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第八十九話 及第点
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「あのヴァシリー様とやり合って無傷で済むとは……」
「翠眼の魔道士の噂は本当だったんだ」
ギャラリーがざわついていた。支部の職員と数名の冒険者たちが声を落として話す。
「剣を持ってあれだけ動けるんだから」
「やっぱり筋肉隆々……」
「ちょっとー! 聞こえてるんですけど⁉」
聞き捨てならない単語に回復魔法をかけているセシリヤが反応して返した。一斉に皆が口を噤んだ。唇を引き結んで自分は違う、と首を左右に激しく振る。
「ぶっ、ははははっ! ひー、あっはっはっは!」
セシリヤの筋肉隆々姿を想像したのだろう、ヴァシリーが声を上げて笑い出した。腹を抱えて笑う彼にセシリヤの眉根が寄る。
(わぁー! ちょ、ヴァシリー! そろそろセシリヤが怒るから笑いストップ!)
いち早くセシリヤの怒りを察知したティルラがハラハラしながらヴァシリーを見る。けれど、彼は笑いを堪えきれないようだ。涙を浮かべながら笑っていた。
「……」
にこり、と笑みを浮かべつつも、額に青筋を浮かべているセシリヤは空いている手でもう一度ヴァシリーの剣に無言で触れた。
(あ、怒ってる。しれっと重力魔法掛けた!)
ティルラだけが気付いていた。
「ところで、ヴァシリーは楽しめたの?」
セシリヤの問いに笑いを止めたヴァシリーは目尻に溜まった涙を拭いながら「まあな」と返した。
「それと……及第点、だな」
「及第点って何のこと?」
「いや、こっちの話」
聞き返したセシリヤにヴァシリーはへらへらと笑って誤魔化す。
「じゃあ、私の希望を叶えてくれる?」
「んー? 内容によるけどな」
「なにそれ。なんでも、って言ったくせに……」
セシリヤは不満そうに零した。
「まあ、そう言うなよ。俺にも出来ないことはある」
「……それもそうよね」
少しだけ逡巡したセシリヤは肩を竦めた。
「セシリヤさ~ん! 怪我はないですか⁉ さっきの戦闘もかっこよかったです!」
ずっと静かにしていたミラが我慢の限界だったのだろう。抱きついてきた。抜け駆けされた、とラウラも負けじとセシリヤへと近づく。
「セシリヤ、怪我はない? この人ホント大人げないんだから……」
セシリヤの頬へ触れながらラウラが怪我がないかを確認してくる。ミラとラウラに挟まれたセシリヤは「大丈夫だから、二人とも離れて……いや、ほんと。近いんですけど」と二人の顔を掌で押し戻しながら言う。
「ちょっと、ヴァシリー。あなたの部下たちでしょ、なんとかして」
「無理だな。その二人は俺には制御不能だ。お前が無理なら俺にも無理だ!」
そう言ってヴァシリーは胸を張った。
「いや、いやいや! そこは胸を張るところじゃないでしょ⁉ 上司としての職務を放棄しないでほしいんですけど!」
セシリヤが二人を離そうとすればするほど、ミラとラウラはくっついてこようとする。どうしたものか、と天を仰いだセシリヤの視線の先に一羽の鳥が入った。ピィー、と鳴いて真っ直ぐミラの頭の上へと降り立つ。
「ピー助! ごめんね、宿に置いてけぼりにしちゃって」
ピィー、ピィー、と鳴いて文句を言っているようだ。
「って、おい! 鳥のくせに僕の頭の上に乗るんじゃない!」
「あら、鳥が頭の上に止まるのは自分よりも格下だと認識しているからだそうよ?」
馬鹿にしたようにラウラが言う。
「それにしても誰がピー助を連れて……」
セシリヤが視線を動かすと、ギャラリーの中にペレシアがいた。彼女と目が合うと、相手は微笑んで頭を下げた。セシリヤも小さく頭を下げる。
「セシリヤ、先に応接室に行ってるぞ」
「え、ちょっと⁉ ヴァシリー⁉」
ひらひらと手を振って歩いて行くヴァシリーを追おうとするが、ラウラとミラ、そしてピー助に挟まれたセシリヤは身動きが取れない。ヴァシリーは職員たちへ耳打ちをすると階段をゆっくりと上って行った。
「翠眼の魔道士の噂は本当だったんだ」
ギャラリーがざわついていた。支部の職員と数名の冒険者たちが声を落として話す。
「剣を持ってあれだけ動けるんだから」
「やっぱり筋肉隆々……」
「ちょっとー! 聞こえてるんですけど⁉」
聞き捨てならない単語に回復魔法をかけているセシリヤが反応して返した。一斉に皆が口を噤んだ。唇を引き結んで自分は違う、と首を左右に激しく振る。
「ぶっ、ははははっ! ひー、あっはっはっは!」
セシリヤの筋肉隆々姿を想像したのだろう、ヴァシリーが声を上げて笑い出した。腹を抱えて笑う彼にセシリヤの眉根が寄る。
(わぁー! ちょ、ヴァシリー! そろそろセシリヤが怒るから笑いストップ!)
いち早くセシリヤの怒りを察知したティルラがハラハラしながらヴァシリーを見る。けれど、彼は笑いを堪えきれないようだ。涙を浮かべながら笑っていた。
「……」
にこり、と笑みを浮かべつつも、額に青筋を浮かべているセシリヤは空いている手でもう一度ヴァシリーの剣に無言で触れた。
(あ、怒ってる。しれっと重力魔法掛けた!)
ティルラだけが気付いていた。
「ところで、ヴァシリーは楽しめたの?」
セシリヤの問いに笑いを止めたヴァシリーは目尻に溜まった涙を拭いながら「まあな」と返した。
「それと……及第点、だな」
「及第点って何のこと?」
「いや、こっちの話」
聞き返したセシリヤにヴァシリーはへらへらと笑って誤魔化す。
「じゃあ、私の希望を叶えてくれる?」
「んー? 内容によるけどな」
「なにそれ。なんでも、って言ったくせに……」
セシリヤは不満そうに零した。
「まあ、そう言うなよ。俺にも出来ないことはある」
「……それもそうよね」
少しだけ逡巡したセシリヤは肩を竦めた。
「セシリヤさ~ん! 怪我はないですか⁉ さっきの戦闘もかっこよかったです!」
ずっと静かにしていたミラが我慢の限界だったのだろう。抱きついてきた。抜け駆けされた、とラウラも負けじとセシリヤへと近づく。
「セシリヤ、怪我はない? この人ホント大人げないんだから……」
セシリヤの頬へ触れながらラウラが怪我がないかを確認してくる。ミラとラウラに挟まれたセシリヤは「大丈夫だから、二人とも離れて……いや、ほんと。近いんですけど」と二人の顔を掌で押し戻しながら言う。
「ちょっと、ヴァシリー。あなたの部下たちでしょ、なんとかして」
「無理だな。その二人は俺には制御不能だ。お前が無理なら俺にも無理だ!」
そう言ってヴァシリーは胸を張った。
「いや、いやいや! そこは胸を張るところじゃないでしょ⁉ 上司としての職務を放棄しないでほしいんですけど!」
セシリヤが二人を離そうとすればするほど、ミラとラウラはくっついてこようとする。どうしたものか、と天を仰いだセシリヤの視線の先に一羽の鳥が入った。ピィー、と鳴いて真っ直ぐミラの頭の上へと降り立つ。
「ピー助! ごめんね、宿に置いてけぼりにしちゃって」
ピィー、ピィー、と鳴いて文句を言っているようだ。
「って、おい! 鳥のくせに僕の頭の上に乗るんじゃない!」
「あら、鳥が頭の上に止まるのは自分よりも格下だと認識しているからだそうよ?」
馬鹿にしたようにラウラが言う。
「それにしても誰がピー助を連れて……」
セシリヤが視線を動かすと、ギャラリーの中にペレシアがいた。彼女と目が合うと、相手は微笑んで頭を下げた。セシリヤも小さく頭を下げる。
「セシリヤ、先に応接室に行ってるぞ」
「え、ちょっと⁉ ヴァシリー⁉」
ひらひらと手を振って歩いて行くヴァシリーを追おうとするが、ラウラとミラ、そしてピー助に挟まれたセシリヤは身動きが取れない。ヴァシリーは職員たちへ耳打ちをすると階段をゆっくりと上って行った。
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