せっかく異世界から帰ってきたのに、これじゃあ意味がない

乙藤 詩

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二十話

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おかしい・・・
ラティーヌは嫌な予感に胸を覆いつくされていた。冬馬に促され、ホールに来てからだいぶ時間が経つが、一向に冬馬が現れない。晴翔に連絡を入れてみると言ったきり、姿が見えなくなってしまった。
晴翔に何かあったのか?それとも冬馬が何かに巻き込まれたのか?
尊のこともある。冬馬たちが心配で、ラティーヌは悶々と考え込む。
「ラティーヌ、お客様の前だよ。」
そんな上の空なラティーヌに真紘が声を掛ける。ラティーヌは今日、真紘に付いてお客様を接待していた。
真紘に注意されてもラティーヌは考えることをやめられず、とうとう席を立つ事にした。
「真紘さん、すみません。ちょっと席を外します。」
「おい!ラティーヌ!」
それだけ言うとラティーヌは引き止める真紘の言葉を無視して控え室に様子を見に行く。
後ろで
「ごめん!ラティーヌはお腹の調子が悪いみたい。」
と、真紘が咄嗟に女の子たちに弁解してくれているのが聞こえた。
ラティーヌはそんな真紘に申し訳なく思いながらも控え室に急ぐ。
バンッ!
勢いのまま控え室の扉を開ける。だがそこにはやはり誰もいなかった。ラティーヌの焦りが強くなる。
ラティーヌはすぐに控え室から出ると、今度は尊や尊の取り巻き達の姿を探した。しかし、尊の姿もいつも尊にくっついている取り巻きの姿も見えない。ラティーヌは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
もしかしたら、冬馬や晴翔は尊に何かされているかもしれない。
嫌な考えが浮かんだラティーヌはすぐにホール内を見回した。するとホストの中に、尊とよく話をしている比較的尊と仲の良いホストを見つけた。特に今日は指名客が付いている様子もなく、ヘルプや雑用をこなしていた。確か名前は朱雀といった。
ラティーヌは朱雀に近づくとグッと間合いを詰めて睨みを効かせた。
「冬馬と晴翔を知りませんか⁇」
単刀直入に聞くと、一瞬朱雀が目を泳がす。それをラティーヌは見逃さなかった。
「何か知ってるんですね?」
声を低くしてラティーヌが問いただす。
「し、知らねぇよ。別に。」
動揺しながら答える朱雀を見てラティーヌは一気にイライラが募った。ラティーヌは無言で朱雀の体を壁に強い力で押し付けた。
「な、何すんだ!痛ぇだろ!」
強気に言い返すが、ラティーヌの冷ややかな顔に朱雀が僅かにたじろいだ。その瞬間、ラティーヌの瞳の色が徐々に綺麗な青色に変化する。その瞳から目が離せない朱雀は途端にブルブル震え出した。
「か、勘弁してくれよぉ。俺は何もしてないからよぉ。」
ラティーヌに恐怖の感情を植え付けられ、今にも朱雀は泣き出しそうだ。
「そんな事は聞いていません。冬馬と晴翔がどこに連れていかれたかを話しなさい。今すぐに。」
有無を言わさないその口調に壊れたおもちゃのように朱雀が首をカクカク上下に振る。
「は、はい!なっなんか、この店の向かいの路地の廃ビルに二人を連れ込んで、いっ、痛めつけてやるって尊が言ってました。」
ペラペラとまるで自白剤でも飲んだかのような勢いで朱雀が喋り出す。それを聞いてラティーヌの顔が一気に険しくなる。
「ひぃー!」
その顔をみて朱雀は恐怖の余り情けない声を出してその場にへたり込んだ。
そんな朱雀を無視して、急いでラティーヌは廃ビルを目指した。冬馬なら大丈夫だろう。と思う気持ちと冬馬に何かあったらと思う気持ちがラティーヌの中でせめぎ合う。こんな事なら何が何でも冬馬から離れなければよかったと今更ながら後悔した。
ラティーヌはすぐに目的の場所に辿り着いた。この世界に来て一ヶ月。この辺の建物はラティーヌにも大体把握出来ていた。ラティーヌは迷う事なくビルの中に足を踏み入れる。一階に誰も居ないことを確認すると、奥の階段へと向かった。そこで上の階から声が聞こえてくる事に気づいた。
やはりここに居たのか。冬馬が見つかりそうな事に少し安堵しながら急いで階段を駆け上がる。その間にも聞こえてくる声はどんどん鮮明になっていった。
「お前みたいなクソ野郎が、結斗さんや真紘さんに勝てるわけないだろ。お前とは器の大きさも人間の質も何もかも違うんだよ。羨ましいからって癇癪起こしてんじゃねぇ!」
冬馬の声だ。良かった。ラティーヌは冬馬がまだ話せる状態である事に少し安心した。しかし、
「と、冬馬!逃げてー!」
その後の晴翔の切羽詰まった声に一気に心臓が跳ね上がる。
バリン!
ドサッ!
何かが割れる音と、人が倒れたような大きい物音がした。そこでラティーヌは三階に辿り着いた。
「冬馬っ!冬馬!」
晴翔が涙をボロボロ流しながら冬馬の名前を呼んでいる。晴翔の尋常ではない様子を見てもラティーヌはその状況を直ぐには把握できなかった。呆然と立ち尽くす尊。顔を真っ青にして震える尊の取り巻き達。そして床には頭から血を流してピクリとも動かない冬馬の姿があった。
「と、冬馬・・・」
掠れた声で冬馬を呼んだラティーヌはぎこちない足取りで冬馬に近づく。
どんどん床に赤い染みが広がっていく。
「きさまぁー!」
地を這うようなラティーヌの声がビルに響く。その途端今まで呆然としていた尊が一気に出口に向かって駆け出した。ラティーヌは逃してたまるものかと、ものすごい形相で尊を追いかける。
「ひぇー!」
情けない叫び声を上げながら尊が階段を駆け降りる。その後ろをラティーヌが追いかけようとした所で、
「ラティーヌ!!」
と晴翔に大声で呼び止められた。
「止めるな!あいつだけは絶対に許さん。殺してやる!」
いつもの冷静なラティーヌは消え失せ、燃えるように怒りを湛えて晴翔を睨み返す。
「ダメだ!冬馬がっ!すぐに病院に行かないと冬馬が死んじゃうよ!!」
晴翔が泣きながら悲痛な声でラティーヌに叫ぶ。そこでラティーヌがハッと我に返った。今自分がここを離れると冬馬は助からないという事実に気づいたからだ。
ラティーヌは直ぐに冬馬の側に駆け寄ると、ゆっくりと頭の向きを変え、傷の位置を確認する。そして着ていたシャツを手で破ると幹部を圧迫して止血を始めた。
意識はないが息がある事を確認する。
「おい!そこで突っ立ってないで、すぐに救急車を呼んで!」
晴翔は縛られた体でボーッと立ち尽くしている尊の取り巻き達に話しかける。
取り巻きは、ハッとした様子ですぐに電話をしはじめた。もう一人は晴翔の側まで来ると、拘束していた縄を解こうとした。
「冬馬に何かあったら絶対許さないからな!」
晴翔はボロボロと涙を流しながら取り巻きを睨みつけた。取り巻き達も何も言い返す事が出来ず、じっと黙っているだけだった。
「冬馬っ!お願いです。起きてっ。貴方がいないと私は・・・」
必死に止血しながら、ラティーヌは冬馬に声をかける。しかし、冬馬がここで目を開けることはなかった。止血用の布がどんどん赤色に染まる。ラティーヌの目から涙がいく筋も伝う。自分の一番大切なものを失うかもしれないという恐怖に只震え、怯える。これが本当の恐怖であることをラティーヌは初めて知った。そこに拘束を解かれた晴翔が駆け寄ってくる。
「ぼ、僕のせいだ。冬馬、尊さんが僕を殴ろうとするのを止めるために・・・うぇぐっ。」
冬馬の手を強く握り締めて晴翔も苦しそうに冬馬が助かる事を祈るのだった。
それから程なくして、救急車がビルの前に停まり、担架を担いだ隊員達が冬馬を乗せていった。ラティーヌと晴翔は救急車に一緒に乗り込むと病院へと向かった。
一緒に駆けつけたパトカーが状況を把握するなり、尊の取り巻き達を連行した。取り巻き達も自分達のしてしまった事を理解しているのか特に抵抗する事なくパトカーに乗り込んだ。
事の発端となった尊だけが闇夜に姿を消したのだった。
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