崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

もりの

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食えない「聖女」

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 アリシア夫人はいつだって余裕の笑みを絶やさない。

 エデンガード王家の血を引くアリシアは生まれた時から一流のものに囲まれて暮らしてきた。そんな彼女は誰を見下すこともなく、誰を羨むこともない。そんな誇り高い彼女は、いつだって心の底から滲み出る余裕を纏っている。

 しかしながら今日のアリシア夫人の笑顔は、余裕の笑みというよりも素直な喜びの笑顔に見えた。

 「知らなかったわ。キャロライン様とリリアーナがお友達だったなんて」

 半ば脅されてお茶会に参加しているリリアーナは、なんとも言えずに薄ら笑いを浮かべた。キュウキュウ言いながらつきてきたレティシアはようやく落ち着いたようだったが、面白くなさそうにそっぽを向いている。

 舞踏会でレティシアたちを助けてくれたあのご婦人たちは今日もお茶会に参加しているが、側からみても機嫌が悪いレティシアに困惑しているようだった。

 時折リリアーナをチラチラと見ては、無言で「どういうことか」と訴えてくる彼女らに、リリアーナは申し訳なく思いながら目を逸らす。

 すみません。レティシア様は多分、キャロル様を警戒してらっしゃるんです。

 リリアーナは心の中で謝った。直接レティシアに聞いた訳ではないが恐らくこの予想は当たっているだろう。

 だってこんな脅しまがいのことをされている上に、キャロラインが約束を守るという保証もない。警戒して当然だ。加えてキャロラインに見向きもしないこの態度。これはもう確定的だろう。そう思えばさっきレティシアが出していた謎の音は威嚇ともとれる。

 「先の舞踏会で仲良くなりましたの。ね、リリー」
 「は……はい、キャロル様」

 有無を言わさぬキャロラインの目配せに、リリアーナは薄ら笑いのまま頷いた。アリシア夫人はさらに上機嫌になってようで、まあ!と歓喜の声を上げる。

 反比例するように、レティシアの機嫌はどんどん悪くなっているような気がしてリリアーナは変な汗をかいていた。

 「仲が良いことは素敵なことだわ。レティシアのこともよろしくね」

 アリシア夫人のそのひと言でレティシアの纏う空気はいよいよ冷たくなった。

 これには流石のご婦人たちも怯えていた。というかリリアーナも正直めちゃくちゃ怖い。レティシアの怒り顔はこれまで見てきた表情とは比にならないほどに怖かった。

 日頃から表情筋を鍛えていたからだろうか。表情が豊かになってきたことがこんな風に裏目に出ようとは。

 レティシアの表情は彼女の心の内を渦巻く青白い炎のような静かな怒りを如実に伝えていた。

 眉間に刻まれたシワは強い不快感を表し、青いガラスの瞳は奥に燃える怒りを称え、恨めしそうにギュッと噛みしめた唇は力が入りすぎて真っ白になっている。極め付けに全身に纏った真冬のような冷気は、青々と茂っている草木もしなびて見せるほどに冷たく肌を突き刺した。

 リリアーナはどうにかしてこの場を脱出したかったが、キャロラインに弱みを握られている以上仮病も使えない。

 一方キャロラインは我関せずといった様子でお茶菓子をつまんでいるが、原因は紛れもなく彼女である。隣でレティシアが“悪魔”のような形相になっているというのになにも感じないのだろうか。本当に肝が据わっている人だ。

 静かに渾沌としていく空気は留まるところを知らない。リリアーナはもはや神に祈るしかなかった。

 「キャロライン様?!」

 その空気を割って入ってきた救世主は、アリシア夫人たちと同じくらいの歳に見える女性だった。リリアーナとご婦人たちは彼女が女神に見えていたが、容姿は至って平凡な茶髪の女性である。

 彼女はキャロラインを認めると、アリシア夫人に深々と頭を下げた。

 「申し訳ございませんでした!」
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