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◆恋の芽生えと未来の〝楽しみ〟
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新学期が始まって一週間が経った。
この間、我が家では休日の朝を別にして簡単でたっぷりの栄養がとれるフルーツサラダとオーツ麦のグラノーラが朝食の定番になっていた。
「おはよう、里桜ちゃん。もう食べてたんだ、早いね」
今日も私がグラノーラに豆乳をかけて頬張っていたら、未来君が身支度を整えてダイニングにやって来た。
当初、未来君はママと協力して和風の朝食を用意してくれようとしていたのだが、調理の負担と食べやすさを考慮して私がグラノーラを希望した。なにより未来君お手製のグラノーラは食欲の出にくい朝にも食べやすくて、なおかつ、飽きがこなくておいしい。その上、栄養バランスに優れているとなれば、これ以上の朝食はない。
ちなみに、既に出社したパパもすっかりグラノーラの朝食がお気に入りだ。
「お、おはよう!」
未来君に挨拶を返す私の声は、なぜか不自然に裏返っていた。
「豆乳か。いいね、僕もそうしよう」
未来君は対面式のキッチンに立つママと挨拶を交わし、隣の席に着くと、お皿にグラノーラを入れ豆乳を注ぐ。
「そうだ、ジョギングのことだけど、もし体力的に厳しいようなら体育祭が終わるまでは休みにしよう。こういうのは、あまり無理しすぎてもよくないから」
未来君に水を向けられて、私はわずかに言い淀む。
実は今度の日曜日に、中学校の体育祭がある。それに向け、時間割で当てられている練習の他に、クラス対抗競技の自主練習を行うことがクラス会で決まったのだ。
そうして今日の放課後から練習を始めると、昨日のホームルームで伝えられていた。
「……うん。どうするかは今日の様子を見てから決めるよ」
こんなふうに返すのがやっとだった。
体育祭、……というよりも、運動全般は私にとって鬼門だ。体形から想像できる通り、私は走りも遅いし、瞬発力もない。小学校の頃から運動行事では、ずっとクラスの足を引っ張る厄介者だった。
中学校の体育祭でも、似たような状況におちいるのが目に見えていた。さらに最近は森重さんたち女子グループからの風当たりが特に強いのもあって、彼女らと団体競技を一緒に行うことを想像すると胃が傷んだ。
「ごちそうさま。それじゃ未来君、私、日直だから先に行くね」
食べ終えた私は早々に席を立った。
「え? だったら僕も一緒に――」
「ううん! まだ食べ終わってないじゃない。未来君はゆっくり食べてて」
席を立とうとする未来君を制し、足元に置いていた通学鞄を掴む。
「あら里桜ちゃん、もう行くの? 気をつけてね、いってらっしゃい」
「いってきます!」
キッチンカウンター越しにママに手を振り、慌ただしく家を出た。そうしてしばらく進んだところで歩みのペースをゆるめた。
……きっと未来君は、私の態度を不審に思ったろうな。
未来君が同じクラスに転校して来てから、私の学校生活は以前よりグッと楽しくなった。未来君は持ち前の社交性の高さで、あっという間にクラスの中心的存在になっていた。その彼はクラスメイトとの会話中でも、なにかにつけて私を話題にし、輪の中に引き入れようとした。それらに受け答えをしているうち、いつしか未来君がいなくともクラスメイトらと自然に話をするようになっていた。
さらに未来君がすごいのは、私にするのと同様の気遣いを、クラスの全員にしていること。中学一年生の一学期は、みんなが手探りで人間関係を築こうとしている途中だった。二学期から転入してきた彼が、そこに一気に変化をもたらした。探り探りでいるのみんなを、未来君が圧倒的な求心力でまとめあげ、心をひとつにしてしまったのだ。
ところがクラス内が和気あいあいとして、ずっと楽しくなった半面、前より面倒になった部分もあった。私は森重さんたち女子グループの面々を想像し、重くため息をついた。
日直を言い訳にして家を出てきたけれど、実際は早く登校してまでこなさなければならない仕事などない。日誌の記入も黒板消しも、休み時間にやれば十分なのだ。
私だって、本音では未来君と登校したい。行き先が同じなのに、わざわざ時間をずらすなんてしたくなかった。
「だけど、未来君が一緒だと目の仇にされちゃうしなぁ……」
体育祭も控えており、これ以上当たりがきつくなるのは避けたかった。
……うん、今は状況的にもやむなし。穏便にいくしかない。
心の内で一応の納得をすると、鞄の持ち手をきつく握り直して大きく前に踏み出した。
放課後に始まった体育祭の練習で、私はしょっぱなから窮地に立った。
一年生が行う障害物リレーの中に、馬跳びで距離を繋いでいくというとんでもない競技があったからだ。どんな競技かと言うと――。
まず、ひとクラス二十五人が五人ずつグループを作る。五人のうち四人が馬になり、最初のひとりは四人分の馬跳びをして下りたら、今度はその場所で自分が馬になる。それを次の人が跳んで、また馬になり……と、これをゴールまで延々と続ける。要は、標準体型の学生のみを想定し、肥満の学生の存在を端から度外視した、最高にとんでもないリレーである。
「それじゃあみんな、適当に五人組を作ってくれ」
男子の体育委員・佐藤君が上げた張り切った声に、『適当』こそがいかに困難かと私は気が遠くなりかける。
「細井さんとは組めないわ。こんなこと言ったら失礼だけど、あの体重で跳ばれたら……ねぇ?」
あからさまに口にしたのは森重さんだけだったが、その言葉に女子生徒らがざわついた。ちなみに、うちのクラスは女子が十人、男子が転校生の未来君を入れて十五人だ。
そうなれば、必然的に女子で二チーム、男子で三チーム作ることになるが、女子生徒らはこぞって微妙な空気を漂わせ、いそいそと森重さんの周囲に集まり始めていた。
……そりゃそうだ。私には跳ばれたくないと思うのが、人として真っ当な思いだ。
私としても、華奢な彼女らの背中を跳ぶのは忍びない……というか、潰してしまいそうで怖い。できるなら、跳びたくない。
「里桜ちゃん、こっちこっち! 僕と同じチームになろう」
その時、背中から未来君に呼ばれる。
振り返ると、未来君と男女の体育委員、さらに田中君が並んで私に向かって手を振っていた。目にした瞬間、ありがたくて涙が出そうになった。
パッと見、四人は私が跳んでも潰れることはなさそうだった。紅一点の岡田さんも、自ら体育委員に立候補しただけあり、バレー部のエースだ。細身だが引きしまった筋肉質の体形をしており、私の体重にも耐えてくれるだろう。
「う、うん!」
私は未来君らのチームに加わるべく、踏み出した。
「待って大門寺君! そんな組み方をしたらチームが男女混合になってしまうわ!」
背中に森重さんの声がかかり、思わず足が止まった。
「それだとなにか問題がある? たまたまうちのクラスが女子十人、男子十五人ってだけで、他のクラスは男女混合のチームが発生しているよね?」
「そ、それは……」
未来君に質問されて、森重さんは眉間にしわを寄せしどろもどろに言葉を詰まらせた。
「僕はチームは男女にこだわらず、組んだらいいと思う。もちろん森重さんが無理をして体格の大きな男子と組む必要はないから、そのままチームになったらいい。みんなも、それでどうかな?」
「大門寺君の意見に賛成」
「俺も賛成!」
未来君がクラスの皆に向かって問いかけたら、あちこちから賛同の声が上がった。
「たぶん僕たち、体重は割と軽い方だと思う。僕たちと一緒のチームになってくれる?」
双子の水野君兄弟が、森重さんたちと距離を置いて立つ女の子三人のところへ行き、声をかけた。本人の言葉通り、男子の中でも水野君兄弟は小柄だ。
「うん! こちらこそお願いします」
水野君兄弟と三人の女の子で、あっさりとひとチームができ上った。
「これで決まりだ。それじゃあ、ここからは各チームで練習しよう!」
こうして無事に、男女混合の二チームを含む五つのチームが結成し、各々の練習へと移っていった。
「みんな、チームに入れてくれてありがとう!」
「なに言ってんの。大門寺君が言った通り、こういうのは男女にこだわらず無理なく組んだらいいのよ」
チーム練習に移って私が口にした第一声に、岡田さんがサバサバとした笑顔で返した。
「そうそ。体育祭はさ、運動を通してクラスの団結を高めるイベントだよ。楽しめばいいんだ」
佐藤君の言葉にも、ジンとくる。
「そ、そうだよ! 細井さんと馬跳びできるなんて、僕はむしろうれ、うれっ……と、とにかく! 頑張ろう!」
田中君のどもった言葉はよく分からなかったけれど、最後の『頑張ろう』はちゃんと聞こえたから問題ないだろう。
「里桜ちゃん、これくらいの高さで跳べるかな? 跳びにくそうだったら遠慮なく言って」
そう言って、未来君はさっそく腰を折って頭を下げ、馬の形になった。未来君含め四人のメンバーは、全員が私より十センチ以上身長が高い。
「う、うん」
私は慌てて未来君の元に向かい、試しに背中にトンッと手を置いてみた。彼の背中はすらりとして細いのに、触れた手のひらを通してしっかりとした筋肉の感触が伝わってきて、ドクンと心臓が鳴った。
同時に、予想以上に高い馬を前にして、こめかみにツーッと冷や汗が垂れた。
……え? 身長差を考慮したって、めっちゃ高いんだけど、なんで? ……あぁ、足が長いせいか。
「里桜ちゃんどう?」
私が脳内でひとり自問自答していたら、未来君が目線を上げて問いかけた。
「……うーんと、これだと跳べなそう。もう少し下げてもらえるかな」
「このくらい?」
「ええっと、もっと下げてもらっていい?」
同じやり取りを三度繰り返したところで、やっと跳べそうな高さになった。
「ありがとう、これなら跳べそうだよ!」
「よし! みんなも里桜ちゃんが跳ぶ時にはこのくらいを目安でよろしく」
「オッケー」
みんなは嫌な顔ひとつせず、快い返事をくれた。
「さぁ、試しに跳んでみて」
未来君に促され、いざ跳ぼうとしたら、ちゅうちょが生まれた。
「どうかした?」
「今さらだけど、私が跳んで大丈夫? だって私……」
……未来君より十キロは重いんじゃなかろうか。そんな重量級の私が跳んで、ポキッと折れてしまわない?
下手したら跳び越えきれずに背中に乗っかっちゃうことだって……いやね、そんなことは意地でもしないけど、もしかしたら、万に一つ、しちゃうこともあったり、なかったり……。
後半は声にせず、もごもごと口内でにごす。
「はははっ! 僕はそんなにヤワにできてないよ。へんな気を回さなくて大丈夫だから、跳んでみて」
未来君は私の言外の思いまできちんと汲み取った上で、いともあっけなく笑い飛ばした。そうして「これなら跳べそう」と告げた高さより心持ち低くして、私が跳びやすいようしっかりと頭をしまい込んだ。
私は覚悟を決めて両手を置き直すと、思いっきり地面を蹴った。腕を支えにして体が浮き上がり、次の瞬間には未来君の背中を跳び越えて、反対側にドンッと足をついていた。
「いいね里桜ちゃん! ちゃんと跳べてるよ!」
未来君が体を起こし、嬉々とした声を上げる。
「いいじゃん、細井さん!」
「ああ、いい感じだ! 俺たちもそのくらいの高さになれば平気そうだね。さっそくやってみよう」
「みんな、ありがとう!」
みんなも笑顔で私をねぎらい、ここからは全員での練習に移った。みんなが高さなどを事細かに調整し、協力してくれたこともあり、なんとかリレーを最後まで繋ぐことができた。
最後の馬を跳び終えた時、すっかり息は上がり、足はガクガクだった。だけど心は、かつてないくらい晴れやかだった。なりより、最後までやりきれたことに達成感と充足感を覚えていた。
これまでは「みんなの迷惑になってしまうから」と、自分に都合のいい言い訳をして「どうやって棄権しよう」と逃げ道ばかりを考えていた。そして、突き刺さるようなみんなの視線にビクビクしていたけれど、今ならわかる。
問題はみんなではなく、私自身が抱えていたのだ。
「みんな、跳びやすいように協力してくれてありがとう! みんなのおかげで最後まで跳びきれた、本当にありがとう!」
「なに言ってるの。みんなで協力するのが、クラス競技の楽しさだよ」
「そうそ。そこんとこ、個人種目とは違うんだからはき違えちゃいけないわ」
「僕も一生懸命やることに意義があると思う!」
私が心からの感謝を伝えたら、みんなは温かい眼差しと言葉で答えてくれた。
ジンと目頭が熱くなる。同時に胸が、前向きなエネルギーで満たされる。
……私、変わってきている。この一カ月で体が軽くなってきて、付随するように心も軽くなっているのだ。そうして私が変わったことで、私に対する周囲の反応も以前とはまるで違う。
私、もっと頑張らなくちゃ……ううん、もっともっと頑張りたい! これは単に痩せて外見を変えたいがためじゃない。
痩せることで心が前向きに明るく変わるのだと、身をもって実感した。私は以前の自分より、今の自分が好き。そして今の自分より、未来の私をきっともっと好きになる。
私は、痩せた先にいる新しい自分になりたい――!
ここまで未来君主導で、どことなく言われるがまま、流されるままに行っていたダイエット。それが、はじめて自分事になったのを感じていた。
確固たる決意をかみしめる私の姿を、未来君はまぶしい物でも前にしたように目を細くして見つめていた。
その後は、クラス対抗のもうひとつの競技の練習をして、放課後練習は終了した。
「今日はここまで。また明日の放課後、校庭に集合してください。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした!」
佐藤君の解散の挨拶で、みなが散り散りになる。私も校舎に向かおうとしたら、その背中に声がかかった。
「里桜ちゃん、着替えたら校門で待ってる。一緒に帰ろうよ」
クラスメイトらの目が多くある中でかけられた声。みんなが私たちに注目していた。当然、その中には森重さんたちの険をはらんだ視線もあった。
「うん! 着替えたらすぐ行くね!」
私はひるまずにはっきりと答え、校舎へと駆けだした。私の返事に周囲がざわめいたけれど、気にはならなかった。
……なにもやましいことなんてしていないのだから、誰に遠慮することもない。
自分の思いに正直に行動すると決めた。もう、自分の心にうそはつかない。
女子更衣室で着替えていたら、森重さんが憤りを隠そうともせず私の元にやって来た。
「ちょっと細井さん!」
学内共有の更衣室は、他学年やクラスの女子生徒らが複数人利用しており、彼女の剣幕に一気に注目が集まった。
「大門寺君の迷惑も考えないで同じチームになって、いったいどういうつもり!? しかも、付き合ってもいないのに一緒に帰るなんて、おかしいでしょう!」
多くの目があるこの場で声を大きくする森重さんに対し、率直に「困ったな」「迷惑だな」とは感じた。しかし、両脇に仲良しの女子生徒を従えて居丈高に私を睨みつける彼女のことを、これっぽちも怖いとは思わなかった。
「森重さん、いつ未来君が『迷惑』だなんて言ったの?」
「そ、それは……」
私が着替えの手を止めぬまま、目線だけを向けて問うと、森重さんは言い淀んだ。
その目には驚きと戸惑いの色が浮かぶ。きっと私の反論が予想外だったのだろう。
「それから、付き合ってはいないけれど、私は未来君と一緒に帰りたい。だから彼と一緒に帰るよ」
まっすぐに言い放つ私を、森重さんは肩をわななかせて見つめていた。
「話がそれだけなら、帰らせてもらうね。さよなら」
着替え終わった私は脱いだ体操着を鞄に押し込み、森重さんの前をすり抜けた。
森重さんは悔しげに唇を噛みしめていたけれど、それ以上私に絡んではこなかった。
「なに今の! ちょっと痩せてきたからって調子にのって!」
「ほんとほんと。少し瘦せたって、まだデブじゃん。親の知り合いじゃなきゃ、大門寺君だってあんなどんくさいデブ、相手にするわけないって!」
森重さんの脇にいたふたりが、森重さんを励ますためか、あるいは私を貶めようとしてか、声高に話すのが更衣室を出がけの耳に届いた。
……え? 今『ちょっと痩せてきた』って、『少し瘦せた』って、そう言ったよね!?
や、やっ、やったぁあああっ!! 私、見た目にもちゃんと痩せてきてるんだ! わぁぁ、嬉しいよ~!
聞きつけた私は、ひとり心の中で狂喜乱舞した。たしかに体重は減っていたが、見た目の変化は毎日見ていることもあって、自分ではいまひとつ実感できていなかったのだ。そんな中で告げられた客観的な意見は、貶めるどころか私を大いに喜ばせた。
とにもかくにも、私は足取り軽く未来君と待ち合わせた校門に向かった。
校門ではひと足先に着替えを終えた未来君が、私を待ってくれていた。
「お待たせ未来君!」
「どうしたの里桜ちゃん、なんだかご機嫌だね?」
にこにこで校門に向かった私に、未来君は不思議そうに尋ねた。
「実はさっき更衣室で、森重さんたちが私のこと『ちょっと痩せてきた』『少し瘦せた』って言ってくれたんだ」
「え!? 森重さんたちがそう言ったの?」
校門を背に並んで歩きながら答えたら、未来君はものすごく驚いた顔をした。
「うん、そうだよ。どうかした?」
中学校から家までは、徒歩で三十分ほどの距離だ。学校には都内のみならず近県から公共交通機関を利用して通学する生徒がほとんどで、多くの生徒は校門を出ると最寄りの駅に向かって歩きだす。
その流れに逆らうように、私と未来君は駅と反対方向に進んでいく。
「いやね、里桜ちゃんが着替えに行ってすぐ、険しい顔で後を追うように女子更衣室の方に向かっていったのを見たから。里桜ちゃんがなにか嫌な思いをしなければいいなって思ってたんだけど、どうやら僕の勘違いだったみたいだ」
未来君の言葉を聞いて、胸に温かな思いが広がる。
……本当に、未来君は私のことをよく見てくれている。そして常に心を砕き、私が居心地よくいられるように、うまく立ち回ってくれる。
決して表立って事を荒立てたりはしないけれど、森重さんたちの言動にさりげなくフォローを入れ、トラブルを遠ざけてくれたこともこれまで一度や二度ではなかった。
「ふふふっ。ありがとう、未来君」
「それは、なにに対しての『ありがとう』?」
「……うーん。本当は全部が『ありがとう』なんだけど、しいて言えば八年振りの再会に対して、かな。だって未来君が来てから、家も学校も毎日がうそみたいに楽しいの。これって、未来君のおかげ!」
わずかに考えて答えたら、未来君は立ち止まり、こぼれ落ちそうなくらい目を見開いた。
「未来君?」
私も足を止め、未来君を見上げる。
こうしてみると、未来君の瞳の位置が私のそれよりもずいぶんと高い位置にあることに気づかされる。彼の虹彩は日本人の平均よりも色素の薄いこげ茶色で、薄っすらと汗がにじむ額に影を落とす同色の髪が、西に傾き始めた陽光を浴びてつややかに光る。
やや切れ長の二重に、形のいい眉。鼻筋がスッと通り、口もとはシャープに引きしまって、頬にも丸みやゆるみはない。
改めて対峙する未来君は、文句なくかっこよかった。
しばし、彼と私の目線が絡む。
大通りを一本中に入った通りには、既に学友らの姿はなく、まるでこの瞬間に未来君とふたりだけなったように錯覚する。無性に胸がドキドキして、頬に熱が集まってくる。
「里桜ちゃん、君に伝えたいことがある」
瞳に互いの姿を映してどれくらい経っただろう、未来君がゆっくりと唇を開く。
ドクンと胸が跳ね、喉がカラカラになる。全部の意識が未来君と、未来君がこれから語る台詞に集中していた。
「目標体重を達成して無事にダイエットが成功した時に、改めて伝えさせて欲しい。……中途半端な物言いをして、ごめん。だけど、それを伝えるべくは、やっぱり今じゃないような気がしたんだ」
……本音を言えば、未来君の言葉は想像していたものとは少し違っていた。けれど、落胆はまるでなかった。
ドキドキした。一年後……いや、もう十カ月と少し。その時、私はどんな言葉が聞けるのだろう。十カ月後の未来への期待に、どうしようもなく胸がさわいだ。
「うん。楽しみに待ってる」
同時に、未来の〝楽しみ〟が、私にパワーを与えてくれる。
実は最近、ほんの少し体重の減り方が鈍くなってきていて、気持ちが落ち込んだり焦ったりしがちだった。未来君のサポートでなんとかモチベーションを維持していたが、このままダイエットを続けていたらさらに体重が減り悩んだり、躓く時期も来るだろう。
そんな時、未来君の『伝えたいこと』を聞くのを励みにして、私はどこまでだって頑張れる――。
「ふふふっ。だけど未来君ったら、すごいアメとムチの使い方ね。これで私は、なんとしたってダイエットを成功させようってなるもの。……あ、勘違いしないで。もちろん、最初からちゃんとやり切るつもりだったのよ」
ひと呼吸の間を置いて軽い口調で伝えた。
「アメとムチだなんてとんでもないよ」
「え?」
「ねぇ里桜ちゃん、僕は時々思うんだ。一見すればダイエットを主導してサポートしているのは僕なんだけど、本当は僕こそが、君の手の上で踊らされているんじゃないかってね」
未来君はふわりと目を細め、なぞの発言をした。
実際、私は未来君にはっぱをかけられて、時に宥められて、ヒーヒーいいながらなんとか食らいついてる状態なのだ。そんな私が、手の上で未来君を躍らせる……? そんなのは、天地がひっくり返ったってあり得ない。
「えー? よくわかんないよ」
カラカラと笑って答えながら、最近よく、未来君がこんなふうに目を細めて私を見つめていることに思い至った。……なんでだろう?
小首をかしげ、なんの気なく周囲に視線を巡らせる。ふと、沈みかけの太陽の予想外のまぶしさに気づく。
……ああ、そっか。未来君はまぶしがり屋なんだ。
たしかに色素の薄い人の方が、強い光に弱いって言うもんね。私はひとり納得し、トンッと前へと一歩踏み出した。
「そうだ、私、今晩もジョギングに行くよ。もうすっかり習慣だから、走らないと気持ち悪くて」
「オッケー。それじゃ、今晩も走りに行こう」
未来君が答え、長いコンパスの足で私の横に並ぶ。彼の表情は涼しげだが、その額には薄く汗が浮かんでいた。
「未来君、ありがとうね」
「ん?」
「私を待たせないように着替えを急いでくれたでみたいだから。今のは、それに対する『ありがとう』だよ」
「どうして里桜ちゃんは僕が急いだって思うの?」
ポケットを探りながら伝えたら、未来君は不思議そうに首をひねった。
「この陽気で体操着の上にシャツとベストの制服を重ねて着ていたら、暑いかなって。もっとも、重ね着してなくたって、私もまだ汗が引ききらないけど」
シャツの襟元から覗く体操着を指摘され、未来君は少しバツが悪そうな顔をする。
「このハンカチね、ハッカのスプレーをしてあるんだ。だから少しだけ、スーッとした感じがしてスッキリするよ」
私はちょっとだけ伸び上がると、ポケットから取り出したハンカチを薄っすらと汗がにじむ彼の額にあてがう。ちょんちょんとハンカチをずらしながら汗を拭っていく様子を、未来君は目を丸くして見つめていた。
そうして拭き終えた私が手を引っ込めよとした瞬間、グッと手首を握られた。
「えっ?」
彼の手は、ふくよかな私の手首をすっぽりと回りきってなお、少し余裕を残していた。その大きさと逞しさにドキリとした。私を見下ろす彼の瞳の強さにも、苦しいくらいに胸が高鳴る。
その時、掴んだ手を引かれたことで、体が未来君の方へと傾く。
「あっ!」
意図せず彼の胸のあたりに、頭がポフッとぶつかる。
さらに、私の手を掴むのと逆の手が腰に回されたと思ったら、クイッと引き寄せられる。私は未来君にすっぽりと抱きしめられるような体勢になっていた。
ドクンドクンと血が巡る音が、妙に大きく耳に響いた。
「里桜ちゃん――」
未来君が話しだすのと同時に、近くのお寺から六時を告げる鐘が鳴る。
――ゴォーン。ゴォーン。
「――きだよ」
未来君の声に、重低音の鐘の音がものの見事に被っていた。必死に耳を凝らすが、鐘の音にかき消されてしまい、どうしても未来君の言葉を聞き取ることがかなわない。
焦り、戸惑う私を余所に、未来君は満足気にスッと唇を引き結んだ。ほぼ同時に、鐘の音も余韻を残しながら止んだ。
え? えっ!? えぇえええっっ!! なんなの、この計ったかのようなタイミングは!?
まさか、未来君は確信犯で鐘の音に言葉を重ねた……? あまりにもできすぎた状況に、そんな疑念が一瞬だけ脳裏を過ぎった。
「み、未来君。ごめん、鐘のせいで聞こえなかった。もう一度、言ってくれる?」
ゴクリとひとつ喉を鳴らして乞うと、未来君は密着した体勢を解きながらゆっくりと唇を開く。私は張り詰めるような緊張感で、彼の口もとを注視した。
「十カ月後にね」
未来君はあっさりと告げ、ポンッと私の頭を撫でる。まさかの肩透かしに唖然として見上げる私に、彼は策士っぽく笑い、颯爽と歩きだす。
ちょっと食えないその笑顔が、妙に胸をドキドキさせた。
「さぁ、日が暮れる前に帰ろう?」
「う、うん」
数歩分前から声をかけられて、私は真っ赤な頬に手をあてて、動揺しきりのままヨロヨロと未来君の背中に続いたのだった。
この間、我が家では休日の朝を別にして簡単でたっぷりの栄養がとれるフルーツサラダとオーツ麦のグラノーラが朝食の定番になっていた。
「おはよう、里桜ちゃん。もう食べてたんだ、早いね」
今日も私がグラノーラに豆乳をかけて頬張っていたら、未来君が身支度を整えてダイニングにやって来た。
当初、未来君はママと協力して和風の朝食を用意してくれようとしていたのだが、調理の負担と食べやすさを考慮して私がグラノーラを希望した。なにより未来君お手製のグラノーラは食欲の出にくい朝にも食べやすくて、なおかつ、飽きがこなくておいしい。その上、栄養バランスに優れているとなれば、これ以上の朝食はない。
ちなみに、既に出社したパパもすっかりグラノーラの朝食がお気に入りだ。
「お、おはよう!」
未来君に挨拶を返す私の声は、なぜか不自然に裏返っていた。
「豆乳か。いいね、僕もそうしよう」
未来君は対面式のキッチンに立つママと挨拶を交わし、隣の席に着くと、お皿にグラノーラを入れ豆乳を注ぐ。
「そうだ、ジョギングのことだけど、もし体力的に厳しいようなら体育祭が終わるまでは休みにしよう。こういうのは、あまり無理しすぎてもよくないから」
未来君に水を向けられて、私はわずかに言い淀む。
実は今度の日曜日に、中学校の体育祭がある。それに向け、時間割で当てられている練習の他に、クラス対抗競技の自主練習を行うことがクラス会で決まったのだ。
そうして今日の放課後から練習を始めると、昨日のホームルームで伝えられていた。
「……うん。どうするかは今日の様子を見てから決めるよ」
こんなふうに返すのがやっとだった。
体育祭、……というよりも、運動全般は私にとって鬼門だ。体形から想像できる通り、私は走りも遅いし、瞬発力もない。小学校の頃から運動行事では、ずっとクラスの足を引っ張る厄介者だった。
中学校の体育祭でも、似たような状況におちいるのが目に見えていた。さらに最近は森重さんたち女子グループからの風当たりが特に強いのもあって、彼女らと団体競技を一緒に行うことを想像すると胃が傷んだ。
「ごちそうさま。それじゃ未来君、私、日直だから先に行くね」
食べ終えた私は早々に席を立った。
「え? だったら僕も一緒に――」
「ううん! まだ食べ終わってないじゃない。未来君はゆっくり食べてて」
席を立とうとする未来君を制し、足元に置いていた通学鞄を掴む。
「あら里桜ちゃん、もう行くの? 気をつけてね、いってらっしゃい」
「いってきます!」
キッチンカウンター越しにママに手を振り、慌ただしく家を出た。そうしてしばらく進んだところで歩みのペースをゆるめた。
……きっと未来君は、私の態度を不審に思ったろうな。
未来君が同じクラスに転校して来てから、私の学校生活は以前よりグッと楽しくなった。未来君は持ち前の社交性の高さで、あっという間にクラスの中心的存在になっていた。その彼はクラスメイトとの会話中でも、なにかにつけて私を話題にし、輪の中に引き入れようとした。それらに受け答えをしているうち、いつしか未来君がいなくともクラスメイトらと自然に話をするようになっていた。
さらに未来君がすごいのは、私にするのと同様の気遣いを、クラスの全員にしていること。中学一年生の一学期は、みんなが手探りで人間関係を築こうとしている途中だった。二学期から転入してきた彼が、そこに一気に変化をもたらした。探り探りでいるのみんなを、未来君が圧倒的な求心力でまとめあげ、心をひとつにしてしまったのだ。
ところがクラス内が和気あいあいとして、ずっと楽しくなった半面、前より面倒になった部分もあった。私は森重さんたち女子グループの面々を想像し、重くため息をついた。
日直を言い訳にして家を出てきたけれど、実際は早く登校してまでこなさなければならない仕事などない。日誌の記入も黒板消しも、休み時間にやれば十分なのだ。
私だって、本音では未来君と登校したい。行き先が同じなのに、わざわざ時間をずらすなんてしたくなかった。
「だけど、未来君が一緒だと目の仇にされちゃうしなぁ……」
体育祭も控えており、これ以上当たりがきつくなるのは避けたかった。
……うん、今は状況的にもやむなし。穏便にいくしかない。
心の内で一応の納得をすると、鞄の持ち手をきつく握り直して大きく前に踏み出した。
放課後に始まった体育祭の練習で、私はしょっぱなから窮地に立った。
一年生が行う障害物リレーの中に、馬跳びで距離を繋いでいくというとんでもない競技があったからだ。どんな競技かと言うと――。
まず、ひとクラス二十五人が五人ずつグループを作る。五人のうち四人が馬になり、最初のひとりは四人分の馬跳びをして下りたら、今度はその場所で自分が馬になる。それを次の人が跳んで、また馬になり……と、これをゴールまで延々と続ける。要は、標準体型の学生のみを想定し、肥満の学生の存在を端から度外視した、最高にとんでもないリレーである。
「それじゃあみんな、適当に五人組を作ってくれ」
男子の体育委員・佐藤君が上げた張り切った声に、『適当』こそがいかに困難かと私は気が遠くなりかける。
「細井さんとは組めないわ。こんなこと言ったら失礼だけど、あの体重で跳ばれたら……ねぇ?」
あからさまに口にしたのは森重さんだけだったが、その言葉に女子生徒らがざわついた。ちなみに、うちのクラスは女子が十人、男子が転校生の未来君を入れて十五人だ。
そうなれば、必然的に女子で二チーム、男子で三チーム作ることになるが、女子生徒らはこぞって微妙な空気を漂わせ、いそいそと森重さんの周囲に集まり始めていた。
……そりゃそうだ。私には跳ばれたくないと思うのが、人として真っ当な思いだ。
私としても、華奢な彼女らの背中を跳ぶのは忍びない……というか、潰してしまいそうで怖い。できるなら、跳びたくない。
「里桜ちゃん、こっちこっち! 僕と同じチームになろう」
その時、背中から未来君に呼ばれる。
振り返ると、未来君と男女の体育委員、さらに田中君が並んで私に向かって手を振っていた。目にした瞬間、ありがたくて涙が出そうになった。
パッと見、四人は私が跳んでも潰れることはなさそうだった。紅一点の岡田さんも、自ら体育委員に立候補しただけあり、バレー部のエースだ。細身だが引きしまった筋肉質の体形をしており、私の体重にも耐えてくれるだろう。
「う、うん!」
私は未来君らのチームに加わるべく、踏み出した。
「待って大門寺君! そんな組み方をしたらチームが男女混合になってしまうわ!」
背中に森重さんの声がかかり、思わず足が止まった。
「それだとなにか問題がある? たまたまうちのクラスが女子十人、男子十五人ってだけで、他のクラスは男女混合のチームが発生しているよね?」
「そ、それは……」
未来君に質問されて、森重さんは眉間にしわを寄せしどろもどろに言葉を詰まらせた。
「僕はチームは男女にこだわらず、組んだらいいと思う。もちろん森重さんが無理をして体格の大きな男子と組む必要はないから、そのままチームになったらいい。みんなも、それでどうかな?」
「大門寺君の意見に賛成」
「俺も賛成!」
未来君がクラスの皆に向かって問いかけたら、あちこちから賛同の声が上がった。
「たぶん僕たち、体重は割と軽い方だと思う。僕たちと一緒のチームになってくれる?」
双子の水野君兄弟が、森重さんたちと距離を置いて立つ女の子三人のところへ行き、声をかけた。本人の言葉通り、男子の中でも水野君兄弟は小柄だ。
「うん! こちらこそお願いします」
水野君兄弟と三人の女の子で、あっさりとひとチームができ上った。
「これで決まりだ。それじゃあ、ここからは各チームで練習しよう!」
こうして無事に、男女混合の二チームを含む五つのチームが結成し、各々の練習へと移っていった。
「みんな、チームに入れてくれてありがとう!」
「なに言ってんの。大門寺君が言った通り、こういうのは男女にこだわらず無理なく組んだらいいのよ」
チーム練習に移って私が口にした第一声に、岡田さんがサバサバとした笑顔で返した。
「そうそ。体育祭はさ、運動を通してクラスの団結を高めるイベントだよ。楽しめばいいんだ」
佐藤君の言葉にも、ジンとくる。
「そ、そうだよ! 細井さんと馬跳びできるなんて、僕はむしろうれ、うれっ……と、とにかく! 頑張ろう!」
田中君のどもった言葉はよく分からなかったけれど、最後の『頑張ろう』はちゃんと聞こえたから問題ないだろう。
「里桜ちゃん、これくらいの高さで跳べるかな? 跳びにくそうだったら遠慮なく言って」
そう言って、未来君はさっそく腰を折って頭を下げ、馬の形になった。未来君含め四人のメンバーは、全員が私より十センチ以上身長が高い。
「う、うん」
私は慌てて未来君の元に向かい、試しに背中にトンッと手を置いてみた。彼の背中はすらりとして細いのに、触れた手のひらを通してしっかりとした筋肉の感触が伝わってきて、ドクンと心臓が鳴った。
同時に、予想以上に高い馬を前にして、こめかみにツーッと冷や汗が垂れた。
……え? 身長差を考慮したって、めっちゃ高いんだけど、なんで? ……あぁ、足が長いせいか。
「里桜ちゃんどう?」
私が脳内でひとり自問自答していたら、未来君が目線を上げて問いかけた。
「……うーんと、これだと跳べなそう。もう少し下げてもらえるかな」
「このくらい?」
「ええっと、もっと下げてもらっていい?」
同じやり取りを三度繰り返したところで、やっと跳べそうな高さになった。
「ありがとう、これなら跳べそうだよ!」
「よし! みんなも里桜ちゃんが跳ぶ時にはこのくらいを目安でよろしく」
「オッケー」
みんなは嫌な顔ひとつせず、快い返事をくれた。
「さぁ、試しに跳んでみて」
未来君に促され、いざ跳ぼうとしたら、ちゅうちょが生まれた。
「どうかした?」
「今さらだけど、私が跳んで大丈夫? だって私……」
……未来君より十キロは重いんじゃなかろうか。そんな重量級の私が跳んで、ポキッと折れてしまわない?
下手したら跳び越えきれずに背中に乗っかっちゃうことだって……いやね、そんなことは意地でもしないけど、もしかしたら、万に一つ、しちゃうこともあったり、なかったり……。
後半は声にせず、もごもごと口内でにごす。
「はははっ! 僕はそんなにヤワにできてないよ。へんな気を回さなくて大丈夫だから、跳んでみて」
未来君は私の言外の思いまできちんと汲み取った上で、いともあっけなく笑い飛ばした。そうして「これなら跳べそう」と告げた高さより心持ち低くして、私が跳びやすいようしっかりと頭をしまい込んだ。
私は覚悟を決めて両手を置き直すと、思いっきり地面を蹴った。腕を支えにして体が浮き上がり、次の瞬間には未来君の背中を跳び越えて、反対側にドンッと足をついていた。
「いいね里桜ちゃん! ちゃんと跳べてるよ!」
未来君が体を起こし、嬉々とした声を上げる。
「いいじゃん、細井さん!」
「ああ、いい感じだ! 俺たちもそのくらいの高さになれば平気そうだね。さっそくやってみよう」
「みんな、ありがとう!」
みんなも笑顔で私をねぎらい、ここからは全員での練習に移った。みんなが高さなどを事細かに調整し、協力してくれたこともあり、なんとかリレーを最後まで繋ぐことができた。
最後の馬を跳び終えた時、すっかり息は上がり、足はガクガクだった。だけど心は、かつてないくらい晴れやかだった。なりより、最後までやりきれたことに達成感と充足感を覚えていた。
これまでは「みんなの迷惑になってしまうから」と、自分に都合のいい言い訳をして「どうやって棄権しよう」と逃げ道ばかりを考えていた。そして、突き刺さるようなみんなの視線にビクビクしていたけれど、今ならわかる。
問題はみんなではなく、私自身が抱えていたのだ。
「みんな、跳びやすいように協力してくれてありがとう! みんなのおかげで最後まで跳びきれた、本当にありがとう!」
「なに言ってるの。みんなで協力するのが、クラス競技の楽しさだよ」
「そうそ。そこんとこ、個人種目とは違うんだからはき違えちゃいけないわ」
「僕も一生懸命やることに意義があると思う!」
私が心からの感謝を伝えたら、みんなは温かい眼差しと言葉で答えてくれた。
ジンと目頭が熱くなる。同時に胸が、前向きなエネルギーで満たされる。
……私、変わってきている。この一カ月で体が軽くなってきて、付随するように心も軽くなっているのだ。そうして私が変わったことで、私に対する周囲の反応も以前とはまるで違う。
私、もっと頑張らなくちゃ……ううん、もっともっと頑張りたい! これは単に痩せて外見を変えたいがためじゃない。
痩せることで心が前向きに明るく変わるのだと、身をもって実感した。私は以前の自分より、今の自分が好き。そして今の自分より、未来の私をきっともっと好きになる。
私は、痩せた先にいる新しい自分になりたい――!
ここまで未来君主導で、どことなく言われるがまま、流されるままに行っていたダイエット。それが、はじめて自分事になったのを感じていた。
確固たる決意をかみしめる私の姿を、未来君はまぶしい物でも前にしたように目を細くして見つめていた。
その後は、クラス対抗のもうひとつの競技の練習をして、放課後練習は終了した。
「今日はここまで。また明日の放課後、校庭に集合してください。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした!」
佐藤君の解散の挨拶で、みなが散り散りになる。私も校舎に向かおうとしたら、その背中に声がかかった。
「里桜ちゃん、着替えたら校門で待ってる。一緒に帰ろうよ」
クラスメイトらの目が多くある中でかけられた声。みんなが私たちに注目していた。当然、その中には森重さんたちの険をはらんだ視線もあった。
「うん! 着替えたらすぐ行くね!」
私はひるまずにはっきりと答え、校舎へと駆けだした。私の返事に周囲がざわめいたけれど、気にはならなかった。
……なにもやましいことなんてしていないのだから、誰に遠慮することもない。
自分の思いに正直に行動すると決めた。もう、自分の心にうそはつかない。
女子更衣室で着替えていたら、森重さんが憤りを隠そうともせず私の元にやって来た。
「ちょっと細井さん!」
学内共有の更衣室は、他学年やクラスの女子生徒らが複数人利用しており、彼女の剣幕に一気に注目が集まった。
「大門寺君の迷惑も考えないで同じチームになって、いったいどういうつもり!? しかも、付き合ってもいないのに一緒に帰るなんて、おかしいでしょう!」
多くの目があるこの場で声を大きくする森重さんに対し、率直に「困ったな」「迷惑だな」とは感じた。しかし、両脇に仲良しの女子生徒を従えて居丈高に私を睨みつける彼女のことを、これっぽちも怖いとは思わなかった。
「森重さん、いつ未来君が『迷惑』だなんて言ったの?」
「そ、それは……」
私が着替えの手を止めぬまま、目線だけを向けて問うと、森重さんは言い淀んだ。
その目には驚きと戸惑いの色が浮かぶ。きっと私の反論が予想外だったのだろう。
「それから、付き合ってはいないけれど、私は未来君と一緒に帰りたい。だから彼と一緒に帰るよ」
まっすぐに言い放つ私を、森重さんは肩をわななかせて見つめていた。
「話がそれだけなら、帰らせてもらうね。さよなら」
着替え終わった私は脱いだ体操着を鞄に押し込み、森重さんの前をすり抜けた。
森重さんは悔しげに唇を噛みしめていたけれど、それ以上私に絡んではこなかった。
「なに今の! ちょっと痩せてきたからって調子にのって!」
「ほんとほんと。少し瘦せたって、まだデブじゃん。親の知り合いじゃなきゃ、大門寺君だってあんなどんくさいデブ、相手にするわけないって!」
森重さんの脇にいたふたりが、森重さんを励ますためか、あるいは私を貶めようとしてか、声高に話すのが更衣室を出がけの耳に届いた。
……え? 今『ちょっと痩せてきた』って、『少し瘦せた』って、そう言ったよね!?
や、やっ、やったぁあああっ!! 私、見た目にもちゃんと痩せてきてるんだ! わぁぁ、嬉しいよ~!
聞きつけた私は、ひとり心の中で狂喜乱舞した。たしかに体重は減っていたが、見た目の変化は毎日見ていることもあって、自分ではいまひとつ実感できていなかったのだ。そんな中で告げられた客観的な意見は、貶めるどころか私を大いに喜ばせた。
とにもかくにも、私は足取り軽く未来君と待ち合わせた校門に向かった。
校門ではひと足先に着替えを終えた未来君が、私を待ってくれていた。
「お待たせ未来君!」
「どうしたの里桜ちゃん、なんだかご機嫌だね?」
にこにこで校門に向かった私に、未来君は不思議そうに尋ねた。
「実はさっき更衣室で、森重さんたちが私のこと『ちょっと痩せてきた』『少し瘦せた』って言ってくれたんだ」
「え!? 森重さんたちがそう言ったの?」
校門を背に並んで歩きながら答えたら、未来君はものすごく驚いた顔をした。
「うん、そうだよ。どうかした?」
中学校から家までは、徒歩で三十分ほどの距離だ。学校には都内のみならず近県から公共交通機関を利用して通学する生徒がほとんどで、多くの生徒は校門を出ると最寄りの駅に向かって歩きだす。
その流れに逆らうように、私と未来君は駅と反対方向に進んでいく。
「いやね、里桜ちゃんが着替えに行ってすぐ、険しい顔で後を追うように女子更衣室の方に向かっていったのを見たから。里桜ちゃんがなにか嫌な思いをしなければいいなって思ってたんだけど、どうやら僕の勘違いだったみたいだ」
未来君の言葉を聞いて、胸に温かな思いが広がる。
……本当に、未来君は私のことをよく見てくれている。そして常に心を砕き、私が居心地よくいられるように、うまく立ち回ってくれる。
決して表立って事を荒立てたりはしないけれど、森重さんたちの言動にさりげなくフォローを入れ、トラブルを遠ざけてくれたこともこれまで一度や二度ではなかった。
「ふふふっ。ありがとう、未来君」
「それは、なにに対しての『ありがとう』?」
「……うーん。本当は全部が『ありがとう』なんだけど、しいて言えば八年振りの再会に対して、かな。だって未来君が来てから、家も学校も毎日がうそみたいに楽しいの。これって、未来君のおかげ!」
わずかに考えて答えたら、未来君は立ち止まり、こぼれ落ちそうなくらい目を見開いた。
「未来君?」
私も足を止め、未来君を見上げる。
こうしてみると、未来君の瞳の位置が私のそれよりもずいぶんと高い位置にあることに気づかされる。彼の虹彩は日本人の平均よりも色素の薄いこげ茶色で、薄っすらと汗がにじむ額に影を落とす同色の髪が、西に傾き始めた陽光を浴びてつややかに光る。
やや切れ長の二重に、形のいい眉。鼻筋がスッと通り、口もとはシャープに引きしまって、頬にも丸みやゆるみはない。
改めて対峙する未来君は、文句なくかっこよかった。
しばし、彼と私の目線が絡む。
大通りを一本中に入った通りには、既に学友らの姿はなく、まるでこの瞬間に未来君とふたりだけなったように錯覚する。無性に胸がドキドキして、頬に熱が集まってくる。
「里桜ちゃん、君に伝えたいことがある」
瞳に互いの姿を映してどれくらい経っただろう、未来君がゆっくりと唇を開く。
ドクンと胸が跳ね、喉がカラカラになる。全部の意識が未来君と、未来君がこれから語る台詞に集中していた。
「目標体重を達成して無事にダイエットが成功した時に、改めて伝えさせて欲しい。……中途半端な物言いをして、ごめん。だけど、それを伝えるべくは、やっぱり今じゃないような気がしたんだ」
……本音を言えば、未来君の言葉は想像していたものとは少し違っていた。けれど、落胆はまるでなかった。
ドキドキした。一年後……いや、もう十カ月と少し。その時、私はどんな言葉が聞けるのだろう。十カ月後の未来への期待に、どうしようもなく胸がさわいだ。
「うん。楽しみに待ってる」
同時に、未来の〝楽しみ〟が、私にパワーを与えてくれる。
実は最近、ほんの少し体重の減り方が鈍くなってきていて、気持ちが落ち込んだり焦ったりしがちだった。未来君のサポートでなんとかモチベーションを維持していたが、このままダイエットを続けていたらさらに体重が減り悩んだり、躓く時期も来るだろう。
そんな時、未来君の『伝えたいこと』を聞くのを励みにして、私はどこまでだって頑張れる――。
「ふふふっ。だけど未来君ったら、すごいアメとムチの使い方ね。これで私は、なんとしたってダイエットを成功させようってなるもの。……あ、勘違いしないで。もちろん、最初からちゃんとやり切るつもりだったのよ」
ひと呼吸の間を置いて軽い口調で伝えた。
「アメとムチだなんてとんでもないよ」
「え?」
「ねぇ里桜ちゃん、僕は時々思うんだ。一見すればダイエットを主導してサポートしているのは僕なんだけど、本当は僕こそが、君の手の上で踊らされているんじゃないかってね」
未来君はふわりと目を細め、なぞの発言をした。
実際、私は未来君にはっぱをかけられて、時に宥められて、ヒーヒーいいながらなんとか食らいついてる状態なのだ。そんな私が、手の上で未来君を躍らせる……? そんなのは、天地がひっくり返ったってあり得ない。
「えー? よくわかんないよ」
カラカラと笑って答えながら、最近よく、未来君がこんなふうに目を細めて私を見つめていることに思い至った。……なんでだろう?
小首をかしげ、なんの気なく周囲に視線を巡らせる。ふと、沈みかけの太陽の予想外のまぶしさに気づく。
……ああ、そっか。未来君はまぶしがり屋なんだ。
たしかに色素の薄い人の方が、強い光に弱いって言うもんね。私はひとり納得し、トンッと前へと一歩踏み出した。
「そうだ、私、今晩もジョギングに行くよ。もうすっかり習慣だから、走らないと気持ち悪くて」
「オッケー。それじゃ、今晩も走りに行こう」
未来君が答え、長いコンパスの足で私の横に並ぶ。彼の表情は涼しげだが、その額には薄く汗が浮かんでいた。
「未来君、ありがとうね」
「ん?」
「私を待たせないように着替えを急いでくれたでみたいだから。今のは、それに対する『ありがとう』だよ」
「どうして里桜ちゃんは僕が急いだって思うの?」
ポケットを探りながら伝えたら、未来君は不思議そうに首をひねった。
「この陽気で体操着の上にシャツとベストの制服を重ねて着ていたら、暑いかなって。もっとも、重ね着してなくたって、私もまだ汗が引ききらないけど」
シャツの襟元から覗く体操着を指摘され、未来君は少しバツが悪そうな顔をする。
「このハンカチね、ハッカのスプレーをしてあるんだ。だから少しだけ、スーッとした感じがしてスッキリするよ」
私はちょっとだけ伸び上がると、ポケットから取り出したハンカチを薄っすらと汗がにじむ彼の額にあてがう。ちょんちょんとハンカチをずらしながら汗を拭っていく様子を、未来君は目を丸くして見つめていた。
そうして拭き終えた私が手を引っ込めよとした瞬間、グッと手首を握られた。
「えっ?」
彼の手は、ふくよかな私の手首をすっぽりと回りきってなお、少し余裕を残していた。その大きさと逞しさにドキリとした。私を見下ろす彼の瞳の強さにも、苦しいくらいに胸が高鳴る。
その時、掴んだ手を引かれたことで、体が未来君の方へと傾く。
「あっ!」
意図せず彼の胸のあたりに、頭がポフッとぶつかる。
さらに、私の手を掴むのと逆の手が腰に回されたと思ったら、クイッと引き寄せられる。私は未来君にすっぽりと抱きしめられるような体勢になっていた。
ドクンドクンと血が巡る音が、妙に大きく耳に響いた。
「里桜ちゃん――」
未来君が話しだすのと同時に、近くのお寺から六時を告げる鐘が鳴る。
――ゴォーン。ゴォーン。
「――きだよ」
未来君の声に、重低音の鐘の音がものの見事に被っていた。必死に耳を凝らすが、鐘の音にかき消されてしまい、どうしても未来君の言葉を聞き取ることがかなわない。
焦り、戸惑う私を余所に、未来君は満足気にスッと唇を引き結んだ。ほぼ同時に、鐘の音も余韻を残しながら止んだ。
え? えっ!? えぇえええっっ!! なんなの、この計ったかのようなタイミングは!?
まさか、未来君は確信犯で鐘の音に言葉を重ねた……? あまりにもできすぎた状況に、そんな疑念が一瞬だけ脳裏を過ぎった。
「み、未来君。ごめん、鐘のせいで聞こえなかった。もう一度、言ってくれる?」
ゴクリとひとつ喉を鳴らして乞うと、未来君は密着した体勢を解きながらゆっくりと唇を開く。私は張り詰めるような緊張感で、彼の口もとを注視した。
「十カ月後にね」
未来君はあっさりと告げ、ポンッと私の頭を撫でる。まさかの肩透かしに唖然として見上げる私に、彼は策士っぽく笑い、颯爽と歩きだす。
ちょっと食えないその笑顔が、妙に胸をドキドキさせた。
「さぁ、日が暮れる前に帰ろう?」
「う、うん」
数歩分前から声をかけられて、私は真っ赤な頬に手をあてて、動揺しきりのままヨロヨロと未来君の背中に続いたのだった。
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