世界が終わってしまうから、俺に本気を出させないでくれ

桐山じゃろ

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 まず、今はまだ授業中だ。
 僕とシャールはトラブルがあって早めに授業が終わったという理由があって、ここにいる。
 他にも数人いるが、似たような理由だろう。

 ラウンジは生徒なら誰でも使えるが、それ故に最低限のマナーを守るという暗黙のルールがある。
 大声を出すなんて以ての外だ。

 更に、誰かが退学になるだとか、そういう話は教員の誰かや院長先生が通告するもので、生徒同士で連絡するなど有り得ない。

 以上の理由と普段の奴の言動から、その場に居た全員が「何言ってんだこいつ」という視線を向けた。

 しかし奴は、相変わらずふんぞり返っていっる。

 僕は浮かしかけた腰を椅子に下ろした。

「ここにある測定器が壊れちゃって、正確な数字はわからないんだ」
「壊れた!? 確か一万まで測れるやつだろ?」
「よく知ってるな」
「おい、俺を無視するなっ! お前は退学なんだぞ、ガルマータ! さっさと荷物をまとめて……」
 僕がシャールに話の続きをしていたら、奴が割り込んできた。
 奴め、僕の肩を掴んで、無理やり身体を捻らせてくる。地味に痛い。
「ネビス! 何やってるんだ!」
 シャールが立ち上がって、奴を僕から引き剥がしてくれた。
「邪魔をするな、子爵風情がっ!」
 あれ? シャールって子爵子息だっけ?
 そういえばシャールの家の爵位を聞いたことがないな。学院じゃ爵位は無意味だって教わったから、気にしていなかった。
 とはいえ、貴族は貴族だから、少なくともクラスメイトの家の爵位や同じ伯爵位の家は把握している。
 シャールは……入学式の後で僕に自然と話しかけてきて、それからの付き合いだ。

 シャールは奴が振り回した腕を難なく受け止め、関節を極めてその場に倒した。
「なっ!?」
「おい、シャール、そんなことして……」
「誰か! 先生を呼んできてくれ!」
 僕の心配などお構いなしに、シャールは奴を取り押さえたまま、ラウンジにいる人達に叫んだ。
 誰かが走り出そうとした時、ラウンジに大人が現れた。僕たちの担任の、レナ・ビリュイ先生だ。
 ビリュイ先生は息を切らしている。走り回っていた様子だ。
「ここにいたのですか。――風の鎖よ、戒めよ!」
 先生はシャールと奴を見るなり、風魔術を放った。
 エメラルドグリーンの風が奴を包み込み、腕が極まった姿勢のまま、がっちりと固まった。
「ディスタギール君、もう離しても大丈夫です。彼はこのまま私が引き受けます」
「はい」
 シャールは素直に返事をし、奴から手を離して身体を起こした。
「大丈夫か?」
「俺はなんともないよ」
「そういう意味じゃなくて……」
「お前が考えてる意味でも大丈夫なんだよ、心配するな」
 シャールは年齢不相応に見える程、不敵な笑みを浮かべた。



 結論から言えば、僕が退学になるというのは奴の勘違いだった。
 勘違いというより、奴の脳内でのでっち上げだ。

 僕が突然魔力持ちだと判明したのは、僕が不正に魔力を隠していた、と決めつけ、不正を行ったのなら退学だ、となったらしい。意味わからん。
 幸いにして、奴は自分の「素敵な思いつき」を、僕自身に言うまで他の人には黙っていたおかげで、大きな騒ぎにならずに済んだ。
 ラウンジにいた人たちは皆、常日頃から奴の言動に辟易していたから「ああまたアイツが何か言ってる」という程度の認識しかしなかった。

 でも、一人だけ先に伝えてしまった人物がいた。

 奴の父親である、ネビス公爵だ。

 庶民や、そこらの貴族では手の届かない、通信用の魔術器具で連絡したらしい。

 ネビス公爵は、自ら早馬を駆って翌日の昼過ぎには学院へやってきた。仕事とか無いのか。暇なのだろうか。

 公爵がやってきたことは知っていたが、僕と直接対面はしなかった。
 院長先生や他の先生方が、僕と鉢合わせないように、配慮してくださったのだ。

 どんな話し合いが行われたのかは、生徒に公表されなかったが、公爵がやってきた次の日から、奴の言動が少々大人しくなった。

 人づてに聞いた話によると、ネビス公爵は先日の一件――この学院には不正が横行しているなどという根も葉もない話を広めたことだ――以来、王宮から厳重注意を受けていた。
 そこへ来て、今回の件だ。
 息子の暴走とはいえ、息子はまだ未成年。息子の尻拭いは親がするものだ。
 公爵は「ガルマータ伯爵子息の退学はフォート・ベン・ネビスの妄言」「ガルマータ伯爵子息に非はなく、完全に被害者であり公爵子息こそが加害者」「彼は兼ねてより目に余る言動が多い」「このままでは退学処分となる」と聞かされ、白旗を上げた。
 流石の公爵も、自分の息子の行動が良くなかったと認めたそうだ。


 大人しくなったと言っても、クラス委員長の仕事は相変わらず僕や他のクラスメイトがやっている。
 そして、先生が時折思い出したかのように「これはクラス委員長の仕事ですね」と渡された仕事は、押し付け先が僕以外の誰かに変わっただけだ。
 座学中は聞いていないか居眠りしているし、剣術の授業もまともに受けていない。

 先日、学院で初めて定期テストが行われたが、奴の名前は一番下にあった。

「すげぇな、ローツェ」
「ありがとう。シャールこそ、魔術一位おめでとう」
 僕は座学で一位を取れた。シャールは魔術で一位、座学は三位だ。
 魔術は、僕は相変わらず魔力制御が上手くできず、実技テストを受けることができなかったため、欄外だ。
 失格、落第にならなかったのは、退学騒動のすぐ後に行われた、魔力測定の結果が響いている。

 僕の魔力、五十万もありました。

 過去に例を見ない数値だというのにちゃんと測れたのは、上級測定器を作った技術者の遊び心だそうだ。
 測定後すぐに箝口令が敷かれ、真実を知るのは僕と院長先生、担任のビリュイ先生、測定に立ち会った保健医のピスカ先生のみ。
 よって、僕の魔力値は「五千」ということになっている。これでもかなり多い。

「そろそろ制御も出来るようになってきただろ。次は勝てる気がしないなぁ」
 シャールはカラカラと笑い、僕の肩をぺちぺち叩く。
「いや、難しいよ、やっぱり」
 魔力値が多すぎるのが問題ではなく、僕は本気で制御が苦手だ。
 初級の風魔術で部屋中をぐちゃぐちゃにするようなことはなくなったが、それでも常人の数倍の威力になってしまう。
 魔術は初級なら初級の威力で制御しなければ、魔術師としては失格なのだ。
「また付き合うぞ」
「いいの?」
「ああ。試験休みに予定はないし」
「じゃあよろしく」



 学院内には魔術による頑強な結界が施された部屋、魔術練習室がいくつかある。
 生徒は、事前申請すれば練習室を借りられる。
 僕は魔力制御のためにそのうちの一室をほぼ独占状態で借りている。
 何せ魔力五千だからと、先生や他の生徒たちも許してくれているのだ。

「危なかったら跳ね返してくれよ」
 魔術には、相手の魔術をほぼ完全に反射するという術がある。
 高度な魔術だが、シャールは余裕で使いこなしていた。
「わかってる。いつでもいいぞ」
「よし。――疾風よ、囁け」
 初級の風魔術を詠唱する。短い語句なのに、途中から身体の中で魔力が膨れ上がる気配がした。それを、僕なりに一生懸命抑え込む。
「ぐっ……」
 小さく、小さく。発動寸前の魔術を手に溜めたまま、魔力制御に全力を注いだ。
 これまでだったら、そのまま暴発させて部屋中に酷い強風を起こしていた。
 でも、ずっと練習してきた。
 回数を重ねるごとに、魔力の縮め方のコツのようなものが見えていたんだ。

 僕の中で何かがすっと収束する気配を感じた。

「お、できたじゃないか!」
 僕の手から放たれたのは、やや強めのそよ風だった。
「いまのでいいのか?」
「ああ。普通より若干強いが、もう誤差の範囲だ。そこまで制御できてるなら合格だ」
「っしゃああ!」
 苦節二ヶ月。僕はついに、魔力制御に成功した。
「よかったなぁ!」
 シャールが僕の肩や背中をばしばし叩く。
「痛いよ。ありがとうシャール」
「ははは、気にすんな。それに、まだこれからだぞ。安定して制御しないとな」
「だな。まだ時間あるか?」
「勿論」

 この日は二十回中十回成功した。失敗の十回も、最初に比べたら威力は半減以下になっている。
「俺の魔術の成績一位も、時間の問題だな」
 シャールが軽口で僕を讃えてくれるのが、こそばゆかった。
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