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第三十四話 正道貴族

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「あの方、本当に許せませんわ! エルシカ様に疑いが向くように振る舞いながら、当の本人は殿方の影に隠れて守られて!」

「全くです! 殿方も殿方だわ。あんな風にでれでれして、女の本性にまるで気づかないなんて、腑抜けにも程があります!」

「ええ。このままでは、シャルニィ嬢と彼女に傾倒する殿方たちによって、学園の安寧が失われてしまいます。一刻も早く何とかしなくては!」

 令嬢たちが、口々に言い合う。
 自分たちで話し合ってるように見せかけて、私に言ってるんだろーなー。
 一度入会を断ったとは言え、公爵家の後ろ楯が欲しいのか、遠回しに圧を掛けられてんだと思う。

「本当に皆様、シャルニィ嬢のことがお嫌いなんですねぇ」

「そんなことはありませんわ。ただ皆、現状を憂えてるだけです」

「令嬢たるもの常に微笑み、好悪を示さずってやつ? 嫌いなものの前でも笑うなんて、大したものですね。けれど、私はそういうの嫌い」

 好き嫌いをしてはいけません、なんて言うけれど、どうしたって好きなものは出来るし、嫌いなものもある。
 だけど、他の貴族と円滑に関係を築くため、もしくは弱味を見せないためにも、貴族の子弟は常に微笑むべしと教わる。
 私は笑えと言われて泣いて、泣けと言われて笑うような子供だったし、両親も強制しなかったから、その教えは全く身につかなかったけど。
 自分の感情と切り離して微笑むことが出来る彼女たちを凄いと思うし、尊敬の念すらあるかもしれない。それはそれとして、嘘をつかれてるような気がして好きじゃない。

「流石は正道を歩まれるガルルファング公爵家のご令嬢ですわ。堂々としてて、嘘偽りを好まず、はっきりとした物言いをなされる──正道貴族とは、まさに言い得て妙ですわね」

「飾らずとも、礼儀知らずと言って貰って結構ですよ? 自覚はありますし」

「まぁ、そんなこと、夢にも思ってませんわ」

「どうだか」

 そう返すと、ロードレス嬢は口元を隠して笑った。その言葉もどこまで信じてよいのやら。

 ──正道、ねぇ。
 正道貴族とは、極一部の貴族に対して用いられる通称だ。
 かつて、今の獣王陛下が即位する前まで、この国の政治は中枢から腐敗仕切っていた。
 私も生まれてないから、聞いた話でしかないけれど、汚職、横領、不当解雇、とにかく何でもありのやりたい放題状態だったらしい。
 当時のほとんどの貴族が私欲に負け、不正に手を染めた。
 しかし、腐ったものは最後、崩れ落ちる運命さだめ
 獣王陛下が即位し、すぐに腐った貴族たちは粛清された。
 多くの貴族が爵位を没収され、何とか貴族として残れた者も、力を大きく削がれた。
 だから、獣王陛下の代に新たに貴族になった家よりも、力が弱い家もある。
 そんな中で大きな力を持つのが、腐敗政治の時代に貴族としての責務を全うした家だ。
 そういった貴族が、道を外れなかった者。正道を歩み続けた者として、正道貴族と呼ばれている。
 ガルルファング公爵家もその一つだ。
 正道貴族で、しかも公爵。だから、レスド殿下と私の婚約が破棄された際にコンラッド殿下が慌てたのも分かるんだよね。
 ま、うちとしては元々私が乗り気じゃなかったから、婚約破棄の経緯以外はそんなに気にしてないけど。

 ともかく、だ。
 このままだとなし崩しに被害者の会に引き込まれそう。
 冗談じゃない。借りは何らかの形で返すけれど、いいように使われるのは御免だわ。
 それに、被害者の会の誰かが毒入りクッキーを茶室に置いたかどうかの疑念だって晴れてない。
 あの時、火事の煙で後回しにしちゃったけれど、今ここに来たのは、お礼もあるけれど、そのことを確認するためでもある。
 私は昼休みの時、シャルニィ嬢に毒を持ったか? と訊ねた時に感じた違和感を確かめるために、私は仕掛けることにした。

「そういえば、随分とお菓子があるんですね」

 部屋の長いテーブルを埋め尽くすように並べられているお菓子たちを見て、私は訊ねた。

「ええ。皆、甘いものが好きですから。集う時は自然と持ち寄るようになって」

「私も甘いもの好きなんですよね。少し頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論。構いませんわ」

「わぁ、ありがとうございます。じゃあ──そこの貴女、おすすめのものを取ってきて下さる?」

「え!? わ、私でございますか?」

 ええ、そう。貴女です。
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