崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

もりの

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誘われて海風祭

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 あの、ミラという教育係。教育係と名乗ってはいたが、きっと彼女が侍女の代わりに仕事をしているのだろう。それなら侍女がいないことにも、彼女たちのあの距離の近さも納得がいく。

 しかしそうなってくると、気になることがひとつ。「侍女が必要ない」というキャロラインの言葉に矛盾が生じてくるのだ。

 彼女は侍女が必要なのに、なぜかつけていない。

 侍女とは、使用人の中でも特別な存在だ。パープラー家のご息女の侍女ともなれば皆こぞってなりたがるだろう。それなのに侍女をつけていないということは……?

 いつも以上にぐるぐると考えていたリリアーナは、揺らめいているのが遠くの屋台だけではないことに気がついた。前に並ぶ人の頭がぼやけて見える。それだけじゃない。目に入るもの全てが二重、三重に見える。

 あ、これだめかも。

 そう思った時にはもう遅い。目の前が急に暗くなる。遠くで誰かがリリアーナの名前を呼ぶ声がしたような気がしたが、リリアーナはそれに応えることなく、意識を手放した。



* * *



 リリアーナが目を覚ますと、まず、心配そうに覗き込んでくる、ふたつの顔が目に入った。

 「リリアーナっ……」
 「ちょ……ちょっと泣かないでよ!」

 ポロポロと涙を流すレティシアの隣でキャロラインが慌ててレティシアをなだめている。乱暴な言葉遣いだが、彼女もどこかホッとしたような顔をしていた。

 そっか。私、あの時倒れたんだ。

 リリアーナはゆっくりと自分が置かれている状況を把握していった。清潔なシーツの匂い。真っ白な天井。この場所のことはよく知らないが、どこなのかは分かった。モンフォルル家の別荘だ。

 窓越しに聞こえてくる賑やかな声と音楽。もうすぐ蝶の舞が始まるのだろう。身体を起こすと首筋を冷やしていたハンカチーフが膝の上に落ちる。このハンカチーフはリリアーナもよく知っていた。レティシアのものだ。

 チラリと外を見ると舞のメインステージである浜辺の大舞台がよく見えた。人ごみを避け、涼をとりながら舞を楽しめるよう、この辺りには有数の貴族たちの別荘が建ち並んでいる。このモンフォルル家の別荘もその内の一つだ。

 「申し訳ありません、レティシア様……昨晩、準備を張り切りすぎたかもしれません。少し眠ったのでもう大丈夫です」

 きっかけや理由はどうあれ、あのレティシアが自分で海風祭に行くと決めたのに。気分を悪くすることもなく過ごせていたというのに。せっかく海風祭を楽しんでもらえると思ったのに。

 この貴重な機会を自分のせいでふいにしてしまうのは、リリアーナにとってとても心苦しいことだった。

 アリシア夫人が言っていた。レティシアが海風祭に行ったのは物心もつかないほど幼い頃に2、3度だけで、それ以降は嫌がってこの時期はいつもひとり家に残っていたのだそうだ。そんな彼女はきっと蝶の舞すら見た覚えがないのだろう。

 窓の外で大きな歓声が上がる。見ると色とりどりの翅たちがステージにわらわらと集まってきていた。本物の蝶のようなそれは、蝶の翅を模したショールを纏った踊り手たちだ。

 リリアーナはレティシアに蝶の舞を見てほしかった。

 レティシアは蝶のようなかわいらしい生き物が好きだし、きっと気に入ると思うのだ。色鮮やかなショールを翻し、華麗に舞う男女。力強い振りの男踊りと優美な振りの女踊りが交錯し、完成される大漁祈願の舞。その舞の美しさは毎年見ても色褪せることがない。

 レティシアにもこの感動を味わってほしい。

 「さあ、行きましょう……蝶の舞が始まります」
 「そうね!行きましょう、リリー」

 立ち上がろうとしたリリアーナは身体をギュッと押さえつけられ、ベッドに引き戻される。彼女はキョトンとした顔でレティシアを見上げた。

 「……レティシア様?」
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