが見当たらず、三割増しを飲んだ商人には提供した。
それ以外の商人たちの一部には、「魔力ぐらい黙って寄越せ、三割増しじゃなく三割引きだ」なんて暴言を吐くのもいたから、弱い攻撃魔法で脅し返して警備兵に引き渡したわ。
魔伐者にならないかと打診されたこともある。
この世界には人を積極的に襲う獣「魔物」がいる。魔物を退治するのを生業にしているのが、魔伐者という仕事。
ちょっと興味がある素振りを見せたら、マノア達に全力で止められてしまったわ。
「危のうございます」
「ノーヴァ様を危険な場所へ行かせることなどできません」
「魔物なんて『キモイ・汚い・怪我をする』の3Kですよ」
この世界にもアルファベットの概念が……じゃなくて、彼女たちの引き止める言葉を聞いて、私も自分の考えが少々甘かったと気づいたわ。
魔物を探して野営をすることもあるのよね。
七年、キツい境遇にいたのだから、多少のことは問題ないと思っていたけれど、魔物探しのための野営は家も無いしお風呂には入れないし、食べ物も最悪現地調達。
すっかり貴族のお嬢様になった私には無理。
忙しい理由は、魔力関連のことだけじゃない。
私は正式に、亡き父の爵位を継いだ。
若干十六歳の女伯爵として、お披露目もした。
すると、家には次から次に、見合いの釣書が届くようになった。
貴族なら十六歳で結婚するなんて当たり前、何なら、五年前には許婚者がいたっておかしくなかった。
私への見合いの話は、想像通り詐欺女達が握りつぶしていたわ。
笑えたのは、私を指名した見合い相手に、詐欺女の娘を会わせたことがあったそうなの。
相手の方は詐欺女の娘を「ナティビタス伯爵令嬢」だと言われて話をしたり、時にはデートまでこぎつけたそうなのだけど、何せ詐欺女の娘は詐欺女の娘。貴族らしい振る舞いは付け焼き刃だったから、どこかでボロがでたのでしょうね。ことごとく破談になったわ。
貴族の噂話は一日千里を走る。ナティビタス伯爵令嬢は貴族としての品位に欠けるという評判が出回っていたのは、詐欺女たちのせいよ。
私が伯爵位を継いでお披露目をしてから「あれ? あの女は?」となった。
我が家におきた事情も、どこから漏れたのか、気がついたら貴族中に知れ渡っていた。
だからか、見合い話は、魔力の買い取りを申し出てきた貴族の方が、せっせと回してくれているの。
貴族の娘としてはちゃんと考えなければならないことは重々承知なのだけれど……正直、面倒くさいわ。
伯爵としての仕事は、新しい家令の手伝いのおかげで、なんとかやれている。
二十七歳の信頼できる家令の名前はネウム。ブロンズ色の髪に理知的な濃緑色の瞳をした長身の美丈夫で、私をよく気遣ってくれる。
「面倒くさい、ですか」
今日も町を歩けば女性が振り返るイケメンが、私の執務机に紅茶を置きながら、声を掛けてくれた。
「私が七年も家に閉じ込められてるときは全く気にかけなかったくせに、爵位継いだ途端に、だもの」
ネウムとの付き合いはまだ一年足らずだけれど、私はすっかり気を許していた。
「それは私もですね」
「えっ、ネウムを責めてなんかいないわよ」
ネウムが急に自虐するものだから、慌ててフォローした。
「ノーヴァ様はお優しいですね。さて、まだ仕事が溜まっていますよ」
ネウムこそ優しい。
私は紅茶を飲み切ると、目の前の書類の山にとりかかった。
*****
謎の男がやってきてから、五ヶ月ほど経った。
私は相変わらず、日に一度魔力蓄積器三つと別注の小型蓄積器五本を満タンにして売り、ネウムたちに手伝ってもらいながら伯爵としての仕事をこなし、見合いは全て蹴っていた。
「後一ヶ月だけれど、何の連絡もこないわね」
「何がですか?」
私がぽつりと漏らすと、ネウムが質問してきた。
そういえば、ネウムはあの男のことを知らない。
話をした席に、ネウムは入れなかったから。
「五ヶ月くらい前に来た客人がね、私に協力してほしいことがあるのだけど、六ヶ月以内に連絡が無かったら話は忘れてくれって」
「それで五ヶ月ですか。しかしまだあとひと月ありますね」
「そうね。でも、五ヶ月音沙汰なかったから、このまま何もないかもしれないわ」
「それは希望的観測というものです。物事というのは、ギリギリになって動くことが殊の外多いのですから」
「ええ、言うことは解るわ」
来ないものについて話していても仕方がない。
私は雑談を切り上げて、今日もせっせと書類に取り掛かろうとした。
「ノーヴァ様、お客様がお見えです」
来客を告げにやってきた侍女に「どなた?」と尋ねると「例の話に進展があったと伝えてくれと言われた」と返ってきた。
私とネウムは顔を見合わせた。
応接間には私とマノア達三人、それにネウム。
ネウムには「何を聞いても驚かないで欲しい」と頼んである。
「ご無沙汰しております。この度も話の席を設けて頂いて、ありがとうございます」
男は丁寧な仕草で頭を下げた。
「協力を承知したのはこちらですもの。早速ですが、話を伺っても?」
「はい」
男曰く、準備が整ったので、私にはある場所まで来てほしいということだった。
ある場所というのは、別の大陸の僻地。今すぐ出発して、船と陸路で一ヶ月はかかるところだ。
この世界の船旅は、陸路の十倍は危険だと言われている。
目的地へ無事に到着する確率が八十%。つまり二割は失敗して、最悪命を落とす。
マノアたちが「別の大陸へ」と聞いた時点で、さっと顔色を変えた。
私は前世も含めて船に乗ったことなど無い。興味はあるけれど、やはり怖い。
私以外の皆が男へ向けているのは、殺気に似ている。
しかし男は涼しい顔で、驚くべきことを言い放った。
「ああ、ご心配なく。私が転移魔法で送迎します」
「転移魔法!?」
転移魔法を使えるのは、賢者クラスの魔法使いの中でも、更にほんの一握りだ。
男の言い振りから他者を一緒に運べるということでしょう。そんなの、伝説やおとぎ話の世界だ。
「急な話で申し訳ないのですが、これからすぐ向かえますでしょうか。あちらでの滞在で不自由させないことはお約束します」
「その前に、ノーヴァ様が何をさせられるのか、ご説明願えませんか」
話に入ってきたのは、ネウムだ。
ネウムの視線は、私の稲妻の魔法みたいな鋭さがある。
男の方は、そんなネウムの視線を涼しい顔で受け止めて、口を開いた。
「申し訳ありません。事を成すまでは秘密に、というのが今回協力していただく件の魔法的条件なのです。お嬢様は私が命に代えても、無事お返しします。今はこれでご容赦を」
事ここに及んでも、まだ秘密らしい。
本当に、何をさせられるのかしら。
「では、宜しいですか」
男が伸ばしたを、私は素直に取った。
「ノーヴァ様!」
「心配しないで」
私は笑顔を作ってみせたけれど、マノアたちは泣きそうだし……ネウムまでとても悔しそうな顔をしている。
「ノーヴァ様……」
転移魔法が発動する直前に聞いたのは、ネウムの苦しそうな声だった。
連絡がこないことには、これ以上どうしようもないもの。
ところで私は最近、仕事に忙殺されていた。
魔法使いとして働いている人でも、一日に魔力蓄積器ひとつの半分を入れられたら上出来らしいの。
私のように毎日三つも満タンにしてなお余裕があるのは、賢者でも成せないとか。
前世の世界と違って、今いる世界は個人情報保護というものが皆無。
私の家には、しょっちゅう魔力目当ての客がやってくるようになった。
最初は父が懇意にしていた貴族たちだった。
貴族の家は、平民の家よりも魔道具設備が多い。
その分使用人を多く雇ったり、専属の魔法使いがいたりするのだが、私が魔力蓄積器を大量に作れるという話を聞いて、買い取りたいと言われた。
公爵閣下御本人がいらっしゃったこともあって、緊張したわ。
私の父は公爵とも仲良くさせていただいていたのねと、改めて亡き父を尊敬した。
貴族の方には魔力買い取り屋と同じ額で、魔力を提供させてもらった。
他には、商人たち。
貴族の口に戸は建てられないし、さっきも言ったけれど、個人情報保護が皆無だからね。
こちらは、一旦話だけ聞いて、身辺調査をさせていただいた上で、値段を買取屋の三割増しでいいなら、と返事した。
魔力は悪用もできる。私の魔力が悪用されるのは我慢がならないので、こういう手段を取ったわ。
結果的に、悪用するルートが見当たらず、三割増しを飲んだ商人には提供した。
それ以外の商人たちの一部には、「魔力ぐらい黙って寄越せ、三割増しじゃなく三割引きだ」なんて暴言を吐くのもいたから、弱い攻撃魔法で脅し返して警備兵に引き渡したわ。
魔伐者にならないかと打診されたこともある。
この世界には人を積極的に襲う獣「魔物」がいる。魔物を退治するのを生業にしているのが、魔伐者という仕事。
ちょっと興味がある素振りを見せたら、マノア達に全力で止められてしまったわ。
「危のうございます」
「ノーヴァ様を危険な場所へ行かせることなどできません」
「魔物なんて『キモイ・汚い・怪我をする』の3Kですよ」
この世界にもアルファベットの概念が……じゃなくて、彼女たちの引き止める言葉を聞いて、私も自分の考えが少々甘かったと気づいたわ。
魔物を探して野営をすることもあるのよね。
七年、キツい境遇にいたのだから、多少のことは問題ないと思っていたけれど、魔物探しのための野営は家も無いしお風呂には入れないし、食べ物も最悪現地調達。
すっかり貴族のお嬢様になった私には無理。
忙しい理由は、魔力関連のことだけじゃない。
私は正式に、亡き父の爵位を継いだ。
若干十六歳の女伯爵として、お披露目もした。
すると、家には次から次に、見合いの釣書が届くようになった。
貴族なら十六歳で結婚するなんて当たり前、何なら、五年前には許婚者がいたっておかしくなかった。
私への見合いの話は、想像通り詐欺女達が握りつぶしていたわ。
笑えたのは、私を指名した見合い相手に、詐欺女の娘を会わせたことがあったそうなの。
相手の方は詐欺女の娘を「ナティビタス伯爵令嬢」だと言われて話をしたり、時にはデートまでこぎつけたそうなのだけど、何せ詐欺女の娘は詐欺女の娘。貴族らしい振る舞いは付け焼き刃だったから、どこかでボロがでたのでしょうね。ことごとく破談になったわ。
貴族の噂話は一日千里を走る。ナティビタス伯爵令嬢は貴族としての品位に欠けるという評判が出回っていたのは、詐欺女たちのせいよ。
私が伯爵位を継いでお披露目をしてから「あれ? あの女は?」となった。
我が家におきた事情も、どこから漏れたのか、気がついたら貴族中に知れ渡っていた。
だからか、見合い話は、魔力の買い取りを申し出てきた貴族の方が、せっせと回してくれているの。
貴族の娘としてはちゃんと考えなければならないことは重々承知なのだけれど……正直、面倒くさいわ。
伯爵としての仕事は、新しい家令の手伝いのおかげで、なんとかやれている。
二十七歳の信頼できる家令の名前はネウム。ブロンズ色の髪に理知的な濃緑色の瞳をした長身の美丈夫で、私をよく気遣ってくれる。
「面倒くさい、ですか」
今日も町を歩けば女性が振り返るイケメンが、私の執務机に紅茶を置きながら、声を掛けてくれた。
「私が七年も家に閉じ込められてるときは全く気にかけなかったくせに、爵位継いだ途端に、だもの」
ネウムとの付き合いはまだ一年足らずだけれど、私はすっかり気を許していた。
「それは私もですね」
「えっ、ネウムを責めてなんかいないわよ」
ネウムが急に自虐するものだから、慌ててフォローした。
「ノーヴァ様はお優しいですね。さて、まだ仕事が溜まっていますよ」
ネウムこそ優しい。
私は紅茶を飲み切ると、目の前の書類の山にとりかかった。
*****
謎の男がやってきてから、五ヶ月ほど経った。
私は相変わらず、日に一度魔力蓄積器三つと別注の小型蓄積器五本を満タンにして売り、ネウムたちに手伝ってもらいながら伯爵としての仕事をこなし、見合いは全て蹴っていた。
「後一ヶ月だけれど、何の連絡もこないわね」
「何がですか?」
私がぽつりと漏らすと、ネウムが質問してきた。
そういえば、ネウムはあの男のことを知らない。
話をした席に、ネウムは入れなかったから。
「五ヶ月くらい前に来た客人がね、私に協力してほしいことがあるのだけど、六ヶ月以内に連絡が無かったら話は忘れてくれって」
「それで五ヶ月ですか。しかしまだあとひと月ありますね」
「そうね。でも、五ヶ月音沙汰なかったから、このまま何もないかもしれないわ」
「それは希望的観測というものです。物事というのは、ギリギリになって動くことが殊の外多いのですから」
「ええ、言うことは解るわ」
来ないものについて話していても仕方がない。
私は雑談を切り上げて、今日もせっせと書類に取り掛かろうとした。
「ノーヴァ様、お客様がお見えです」
来客を告げにやってきた侍女に「どなた?」と尋ねると「例の話に進展があったと伝えてくれと言われた」と返ってきた。
私とネウムは顔を見合わせた。
応接間には私とマノア達三人、それにネウム。
ネウムには「何を聞いても驚かないで欲しい」と頼んである。
「ご無沙汰しております。この度も話の席を設けて頂いて、ありがとうございます」
男は丁寧な仕草で頭を下げた。
「協力を承知したのはこちらですもの。早速ですが、話を伺っても?」
「はい」
男曰く、準備が整ったので、私にはある場所まで来てほしいということだった。
ある場所というのは、別の大陸の僻地。今すぐ出発して、船と陸路で一ヶ月はかかるところだ。
この世界の船旅は、陸路の十倍は危険だと言われている。
目的地へ無事に到着する確率が八十%。つまり二割は失敗して、最悪命を落とす。
マノアたちが「別の大陸へ」と聞いた時点で、さっと顔色を変えた。
私は前世も含めて船に乗ったことなど無い。興味はあるけれど、やはり怖い。
私以外の皆が男へ向けているのは、殺気に似ている。
しかし男は涼しい顔で、驚くべきことを言い放った。
「ああ、ご心配なく。私が転移魔法で送迎します」
「転移魔法!?」
転移魔法を使えるのは、賢者クラスの魔法使いの中でも、更にほんの一握りだ。
男の言い振りから他者を一緒に運べるということでしょう。そんなの、伝説やおとぎ話の世界だ。
「急な話で申し訳ないのですが、これからすぐ向かえますでしょうか。あちらでの滞在で不自由させないことはお約束します」
「その前に、ノーヴァ様が何をさせられるのか、ご説明願えませんか」
話に入ってきたのは、ネウムだ。
ネウムの視線は、私の稲妻の魔法みたいな鋭さがある。
男の方は、そんなネウムの視線を涼しい顔で受け止めて、口を開いた。
「申し訳ありません。事を成すまでは秘密に、というのが今回協力していただく件の魔法的条件なのです。お嬢様は私が命に代えても、無事お返しします。今はこれでご容赦を」
事ここに及んでも、まだ秘密らしい。
本当に、何をさせられるのかしら。
「では、宜しいですか」
男が伸ばしたを、私は素直に取った。
「ノーヴァ様!」
「心配しないで」
私は笑顔を作ってみせたけれど、マノアたちは泣きそうだし……ネウムまでとても悔しそうな顔をしている。
「ノーヴァ様……」
転移魔法が発動する直前に聞いたのは、ネウムの苦しそうな声だった。
応援ありがとうございます!
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