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さあ踊りましょう、庭園のワルツ
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しおりを挟むフルートのさえずりに、そよ風のように涼やかなヴァイオリンの音色が重なり合う。「庭園のワルツ」の主役と言われれている2つの楽器は、心地よいハーモニーを奏でていた。
レティシアという先生が優秀だったおかげか、リリアーナは苦手だったステップを危なげなくこなしていた。基本はレティシアがリードしてくれているものの、それを悟られないよう取り繕える程度には上達している。毎日毎日練習に明け暮れた甲斐があったというものだ。
ふたりでなら、踊れる。踊りきれる。
リリアーナは半ば作戦のことを忘れて、すっかり嬉しくなっていた。苦手なダンスが、こんなにも楽しい。こんな風に思えるようになったのは紛れもなくレティシアのおかげだった。
「レティシア様」
ずっと俯いていたレティシアが顔を上げる。ふたりの視線が混ざり合い、リリアーナは抑えきれなくなった言葉を囁いた。
「ダンスがこんなに楽しいのは、初めてです」
きっとレティシアは大変な思いをしているだろうに、自分ばかりこんなに楽しくていいのだろうか。申し訳ない気もするが、自然と頬が緩んでしまう。
リリアーナのふにゃけた笑顔を見たレティシアは、ヒュッと息を飲んで、幽霊にでも出会ったかのように強張った顔になった。
正直、リリアーナは少しショックを受けた。いつもならこういう時、笑い返してくださるのに。そんなにだらしない顔をしていただろうか。いや、自分が大変な時にヘラヘラしているのが気に障ったのかもしれない。申し訳ないことをした。
そんなことを思いながらリリアーナは精一杯顔を引き締める。レティシアは彼女の顔を直視しないようにまた視線を伏せた。
未だに表情を作るのが下手くそな表情筋のおかげで表面上は平静を保っていたが、レティシアの心臓は破裂しそうなほどに脈打っていた。もちろん、こんなに大勢の人────ではなく、こんなに大勢のどてかぼちゃたちに囲まれてダンスを披露するなんて、生まれて初めての体験で、意識したら気を失ってしまいそうなほど緊張している。けれども、心臓が破裂しそうになっている原因の大半はこの侍女だった。
色々言いたいことはあるが、ひと言で言ってしまうと、
格好良すぎる。
近しい男性と言えば父親くらいしか知らないレティシアは、突然目の前に現れた王子様に戸惑いを隠せなかった。練習の時から似合っているとは思っていたが、今夜のリリアーナは一段とキラキラして見える。周りにいるのがどてかぼちゃだろうがおたんこなすだろうが、もはやそんなことはどうでもよかった。どうしましょう。わたくしの侍女が、格好良すぎる。
リリアーナは踊りながら、時折、レティシアの首筋へ顔を寄せた。彼女の両親がどこで見ているか分からないからだ。リリアーナの変装は完璧だったが、それでもなるべく、目立たないように、顔が見えないように。ターンするたびリリアーナは顔を擦り寄せる。まるでふたりは仲の良い恋人同士のように見えたことだろう。
しかし、レティシアは気が気ではなかった。男性(本当は女性なのだが)をこんなに魅力的だと思ったのも初めてだというのに、その人とダンスだなんて。しかもこんなに顔を近づけて。ああ、いけないわ。そんなに近づかないで、リリアーナ。だってすごくいい匂いがする。
そんなレティシアの胸の内も知らず、フルートとヴァイオリンは甘やかな晩春の情景を歌っている。顔を上げたらきっとまたリリアーナはあのとろけるような笑顔で、なんだかとんでもなく恥ずかしいことを囁くのだろう。次あれをされたらレティシアは絶対に倒れる自信があった。
ああ……永遠の中にいるようだわ。
なかなか終わりのこない音楽に合わせてステップを踏みながら、レティシアはギュッとリリアーナの手を握った。
リリアーナもまた、レティシアの手をギュッと握り返す。
彼女の手はいつだって暖かくて、こうしているとホッとした。
優しい、優しい、そのぬくもりが、冷えた指先をとろかせていく。
早く終わって欲しかったはずなのに、なぜだろう。彼女の手を握ったら、なんだか離れがたくなってしまっている自分がいた。
いつまでも触れていたい。その熱が、とても、心地いい。
心臓はまだ耳元でバクバクと音を立てている。けれど、不思議とそれも、嫌ではない。
春を歌い上げたフルートとヴァイオリンは沈黙し、一拍置いて拍手が鳴り響く。
レティシアには、その全てが、なんだかずっと、遠くに聞こえていた。
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