世界が終わってしまうから、俺に本気を出させないでくれ

桐山じゃろ

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 奴が何のつもりなのかをシャールから聞き出せたのは、授業後の魔術の自主練のときだった。
 その時間まで、奴は隙あらば僕に猫なで声で話しかけてきたし、憩いのひとときであるラウンジでのお茶の時間も割って入ってきた。
 シャールは奴にだけ茶を淹れなかったのだが、奴の侍女が僕たちのテーブルに勝手にあれこれと置いた。
 僕とシャールは、それには全く触れず、奴は居ないものとして過ごしたのだが、奴は意に介さず寛いでいた。
 ある意味、さすが公爵令息だ。

「貴族の口に戸は建てられなくてな。俺が『王位を狙っている』という噂を意図的に流したら、速攻であのザマだ」
「それはわかる」
「俺やローツェにつく理由だよな。雲の上の存在である第一王子殿下が王位に就くより、同じ学校の同じ教室で授業を受けた『ご友人』が王になったら、後は色々と利用できると考えてるんじゃないか?」
「どういう思考回路だ……」
 奴は本来、同じクラスではない。公爵家の地位を悪用して、成績上位者しか入れない1組に無理やりねじ込んできたのだ。
 シャールの親友である僕に対し、何かといちゃもんをつけたり、一時は『退学だ』と迫ってきた。
 それを今更なかったことにして仲良くしようとするだなんて、頭が悪いにも程がある。

 僕が頭を抱えていると、練習室の扉を叩く音がした。
「ガルマータ君、いますか?」
 知らない女の子の声だ。
 僕たちは顔を見合わせてから「はい」と応えた。

「あ、あの、ガルマータ君がいつもここで自主練してるって聞いて」
 扉を開けると、そこにはやはり知らない女の子がいた。
 白にも見えるほど透き通ったプラチナブロンドに、薄い桃色の瞳。
 綺麗に整った顔立ちは、美少女と言って差し支えないだろう。
「君は?」
 シャールも彼女を知らない様子だ。
「あ、すっ、すみません、私、アンナ・プルナと申します。2組です。こ、これっ! 差し入れです!」
 アンナと名乗った女の子は、手に持っていた包みを僕にぐいと押し付けた。
「え? 何?」
 自慢じゃないが、僕は女性に耐性がない。前世は女っ気など存在しなかったし、今生でも女子はみんな、僕を遠巻きにしているのだ。
 シャールによれば「お前は顔が良すぎて近づき辛いんだよ」とのこと。
 美少年すぎても駄目なのか。世の中の恋人たちはどうやって成立しているのだろう。
「く、クッキーを焼いたのでっ!」
「クッキーを、どうして僕に?」
「差し入れですっ!」
 アンナは下を向いて、尚も僕に包を押し付けてくる。
 シャールが肘で僕の脇腹をつついた。受け取れ、ってことだ。
「それはどうも、ありがとう」
「いいえっ! ではっ!」
 アンナは顔を真赤にして、駆け足で去った。

「今の何?」
 僕はシャールに説明を求めたが、シャールも首をひねった。
「わからん。同じ学年で、俺たちに何かしてきそうな奴は一通り調べ上げたんだがな」
 シャールですらノーマークなら、僕にわかるはずもない。
「せっかく貰ったんだし、開けてみたらどうだ」
「そうだな」
 僕たちは練習室の隅にあるソファーへ移動して、テーブルの上に包みを置き、中身を広げた。
 アンナの言う通り、中には紙に包まれたクッキーが入っていた。
 しかも、かなり手の込んだやつだ。
「本当に手作りかな、これ」
「ちょっと待ってろ」
 シャールがクッキーに手をかざす。
「見よ、遍く真実を」
 鑑定魔術だ。かなり高度な魔術なのに、シャールは簡単に使いこなしている。
「とりあえず、毒は入ってないようだ。小麦粉とバターは良いのを使ってるし、砂糖は少なめ」
「そんなことまで解るのか」
「お前にもできるんじゃないか? やってみろよ」
「あ、そうか」
 練習室では魔力制御と、制御が目に見える形で現れる攻撃魔術しか使っていなかった。
 魔術が使える可能性は、魔力量に依る。
 シャールは魔力量二千と言っていた。これでも、十歳にしては破格の魔力量だ。
 で、僕は五十万。詠唱さえ覚えれば、何だって使えてしまう。
 とはいえ制御にはまだまだ不安が残るから、あれもこれもと手を出す訳にはいかない。
 しかし、鑑定魔術なら威力が増したところで、何の害もないだろう。

 シャールを真似てクッキーに手をかざし、詠唱した。
「見よ、遍く真実を……!?」

 頭の中が弾けるような感覚がした。
「わっ、わっわわわ」
「落ち着けローツェ! 魔力を止めろ!」
 膨大な量の情報が頭の中に流れ込んでくる。
 使用された材料はミリグラム単位で、産地やクッキー生地を捏ねた手の温度までも解ってしまった。
 慌てて魔力の流れを止める。魔術も止まったが、まだ頭の中が混乱していて、心臓がバクバクいっている。
「はぁ、はぁ……びっくりした」
「すまん、迂闊だった。お前ほどの魔力量になると、鑑定魔術でもそんなことになるんだな」
 シャールが淹れてくれた紅茶を飲み干して、ようやく落ち着いた。
「大丈夫か?」
「なんとか」
「混乱させておいて悪いんだが、好奇心が抑えられない。どれだけのことが解ったんだ?」
「ええと……小麦粉はタンツィオ産で百三十二.二グラム、粉砂糖はアベラート産で四十三.八グラム……」
「細かっ!」
「あと、クッキーを作ったのはアンナじゃないな。アレッサっていう名前の人だ。それと、毒っぽいものは入っていないが、アンナの魔力が多めに込められてる」
「! それは……これは食わないほうが良いな。ローツェが鑑定して良かったよ」
「だな」
 料理には少なからず、作った人の魔力が入る。
 手で生地を捏ねるようなものは特に顕著だが、その程度では実害はない。
 今回のように、作った人物以外の魔力が込められている場合、良い効果なら祝福、悪ければ呪いのアイテムになる。
「彼女のことは調べておくよ」
 シャールはクッキーを包み直し、自分の鞄に仕舞った。
「もし味の感想を聞かれたら、適当に『美味しかった』とでも言っておいてくれ」
「承知した」
「あと、鑑定魔術の制御訓練をしておいたほうが良いな」
「攻撃魔術よりは周りに影響出ないし、寮でやっておくよ」
「それがいい」



 自主練を終え、寮に戻ってから、カンジュに今日の出来事を話した。
「アンナ・プルナ? もしや、金髪にピンク色の目をした、このくらいの身長の女ですか?」
 カンジュは自分の胸の下あたりに、右手を地面と水平にして当てた。
 確かにそのくらいの身長だったな。
「うん。知ってるの?」
「先日、若様の授業中にこちらを訪ねてきました。若様の食の好みなどを聞いてきましたが、『授業はどうなさったのですか?』と聞き返しましたら、突然泣きだしまして」
「へえ?」

 あの容姿で泣かれたら、男だったら色々と落ちてしまうだろう。
 しかしカンジュは女性で、しかも僕に忠誠を誓うよく出来た侍女だ。泣き落としなんて効かない。
「その後の言動も意味不明でしたので、お引取り願ったのですが、なかなか動いてくださらず……通りがかった寮母殿が引き取ってくださいました」
「先日って言ってたけど、具体的にいつのこと?」
 カンジュは右手を握って右耳の上あたりをこつこつと叩いた。記憶を掘り返している時の癖だ。
「十日前ですね。申し訳ありません、勝手に些末なことと判断してご報告を怠り……」
「些末なことで合ってるよ。気にしなくていい」
 十日前なら、シャールの件とは関係ないかな。でも一応話しておくか。



「――ってことがあったんだよ」
「ふむ。俺の事情とは関係ないが、ローツェ自身には関係ありそうだな」
「僕と?」
 翌日の授業後、いつものように練習室に籠もると、早速アンナの話をした。
 教室やラウンジでは相変わらず奴につきまとわれて、二人きりで話をする隙がないのだ。
 奴だけでなく他の人もいることだし、大事な話は練習室で、という不文律が出来上がっている。
「この前のクッキーに込められた魔力を解析したんだ。細かいところまではまだ解っていないが、古い記憶を掘り起こすような魔術が掛かっていた」
「古い記憶を? 何のために」
「わからん。お前自身にも心当たりは無いか」
 古い記憶と言われて真っ先に思いついたのは、前世のことだ。
 シャールには話していない。というか、今のところ僕とカンジュしか知らない。
 カンジュが他人にぺらぺら喋るはずはないし……。
「何かあるのか?」
 考え込み、黙ってしまった僕を気遣うように、シャールが僕の顔を覗き込んだ。
「あるような、ないような。でも彼女は知らないはずなんだ」
「俺にも言えないやつか」
「言えないというか……信じてもらえなさそうだなぁと」
「絶対に信じると約束する。話すのが苦痛じゃなかったら教えてくれ」
 僕は少し迷ったが、シャールに前世の記憶のことを話した。
 前世の記憶が今の世界になにか影響を与えることはないだろうし、シャールなら言い触らさないと信じられる。
「へぇ、魔力や魔術の無い世界か。面白そ……いや、すまん。軽率だった」
 僕が前世を、どう終わらせようとしたのかも話したから、シャールは言葉を引っ込めた。
「いいよ。僕も今話してる間、なんだか他人の夢を話してる気分だったし」
 前世の記憶を取り戻してしばらく経つが、僕は前世の「僕」とは別人であると、強く感じている。
「他人の夢か。俺には前世の記憶なんて全く無いから、感覚がわからないな」
「あったところで特に役に立ってないし」
「そんなことないだろう。お前は二度目の人生を送れてるんだぞ。前は上手くいかなかったことも、解決策が見えるんじゃないか?」
「だとしても、世界がまるっきり違うからなぁ。今は魔術で前世より快適に過ごせてるよ」
 僕が小さく「火よ、微かに灯れ」とつぶやくと、指先にライターで着けたくらいの火が灯った。
「前の世界じゃ、こんな火を着けるのにも油とかガスとか、燃料が必要だったんだ」
 ほんの少し、指先から集中を逸らすと、火は三倍くらいの大きさになってしまった。
「わわわっ」
「危ないなぁ。もう一回だ」
「う、うん。火よ、微かに灯れ」
 集中していれば火の大きさは安定するが、これを無意識化でも行えるようにならないと、シャール先生の合格は貰えない。
 雑談しながら魔術を使うのが、効果的な練習方法なのだ。
「古い記憶と前世かぁ。繋がってそうだが……だったら直に聞けばよくないか?」
「さっきの僕みたいに、信じてもらえないと思ってるとか」
「それは有り得るが、だからってこんな回りくどい方法取る理由がわからん。それ以前に、どうやってローツェが前世の記憶持ちだって知ったのか、確認して何がしたいのか」
 僕よりもシャールが考え込んでいる。仕方ない、僕は僕で、指先の火に集中しているのだ。
「……よし。例のクッキーに掛かっていた魔術をネタに、直接問い詰めるか」
 他に妙案も思いつかなかったし、それでいこう、ということになった。



「アンナ・プルナ? そんな人知らないよ」
 次の日の授業後、1年2組を訪れて適当な生徒を捕まえて聞いてみたら、こう答えられてしまった。
「クラスメイトの顔と名前は全部一致してる。でも、アンナ・プルナなんて女子はいない」
 捕まえたのは眼鏡を掛けたいかにも優等生そうな黒髪の男だ。彼は自信を持ってそう言い切った。
「おかしいなぁ。確かに2組って聞いたのに」
「別の学年の2組の可能性は?」
「僕らと同じくらいの年齢に見えたんだけど……でも可能性はあるな。ありがとう」
「いえいえ」

 眼鏡君と別れて、まず二年生のクラスへ向かった。
 たった一歳違い、十一歳のクラスとはいえ、下級生は目立つ。
 視線をざくざくと浴びながら、2年2組を訪れた。
「アンナ・プルナ? そんな人知らないよ」
 1年2組の眼鏡君と全く同じセリフを吐いたのは、やたらと背の高い男子生徒だ。
「2年でもないのか。でも3年以上ってイメージじゃ無いんだけどな」
「うーん」
「ねえ君、もしかして1年1組のローツェ・ガルマータ君?」
 教室の隅で何かこそこそと喋っていた女子生徒が、僕と男子生徒の間に割って入ってきた。
「はい」
 正直に答えると、女子生徒は目をキラキラさせた。
「ふわぁ、噂に違わぬ美少年……」
「お邪魔しました」
 僕はシャールの手を掴んで引っ張り、慌ててその場から逃げた。
 後ろから「キャー」等と黄色い声がする。
「顔が良すぎるのも考えものだな」
 シャールめ、他人事のようにヘラヘラ笑っている。シャールじゃなければ殴っていたかもしれない。
「こうなったらいっそ、先生に聞こう。危険物渡してきたって話せば、教えてくれるだろ」
「結果論だが先にそうしとけばよかったな」
 僕とシャールは教員室へ向かった。
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