探偵はじめました。

砂糖有機

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暇な探偵には事件を

事件

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 大掃除から一週間、小嶋邸にはパトカーが止まっていた。
 ・・・リビングでチエ子と泰彦が亡くなっていたのだ。
 「しかし、これは・・・」
「ううむ、ひどいな・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で現場を眺めるのは、岡橋警部と駒木刑事だ。この間大掃除をしたはずなのに、まるで空き巣に入られた後のように荒れ果て、とてつもない悪臭で鼻が曲がりそうなのである。顔をしかめるのも無理はない。
 そんな中、現場の保存を急ぐ警官達の間をくぐり抜けてあの探偵がやってきた。
「うッ!ひどい匂い・・・あっ、やぁ岡橋警部。それに駒木刑事。ご機嫌いかがですか?」
「ああッ!この男はッ!」
駒木刑事はこの図々しい男を知っていた。酒井浩一である。後ろにその弟子(?)もいるようだ。
「貴様ッ!何故ここにいる、ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだ!」
「え?ああ、それなら『警部に呼ばれた』と言ったらすんなりと」
「俺はてめぇなんぞ呼んでないだろ!誰だッ、すんなりとコイツを入れたヤツぁ!」
岡橋警部は、顔を真っ赤にして怒りを露にしている。どうやら、酒井達を入れてしまったのは高卒の新人らしい。後で岡橋警部にお灸を据えられることだろう。
 酒井達が警察がいるのに何故こうズカズカと小嶋邸に入って来たのか、岡橋警部は疑問に思った。
「で、何で貴様はここに来た?」
「この間の大掃除の事ですよ。僕らは依頼されてたんです」
・・・この男のことだ。大体つかめてきたぞ。
「報酬は後払い。期限は三日。しかし、一向に支払われる気配はない。だから払ってもらうために来たというわけです」
こいつッ!取立てるために、わざわざ現場まで入って来たのかよ!やはり、この探偵の図々しさにはヘドが出る。
「ところで、チエ子さんはどこですか?またあの肉団子食べたいなぁ」
「・・・チエ子さんは亡くなったよ。夫の泰彦さんもね」
「なッ!・・・そんな」
探偵は今、その事実を知った。驚愕しているらしく、驚きを隠せない。探偵いわく、パトカーが止まっていたのは、ちょっとした小さな事件でもあったのだろうと楽観視していたらしい。
「そういえば、ここに来てから英二君だんまりしてるけど、どうしたんだい?」
「・・・ここ、なんだか臭くて。外で話しません?」
よく見てみると、英二の顔は真っ青だ。乗り物酔いをしている状態とよくにている。乗り物酔いだとよかったのだが。
「ううッ、吐きそう・・・」
「わわわッ、やばいッ!英二君、早くトイレへ・・・」
現場でわたわたしている、目障りな探偵達にかなりお怒りの岡橋警部は一喝する。
「貴様らここから出ていけぇッ!」
 
 岡橋警部と駒木刑事は探偵達を外につまみ出した後、現場・遺体の状態について鑑識に確認をした。どうやら、現場は人為的に荒らされているらしく、所々指紋が発見された。小嶋老夫婦には打撲・切り傷などの痛々しい外傷があるのが確認されたが、それが死因ではないようだ。そして・・・
「悪臭の原因は下痢か・・・」
「はい警部、あの老夫婦のものでした。指紋については調べているところです」
「うーん、警部、この荒れ具合からみて物取りの線もあるんじゃないですか?」
「バカヤロウッ!見て分からんか!財布や現金などの金目の物はおろか、貴重品一つ無くなっておらんのだぞ!物取りの線は薄いだろうが」
自分の推理をバッサリと論破されしょぼんとする駒木刑事、を置いて岡橋警部は話を続けた。
「それで、死因は分かったのか?」
「現在、司法解剖にて調査中です」
「そうか、ご苦労。結果がわかり次第、俺に伝えてくれ。一旦外に出るぞ、駒木!」
「は、はいッ!」
 岡橋警部は鑑識にねぎらうと、敬礼をしてから駒木刑事を引き連れて小嶋邸の外へ出た。胸ポケットからタバコを取り出すと、口にくわえて火をつける。タバコの煙が風に乗って駒木刑事を襲う。
「ぶわぅッ!ゲホッ!っとお、こっち来たぁ!警部ッ!吸う場所考えてくださいよ!」
「いいじゃねぇか外なんだから。お前だって吸うだろ?」
「僕はタバコ吸いませんッ!うッ、ゲホゴホ・・・」
もくもくと漂うタバコの煙を駒木刑事は嫌がって手で払い、めちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめた。そんな涙目の駒木刑事を無視して、岡橋警部は話を紡いだ。

 「おい、駒木。今回の事件についてだが」
「ズビッ、うぅ・・・何か気になることでも?」
「お前も知っての通り、現場は人為的に荒らされていたそうだ。しかし、貴重そうなものは何一つ盗まれていない。俺達が掃除の助太刀に来たときにあった物が無い、なんてことなかっただろ?それに、荒らされていたのはリビングのみで、そこ以外はそのまま。となると、物取りである確率は低い」
「そ、そのことはもう論破されたじゃないですか!」
駒木刑事はもう触れないでくれと言わんばかりだ。しかし、岡橋警部の話はそれが要点ではないらしくまだ続ける。
「そこで、現場を荒らした犯人が誰なのか気になったんだよ、俺は」
「えッ!それってあの老夫婦を殺した犯人ってことですか・・・?」
「ちげーよ、まだ殺人だと決まった訳ではない。ただ現場であるリビングを荒らしたのは別だろ?誰かがやったことになる」
「あ、そっかなるほど・・・物取りにしろそうでないにしろ、外部犯によるものでしょうか?」
「ううむ・・・それなんだが、窓も入り口の鍵も閉まっていたらしい。鍵のある場所もそのままだ」
そこで、駒木刑事はある疑問がうかんだ。
「あれ、何で警部は鍵のありかを知ってるんですか」
「ずっと前からの縁だからな。その上、掃除の時に見かけたしな。って、それ以外にうかぶ疑問は無いのか!」
「えっ、別に・・・あれ?あッ!密室なんだ!」
駒木刑事は合点いったようで、ポンと手を叩いた。『そうだとも』と頷くと岡橋警部は話を続ける。
「そこで俺はな、動機は全く分からんが、もしかしたら・・・現場を荒らしたのは、小嶋夫妻じゃないかと思うんだ」
「なッ!そんなわけ・・・」
駒木刑事は納得がいかない。原因は色々ある。まず、小嶋夫妻はあんなに荒らす程のバーサーカーではないのを知っている。第一、自分達の部屋を荒らすメリットが無いじゃないか。
「俺にも理由は分からん。けれど、リビングを荒らしたのなら、小嶋夫妻の全身にある小さな打撲や切り傷も説明がつくだろう」
「それは確かにそうですが・・・」
 タバコをもう一本、岡橋警部は口にくわえて火をつけた。フゥー、と煙を吐き出す。
「・・・まぁ、今はまだ分からないことだらけだ。鑑識の結果を待つしかない」
 煙がまた、駒木刑事の方へと流れていく。駒木刑事は一目散にその場から飛びのいた。



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