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婚約破棄された令嬢は花を摘む
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「お前との婚約を破棄して、ルピィと婚約する!」
「えっ、それは止めた方が──って、行っちゃった」
婚約者のリカムはそう言って、ローズとの婚約を一方的に破棄して去っていった。
が、この時点でローズはリカムがどうなるのか、ある程度の察しはついていたのだった。
──一週間後。
ローズは自宅の庭で、死んだ魚のような目で花を摘んでいた。
(こうなるとは思ってたのよねぇ)
ぽつりと心の中で呟いて、思い浮かべるのはリカムのことだ。
一体何のために婚約したんだと言いたくなるほど、二人の婚約はあっさりと白紙になった。
赤の他人になったものの、元婚約者という関係からリカムの話は嫌でも耳に入ってくる。
一週間前にローズが危惧した通りに、リカムはえらいことになっていた。
あの時、リカムが口にしたルピィという名前。
それを聞いて、ローズは全てを察した。
ルピィというのは、今社交界を騒がせている一人の少女の名前だ。
故あって男爵家に引き取られたそうだが、無知であるからか、はたまたわざとなのか。婚約者のいる男性に近づいては、相手の興味を引いて婚約者との関係を破局させるということを繰り返しているらしい。
ローズの知らないうちに、リカムもそのルピィの毒牙に引っ掛かっていたようだ。
(まぁ、簡単に誘惑されるような男はこっちから願い下げだし)
ローズの実家は伯爵家、リカムの実家は子爵家であり、結婚したらローズの家の爵位はリカムが継ぐはずだった。
しかし、少女一人に翻弄され、婚約破棄を突きつけてくるような感情的な男に家は任せられない。
ローズとして向こうから手を切ってくれて、清々した気分だった。
けど──
(今後関わることはないでしょうけど、餞別くらいはね)
ローズの心には今、リカムに対する一つの感情があった。
現在、少女・ルピィの周囲は酷い修羅場らしい。
手当たり次第に声をかけ、ルピィを理由に婚約破棄をした男たちがルピィの元に大集結。
最初は誰がルピィと婚約するかで揉めていたらしいが、各々が自身がどれだけルピィと深い仲なのかを語るにつれ、彼女が不特定多数の男性と不健全な関係を築いていたことがバレ、それはもう地獄のようなことになっているとか。
ルピィのためと言って勝手に婚約破棄をした男たちは、当然元の婚約者との関係の再構築なんて望めるはずもなく、ルピィを糾弾するもの、何がなんでもルピィと婚約しようとするもので真っ二つに割れているとか。
まぁ、そんなことはローズの知ったことではないが。
「──ふぅ、これくらいでいいでしょう」
ローズは摘んだ花をまるで赤子を抱くように腕に掲げると、踵を返して屋敷の中へ戻っていく。
どうやら、ルピィの本性を知ったリカムは、ショックが大きすぎたため部屋に引き込もってしまったらしい。
風の噂で、燃え尽きた灰のように真っ白になって日がな一日ぽかんと口を開けて茫然としているとか。
それを聞いたローズは、まぁなんとなく、本当になんとなく。強いて言うなら、気紛れの善意みたいなものでリカムに花を贈ることにした。
自室で綺麗に包んだ花束にメッセージカードを添える。
カードには『リカムへ ローズより』の文字のみ。
かける言葉なんてない。敢えて言うなら、この花そのものがメッセージだった。
「ほんと、馬鹿よねぇ」
その言葉は、勝手に婚約破棄をして勝手に撃沈したリカムに言ったのか、或いはそんな男にまだほんの僅かに情を見せている自分自身に言ったのか。
何にせよ、これが最後の贈り物だ。
ローズは最終チェックを終えると、侍女を呼んで花束をリカムへ贈るようお願いした。
侍女は「何で?」と訊きたそうな顔をしたが、主人に対して踏み込むようなことはせず、黙って了承すると花束を抱えてローズの部屋から去って行った。
「何やってるのかしら、私」
遠い目でそう呟くと、ローズは寝室に移り、ごろんとベッドに寝そべった。
ことの顛末への呆れだとか。
婚約破棄に対する怒りとか。
よくわからない虚しさとか。
色々なものがあったが、一周回って冷静になるとただ一つの感情だけが残った。
だから、その感情を込めた贈りものをして、ローズは自分なりに区切りをつけることにしたのだ。
ローズがリカムへ贈った花はアルメリア。
大きな花ではないけれど、色鮮やかで暑さにも寒さにも強い春に咲く花。
その花に込めたのは、最後の情。
あのメッセージカードの宛名と差出人の間に込めた想いを心の中で呟く。
──その意味は、憐憫。
憐れなリカム、さようなら。
精々頑張ってくださいな。
春の暖かな空気に包まれ、ローズはそのまま夢の世界へと落ちてゆく。
暫く経つと、寝室には健やかな寝息が小さく立ち始めた。
眠るローズの寝室の窓の外では、デイジーの花が風に揺られて咲いていた。
「えっ、それは止めた方が──って、行っちゃった」
婚約者のリカムはそう言って、ローズとの婚約を一方的に破棄して去っていった。
が、この時点でローズはリカムがどうなるのか、ある程度の察しはついていたのだった。
──一週間後。
ローズは自宅の庭で、死んだ魚のような目で花を摘んでいた。
(こうなるとは思ってたのよねぇ)
ぽつりと心の中で呟いて、思い浮かべるのはリカムのことだ。
一体何のために婚約したんだと言いたくなるほど、二人の婚約はあっさりと白紙になった。
赤の他人になったものの、元婚約者という関係からリカムの話は嫌でも耳に入ってくる。
一週間前にローズが危惧した通りに、リカムはえらいことになっていた。
あの時、リカムが口にしたルピィという名前。
それを聞いて、ローズは全てを察した。
ルピィというのは、今社交界を騒がせている一人の少女の名前だ。
故あって男爵家に引き取られたそうだが、無知であるからか、はたまたわざとなのか。婚約者のいる男性に近づいては、相手の興味を引いて婚約者との関係を破局させるということを繰り返しているらしい。
ローズの知らないうちに、リカムもそのルピィの毒牙に引っ掛かっていたようだ。
(まぁ、簡単に誘惑されるような男はこっちから願い下げだし)
ローズの実家は伯爵家、リカムの実家は子爵家であり、結婚したらローズの家の爵位はリカムが継ぐはずだった。
しかし、少女一人に翻弄され、婚約破棄を突きつけてくるような感情的な男に家は任せられない。
ローズとして向こうから手を切ってくれて、清々した気分だった。
けど──
(今後関わることはないでしょうけど、餞別くらいはね)
ローズの心には今、リカムに対する一つの感情があった。
現在、少女・ルピィの周囲は酷い修羅場らしい。
手当たり次第に声をかけ、ルピィを理由に婚約破棄をした男たちがルピィの元に大集結。
最初は誰がルピィと婚約するかで揉めていたらしいが、各々が自身がどれだけルピィと深い仲なのかを語るにつれ、彼女が不特定多数の男性と不健全な関係を築いていたことがバレ、それはもう地獄のようなことになっているとか。
ルピィのためと言って勝手に婚約破棄をした男たちは、当然元の婚約者との関係の再構築なんて望めるはずもなく、ルピィを糾弾するもの、何がなんでもルピィと婚約しようとするもので真っ二つに割れているとか。
まぁ、そんなことはローズの知ったことではないが。
「──ふぅ、これくらいでいいでしょう」
ローズは摘んだ花をまるで赤子を抱くように腕に掲げると、踵を返して屋敷の中へ戻っていく。
どうやら、ルピィの本性を知ったリカムは、ショックが大きすぎたため部屋に引き込もってしまったらしい。
風の噂で、燃え尽きた灰のように真っ白になって日がな一日ぽかんと口を開けて茫然としているとか。
それを聞いたローズは、まぁなんとなく、本当になんとなく。強いて言うなら、気紛れの善意みたいなものでリカムに花を贈ることにした。
自室で綺麗に包んだ花束にメッセージカードを添える。
カードには『リカムへ ローズより』の文字のみ。
かける言葉なんてない。敢えて言うなら、この花そのものがメッセージだった。
「ほんと、馬鹿よねぇ」
その言葉は、勝手に婚約破棄をして勝手に撃沈したリカムに言ったのか、或いはそんな男にまだほんの僅かに情を見せている自分自身に言ったのか。
何にせよ、これが最後の贈り物だ。
ローズは最終チェックを終えると、侍女を呼んで花束をリカムへ贈るようお願いした。
侍女は「何で?」と訊きたそうな顔をしたが、主人に対して踏み込むようなことはせず、黙って了承すると花束を抱えてローズの部屋から去って行った。
「何やってるのかしら、私」
遠い目でそう呟くと、ローズは寝室に移り、ごろんとベッドに寝そべった。
ことの顛末への呆れだとか。
婚約破棄に対する怒りとか。
よくわからない虚しさとか。
色々なものがあったが、一周回って冷静になるとただ一つの感情だけが残った。
だから、その感情を込めた贈りものをして、ローズは自分なりに区切りをつけることにしたのだ。
ローズがリカムへ贈った花はアルメリア。
大きな花ではないけれど、色鮮やかで暑さにも寒さにも強い春に咲く花。
その花に込めたのは、最後の情。
あのメッセージカードの宛名と差出人の間に込めた想いを心の中で呟く。
──その意味は、憐憫。
憐れなリカム、さようなら。
精々頑張ってくださいな。
春の暖かな空気に包まれ、ローズはそのまま夢の世界へと落ちてゆく。
暫く経つと、寝室には健やかな寝息が小さく立ち始めた。
眠るローズの寝室の窓の外では、デイジーの花が風に揺られて咲いていた。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ご感想ありがとうございます。
ローズ嬢はお人好しをテーマに生まれた子なので、そういう見方も出来ますね。
なんか少ししっとり(?)な雰囲気になっておりますが、本人的には「はぁ~、あいつバカだわー、何やってんのー、餞別ついでに見舞いとして花でも贈るかー」くらいのノリです。