崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

もりの

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喧騒の中のオレンジ

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 キャロラインはわざとらしくカツカツとヒールを鳴らしながら、ひとり人ごみの中を歩いていた。

 もちろんモンフォルル家の護衛たちがすぐ側について彼女を追っているから本当の一人きりではなかったが、こんなに大勢の人の中にいるのに、彼女はとても孤独だった。

 「どうしてっ……」

 キャロラインの脳裏にふたりの姿がフラッシュバックして唇を噛みしめる。あんなに震えていたのに、それでもキャロラインを睨みつけてくるレティシア。そしてどこまでもレティシアに従順なリリアーナ。

 リリアーナはきっとレティシアに蝶の舞を見てほしかったはずなのに。

 リリアーナはなにも言わなかったが、キャロラインには分かっていた。いつだってリリアーナはレティシアを想っていることを。慈しみの目を向けていたことを。だってそれは全てキャロラインがほしかったものだったから。

 リリアーナの想いも、優しい視線も、自分に向けられることのないそれが惜しみなくレティシアに注がれているのを見て、キャロラインはずっと羨んでいたから、分かるのだ。リリアーナはレティシアに海風祭を楽しんでほしがっていた。

 倒れてしまったのだって、夜中まで準備をしていたからだって言っていたじゃない。楽しみにしていたんでしょう。レティシアと一緒に海風祭へ行けること。それなのに。

 リリアーナはキャロラインのことなど気にするまでもなく、すぐにレティシアの言葉に従った。

 なによりもその事実がキャロラインを孤独にさせた。キャロラインなどリリアーナの眼中にないということを思い知らされてしまった。どれだけ焦がれてもリリアーナの心は手に入らないのだ。

 身体の中が真っ黒な空洞になってしまったような、恐ろしい感覚。孤独には慣れているはずなのに、耐えられなかった。

 どこかの屋台から、甘酸っぱい香りが漂ってきてキャロラインは顔をしかめた。これはキャロラインの嫌いな匂いだ。だって嫌なことを思い出してしまうから。

 そう、これはあの子が好きだったオレンジの香り。

 キャロラインの視線は無意識の内にに香りの出所を探っていた。吸い寄せられるように足は香りの方へと向かう。ひとつの出店にたどり着いた。多種多様の果物が並ぶ中、旬の果物であるオレンジの鮮やかさが真っ先に目に飛び込んでくる。

 店の前には樽を半分にしたくらいの大きなバケツが置かれていて、中には井戸水で冷やされた果物たちが浸かっている。祭の時期だけ売っている、冷やしフルーツだ。

 果物なら片手で持ち運べるし、喉を潤すのにちょうどいい。ちょうど喉を枯らし、涼を求める人が増えてくる時間帯だけあって、店の周りにはわらわらと人だかりができていた。

 その人だかりの中に見つけたのは、あまりにあの子に似た後ろ姿。

 「……ジェイミー?」

 キャロラインは思わず彼女の名前を口走った。これだけの人がいる中で、あの子に出会う確率など無いに等しいというのに、そんな馬鹿なことをしてしまったのは、丁度彼女のことを考えていたからだろう。

 無性に悲しくなって、キャロラインは踵を返した。

 周りは才女だ聖女だとキャロラインを持ち上げるが、彼女は自分が賢いということも、同じくらい愚かだということもよく知っていた。今だってそうだ。こんなにも愚かしい。寄り道なんてせずにステージに向かえばよかった。そうしていれば誰かをあの子に見間違えるなんてこともなかったのに。

 「キャロライン、様?」

 その場から立ち去ろうと歩き出したキャロラインの背中に投げかけられたのは、聞き覚えのある声。キャロラインが今、一番会いたくなかった人。

 駆け出したキャロラインの後ろから、もう一度彼女の名前を呼ぶ声がした気がした。
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