探偵はじめました。

砂糖有機

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暇な探偵には事件を

推理

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 後日、鑑識の結果が出たというので再び小嶋邸に訪れた岡橋警部と駒木刑事。本当は本所で話を聞けばよいものの、鑑識の趣味なのか、現場に呼び出されたのだ。
 現場には先客がいた。・・・あの探偵とその弟子だ。
「これはこれは、岡橋警部と駒木刑事じゃないですか」
「ききき、貴様らどーしてここにッ!関係者以外立ち入り禁止と言ったろーが!公務執行妨害で逮捕するッ!」
「ま、まあまあ落ち着いて、『逮捕する』だなんてそんな物騒なこと言わないで、ね?」
「落ち着いてられるかッ、第一なんでここに入れたんだよ!」
「それなら、入り口にいたあの新人さんに『警部の知り合い』と言ったらすんなりと。嘘じゃないでしょう?」
「アイツぅうッ!二度目だぞ二度目ッ!ただじゃおかんからな・・・」
岡橋警部の怒る様子を見て、『あぁ、あの新人死んだな』と駒木刑事はふと思った。
「それに、今回の事件についても色々聞けました。いやぁ、素直で面白い人だったなぁ」
「・・・」
『あっ、これは本格的に殺されるヤツだな』と駒木刑事は思った。
「それで、なんでここにいるんだ?」
「それはもちろん、首を突っ込むためですよ」
「メーワクだッ!」
「職業柄、突っ込みたくなるんですよ、首を。それに英二君と少々聞き込みをしたんです。きっと役にたつと思うなー?」
「・・・もういい、勝手にしろ」
先に折れたのは岡橋警部だった。あの新人といい、しつこい探偵といい、もう対応に疲れてしまったらしい。仕切り直すように、岡橋警部は酒井に質問する。
「それで、聞き込みの結果はどうだったんだ?」
ちょっとまって下さいね・・・と、酒井は手帳を取り出し、書いた内容を読み上げていった。
「ある交番で勤めている佐野巡査部長によると、死亡した日の夜九時三十分頃にパトロールしている際に小嶋邸を通りかかり、その時に小嶋邸から『ウッキャァアッ!!』といった絶叫を聞いたそうです。『近所迷惑だ!』と注意すると『サーセン』と聞こえたと言っていました」
・・・なんだそれは。きっと小嶋夫妻とは別人だろう。まるで『キチガイ』じゃないか!
「次いきます。ええと、ヅラじゃないと主張するヅラヅラさ・・・ぐあッ!いってぇッ!」
酒井がちょっとふざけた所で英二はみぞおちに鋭い一発を打ち込んだ。酒井は地面の底まで沈んでゆく・・・
「ぐはッ・・・えい・・じくん、おぼえ・・・とけ・・・よっ・・ガクッ」
「はいはい、あなたの黒歴史はよーく覚えときます。・・・ほんとすみませんでした。次からは僕が言いますね」
そう言うと、地面で寝そべっている酒井の手から手帳を取りあげると書いてある内容を読み上げ始めた。 
「ええと、『ニンジン一本、タマネギ二個、ジャガイモ二個、豚もも肉二百グラム、カレー粉一つ』・・・?」
ん?・・・ちょっとまて。岡橋警部は手帳を覗きこんだ。
「ほう?これは何かの暗号かね? 個人的には、その下にある『オヤツは300円まで』というのが気になるのだが・・・」 
凄くニヤニヤしながら探偵とその弟子をバカにするように見やる岡橋警部。その時、英二は気がついた。
・・・これ、カレーのレシピじゃねーかッ!
「クソッタレーッ!そういうことはいらない紙にメモしろよな、このクソ探偵ッ!」
弟子が、師匠を足蹴にすると、師匠はそれに反応するようにムクリと起き上がった。
「クソとはなんだ!そもそも『ニンジン一本、タマネギ二個、ジャガイモ二個、豚もも肉二百グラム、カレー粉一つ』って書いてある時点で事件と全然関係ないのは分かるだろッ!・・・もういいッ!僕が読み上げる。もうふざけないから安心しろッ!」
 酒井は英二の手から手帳をひったくると、イラついた様子で読み上げ始めた。
「受験生の前垣さんによると、死亡した日の夜の十時ごろ、小嶋邸を通りかかった際、小嶋邸からしゃがれた声の『かぁぁめぇええはぁぁめぇええ・・・はァァッッ!』・・・といった絶叫が聞こえたそうです。その後、怖くなってその場から急いで離れたんだとか・・・」
・・・小嶋邸にはあの日、亀仙流の使い手でもいたのだろうか?どっちにしろ頭がおかしいことに違いはないだろう。それにしても、酒井の『』内のセリフ再現に力を入れすぎていて引くレベルだ。
「後は、国分早苗・新一郎夫妻が死亡した日の夜十時三十分から四十五分までの間で散歩中に小嶋邸を通りかった際に小嶋邸から『飛天御劔流ッ!』『土竜閃ッッ!』という叫び声と共に『バキィッ!』というなにかが割れる音が聞こえたそうです。そして、気味が悪くなってその場を後に」
 話を聞き終わった後に、明らかに呆れ顔になっていたのは岡橋警部だけではなかった。
「佐野巡査部長ならともかく、後の前垣と国分夫妻のは信憑性が薄いな。発狂するのはともかく、なんで叫ぶ言葉が『少年ジャンプ』なんだ?面白がって嘘をついている可能性が高い」
「うッ・・・まぁ、どれも共通して『発狂』しているかなと」
こんなヘボ探偵の話を聞いたのが間違いだった・・・岡橋警部は心からそう思った。岡橋警部は気をとりなおして、今回ここへ来た本当の目的である、信憑性の高い鑑識へと質問をした。
「それで君、死因はなんだったのかね?」
「それが・・・食中毒だったんです。チョウセンアサガオの毒性でした」
「んん、チョウセンアサガオの!?」
そう驚いて、反応したのは酒井だった。
「え、酒井さん知ってるんですか?」
「英二君も見てただろう?ほら、六月の上旬あたりにやってた『危険な植物大集合』!」
「ん・・・?ああ!酒井さんが見たい見たいって言ってたあの番組ですか!」
探偵とその弟子にしか分からないらしく、岡橋警部たちはなんのことだか分からない。質問すると、どうやら三ヶ月前程にテレビでやっていた特番で危険な植物についてを扱う番組だったそうだ。英二は話を進めた。
「酒井さんは、そこでチョウセンアサガオについて見たんですよ。多分ですけど」
「多分ってなんだよ、多分って」
「俺興味ないから、見てないんです!だから知りませーん」
「くっ、まぁいい。で、見た内容なんですけど、チョウセンアサガオというのは食べてしまうと、かなりの幻覚症状を長時間起こすらしく、薬物中毒者すら手を出さないんだとか」
「確かにそうです。探偵さん、よく覚えていましたね」
「まぁね。ちなみに、危険度ランキングでは四位だったよ」
鑑識が軽く賞賛すると、酒井は調子にのってどうでもいい情報をもらした。そんな酒井を置いて鑑識は話を続ける。
「かなりの幻覚症状。どのくらいかというと、全ての妄想が行動として表れてしまうほど・・・つまり、理性が無くなった獣のような状態になるわけです」
「うむ・・・まさに『キチガイ』となるわけだな」
「ほらほら!やっぱり僕達の聞き込みは無駄じゃなかったでしょう!やったな英二君ッ!」
「はい、酒井さんッ!」
わーいわーいと、まるで子供のように嬉しそうにハイタッチをする酒井と英二。人が死んだというのに、この二人はかなりの無神経なのだろう。
「・・・はい、それで急性脳症を引き起こして亡くなったかと思われます。指紋も小嶋夫妻のものと思われます」
そこで、岡橋警部と酒井はようやく腑に落ちたといった顔つきになる。
「なるほどね、思った通りだ。やっぱり部屋を荒らしたのは小嶋さんたち自身だったんだよ」
「ほぅ、貴様もそう考えたのか」
「だって密室なんですよ?そう考えるのが普通だ。ただ、気になっていたのは荒らした理由、答えはチョウセンアサガオによる幻覚症状、だろうね」
「しかし、そこで気になるのは『何故チョウセンアサガオを食べてしまったのか』だな。アサガオなんて普通は食べたりしないからなぁ・・・」
「ああ、それなら警部さん、庭を見れば分かりますよ」
「うん?どういうことだ?」
岡橋警部は疑問を抱えたまま、リビングを後にした。そして、庭に実っているナスを見て気がついた。上半分と下半分がまるで違う植物なのだ。
「なッ!接ぎ木してある・・・!」
「え、警部、接ぎ木ってなんですか?」
キョトンとする駒木刑事に岡橋警部は答えた。
「接ぎ木っていうのは、二つの植物を人為的に作った切断面で接着して一つの個体にすることだ。まあ簡単にいうと、二つの植物の特徴を持った新しい植物を生み出すって訳だ」
「なるほど・・・!もしかして、この半分がチョウセンアサガオで、その特徴を受け継いでいるとしたら・・・!」
「実ったナスにその毒がまわって毒ナスができてしまうってわけだ。君、それも調査済みなんだろ?」
岡橋警部がそう声をかけると、鑑識はゆっくりと頷いた。
「・・・小嶋夫妻は、家庭菜園で栽培していたこの毒ナスを食べてしまったことにより死亡した。つまり、今回の事件は事故だった、ということだな」
そして、事件は解決された・・・と皆が思った時、酒井は自分の考えを声に出した。
「いや・・・これは、限りなく事故に近く見せた殺人だ」

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