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 魔力測定器に腕を通して、五分ほど過ぎた。
 以前は数十秒くらいで結果が出たのに、どうしたんだろう。
「故障ですか?」
 僕が保健医の先生に問いかけると、先生も首を傾げた。
「定期的に動作確認はしているので、そんなはずは……うあっ!?」
「わっ!」
 突然、測定器が「パンッ!」と破裂音を発し、あちこちから煙を吹き出した。
 慌てて腕を引き抜くと、院長先生が僕の傍に立った。
「大丈夫かね、怪我はないかい?」
「なんともありません、無事です」
「よかった。……ピスカ先生、これは一体?」
 保健医の先生はピスカという名前のようだ。
「考えられるのは二つです。故障か、あるいは……」
 ピスカ先生は言い淀んでから、その可能性を口にした。

「ガルマータ君の魔力値が多すぎるか。しかしこれは、魔力値一万まで測れるものです。流石にその可能性は低いかと」

 魔力値一万超えというのは、魔力を持つ人のなかでもほんの一握りの人たちが持つものだ。
 生まれてこの方魔術なんて一度も発動させたことのない僕が持ってるわけ……。
「ガルマータ君、君に簡単な魔術を教えるから、試してみてくれないか」
 院長先生は僕に、風を起こす魔術を教えてくれた。

「ええと……し、疾風よ、囁け……」
 右手を前方に突き出して、教わった呪文を唱える。
 つい下を向いて小声になってしまった。
 呪文の詠唱って小っ恥ずかしいな!

 そして、やっぱりなにも起きない……と思った次の瞬間だった。

 僕の右手を中心に、ものすごい突風が吹き荒れた。

「ええええええ!?」
「ふむふむ、これは測定器の故障ではなさそうだね」
 ピスカ先生と院長先生は、院長先生が咄嗟に張った結界魔術で守られていた。
 が、部屋の中は何もかもが風で吹き飛ばされて、めちゃくちゃだ。
「ご、ごめんなさい……」
「良い良い。私がやれと言ったのだから、君は気にしなくていい。ピスカ先生、上級測定器の貸出申請をお願いします。それからガルマータ君。ああ、ピスカ先生も申請は後でいいから」
「はいっ!」
「はい?」
 僕は次に何を言われるのかと身構え、ピスカ先生は扉へ向かって走り出すポーズで固まった。

「申し訳ないのだが……片付けを手伝ってもらえると助かる。掃除は苦手でね」

 院長先生は苦笑いを浮かべて、僕たちにお願いしてきた。



「それでこんな時間になったのですか。私を呼んでいただければお手伝いしましたのに」
「手伝ってもらうほどのことじゃなかったし」
 夕食の時間までには、寮に帰ることができた。

 片付けの間に、院長先生とは色々と話をした。

 まず、僕は明日から剣術の授業ではなく、魔術の授業を受けることになった。

 武術と魔術は選択授業だ。魔力持ちは殆ど魔術を選択するし、魔力が少なければ自動的に武術をとる。
 極稀に、魔力持ちでも武術の授業を選ぶ場合もある。ちなみにそれが、シャールだったりする。
 シャールは魔力量が多く、既に様々な魔術が使える。
 だから魔術の授業を受けるより、苦手な剣術を克服したいとか言ってたっけ。

 それから、僕が魔術を使うのは、魔術の基礎的な理論を学び、更に最初のうちは学院が管理している戦闘練習用の森か荒野で、という条件がつけられた。
 僕が教えてもらった風の魔術は初級も初級かつ最弱で、魔力量五千ほどの人が全力で使っても、あんな大事にはならないものらしい。
 つまり、魔力制御のできないうちは魔術使うべからず、ということだ。

「若様に魔力があったとは……旦那様にお伝えせねばなりませんね」
「それも待って」
「何故です?」
「せめて魔力値が確定するまで。突然出てきた魔力だから、突然なくなるかもしれないでしょう? 父上をぬか喜びさせたくないんだ」
「仰る通りですね。畏まりました」

 魔力持ち同士の子供が魔力なしだったり、逆に魔力なし同士の子供が魔力持ちだったりする。
 本当に、神様の気まぐれの産物なのだ。


「就寝のお時間です」
 夕食の後、部屋で本を読んでいたらカンジュに声を掛けられた。
 読んでいたのは、学校で借りてきた「魔術基礎理論」という本だ。
 明日から始まる新しい授業の予習をしていた。
「もうそんな時間か。あとこれだけ読んだら寝るよ」
「ほどほどになさってくださいね。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
 魔術の本がとても面白い。
 転生前の記憶にある、ゲームの攻略本を読んでいる気分なのだ。
 呪文はこのよくできた脳にするすると入っていく。
「清き雫よ……おっと、唱えちゃ駄目だった」
 初級の水魔術を途中まで口にした途端、身体の奥底から湧き上がるものがあって、今にも弾けそうになった。
 多分これが魔力だろう。
「呪文より先に、制御方法だな。ええっと、87ページ……」
「若様」
 扉の向こうから、カンジュの低い声が聞こえた。
 時刻はカンジュが決めた就寝時間を二時間も過ぎていた。
「お、おやすみなさいっ!」
 僕はどうにか本から手を離し、速やかにベッドへ潜り込んだ。



「だから、どうしてアイツも来るんだよ……」
 選択授業の時間になり、魔術クラスの教室へ行こうとする僕の後ろを、例の奴がついてきた。
 それと、何故かシャールも一緒だ。
「シャールはどうして?」
「俺はもともと魔力持ちだから、魔術クラスを受ける方が自然だろう?」
「そうだけどさ」
 シャールの手には真新しい教科書類がある。
「だったらどうして剣術クラスにいたんだよ」
「最初に言っただろ、魔術は大体勉強してあったから」
「じゃあやっぱりこっちにくる理由なくないか?」
「なんだよ、俺と一緒は嫌か?」
「シャールなら嫌じゃないよ」
 あえて「シャールなら」のところを強調した。
 奴はというと、僕の背中をじっと見つめている。視線で服が焦げそうだ。

 しかし今回ばかりは、先生方も何かの圧に屈さなかった。
「ネビス君。貴方は剣術クラスですよね」
「そいつだって剣術クラスのはずだ。どうしてここにいるんだ」
「彼には魔力がありました。貴方に魔力はありませんよね。今ここで再検査しますか?」
「ああ、そうだな」
 あいつの自信はどこから来るのだろう。

 その場で行われた測定で、奴は魔力値たったの「5」を叩き出した。

「5って……」
「私の弟でも30よ。よくあれで魔術クラスに入れると思ったわよね」
「5じゃなぁ」
「5っぽっちじゃ何の魔術も使えないことぐらい、赤ちゃんでもわかるっつの」
 あちこちから聞こえる嘲笑に、奴は顔を赤くしたり青くしたりしてぷるぷる震えだした。

「ご、5でも呪文さえ唱えれば……! 大体! ガルマータの奴だって20しかなかったはずだろう!」
 こいつ、どうして僕の以前の魔力値を覚えてるんだ。
「彼は再検査で魔術が使えると判明しました。貴方は、ご覧の数値です。呪文なんて唱えてみなさい。最悪、魔力を失って廃人になりますよ」
 魔力は一定値以上ないと、魔術自体発動しない。無理にやろうとすれば、先生の言う『廃人化』もあり得る。
「ぐっ……」
「さあ、授業の邪魔です。去りなさい」
 奴は尚もしばらく顔面をカラフルにして震えていたが、拳を握りしめて走り去った。

「はい、授業を始めます。まずは、新しく魔術クラスに加わった二人に自己紹介をしてもらいましょうか」
 先生に視線で促され、僕とシャールは皆の前に立った。
「シャール・ディスタギールです。剣術クラスにいましたが、やはり魔術を学び直したいと考え、こちらに編入しました。よろしくお願いします」
「ローツェ・ガルマータです。昨日、魔術が使えるだけの魔力があることが判明したので、剣術クラスからこちらへ編入しました。よろしくお願いします」
 それぞれ温かい拍手をもらい、授業が始まった。

「ガルマータ君はこちらへ。君はまだ始めたばかりですから、理論からです」
「先生、俺もちゃんと一から学び直したいです」
「殊勝な心がけですね。では、ディスタギール君もこちらへ」
 僕とシャールは皆から離れた場所で座学。他の皆は、広い運動場のあちこちに立って、魔術的な破壊防止機能を備えた大岩に向かって様々な魔術を放っていた。

「……と、ここまでが魔力制御の基礎です。では、やってみましょうか」
「はい」
「はい」
 僕はともかく、シャールは本当にこの部分の再勉強が必要なのだろうか。
 ちらりと隣のシャールを見ると、シャールはニッと笑い、先生に向かって手を挙げた。
「俺からやります」
「いいですね。ガルマータ君にお手本を見せてあげてください」

 シャールは立ち上がって僕たちから少し離れると、両手を軽く広げて、目を閉じた。
 シャールの胸のあたりに、温かいような、眩しいようなものが集まっていく。
「あれが魔力ですか」
 僕が先生に尋ねると、先生は目を丸くした。
「ええと、ガルマータ君には彼の魔力が視えているのですか?」
「いえ、魔力が視えているのではなくて、なにかこう、それっぽいものがあるなと解るんです」
「……なるほど。ええ、あれは魔力です」
 シャールは集めた魔力を全身に巡らせ、すっと身体の奥にしまい込んだ。
「よくできました。完璧ですね」
「ありがとうございます!」
 制御できている魔力というのは、自在に動かしたり、動かす量を調整することができるようだ。
「では次、ガルマータ君、やってみてください」
「はい」

 僕も立ち上がり、二人から距離を取って、シャールの真似をした。
 途端に、ふっ、と身体が軽くなった気がした。
「うわわっ! ローツェ!」
「ガルマータ君! 止め止め! 一回降りてきて!」
 降りる? どういうことだろう。
 目を開けると、二人がずいぶん下にいた。
 違う。僕が、浮いていた。
「えっ、なっ……あでっ!」
 集中が途絶え、魔力が霧散すると、浮いていた僕は地面に落ちるわけで。
「大丈夫かっ!?」
「痛いけど、尻打っただけ。平気だ」
「ごめんなさい、魔力制御であんなことになるなんて見たことなくて、つい止めてしまいました。君たちは今日はここまでです。ディスタギール君、ガルマータ君を保健室へ」
「先生、僕、平気で」
「魔力制御を途中で止めてしまったのです。流れに乱れがあるかもしれません。保健医のピスカ先生に診てもらってください」
「はい」
 先生があまりに心配そうな顔で言うので、僕はシャールに付き添ってもらって、保健室へやってきた。

「ふむ、魔力の乱れは無いですよ。身体に痛みや不調を感じる部分はありませんか?」
 ピスカ先生が僕の身体のあちこちに手をかざした。これで魔力の流れが診察できているらしい。
「ええと……尻が痛いです」
 魔術クラスで使う外の教室の地面は、歴代の生徒たちの足や魔術でしっかりと踏み固まっている。
 その地面に尻から着地したせいか、まだじんわり痛むのだ。
「なるほど。そのまま動かないでくださいね」
 椅子に座ったままの僕に、ピスカ先生が両手を翳して目を閉じる。
「痛苦よ疾く去ね」
 初級の光魔術だ。ピスカ先生の両手から金色の光がふわりと僕に降り注ぎ、尻の痛みはすっかり消えた。
「治りました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ああ、そうそう。測定器は明日届く予定です。明日の授業後にまた、院長室へ来てくださいね」
「わかりました」
 ついでに明日の予定を入れられて、僕とシャールは保健室を後にした。

 僕たちが次に向かったのはラウンジだ。
 授業が早く切り上がったので、次の授業まで一時間ほどある。
 ラウンジについた途端、シャールの姿が見えなくなった。
「ローツェ、こっちだ」
 既に紅茶のスタンバイをして、日当たりの良い席を陣取っていた。
「シャール、魔術でも使ったの?」
「こんな魔術ないよ。種明かしするとだな、俺の侍女が先んじて下準備してくれてるんだ」
 シャールの視線の先には、メイド服姿の女性が二人、こちらに向かって会釈した。
 思わず会釈を返しそうになって、片手を軽く上げるだけにとどまった。僕は伯爵令息だから、侍従や侍女に一々礼はしないんだ。
「にしても、魔力制御だけであの調子じゃあ、ローツェの魔術を拝めるのはまだ先だなぁ」
 シャールが紅茶を傾けながら、ぼそりと呟く。
「うー。何かコツとかない?」
 ちゃんと先生の言う通りに、教科書に書いてあるとおりにやったつもりだったのだ。
「そんなん聞かれたの初めてだよ。そういやさっき、測定器がどうのって言ってたな。お前の魔力値、いくつなんだ?」
「それが……」
 シャールに話そうとしたときだった。

「ガルマータ! お前は退学だ!」
 ラウンジに響き渡る、奴の声。

 奴は勝ち誇った顔で、こちらを睨みつけていた。
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