41 / 51
食えない「聖女」
2
しおりを挟む「なっ……」
レティシアの静かな怒りをすぐ隣で浴びていても眉ひとつ動かさなかったキャロラインが、初めて露骨に嫌そうな顔をした。まるで悪戯が見つかった子どものように気まずそうに目を逸らす。
この茶髪の女性がキャロラインの名前を呼んでいたことからも、彼女の関係者であることは間違いないだろう。しかしキャロラインにこんな、子どものような反応をさせるなんて……一体何者なのだろうか。
「顔を上げて。いかがなさったの? あなた、どちら様かしら?」
さっきまで一番周りが見えていなかったアリシア夫人が、今この瞬間は一番冷静だった。茶髪の女性は自分が文字通り招かれざる客だということを理解して、再び頭を下げる。
「申し訳ございません、名乗りもせずにお茶会の時間を台無しにしてしまって……!」
リリアーナたちにとってはむしろ重い空気を吹き飛ばしてくれて大助かりだったのだが、客観的に見れば確かに貴族様方の集まりに乱入した無礼者かもしれない。少なくともアリシア夫人にとってはそうだろう。
「ご無礼をお許しください。私はパープラー家にお仕えしております、キャロライン様の教育係のミラと申します」
ミラが恭しく跪礼する一方で、キャロラインはすっかり小さくなって気配を消していた。その様子から、彼女が普段からミラに怒られている風景が容易に想像できる。
というか、つまり、普段からこの聖女様は破天荒なのか。
リリアーナは面倒くさい相手に惚れられてしまったという事実を再確認して少しげんなりした。
「この度はキャロライン様が大変なご迷惑をおかけいたしました……」
「……迷惑なんてかけてないわ」
ずっと黙っていたキャロラインが唇を尖らせて呟く。あれだけ暴れ回っておいてどの口が言うんだ、とリリアーナは思った。ミラも同じ気持ちだったようで、キッと目を吊り上げキャロラインを睨みつける。
「なんのご連絡もせずに押しかけておいてその言い方はなんです! それに従者もつけずに飛び出して行ってしまわれて……ご主人様がどんなに心配しておられたか!」
キャロラインはシュンとなってまた黙り込んだ。
侍女が見えないと思ったらそういう訳だったのか。大方、御者の方に無理を言ってここまで連れてきてもらったのだろう。お疲れ様です。
「帰りますよ、キャロライン様!」
「い、いやっ……まだリリーにお話したいことがあるのよ!」
「ダメです、これ以上ご迷惑をかけられません!」
引きずってでも帰る、というミラの気迫に押されながらもキャロラインは負けじと抵抗していた。図太さもここまでくるともはや感心する。案外こういうタイプの人間の方が大きなことを成し遂げるものだ。その点でいうとキャロラインは将来有望かもしれない。
「ミラ。わたくしたち、キャロライン様に迷惑をかけられただなんて思っていないわ」
それは、アリシア様にとってはそうでしょうが。
リリアーナは心の中で合いの手を入れた。しかしこの場でのヒエラルキーの頂点であるアリシア夫人の発言は絶対である。賛同する者こそいないが、反論する者もいない。
さすがのミラも、キャロラインへのお小言をやめ、背筋を伸ばしてアリシア夫人の言葉に耳を傾けた。
「けれど、お家の方になにも伝えずここへ来てしまったのは頂けないわね。確かにすぐに帰って、ご両親を安心させてあげるべきだわ」
その正論にキャロラインも抵抗をやめてシュンとなる。そうなったのはアリシア夫人の言葉が正しかったからだけではない。それならミラの言葉も彼女に届いているはずだ。
キャロラインが大人しくなったのは、アリシア夫人の有無を言わさない態度のせいだった。和やかだった空気が一瞬にして張り詰め、全員が固唾を飲んで、アリシア夫人に注目していた。
このじゃじゃ馬をひと声で黙らせるなんて。モンフォルル家の女主人は伊達ではない。
「その前にキャロライン様のお話を伺いましょう。帰るのはそれからでも遅くはないでしょう?」
助け舟を出されたキャロラインは、アリシア夫人に羨望の眼差しを向けた。すっかり心を掌握されてしまったようだ。夫人に一礼して感謝の言葉を伝えると、キャロラインはしゃっきりと元の溌剌とした表情に戻ってリリアーナを見上げた。
「そう、わたくしはリリーを海風祭にお誘いしにきたのよ。そのためにここへ来たの」
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる