15 / 22
15
しおりを挟む
「ジウスっ」
護衛さんの名前を叫んで駆け出そうとしたシャールを、僕は全身を使って止めた。
「危ない、あれに近づいちゃ駄目だ」
「でも!」
「魔物の気配がする」
「な……!?」
魔物の気配は護衛さんことジウスさんから感じるのではない、黒いローブの方だ。
身長は2メートル以上あるのじゃないだろうか。横幅も大きい。
顔はフードに隠れているためだけではなく、なにかの魔術が掛かっているのか、上手く認識できない。
僕が今まで魔物を倒せたのは、学院の中という安全な場所から結界魔術で遠距離攻撃という手段を取れたからだ。
面と向かって相対したことはない。
魔力の制御は、一年近くかけてようやくモノになってきた。
攻撃魔術の詠唱も、全て頭の中に入っていて、いつでも言える。
しかし、相手はジウスさんを持ったままだ。
ジウスさんに当てないように、且つできれば魔物を一撃で倒せるようになんて、一体どうやったらいいんだ。
「地よ紡がれ、尖りて貫け!」
僕が迷っている間に、シャールが土属性の魔術を唱えた。確かLv3の攻撃魔術だ。
シャールの魔力と詠唱により、黒フードの足元の地面が隆起する。
詠唱は完璧で、魔力の流れに淀みや迷いもない。魔術はお手本のように成功した。
本来なら隆起した地面が槍と化して相手を貫くはずだったのだが……。
黒ローブが隆起した部分を、足で容易く踏み潰してしまった。
そして次の瞬間、僕の隣からシャールが消えた。
「シャールっ!」
シャールは後方へ吹っ飛び、民家の壁がめり込む勢いで背中からぶち当たった。
黒ローブは無言で、ジウスさんを無造作に放り出し、シャールの方へ向かって歩き出す。
攻撃されたことで、標的をシャールに変えたのだ。
シャールはずるりと壁からずり落ち、そのまま地面に力なく崩折れた。
口から血を流している。
動かない。
動こうとしない。
「地よ紡がれ、尖りて貫け」
シャールが唱えた呪文を、そのまま舌に乗せる。
魔力は制御できなかった。
ただシャールを助けたい、黒ローブを遠ざけたい。
それしか考えられなかった。
黒ローブの周囲一帯の地面がボコボコと隆起する。今度は黒ローブにも踏み潰されなかった。
シャールが唱えたときよりも速く、強固に完成した槍が、黒ローブを貫く。
「ぐびゅっ」
黒ローブは一言だけ発すると、大地の槍に貫かれたまま動かなくなった。
「シャール! ……ああ、そうだ……繕い、綴じて、原風景を見せよ!」
以前ピスカ先生に教わった、最上位の治癒魔術。
シャールに掛けると、シャールはぱっと目を開けた。
「んあっ?」
寝起きのような声をあげて、シャールが僕を見る。
「ええっと……?」
「他に痛いところや具合の悪いところはないか?」
「……あ、俺、やられたんだった。うん、なんともない」
シャールはのそのそと立ち上がり、自分で自分の身体を見回した。
無事治せたようだ。よかった。
「じゃあジウスさんも治してくる」
僕はシャールをそのままにして、ジウスさんの元へ駆け寄った。
ジウスさんは血まみれではあるが、シャールより軽傷のようだ。
「痛苦よ疾く去ね」
Lv1の治癒魔法で様子を見て、足りなかったら更に魔術を使うつもりだったが、ジウスさんはあっさりと目を開けた。
「ローツェ様?」
「はい。まだどこか痛みますか?」
「これは、お恥ずかしい。護衛対象に救っていただくとは。ありがとうございます、大丈夫です」
ジウスさんはすっと立ち上がり……目眩を起こしてふらついた。
「急に動くと危ないですよ!」
「なんのこれしき。他の者と情報を共有してまいります」
「あっちょっ、シャール、この人止めて!」
「ジウス、動くな」
シャールが一言命令すると、ジウスさんはその場で直立不動になった。さすが、主従関係がしっかりしている。
「血を作る魔術はまだ教わってないんだ。シャール知らない?」
「ええと確か、『赫灼となりて、流れよ』。Lv5だから慎重にな」
「分かった。赫灼となりて、流れよ」
ジウスさんの肩、傷のあった場所に手をかざして詠唱すると、僕の身体から魔力が流れ出ていく感覚がした。
そういえばこの世界で血液型って聞かないな。大丈夫なのかな。
僅かな不安を抱いたが、結局のところジウスさんは顔色が明らかに良くなった。
「おお、このような難しい魔術を……重ねてありがとうございます。もう本当に大丈夫です」
ジウスさんは三十代くらいに見える。僕みたいな子供に何度も治癒魔術をかけられていては、大人として面目が立たないのだろう。
「ローツェは学年総合一位以上に、魔力量が飛び抜けて多いからな。大丈夫なら、連絡しに行ってくれ」
シャールのフォローに、ジウスさんはわずかに頬を緩めた気がした。
「畏まりました」
ジウスさんは僕たちに一礼すると、その場から素早く立ち去った。
少しして、護衛さん達が僕たちの前に集まった。
全部で七人。ジウスさん以外は被害に遭っていなかったようだ。
護衛さんたちは、串刺しになったままになっていた黒ローブの撤去作業に取り掛かった。
黒ローブを剥ぐと、出てきたのは小型の翼竜を無理矢理人の形にしたようなものが現れた。
「オルニトケイルスに似ておりますが……」
オルニトケイルスは、一番はじめに学院やシャールを襲った翼竜の名前だ。
ザ・翼竜という姿で、こんな人間みたいな胴体ではないはずだ。
でも護衛さんの誰かが言った通り、翼の形状や頭の形は、とてもよく似ている。
「これは、このまま魔特兵ギルドへ持っていきましょう」
魔物の種類が断定できない場合は、どれだけ大きくても全身を魔特兵ギルドへ持っていくという決まりがある。
「運んでくれるか」
「お任せください」
シャールの号令で、謎の魔物は黒ローブを掛けられた上で護衛さんのうち三人が担ぎ上げた。
「ローツェ、すまん。お茶はまた今度だ」
「こんなの仕方ないよ。次の機会を楽しみにしてる」
魔特兵ギルドへ到着し、魔特兵の免許を持っている僕が受付で事情を話すと、僕とシャール、それに直接襲われたジウスさんのみ奥の部屋へ通された。
免許を持っているとはいえ特例なので、ギルドの中に入ったことはあまりない。
結界で倒した魔物は毎回、カンジュが討伐証明部位を代理提出してくれていた。
実家には、僕が特例免許を取得したことを伝えていない。両親に心配掛けたくないし、自分から進んで魔物のところへ出かけるわけじゃないし。
奥の部屋で待つこと数分、最初に受け付けてくれた人が、壮年の男性を連れて戻ってきた。
ここのギルド長だ。何度か会ったことがある。
「久しぶりだな。とんでもない魔物を退治てくれたそうじゃないか。経緯と状況を詳しく聞きたい」
「とんでもない魔物だったんですか」
ギルド長は重々しく頷いた。
「魔物は人の姿に近いほど、手強い傾向にある。君が討伐した魔物はオルニトケイルスに酷似しているが、あんなものは見たことがない。しかも街中に出たとあっては、放置されていたらどれほどの被害がでていたことか。考えるだけでぞっとする」
ギルド長は元魔特兵の中でも、より多く経験を積んだ人が就く役職だ。
そのギルド長が「見たことがない」というのだから……。
「新種の魔物ってことですか?」
「だが、それにしてはあまりにも既存種に似すぎている。これから調査するが、できれば立ち会ってもらえないか」
「えっと、でも」
僕は迷った。
いくら魔特兵特例免許持ちとはいえ、僕は十一歳の子供だ。
このギルドへ足を踏み入れた瞬間「ここはガキの来るところじゃねぇ」と野次が飛んだくらい、場違いだ。野次なんて気にしないが、居心地の良い場所ではない。
「先程、口の悪いのがいたそうだな。あれは君を邪魔だと思っているわけではない、心配しているのだ。不器用な奴が多いのでな」
思ってたんと違った。
「ギルド長、特例免許持ちとはいえ、彼はまだ十一歳です。あれを見せるのは……」
横から心配そうに口を出してきたのは、受付してくれた女性だ。
そういえば、黒いローブの中で中身を貫いたから、具体的にどういうことになってるのか、知らないんだよね。
……あんまり想像したくないグロ映像になっているのかもしれない。
「それはそうだが、魔特兵ならあの程度、慣れておかねば」
「彼は伯爵令息でもあることをお忘れですか」
「むぅ」
そう言われると、僕の反骨心がぐぐぐっと持ち上がる。
「立ち会います」
僕が宣言すると、ギルド長は「よく言った」と頷き、受付さんは「無理しないでくださいね」と念押しした。
「俺もいいですか。襲われたの、俺の護衛なんです」
今度はシャールが挙手して言い出した。
僕とシャールはどこが気が合うかというと、こういうところだ。
貴族として生を受けたことに関して、前世の記憶を取り戻した直後の僕は、人生イージーモードを得たと単純に喜んだ。
だけど、従者の扱い方や平民との理不尽な差、そういうものを思い知って、貴族とは何かと疑問を持つようになった。
全て平等に、なんて綺麗事を言うつもりはないし、実際問題として僕みたいな子供にできることは少ない。
だけど、折角転生して前世の、貴族階級のない世界を知っているのだから、将来的には多少なりと変化をもたらせたらいいなと考えている。
だから「貴方は貴族なので」という台詞に対し、こうして反発することにしている。
「だが君は……」
「できれば彼も一緒にお願いします」
渋るギルド長に僕がお願いすると、ギルド長は逡巡の後「自己責任で」という言葉で許可をくれた。
魔物はギルドにある広い地下室の中央に横たえられていた。
この地下室は、今みたいに魔物をまるごと持ち込まれた時に使われている部屋だ。
部屋の臭いは、最悪と言いきれる。
例の魔物独特の悪臭が壁や床、天井に染み込み、もう何をしても取れないのだ。
ギルド長や受付さんは慣れているのか全く気にしていない様子だが、僕とシャールは吐き気を催した。
「大丈夫か?」
「慣れます」
「ご心配なく」
僕たちは子供特有の強がりを見せてみた。
「彼らは?」
「こちらがガルマータ伯爵令息だ」
「ああ、例の」
「うむ。見せてくれ」
「はい」
魔物の正面に立って何事かメモをとっていた人が横にずれると、魔物の全貌が明らかになった。
僕の魔術は、魔物の腰の右側から、左脇を貫いていた。
もう血や体液は乾いていて、黒い跡を残している。
死体は死体だが、思ったよりグロくない。
「いやあ、頭や翼はオルニトケイルスにそっくりですけど、皮膚の頑丈さは段違いですね。よくこんなふうに貫けたものです。どんな魔術を使ったのですか?」
メモをとっていた人は僕に興味津々とばかりに質問を次々繰り出してきた。
「なるほど、Lv3の土魔術……LV3の土魔術!? それでどうしてやれたんだ??」
「魔力量が多いので、ゴリ押したというか……」
「ゴリ押すったって、相当要るでしょう、魔力。疲れてない? あ、倒してすぐここへ来たわけじゃないのか」
「倒したのは一時間ほど前です」
「救護班ー! 魔力不足の子供がいるー!」
「大丈夫ですっ! このとおりピンピンしてます!」
「落ち着け。彼は類稀なほどの魔力を有していてな」
「そっ、そうでしたか……本当に大丈夫?」
皆優しいなぁ。
「はい」
「気分が悪くなったらすぐ言ってね。質問続けていいかな」
「どうぞ」
それから一時間ほど質問されたり、魔物自体をつぶさに観察したりした。
「うーん。変異種にしては、人の形に近すぎる。妙ですよ、これは。ガルマータ君が倒してくれて、本当に良かった」
魔物自体に謎は残ったが、僕は僕にできることをちゃんとやれたようだ。
護衛さんの名前を叫んで駆け出そうとしたシャールを、僕は全身を使って止めた。
「危ない、あれに近づいちゃ駄目だ」
「でも!」
「魔物の気配がする」
「な……!?」
魔物の気配は護衛さんことジウスさんから感じるのではない、黒いローブの方だ。
身長は2メートル以上あるのじゃないだろうか。横幅も大きい。
顔はフードに隠れているためだけではなく、なにかの魔術が掛かっているのか、上手く認識できない。
僕が今まで魔物を倒せたのは、学院の中という安全な場所から結界魔術で遠距離攻撃という手段を取れたからだ。
面と向かって相対したことはない。
魔力の制御は、一年近くかけてようやくモノになってきた。
攻撃魔術の詠唱も、全て頭の中に入っていて、いつでも言える。
しかし、相手はジウスさんを持ったままだ。
ジウスさんに当てないように、且つできれば魔物を一撃で倒せるようになんて、一体どうやったらいいんだ。
「地よ紡がれ、尖りて貫け!」
僕が迷っている間に、シャールが土属性の魔術を唱えた。確かLv3の攻撃魔術だ。
シャールの魔力と詠唱により、黒フードの足元の地面が隆起する。
詠唱は完璧で、魔力の流れに淀みや迷いもない。魔術はお手本のように成功した。
本来なら隆起した地面が槍と化して相手を貫くはずだったのだが……。
黒ローブが隆起した部分を、足で容易く踏み潰してしまった。
そして次の瞬間、僕の隣からシャールが消えた。
「シャールっ!」
シャールは後方へ吹っ飛び、民家の壁がめり込む勢いで背中からぶち当たった。
黒ローブは無言で、ジウスさんを無造作に放り出し、シャールの方へ向かって歩き出す。
攻撃されたことで、標的をシャールに変えたのだ。
シャールはずるりと壁からずり落ち、そのまま地面に力なく崩折れた。
口から血を流している。
動かない。
動こうとしない。
「地よ紡がれ、尖りて貫け」
シャールが唱えた呪文を、そのまま舌に乗せる。
魔力は制御できなかった。
ただシャールを助けたい、黒ローブを遠ざけたい。
それしか考えられなかった。
黒ローブの周囲一帯の地面がボコボコと隆起する。今度は黒ローブにも踏み潰されなかった。
シャールが唱えたときよりも速く、強固に完成した槍が、黒ローブを貫く。
「ぐびゅっ」
黒ローブは一言だけ発すると、大地の槍に貫かれたまま動かなくなった。
「シャール! ……ああ、そうだ……繕い、綴じて、原風景を見せよ!」
以前ピスカ先生に教わった、最上位の治癒魔術。
シャールに掛けると、シャールはぱっと目を開けた。
「んあっ?」
寝起きのような声をあげて、シャールが僕を見る。
「ええっと……?」
「他に痛いところや具合の悪いところはないか?」
「……あ、俺、やられたんだった。うん、なんともない」
シャールはのそのそと立ち上がり、自分で自分の身体を見回した。
無事治せたようだ。よかった。
「じゃあジウスさんも治してくる」
僕はシャールをそのままにして、ジウスさんの元へ駆け寄った。
ジウスさんは血まみれではあるが、シャールより軽傷のようだ。
「痛苦よ疾く去ね」
Lv1の治癒魔法で様子を見て、足りなかったら更に魔術を使うつもりだったが、ジウスさんはあっさりと目を開けた。
「ローツェ様?」
「はい。まだどこか痛みますか?」
「これは、お恥ずかしい。護衛対象に救っていただくとは。ありがとうございます、大丈夫です」
ジウスさんはすっと立ち上がり……目眩を起こしてふらついた。
「急に動くと危ないですよ!」
「なんのこれしき。他の者と情報を共有してまいります」
「あっちょっ、シャール、この人止めて!」
「ジウス、動くな」
シャールが一言命令すると、ジウスさんはその場で直立不動になった。さすが、主従関係がしっかりしている。
「血を作る魔術はまだ教わってないんだ。シャール知らない?」
「ええと確か、『赫灼となりて、流れよ』。Lv5だから慎重にな」
「分かった。赫灼となりて、流れよ」
ジウスさんの肩、傷のあった場所に手をかざして詠唱すると、僕の身体から魔力が流れ出ていく感覚がした。
そういえばこの世界で血液型って聞かないな。大丈夫なのかな。
僅かな不安を抱いたが、結局のところジウスさんは顔色が明らかに良くなった。
「おお、このような難しい魔術を……重ねてありがとうございます。もう本当に大丈夫です」
ジウスさんは三十代くらいに見える。僕みたいな子供に何度も治癒魔術をかけられていては、大人として面目が立たないのだろう。
「ローツェは学年総合一位以上に、魔力量が飛び抜けて多いからな。大丈夫なら、連絡しに行ってくれ」
シャールのフォローに、ジウスさんはわずかに頬を緩めた気がした。
「畏まりました」
ジウスさんは僕たちに一礼すると、その場から素早く立ち去った。
少しして、護衛さん達が僕たちの前に集まった。
全部で七人。ジウスさん以外は被害に遭っていなかったようだ。
護衛さんたちは、串刺しになったままになっていた黒ローブの撤去作業に取り掛かった。
黒ローブを剥ぐと、出てきたのは小型の翼竜を無理矢理人の形にしたようなものが現れた。
「オルニトケイルスに似ておりますが……」
オルニトケイルスは、一番はじめに学院やシャールを襲った翼竜の名前だ。
ザ・翼竜という姿で、こんな人間みたいな胴体ではないはずだ。
でも護衛さんの誰かが言った通り、翼の形状や頭の形は、とてもよく似ている。
「これは、このまま魔特兵ギルドへ持っていきましょう」
魔物の種類が断定できない場合は、どれだけ大きくても全身を魔特兵ギルドへ持っていくという決まりがある。
「運んでくれるか」
「お任せください」
シャールの号令で、謎の魔物は黒ローブを掛けられた上で護衛さんのうち三人が担ぎ上げた。
「ローツェ、すまん。お茶はまた今度だ」
「こんなの仕方ないよ。次の機会を楽しみにしてる」
魔特兵ギルドへ到着し、魔特兵の免許を持っている僕が受付で事情を話すと、僕とシャール、それに直接襲われたジウスさんのみ奥の部屋へ通された。
免許を持っているとはいえ特例なので、ギルドの中に入ったことはあまりない。
結界で倒した魔物は毎回、カンジュが討伐証明部位を代理提出してくれていた。
実家には、僕が特例免許を取得したことを伝えていない。両親に心配掛けたくないし、自分から進んで魔物のところへ出かけるわけじゃないし。
奥の部屋で待つこと数分、最初に受け付けてくれた人が、壮年の男性を連れて戻ってきた。
ここのギルド長だ。何度か会ったことがある。
「久しぶりだな。とんでもない魔物を退治てくれたそうじゃないか。経緯と状況を詳しく聞きたい」
「とんでもない魔物だったんですか」
ギルド長は重々しく頷いた。
「魔物は人の姿に近いほど、手強い傾向にある。君が討伐した魔物はオルニトケイルスに酷似しているが、あんなものは見たことがない。しかも街中に出たとあっては、放置されていたらどれほどの被害がでていたことか。考えるだけでぞっとする」
ギルド長は元魔特兵の中でも、より多く経験を積んだ人が就く役職だ。
そのギルド長が「見たことがない」というのだから……。
「新種の魔物ってことですか?」
「だが、それにしてはあまりにも既存種に似すぎている。これから調査するが、できれば立ち会ってもらえないか」
「えっと、でも」
僕は迷った。
いくら魔特兵特例免許持ちとはいえ、僕は十一歳の子供だ。
このギルドへ足を踏み入れた瞬間「ここはガキの来るところじゃねぇ」と野次が飛んだくらい、場違いだ。野次なんて気にしないが、居心地の良い場所ではない。
「先程、口の悪いのがいたそうだな。あれは君を邪魔だと思っているわけではない、心配しているのだ。不器用な奴が多いのでな」
思ってたんと違った。
「ギルド長、特例免許持ちとはいえ、彼はまだ十一歳です。あれを見せるのは……」
横から心配そうに口を出してきたのは、受付してくれた女性だ。
そういえば、黒いローブの中で中身を貫いたから、具体的にどういうことになってるのか、知らないんだよね。
……あんまり想像したくないグロ映像になっているのかもしれない。
「それはそうだが、魔特兵ならあの程度、慣れておかねば」
「彼は伯爵令息でもあることをお忘れですか」
「むぅ」
そう言われると、僕の反骨心がぐぐぐっと持ち上がる。
「立ち会います」
僕が宣言すると、ギルド長は「よく言った」と頷き、受付さんは「無理しないでくださいね」と念押しした。
「俺もいいですか。襲われたの、俺の護衛なんです」
今度はシャールが挙手して言い出した。
僕とシャールはどこが気が合うかというと、こういうところだ。
貴族として生を受けたことに関して、前世の記憶を取り戻した直後の僕は、人生イージーモードを得たと単純に喜んだ。
だけど、従者の扱い方や平民との理不尽な差、そういうものを思い知って、貴族とは何かと疑問を持つようになった。
全て平等に、なんて綺麗事を言うつもりはないし、実際問題として僕みたいな子供にできることは少ない。
だけど、折角転生して前世の、貴族階級のない世界を知っているのだから、将来的には多少なりと変化をもたらせたらいいなと考えている。
だから「貴方は貴族なので」という台詞に対し、こうして反発することにしている。
「だが君は……」
「できれば彼も一緒にお願いします」
渋るギルド長に僕がお願いすると、ギルド長は逡巡の後「自己責任で」という言葉で許可をくれた。
魔物はギルドにある広い地下室の中央に横たえられていた。
この地下室は、今みたいに魔物をまるごと持ち込まれた時に使われている部屋だ。
部屋の臭いは、最悪と言いきれる。
例の魔物独特の悪臭が壁や床、天井に染み込み、もう何をしても取れないのだ。
ギルド長や受付さんは慣れているのか全く気にしていない様子だが、僕とシャールは吐き気を催した。
「大丈夫か?」
「慣れます」
「ご心配なく」
僕たちは子供特有の強がりを見せてみた。
「彼らは?」
「こちらがガルマータ伯爵令息だ」
「ああ、例の」
「うむ。見せてくれ」
「はい」
魔物の正面に立って何事かメモをとっていた人が横にずれると、魔物の全貌が明らかになった。
僕の魔術は、魔物の腰の右側から、左脇を貫いていた。
もう血や体液は乾いていて、黒い跡を残している。
死体は死体だが、思ったよりグロくない。
「いやあ、頭や翼はオルニトケイルスにそっくりですけど、皮膚の頑丈さは段違いですね。よくこんなふうに貫けたものです。どんな魔術を使ったのですか?」
メモをとっていた人は僕に興味津々とばかりに質問を次々繰り出してきた。
「なるほど、Lv3の土魔術……LV3の土魔術!? それでどうしてやれたんだ??」
「魔力量が多いので、ゴリ押したというか……」
「ゴリ押すったって、相当要るでしょう、魔力。疲れてない? あ、倒してすぐここへ来たわけじゃないのか」
「倒したのは一時間ほど前です」
「救護班ー! 魔力不足の子供がいるー!」
「大丈夫ですっ! このとおりピンピンしてます!」
「落ち着け。彼は類稀なほどの魔力を有していてな」
「そっ、そうでしたか……本当に大丈夫?」
皆優しいなぁ。
「はい」
「気分が悪くなったらすぐ言ってね。質問続けていいかな」
「どうぞ」
それから一時間ほど質問されたり、魔物自体をつぶさに観察したりした。
「うーん。変異種にしては、人の形に近すぎる。妙ですよ、これは。ガルマータ君が倒してくれて、本当に良かった」
魔物自体に謎は残ったが、僕は僕にできることをちゃんとやれたようだ。
1
あなたにおすすめの小説
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる