崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

もりの

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作戦名は「壁の花」?

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 レティシアは自室に戻ると、くず折れるようにベッドへ座り込んだ。既に気を失いそうな彼女に熱めのハーブティーを淹れながら、リリアーナは考えていた。

 以前までのレティシアならモンフォルル公爵も舞踏会の誘いを断って、いつも通り夫妻だけで参加することになっていたかもしれない。しかし彼らは、先日自らお茶会へ出ると言い出したレティシアを見ている。きっと今ならレティシアも参加してくれると踏んだのだろう。

 実はリシア夫人の中で、あのお茶会は大成功だった、ということになっている。

 レティシアがサーシャのドレスにお茶をかけてしまった後、お茶会の席に戻ったサーシャが上手く取り合ってくれたらしく、ありがたいことに会は和やかに終了したそうなのだ。

 しかもシャーロットとサーシャはお詫びの品を大変気に入ったようで、お礼の手紙まで返ってきていた。娘宛に下心のない手紙が届くことなど初めてのことだったため、アリシア夫人はいたく感激してしまったらしい。

 それだけだったら別によかったのだ。リリアーナも嬉しかったし、お茶会を台無しにしてしまったと気に病んでいたレティシアもホッとした様子だった。けれどまさかこんな事になろうとは。おそらく今回モンフォルル公爵の背中を押したのもアリシア夫人なのだろう。

 レティシアにとってあのお茶会はなんとか乗り越えた山だったのだが、彼らがそんなことを知る筈もない。双方の思いがすれ違う中、リリアーナは向き合わなければならない現実を直視した。


 エデンガード国主催の舞踏会。

 既に承諾してしまった誘いだ、今さら断ることはできないだろう。直前になって体調が優れないことにして休んでしまおうか?いや、そんな嘘はすぐにばれる。なぜならレティシアは今まで同じような理由をつけては数多の誘いを断ってきているからだ。あの「悪魔令嬢」が、今度は国王からの誘いを蹴った……なんて噂されたら堪ったものではない。

 レティシアはハーブティーを啜りながら、怯える小動物のようにプルプルと小刻みに震えている。リリアーナはこのいたいけな少女が、なんの策もなく獣だらけの社交界に放り込まれることを想像して身震いした。

 とりあえず……人ごみからは逃げ出せばいい。王への挨拶は……風邪で声が出ないとでも言えば乗り切れるか?一番の問題はダンスだが……ダメだ。ダンスだけはどう足掻いてもダメ。もうそこはごまかせない。踊るか踊らないかしかない。

 踊らないことは簡単だ。しかし問題なのは舞踏会がレティシアのお披露目の日でもあるということだ。モンフォルル家の娘として、堂々とした姿を求められる場で、踊りもせずにずっと庭木の陰で過ごす訳にもいかない。

 今から手頃な男性とダンスの練習をする?悪くはない案だ。モンフォルル家は代々ダンスが上手いことでも有名な家である。英才教育を受けてきているレティシアもおそらくダンス自体は下手ではない。しかし、本番で付け焼き刃の練習が通用するだろうか。

 リリアーナには、お茶会ではレティシアに無理をさせてしまったから、もう彼女を無闇に傷つけたくないという気持ちもあった。だからできるだけ彼女に負担になるようなことはしたくない。

 少なくとも一曲踊れば、モンフォルル家の娘としての役目は果たしたことになるだろう。あとは気づかれないように上手く「壁の花」になればいい。でも、どうやって? レティシアを傷つけずにこの問題を乗り越えるには?

 ウンウンと唸っている侍女を心配して、レティシアが彼女の裾をクイ、と引いた。リリアーナはハッとして謝ろうと顔を上げ、ピタリと動きを止めた。

 彼女の目に入ってきたのは、枕元に置かれたレティシアのお気に入りの人形。レティシアそっくりに着せ替えられたその人形は、レティシアと同じ色の青いガラスの目でこちらを見つめている。

 「……替え玉」

 レティシアは、急によく分からないことを言い出したリリアーナを不思議そうに見上げている。リリアーナは頭に浮かんだ突拍子もない案を振り払った。仮面でも着けているならまだしも、顔が見えてしまう舞踏会では替え玉など無謀な話だ。いくら彼女が引きこもりでも、両親の目はごまかせない。それにレティシアは背も高い。リリアーナでは足らないし、他に信用できる協力者も望めそうにない。

 だけど、だったら────?

 リリアーナは自分の身体をまじまじと見つめた。レティシアに比べるとやや低く見えるかもしれないが、これでも背は高い方だと思う。髪も目も平凡な色。これならいける……かもしれない。

 いや、かもしれないじゃない。もう、これを成功させるしかない!

 決意を固めたリリアーナがグッと拳を握りしめる一方で、レティシアはやっぱりおかしな様子の彼女を不安そうに見つめていた。
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