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路地裏の告白
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しおりを挟む「……どちら様でしょうか。キャロル様をご存知で?」
彼女は……ジェイミーは、ハッとしたような顔になってリリアーナを見やった。
「そうですか。あなたが、今の……」
「今の……? どういうことです?」
含みのある物言い。リリアーナは訝しげにジェイミーを見つめ返し、双方の間に静寂が流れる。この路地裏は不思議と静かだった。表の通りからは賑やかな歓声が聞こえてくるのに、全てが薄い膜を通したかのようにくぐもって聞こえる。
切り離された3人だけの世界で、ジェイミーはドレスの端を摘み、優雅に跪礼した。
「遅ればせながら。私、ジェイミーと申します。キャロライン様の、前の侍女です」
リリアーナは目を大きく見開いた。後ろでキャロラインがビクリと身体を震わせたのが分かる。きっとジェイミーの言葉には彼女にとって認めたくない事実が含まれていたのだろう。
リリアーナは驚いていたが、同時に深く納得してもいた。やはりキャロラインには侍女がいたのだ。そしてなんらかの理由で決別した。それも、あまり良い別れではない。だからキャロラインはこんなにも顔を合わせるのを嫌がっているのだ。
「……ジェイミーがわたくしを恨んでいるのは知っているわ。謝って気が済むならいくらでも謝るわ。だけど、もう今回きりで放っておいて」
「ちがっ……私はただ、キャロライン様とお話しがしたくて」
キャロラインはとりつく島もない態度で突き放したが、ジェイミーは必死に食らいついた。彼女が嘘を言っているようには見えなかったが、キャロラインは彼女に見向きもせずに吐き捨てた。
「今さらなにを話すことがあるの? わたくし、なにも聞きたくないわ」
「……いいえ。私はお話ししなければいけません。どうしても。あの時のことを」
「っ、やめて!!」
悲痛な叫びにジェイミーは悲しそうな顔で押し黙った。それは明確な拒絶だったが、リリアーナにはキャロラインからそれ以上のものを感じていた。
キャロラインは、ジェイミーを恐れている。
あのキャロラインが、こんなにも頼りなく見えたのは初めてだった。キャロラインはリリアーナの背に隠れ、目を逸らしてじっと地面を見つめていた。
今すぐこの場から逃げ出したい、そんな思いがひしひしと伝わってくる。この素朴な少女のどこが恐ろしいのかリリアーナには分からなかったが、キャロラインは確かにジェイミーを恐れているようだった。
リリアーナにはジェイミーがそんなに恐ろしい人間には見えなかった。彼女はキャロラインとは違って、ずっとキャロラインだけを見つめていたが、その目は不安げに翳っていた。グッと握った拳は、振り上げるためではなく、自分を鼓舞するために握られているのだろう。
ジェイミーのその様子を見れば分かるはずなのにわキャロラインは彼女を見ようとしていないから気づかない。リリアーナはもどかしくなって、思わず口を開いた。
「キャロル様。聞いてみてもよいのではないですか」
振り向くとキャロラインは小さく震えていた。過剰なほどに自信家な彼女が、今は自信なさげに瞳を揺らめかせている。
リリアーナは初めて自分からキャロラインに触れた。
キャロラインの両肩にリリアーナの手の平の熱が伝わってくる。全身にぬくもりが通っていく。そこでようやく自分の指先が冷え切っていることに気づいて、キャロラインは自分がジェイミーを恐れているということを自覚した。
「彼女のことを、しっかりと見てください。大丈夫です。彼女はあなたを傷つける存在ではないと思いますよ」
伝わる熱と共にリリアーナの言葉が全身に沁みるように身体の中で反響する。
そうだ。わたくしは、ジェイミーのことをちゃんと見たことがなかった。彼女が侍女だった頃から、ずっと。
今こそ、向き合うべきなのかもしれない。目を逸らし続けてきたことに。彼女に。そうでないと、これからもキャロラインはずっと独りで、ずっと誰にも見てもらえないままだろう。
キャロラインは決意すると、恐る恐る視線を上げた。
「……キャロライン様」
そこにはまるで鏡でも見ているかように、不安げな表情をしたジェイミーが立っていた。
その彼女の表情を見て、向き合うことを恐れていたのは自分だけではないのだと悟る。キャロラインは深く息を吸うと、震える声を抑えながら言葉を絞り出した。
「……分かったわ。話を聞かせて、ジェイミー」
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