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食えない「聖女」
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しおりを挟む海風祭とは、エデンガード王国の2大祭りの内のひとつ、大漁を祈る夏の大祭である。
不漁の年、困窮した海沿いの民たちが海を司る神シィシャンに祈りの舞を捧げたことから始まったという海風祭りは、エデンガード国民が口を揃えて「この祭りがないと夏が来た気にならない」と言うほど愛されており、それはそれは盛大に行われる。その華やかさは、山を越えて他国からも人が集まるほどだ。
「わたくし、誰かがリリーを誘うんじゃないかって思ったらいても経ってもいられなくて……」
キャロラインは頬を赤らめると、急に恥ずかしそうになって地面に目線を彷徨わせた。
ようやく自分の猪突猛進さに気づいたのだろうか。
そんな失礼なことを考えながら、リリアーナはようやく納得していた。キャロラインが、今、この時、どうして連絡もよこさずに、リリアーナに会いに来たのか。
海風祭には、若い男女の間でまことしやかに囁かれている有名なジンクスがある。
思い人と共に海風祭へ行くと恋が成就する、というものだ。
このジンクス、実はあながちただの噂とも言えない。実際にこの祭を境に絆を深める者たちは多くいる。
もちろん、からくりはある。海風祭はちょうど社交界シーズンが終わる頃に開催される祭りだ。夏の始め、最後の社交の場。ジンクスを信じる者も、信じていない者も、皆「秋まで自分のことを覚えておいてほしい」と、こぞって目当ての人物を誘う。そうすると、その大勢の中から何組かは恋人同士となる者たちも出てくる。
そういった者たちが毎年のように現れるものだから、自然と「恋が成就する」などというジンクスが生まれたのだ。
キャロラインは恐らくこのジンクスを耳にしたのだろう。そして、いち早くリリアーナに会いに来たのだ。誰かがリリアーナを海風祭のパートナーに誘う前に。
「ねっ、お願い。いいでしょう、リリー?」
甘える幼子のように袖を引かれ、リリアーナは逡巡した。キャロラインはさっきまでずっと猫を被っていたけれど、今の彼女の言葉は素直なものに聞こえたのだ。
これはどういう意味なのだろうか。断ったらまた脅してくるつもりなのだろうか。それとも、ただ素直にリリアーナを誘っているだけなのだろうか。リリアーナはキャロラインの本心を探るように、言葉を選びながら尋ねた。
「……それは、お願いでしょうか。それとも、ご命令でしょうか」
リリアーナの問の意図を汲んだキャロラインは、真剣な目で彼女を真っ直ぐ見つめる。
「これはお願いよ。わたくしが、あなたと行きたいの」
上目遣いで嘆願するキャロラインの仕草はいたいけな少女そのもので、つい了承してしまいそうになる。
彼女の言葉を信じるなら、リリアーナがどう答えたとしても、彼女は「片翅の君の正体を公言しない」という約束を守ってくれるのだろう。
まあ、リリアーナがいいと言っても、レティシアが許さなそうだが。なんたってリリアーナはレティシアの侍女。どんな時でも主人の側にいることが侍女の務め。レティシアの命令は絶対なのである。
というか、それを抜きにしてもリリアーナはレティシアを支えると決めたのだ。レティシアがどう言おうとリリアーナがレティシアファーストなのは変わらない。
どうやって角が立たないように断ろうか、とリリアーナが考えている一方で、アリシア夫人が嬉しそうに声を弾ませた。
「いいじゃない! 行ってらっしゃいよ。ねぇ、レティシア」
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