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16.小さな小さな興味
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「グロウライツ様、お怪我の具合はいかがでしょうか?」
戸惑っているシェーラから視線を逸らすためもあって、リサはハンスに訊ねた。
「はい。少し腫れていますが、大丈夫です」
「そうですか。今、トニーさんが氷を持ってきて下さるので、もう少々お待ち下さい」
「お気遣いありがとうございます」
リサがハンスとやり取りをしている間に、シェーラはそっとリサの後ろへと移動した。
(好青年っぽいけど、ちょっと距離感が近い方よね。そもそも、同世代の異性と話したことなんてないわ。一番年の近いリオールお兄様くらい? って、家族はノーカンよね)
ヘンド某のことは忘却の彼方へと捨てて、ハンスを観察する。
シェーラは引きこもりだが、引っ込み思案という訳ではない。しかし、好意全開で個体距離に入られると、ぞんざいに相手する訳にもいかず、どうしたらいいのか分からない。
居たたまれなさを感じていると、ハンスと目が合い、にこりと微笑まれたので、条件反射で同じように微笑み返した。
すると、ハンスはますます笑顔になって、その屈託のなさに背後に後光が見えた気がした。
(眩しっ!)
日陰タイプのシェーラに日向タイプのハンスの笑顔は威力抜群だったようで、シェーラは思わず目を瞑って顔を背けてしまった。
「お嬢様、お客様、氷嚢をお持ちしました。お使い下さい」
「ありがとう、トニー」
「ありがとうございます」
医務室か、もしくはバックヤードから持ってきた氷嚢をシェーラとハンスに手渡す。
二人はそれでぶつけたところを冷やし始めた。
立っているのも何なので、ハンスも促してベンチと同じくらいの幅のあるアガヴェの花壇の縁に腰を下ろした。
「「・・・・・・」」
無言。
(さっきまで凄い勢いで話してたのに、急にどうしたのかしら? 沈黙は沈黙で気まずいんだけど・・・・・・)
さっきと変わって、静かに患部を冷やしているハンスの隣で、シェーラは別の居たたまれなさを感じていた。
問題は初対面の人間と何を話したらいいか分からないことに集約される。
そわそわと気づかぬうちに膝が貧乏ゆすりまで始め、はしたないと言いたいのだろう。リサが咳払いをして咎めてきた。
(いや、まぁ別に無理に会話する必要もないけど・・・ ・・・)
ただ──
「あの──アガヴェ、お好きなんですか?」
「え?」
話しかけられるとは思っていなかったのか、ハンスは虚を突かれたような顔をしてシェーラを見た。
「いえ、その、熱心に見てらしたようなので」
シェーラ自身、アガヴェに気を取られて目の前からやって来るハンスに気づかなかったのだから、ハンスも余程釘付けになっていたのだろう。
はっきり言って花の咲いていないアガヴェはただの大きな草にしか見えない。
何十年も時を掛けて花を咲かすというのは、シェーラにとってはロマンを感じるが、一般客は一目見たら飽きて他に目移りしてしまうと聞いていた。それを熱心に見ていたハンスに、シェーラは少しだけ興味を持った。
「はい。この国ではまずこの植物園でしか見られないものですから! 数十年に一度しか咲かない花なんて、面白いし、何より素敵じゃないですか! 見たら絶対に一生の思い出になりますよ。花咲く日が楽しみですね」
「分かりますか!?」
ハンスの言葉に、今度はシェーラが手を取る番であった。
「あの肉厚の葉、あれはいつか人の何倍もある茎を伸ばして花を咲かせるための栄養を蓄えているんです。だから、あんなに分厚くて大きいんですよね。
この子は比較的小ぶりな子なんですけれど、大きいものだと葉ですら大人の身長くらいあるものもあるみたいですし! いえ、私もこの子しか実物は知らないんですけどね、きっと凄い迫力だと思うんです。ああ! だからと言って、この子のダメという訳ではなくてですね、ほら、この子は葉の伸び方がとっても綺麗なんです。初めて会った時に比べたら、大分大きくなって──ああ、本当に成長したのね! あんな下らない奴のために外に出ることになるなら、もっと早く様子を見に来れば良かった・・・・・・! まぁ、そんなことはどうでもいいんです。何が言いたいかというと、アガヴェは素晴らしいってことです。貴方もそう思いませんか!?」
手を強く握られたまま、さっきのハンスに匹敵する熱量で語るシェーラに、ハンスはぽかんとした顔を浮かべる。
そこではっと我に返り、シェーラは慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ。僕の方こそ、先程はすみませんでした」
「先程?」
「初対面の女性の手を勝手に取るなんて、本当に失礼しました」
「いえ、お気になさらないで下さい」
そう言うと、ハンスは安堵したように微笑んだので、シェーラも釣られて微笑んだ。
同時に、ハンスが急に無言になったのは、冷静に自分の行動を振り返って見て、気まずく思っていたのだと気づく。
「それから、俺も素晴らしいと思います」
「え? ああ、アガヴェ」
「はい。それだけでなく、アルトゥニス侯爵家の植物園の植物たちは、どれも生き生きとして、大切に育てられていることが伝わってくるので、見ていてとても癒されるんです。それも、品種改良以外に、植物のための栄養剤や薬品開発にも力を入れているシェーラ様のおかげでしょうね」
「そんなことありません。私に出来るのは微々たることなので、植物園で働いて、彼らを慈しんでくれている園芸員や従業員たちの力あってこそです」
「シェーラお嬢様の研究は植物たちの健康維持に大変役立っておりますよ」
「トニー」
謙遜するシェーラに、トニーが言葉を掛ける。
シェーラに向ける表情は優しく、主を立てるお世辞ではなく、本心だと分かる。
そのことが嬉しく、シェーラも表情がにこやかな表情を返した。
「なるほど。シェーラ様と植物園で働く方々の連携あってこその健やかな植物たちなんですね」
ハンスにそう言われ、リサとトニーからも微笑ましそうな顔を向けられたシェーラは、何だか背中が痒いようか、身動ぎをしたくなるような衝動に襲われた。
戸惑っているシェーラから視線を逸らすためもあって、リサはハンスに訊ねた。
「はい。少し腫れていますが、大丈夫です」
「そうですか。今、トニーさんが氷を持ってきて下さるので、もう少々お待ち下さい」
「お気遣いありがとうございます」
リサがハンスとやり取りをしている間に、シェーラはそっとリサの後ろへと移動した。
(好青年っぽいけど、ちょっと距離感が近い方よね。そもそも、同世代の異性と話したことなんてないわ。一番年の近いリオールお兄様くらい? って、家族はノーカンよね)
ヘンド某のことは忘却の彼方へと捨てて、ハンスを観察する。
シェーラは引きこもりだが、引っ込み思案という訳ではない。しかし、好意全開で個体距離に入られると、ぞんざいに相手する訳にもいかず、どうしたらいいのか分からない。
居たたまれなさを感じていると、ハンスと目が合い、にこりと微笑まれたので、条件反射で同じように微笑み返した。
すると、ハンスはますます笑顔になって、その屈託のなさに背後に後光が見えた気がした。
(眩しっ!)
日陰タイプのシェーラに日向タイプのハンスの笑顔は威力抜群だったようで、シェーラは思わず目を瞑って顔を背けてしまった。
「お嬢様、お客様、氷嚢をお持ちしました。お使い下さい」
「ありがとう、トニー」
「ありがとうございます」
医務室か、もしくはバックヤードから持ってきた氷嚢をシェーラとハンスに手渡す。
二人はそれでぶつけたところを冷やし始めた。
立っているのも何なので、ハンスも促してベンチと同じくらいの幅のあるアガヴェの花壇の縁に腰を下ろした。
「「・・・・・・」」
無言。
(さっきまで凄い勢いで話してたのに、急にどうしたのかしら? 沈黙は沈黙で気まずいんだけど・・・・・・)
さっきと変わって、静かに患部を冷やしているハンスの隣で、シェーラは別の居たたまれなさを感じていた。
問題は初対面の人間と何を話したらいいか分からないことに集約される。
そわそわと気づかぬうちに膝が貧乏ゆすりまで始め、はしたないと言いたいのだろう。リサが咳払いをして咎めてきた。
(いや、まぁ別に無理に会話する必要もないけど・・・ ・・・)
ただ──
「あの──アガヴェ、お好きなんですか?」
「え?」
話しかけられるとは思っていなかったのか、ハンスは虚を突かれたような顔をしてシェーラを見た。
「いえ、その、熱心に見てらしたようなので」
シェーラ自身、アガヴェに気を取られて目の前からやって来るハンスに気づかなかったのだから、ハンスも余程釘付けになっていたのだろう。
はっきり言って花の咲いていないアガヴェはただの大きな草にしか見えない。
何十年も時を掛けて花を咲かすというのは、シェーラにとってはロマンを感じるが、一般客は一目見たら飽きて他に目移りしてしまうと聞いていた。それを熱心に見ていたハンスに、シェーラは少しだけ興味を持った。
「はい。この国ではまずこの植物園でしか見られないものですから! 数十年に一度しか咲かない花なんて、面白いし、何より素敵じゃないですか! 見たら絶対に一生の思い出になりますよ。花咲く日が楽しみですね」
「分かりますか!?」
ハンスの言葉に、今度はシェーラが手を取る番であった。
「あの肉厚の葉、あれはいつか人の何倍もある茎を伸ばして花を咲かせるための栄養を蓄えているんです。だから、あんなに分厚くて大きいんですよね。
この子は比較的小ぶりな子なんですけれど、大きいものだと葉ですら大人の身長くらいあるものもあるみたいですし! いえ、私もこの子しか実物は知らないんですけどね、きっと凄い迫力だと思うんです。ああ! だからと言って、この子のダメという訳ではなくてですね、ほら、この子は葉の伸び方がとっても綺麗なんです。初めて会った時に比べたら、大分大きくなって──ああ、本当に成長したのね! あんな下らない奴のために外に出ることになるなら、もっと早く様子を見に来れば良かった・・・・・・! まぁ、そんなことはどうでもいいんです。何が言いたいかというと、アガヴェは素晴らしいってことです。貴方もそう思いませんか!?」
手を強く握られたまま、さっきのハンスに匹敵する熱量で語るシェーラに、ハンスはぽかんとした顔を浮かべる。
そこではっと我に返り、シェーラは慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ。僕の方こそ、先程はすみませんでした」
「先程?」
「初対面の女性の手を勝手に取るなんて、本当に失礼しました」
「いえ、お気になさらないで下さい」
そう言うと、ハンスは安堵したように微笑んだので、シェーラも釣られて微笑んだ。
同時に、ハンスが急に無言になったのは、冷静に自分の行動を振り返って見て、気まずく思っていたのだと気づく。
「それから、俺も素晴らしいと思います」
「え? ああ、アガヴェ」
「はい。それだけでなく、アルトゥニス侯爵家の植物園の植物たちは、どれも生き生きとして、大切に育てられていることが伝わってくるので、見ていてとても癒されるんです。それも、品種改良以外に、植物のための栄養剤や薬品開発にも力を入れているシェーラ様のおかげでしょうね」
「そんなことありません。私に出来るのは微々たることなので、植物園で働いて、彼らを慈しんでくれている園芸員や従業員たちの力あってこそです」
「シェーラお嬢様の研究は植物たちの健康維持に大変役立っておりますよ」
「トニー」
謙遜するシェーラに、トニーが言葉を掛ける。
シェーラに向ける表情は優しく、主を立てるお世辞ではなく、本心だと分かる。
そのことが嬉しく、シェーラも表情がにこやかな表情を返した。
「なるほど。シェーラ様と植物園で働く方々の連携あってこその健やかな植物たちなんですね」
ハンスにそう言われ、リサとトニーからも微笑ましそうな顔を向けられたシェーラは、何だか背中が痒いようか、身動ぎをしたくなるような衝動に襲われた。
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