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喧騒の中のオレンジ
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しおりを挟む「……行ってしまわれましたね」
リリアーナは扉の方を向いたままポツリと呟いた。
キャロラインとは出会って間もないが、彼女の隠しきれない激情家の一面がリリアーナの目を眩ませていた。リリアーナはキャロラインが「リリアーナと一緒にいられない」ということに腹を立ててしまったのだと、すっかりそう思い込んでいた。
“大事ないかしら?”
それはレティシアも同じだったが、優しい彼女は目の敵にしていたキャロラインのことも心配している様子だった。
「護衛の者もついておりますので、ひとまずは安心でしょう」
“キャロライン様には悪いことをしたわ。後で謝らなくてはね”
そこまで書いて、レティシアの手が止まる。なにか書こうとしているがペン先は宙を彷徨い、線を書くことをためらっているようだった。
そうやっえしばし空中に線を描いていたペン先がそろりそろりと紙の上へ戻ってくる。レティシアはためらいがちに続きの文字を綴った。
“リリアーナと一緒に見に行きたかったんでしょう”
レティシアにとってあまり書きたくなかったその一文は、キャロラインがリリアーナに好意を持っているということの再確認だった。
レティシアにとってリリアーナはようやくできた理解者なのだ。上手く伝えることができないことも多いけれど、いつだって感謝しているし、そばに居てほしいと思っている。
それなのにキャロラインは、レティシアのできないことを平気でやってのける。リリアーナのことが好きだと思ったら好きだというし、リリアーナに会いたいと思ったならどんな手を使ってもやってのける。それはレティシアにとって脅威だった。
グズグズしていたら、リリアーナがキャロラインに取られてしまいそうで。
そう、レティシアはキャロラインのことを恐れている。しかし、一方で少し羨ましいという気持ちも持っていた。
だってあんなに素直に自分の感情を表現して、思うままに行動できるなら、レティシアだってリリアーナにもっと上手に思いを伝えられるだろう。
レティシアは自分の胸の内に渦巻くこの複雑な気持ちに戸惑っていた。それは彼女にとって初めての「嫉妬」だった。今まで人と深く関わってこなかったレティシアには、感じ得なかった感情。
初めて感じる嫉妬という感情にレティシアは振り回されていた。自ら祭に参加すると言ったのも、人ごみが苦手なはずなのにキャロラインもリリアーナについて行ったことも、こうやってリリアーナを引き止めたのも……いつもより彼女のことを大胆にさせていたのは、全て嫉妬のせいだったのだ。
しかしレティシアがそれを知るにはまだ早く、今の彼女はただただ戸惑うばかりだった。
リリアーナはレティシアの戸惑いには気づかなかったが、彼女がなにか別のことを考えているのだろうということは察していた。
「確かに、キャロル様には申し訳ないことをしたかもしれませんが……レティシア様も、本当によろしかったのですか?」
きっとレティシアは「蝶の舞」のことを考えているのだろう。リリアーナはそう思っていた。楽しい祭の場を台無しにしてしまった、という負い目がそう推察させた。
実際のところレティシアは、リリアーナのことばかり考えていたのだが。
“リリアーナが倒れるなんて普通じゃないわ。まだしばらく休んでいてちょうだい。わたくし、心配なの”
それはレティシアの本心だったが、同時に嘘でもあった。無意識の内に働いた嫉妬心が、リリアーナを側に置いておこうとしたのも、また事実だった。しかし自らの嫉妬に気がつくことすらできないレティシアには、自分が嘘をついたことなど、知る由もないことだった。
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