崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

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食えない「聖女」

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 「なっ……」

 レティシアの静かな怒りをすぐ隣で浴びていても眉ひとつ動かさなかったキャロラインが、初めて露骨に嫌そうな顔をした。まるで悪戯が見つかった子どものように気まずそうに目を逸らす。

 この茶髪の女性がキャロラインの名前を呼んでいたことからも、彼女の関係者であることは間違いないだろう。しかしキャロラインにこんな、子どものような反応をさせるなんて……一体何者なのだろうか。

 「顔を上げて。いかがなさったの? あなた、どちら様かしら?」

 さっきまで一番周りが見えていなかったアリシア夫人が、今この瞬間は一番冷静だった。茶髪の女性は自分が文字通り招かれざる客だということを理解して、再び頭を下げる。

 「申し訳ございません、名乗りもせずにお茶会の時間を台無しにしてしまって……!」

 リリアーナたちにとってはむしろ重い空気を吹き飛ばしてくれて大助かりだったのだが、客観的に見れば確かに貴族様方の集まりに乱入した無礼者かもしれない。少なくともアリシア夫人にとってはそうだろう。

 「ご無礼をお許しください。私はパープラー家にお仕えしております、キャロライン様の教育係のミラと申します」

 ミラが恭しく跪礼する一方で、キャロラインはすっかり小さくなって気配を消していた。その様子から、彼女が普段からミラに怒られている風景が容易に想像できる。

 というか、つまり、普段からこの聖女様は破天荒なのか。

 リリアーナは面倒くさい相手に惚れられてしまったという事実を再確認して少しげんなりした。

 「この度はキャロライン様が大変なご迷惑をおかけいたしました……」
 「……迷惑なんてかけてないわ」

 ずっと黙っていたキャロラインが唇を尖らせて呟く。あれだけ暴れ回っておいてどの口が言うんだ、とリリアーナは思った。ミラも同じ気持ちだったようで、キッと目を吊り上げキャロラインを睨みつける。

 「なんのご連絡もせずに押しかけておいてその言い方はなんです! それに従者もつけずに飛び出して行ってしまわれて……ご主人様がどんなに心配しておられたか!」

 キャロラインはシュンとなってまた黙り込んだ。

 侍女が見えないと思ったらそういう訳だったのか。大方、御者の方に無理を言ってここまで連れてきてもらったのだろう。お疲れ様です。

 「帰りますよ、キャロライン様!」
 「い、いやっ……まだリリーにお話したいことがあるのよ!」
 「ダメです、これ以上ご迷惑をかけられません!」

 引きずってでも帰る、というミラの気迫に押されながらもキャロラインは負けじと抵抗していた。図太さもここまでくるともはや感心する。案外こういうタイプの人間の方が大きなことを成し遂げるものだ。その点でいうとキャロラインは将来有望かもしれない。

 「ミラ。わたくしたち、キャロライン様に迷惑をかけられただなんて思っていないわ」

 それは、アリシア様にとってはそうでしょうが。

 リリアーナは心の中で合いの手を入れた。しかしこの場でのヒエラルキーの頂点であるアリシア夫人の発言は絶対である。賛同する者こそいないが、反論する者もいない。

 さすがのミラも、キャロラインへのお小言をやめ、背筋を伸ばしてアリシア夫人の言葉に耳を傾けた。

 「けれど、お家の方になにも伝えずここへ来てしまったのは頂けないわね。確かにすぐに帰って、ご両親を安心させてあげるべきだわ」

 その正論にキャロラインも抵抗をやめてシュンとなる。そうなったのはアリシア夫人の言葉が正しかったからだけではない。それならミラの言葉も彼女に届いているはずだ。

 キャロラインが大人しくなったのは、アリシア夫人の有無を言わさない態度のせいだった。和やかだった空気が一瞬にして張り詰め、全員が固唾を飲んで、アリシア夫人に注目していた。

 このじゃじゃ馬をひと声で黙らせるなんて。モンフォルル家の女主人は伊達ではない。

 「その前にキャロライン様のお話を伺いましょう。帰るのはそれからでも遅くはないでしょう?」

 助け舟を出されたキャロラインは、アリシア夫人に羨望の眼差しを向けた。すっかり心を掌握されてしまったようだ。夫人に一礼して感謝の言葉を伝えると、キャロラインはしゃっきりと元の溌剌とした表情に戻ってリリアーナを見上げた。

 「そう、わたくしはリリーを海風祭うみかざまつりにお誘いしにきたのよ。そのためにここへ来たの」
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