レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ

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第一章

4 気分の悪い気配

 受付さんの怒声を聞きつけて、ギルドハウスの奥から何人か出てきた。その中には冒険者ギルドの監査役もいた。監査役とはギルドで一番偉い人だ。
 監査役には、今みたいに冒険者同士のトラブルが起きた場合、主に腕ずくの面で対処できるようにという理由で、元冒険者かつレベル六十以上の実力ある人が就く。

「ちっ。……小僧、どうせお前は新参者だろう。ここにはここの、暗黙の了解ってのがある。それを……」
「そんな話は初耳だが?」
 大男が僕に小さな声で耳打ちしてきたところへ、監査役が強面でずい、と割り込んできた。レベル六十以上は五感も鋭い人が多い。小声でも聞こえていたのだろう。
「なんでもないですよ、ハハハ、なぁ?」
「そいつが隣の彼に手を上げたんです」
「な、何言ってやがる、まだ何も……」
まだ・・?」
「はっ!?」
 大男、受付さん、監査役が僕を通り越して会話を成り立たせている。
 受付さんが見たままの事実を述べ、大男が墓穴を掘り、監査役が総合的に判断して大男の首根っこを捕まえた。
 その間に、監査役と一緒に出てきた人たちが周りの人――僕たちが揉めている間、遠巻きに見ていた――から話を聞いて回っていた。
「君からも話を聞きたい」
 はよ帰りたいのだが、監査役にこう言われては従わざるを得ない。
 すっかり大人しくなった大男と共に、僕もギルドハウスの奥にある部屋へ通された。


「……ふむ。状況や周囲の証言とも整合性が取れている。君、ラウトに非は無いな。手間取らせてすまなかった」
 大男は更に別の部屋へ連行され、僕は通された小部屋でお茶まで出してもらった。
「いえ、解っていただければそれで」
 向かいに座った監査役に出来事を一通り話し、温くなったお茶で喉を潤してから、気になっていたことを聞いてみた。
「ところで、あの人が言っていた『暗黙の了解』というのは?」
 監査役は眉間を揉みながら長嘆息し、「恐らくだが」と前置きしてから話し始めた。

 五、六年前からこのあたりの魔物の分布が極端になり、難易度I~Gまでと、C以上しかいない。
 冒険者側のレベルで言うと、二十から四十九までの人の討伐に適した魔物が殆どいないことになる。
 それで三年ほど前から冒険者の間で、誰がどこの魔物をどれだけ討伐するのかと縄張り争いのようなことが行われているというのだ。

「縄張りを売買している冒険者もいるという噂は聞いていたが、あの様子では本当のことのようだな」
「それって……」
「本来なら冒険者の本分を無視した唾棄すべき行為だ。だが、魔物の分布が偏っているのも事実でな。ここ数年の懸念事項なのだよ」
「ここ数年? 前はそうじゃなかったんですか?」
「ああ。魔王降臨と同時に起きた現象と言い切るには時期が不自然で、ギルドでも調査を続けている。ラウトも魔物討伐をしていて気づいたことがあれば、ギルドへ申告してほしい」
 僕が気になっていることと言えば、自分のレベルの上がり具合だけど……。
 今回の件とは関係なさそうなので「特にありません」と答えておいた。


「おかえり! ベッド届いたよー。昨日はごめんね」
 家に帰るとアイリが出迎えてくれた。
 アイリは昨日、僕が床で寝ることになったのを気にしてくれている。
 ベッドのことが頭になかったのは僕も同じで、アイリも床で眠ったというのに。
「ただいま。ベッドありがとう」
「今日は遅くなったね。何かあったの?」
「あった」
「えっ?」

 アイリが用意してくれていた夕飯を食べながら、クエストは問題なく完了したこと、またレベルが上がったこと、他の冒険者に絡まれて監査役に事情説明していたこと、それからこの町周辺の魔物の分布が偏っていることを話した。
「ああ、だから物価が安くて少し治安が悪いのね」
「治安?」
「今日ね、家の掃除が一区切りついて、気分転換に少しだけ町を散策したのよ。ちょっと路地裏を覗いたら、冒険者崩れみたいな人たちがたむろしてたの」
 冒険者崩れとは、素行不良やクエスト不履行等、ギルドが冒険者としてよろしくないと判断し、冒険者資格を取り上げた人たちのことだ。
 一部の冒険者は、明らかにガラが悪い。
 冒険者は日々魔物を相手に戦っているから、冒険者でない人に比べて腕っぷしが強い。強くなる、つまりレベルが上がると性格が横柄になる人がたまにいる。
 当然ギルドはこのことを良く思っていない。
 一定レベルに達するごとに素行調査が入り、それに引っかかると「人として講習会」に強制参加させられる。
 僕とアイリ、そしてセルパン達は一度も引っかかっていないため、「人として講習会」がどんなものかは謎だ。
 噂では、洗脳だとか拷問だとか、物騒な単語ばかり聞こえてくるが。

「危ないじゃないか」
 物騒講習会のことは措いといて。
 アイリは冒険者とはいえ一番非力な回復魔法使いだ。
 冒険者ではなくても、複数の男に襲われたら、どうなるか考えたくもない。
「嫌な予感がしたから足も踏み入れずに取って返したわ」
「ならいいんだけど」

 今日だけで十万ナル近く稼ぐことができたから、数日休んでも問題ないだろう。
 明日からしばらくは、僕も家のことを手伝うと申し出た。
「じゃあ、買い物付き合って。自炊するから料理道具揃えたいの」
「自炊って、アイリ、料理できるの?」
 セルパンの拠点では、持ち回りで家事をしていた。……あれ、そういえば五人いたのに三日に一度は僕がひとりで全ての家事をやっていたような?
 とにかく、アイリやセルパン達が当番の日は昨日や今日みたいに出来合いのものを並べていた。
 ちゃんと作っていたのは僕と、料理好きなクレイドくらいだ。
「できるのよ。でも、あいつらに食べさせたくなくて」
「なんで?」
「……なんでもいいじゃない! 大丈夫、変なものは作らないから」
「う、うん」

 というわけで翌日はアイリに付き合って、商店街へ買い出しにでかけた。
 アイリとあちこちのお店に寄っている間、僕の気配察知に気分の悪いものがずっと引っかかっていて、落ち着かなかった。
「どうしたの? 具合悪い?」
 そわそわしていたら、アイリに心配されてしまった。
「体調は大丈夫。……ちょっと、休もうか」
 アイリを連れて、近くの喫茶店に寄った。店の中に入ると、気配察知の感覚が薄れて少し落ち着いた。
「実はさ、レベルが上がってから、気配に敏感になったみたいで」
 昨日の出来事……グレイウルフの気配が、目に見えないのに手にとるように解ってしまう様子を、なるべく具体的に伝えた。
 現在進行系で、鋭敏になった気配察知能力に、何かが引っかかっていることも。
 アイリは僕の話を真剣に聞いてくれた。
「どこから気配がしているかは、わかる?」
 そして、この気配察知が本当であると、一発で信じてくれた。
「信じてくれるの? 自分で言っちゃ何だけど、気配なんて目に見えないし、僕の勘違いというか只の勘みたいなものかも……」
 アイリは首を横に振り、真面目な顔で僕をじっと見つめた。
「信じる信じないじゃなくて、気配っていうのは実際にある・・のよ。それをラウトが感じ取れるだけの話でしょ」
「そう、なのか」
 アイリの言葉に、僕の胸につっかえていた疑問や疑念が、ふっと消えてしまった。
 アイリが信じてくれるだけで、こんなにも安心できる。
「気配の方向は……さっき入った金物屋さんの向こう側が一番気持ち悪かったな」
「その場所、昨日私がちらっと覗いて、踏み入るのやめたところよ。気配って、魔物と同じ?」
 問われて改めて気配を探る。目を閉じて気配だけに集中すると、室内だというのに外の気配がくっきりと判別できた。
「人、だと思うんだけど……ちょっと違うような」
 気持ち悪いと感じるのは、人か魔物か動物か、正体が曖昧なせいであると断定した。
「確かめに行きましょう」
「アイリは……」
「当然ついていくわ」
 アイリは家に帰れと言おうとしたら、先を越されてしまった。
 こうなってはてこでも動かないのがアイリだ。絶対に僕が守ろう。

 喫茶店を出て、例の場所へ向かう。
 気配に近づくほど、曖昧さが薄れて輪郭がくっきりしてきた。気配の正体は人だ。なのに、魔物に近い気配が混じっている。
 魔物は人の数が多いところには近寄らない。町中にまで魔物が入り込むのは稀だ。
 武器は護身用の短剣のみ。アイリは杖がなくとも回復魔法は使えるが、元々戦闘が苦手だ。
「一旦武器を取りに戻ろうか」
「そんなに危ないの?」
 僕は頷いた。僕一人ならともかく、今の装備でアイリを守れると言い切れるほど自惚れてはいない。

 その時だった。
 気配が動いた。何かが飛んでくる。咄嗟にアイリを庇う。

 飛んできた矢が、僕の肩に突き刺さった。
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