牛の首チャンネル

猫じゃらし

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恐怖!真夜中のトンネルで降霊術!

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 夏がやってくる。
 カレンダーの月を確認すると暑くなるにはまだ早いのでは、と思わずにはいられない梅雨の合間。
 蒸し暑さが肌に張り付き、窓を開けて風を通してもじめじめと沈み込む空気が部屋の中に残っていく。

 何気なく今は初夏なんだろうかと考えた。初夏でなければ、ふと気を抜くとバテてしまいそうなこの暑さはなんだろうと思った。
 何も用はないのに、ほとんどの時間を手に持っているスマホに「初夏」と入力して、検索してみた。

 結果として導き出たのは、今は「盛夏」だということ。夏の最も暑い盛りのことをそう表す。
 そして誰もが感じる一番の暑さがやってくる頃に関しては「晩夏」というらしい。夏の終わりを表した言葉だが、いつまでも残暑の続く近年だとそれはもう当てはまらないんだろうなと思った。

 夏は確実に長くなっている。

 俺はクーラーを付けようか迷い、襟元をぱたぱたと仰いでとりあえず扇風機を付けた。
 まだいける、まだ梅雨だぞ。クーラーを付けたらなんとなく負けだという考えになるのは、俺だけじゃないはずだ。
 扇風機の前にどっかりと胡座をかいて座ると、汗が引くまでだと言い訳をして風量を「強」に切り替えた。

 背中に心地よい冷風を受けながら、俺はまたスマホに指を走らせる。
 SNSをチェックする気分ではなく電子書籍を読む気分でもない。数十秒の短い動画を見てもいいのだが、次々に切り替わるその忙しなさも今の気分ではなかった。

 そういえば最近は見ることが少なくなったなと、大型の動画投稿サイトを開いた。お気に入り登録していたチャンネルの新着動画が続々と表示され、俺はその中から気になったものを再生した。
 久しぶりに見るそのチャンネルは相変わらずのクオリティでコメント欄は大賑わい。
 ホラーチャンネルにしては驚くほどの登録数で支持されている、有名チャンネルなのだ。
 そのコメント欄で、別のホラーチャンネルの名前が話題となっていた。


『牛の首チャンネル』


 暦ではもう夏らしいし、暑さを紛らわせるにはちょうどいいかもしれない。俺はすぐにチャンネルを検索して覗いてみた。

 パッと表示された動画は7つで、サムネイルには暗がりを背景にした黒マスクの男が一人立っていた。どれもこれもそんな感じで、なんとも飾り気のないサムネイルだった。
 話題になっていたにしては登録者数もさほど多くない。
 閲覧者の目を惹きつける編集がなされていないということは、まだ新しいチャンネルなのだろうか。

 俺は深く考えず、つけられたタイトルさえ流し見で動画を再生させた。
 黒マスクの男は抑揚のない声で挨拶を始めた。



「どうもー。牛の首チャンネルのモーです。ご覧いただきありがとうございます。ということで早速、心霊スポットに突撃しまーす」

 そう言うや否や、モーと名乗った男は懐中電灯一つで街灯のない真っ暗な、今では使われていないような寂れたトンネルに足を踏み入れた。
 映し出される映像は照らされたトンネル内のみで、モーの顔が映し出されないことからどうやら一人撮影らしい。

 こんな真っ暗で見るからに山奥のトンネルに一人で突撃するなど、どんな心臓を持ち合わせているんだろう。
 俺は少し期待して、代わり映えのない映像を見続けていた。

「これ、ホラーチャンネルなんすけどね。僕ってば霊感が一切ないんですよ」

 足音だけが反響する不気味さの中で、モーが突然口を開いたことに少し驚く。
 トンネルがどれほど長いのかはわからないが、懐中電灯で照らされる先には薄明かりすらもまだ見えなかった。

 モーは立ち止まると、映像にうつらないカメラの後ろでガサガサと荷物を漁りはじめた。

「ホラーチャンネルで心スポ突入するのに霊感がないんじゃ、リスナーの皆さんは面白くないと思うんですよ。なんで、僕は考えたわけです」

 カタタタッとマイクの内側に響く音を立てて、カメラが地面に置かれた。
 懐中電灯も同じく置かれ、画角には照らし出されたモーがその場に胡座をかいて、手元で準備を始めた。

 スタンドで自立する鏡が2枚向い合わせに置かれ、その間には手のひらに収まる紙らしきものが2枚。さらにそこに、なぜか犬の形のぬいぐるみも置かれた。

 モーはカッターを手に持つと、整ったとばかりに説明を始めた。

「ここで降霊術をします。今の時間は丑三つ時で、合わせ鏡で、心スポ。最強だと思いません? 上手くいくかわかんないすけど、見守ってください」

 そしてモーは、手にしたカッターの刃を出すと紙らしきものに当てた。
 カメラに初めてちゃんと映されたそれは人の形をしていた。

「体がひとつ、消えました」

 覚えてきたセリフのような棒読みでモーが言うと、カッターは紙の上をすべった。
 人型の紙は、首と思しきところで真っ二つにされた。

 モーはもう一つの紙にまたカッターを当てる。

「体がふたつ、消えました」

 同じようにして、紙は真っ二つに切られた。
 モーは辺りを見回して確認している。静けさの漂うトンネル内では、いつからか少しずつ怪奇な音が鳴るようになっていた。

 パキッ、ジャリッ、と足音が近づいているような気がする。
 スマホ越しの俺でも感じる異様な空気感。だがモーは怯える様子もなく、首を傾げてまた儀式に戻った。

「残る体は、あとひとつ。体を手に入れますか? それとも、僕に殺されますか?」

 モーは犬のぬいぐるみを手に取ってひっくり返すと、カチッとスイッチを入れた。そしてその首元にカッターを突き付けた。
 ジャリッジャリッ、と音が忙しなく動き回る。何が鳴っているのか、パキッと弾ける音もその存在を隠すことをしなくなった。
 沈黙を貫くモーはカッターの刃をさらにぬいぐるみに押し付ける。

 すると、モーの手にあった犬のぬいぐるみは突如として上下に揺れ始めた。


『体だあああああ』


 「うおっ」とモーが手を離した犬のぬいぐるみは地面に転がり、キュルキュルと機械音を立てて動いている。
 どうやらリズムを取りながら動いてしゃべるぬいぐるみだったらしい。


『俺の体だあああああ』


 機会を通して変声された、少し甲高い声がぬいぐるみから発せられる。
 驚きで硬直していたらしいモーはようやく前のめりになると、ぬいぐるみを再び手に持った。
 しゃべりと動きを止めたぬいぐるみを凝視して、モーは言った。

「す、すげぇ。本当に呼べた」

 ぬいぐるみはまた上下に揺れて「す、すげぇ。本当に呼べた」と繰り返した。
 俺はゾッとして鳥肌が立った。

 モーは手早く荷物を漁ると、犬のぬいぐるみに首輪に見える物をかけた。
 それをカメラに突きつけて見せると、抑揚のない声に興奮を交じらせてモーは自慢した。

「霊感のある相棒、ゲットしました」

 動画はそこで終わった。



 俺は現実世界に戻り、背中に受けていた扇風機の風から逃れた。鳥肌が止まらなかった。
 ホラーチャンネルは映っていた怪奇現象が本物にしろ、そのほとんどが説明のつかない曖昧な状態で終わることが多い。
 ヤラセにしてもやりすぎればすぐにバレてしまう。心霊とは、曖昧なことの方が当たり前なのだ。

 けれど、あの犬のぬいぐるみはなんだ。
 モーは説明していなかったが、最後のシーンを思い出す限り勝手にしゃべるぬいぐるみではなかったようだ。
 話しかけた言葉をマネして返す、そんなおもちゃに見えた。

 ヤラセか?

 カメラのアングルやトンネル内の反響音、映像から読み取るだけではモーは一人にしか見えなかった。
 けれどそんなことは編集でどうにでもなる。サムネイルの素っ気なさだって、もしかしたら裏をかいているかもしれない。

 いや、いや。
 どんどん深読みしていく頭を振り、ヤラセならヤラセでいいじゃないかと自らに言い聞かせる。
 どうせ娯楽目的の動画配信サイトなんだから、エンタメとして楽しめばいいんだ。

 俺は一旦スマホを置くと立ち上がり、グラスに麦茶を注いで一気飲みした。
 冷たい液体が喉を通り、すでに熱が冷めた体をさらにひんやりとさせた。

 鳥肌が、いつまでも治らずにいた。



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