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第八話 自禍中毒
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人が木になるなどと、何の悪夢だろうか。
けれど、それは決して夢の中の出来事などではなく、現実に起こった事実である。
そして、魔法界ではこういったことは不幸な事故で片付けられる。それが魔力の継承難より遥か昔から抱えた魔力持ち減少の問題であった。
魔力を持って生まれた時点で、魔力持ちたちは等しく、ある爆弾を抱えている。
その現象を魔法界では『自禍中毒』と呼んでいる。
『自家中毒』とは、身の内にある魔力が暴走することを指す。
魔力を暴走させたものは、そのほとんどが死に至る。
例えば、『火』の魔力持ちならば、全身を炎に焼かれる。
例えば、『水』の魔力持ちならば、肺を含めた全ての臓腑に水が溢れ、全身から水を垂れ流しながら呼吸が出来ずに死に至る。
例えば、『風』の魔力持ちならば、全身を暴風に包まれ、全身を切り刻まれる。
例えば、『地』の魔力持ちならば、足元から大地と一体化し、最後は土となって全身が崩れ落ちる。
上記したのはあくまで一例であり、暴走の形は人それぞれだが、迎える最後は同じ──死である。
実際、『自禍中毒』での死亡率は九割以上だという正式な調査結果が出ている。
『自禍中毒』の発生原因は、魔力持ちの感情に由来すると言われている。
強い感情によって、魔力の暴走が引き起こされるというが、それにも大分個人差があり、真の原因究明には至っていない。
エルツィア・リーフディウスもまた、『自禍中毒』によって命を落とした一人であった。
彼女の魔力の属性は『植物』。
故に、『自禍中毒』もこのような形で発現した。
『植物』の魔力持ちだったエルツィアに対して、ヘンゼルは四大属性の一つである『地』の魔力持ちであった。
希少な四大属性である以上、レティシアとロッシー、アレックスとキャサリンのように、同じ『地』の魔力を持つ女性との婚約が望ましかったが、当時はヘンゼルの婚約者に見合った年齢と魔力の女性はおらず、貴族としては珍しくヘンゼルはフリーだった。
そんな時に、ヘンゼルは王立学園でエルツィアと出会い、互いに恋に落ちた。
エルツィアの『植物』の魔力は、『地』の魔力との親和性が高く、同じ属性程ではないが、魔力の継承の確率が高いと見込まれていた。
互いに想い合い、魔力の相性も申し分ない。二人は誰もが祝福する恋人同士だった。
しかし、幸福な時は長くは続かず、エルツィアは在学中に王立学園の中庭で『自禍中毒』を起こし、帰らぬ人となった。彼女の体は魔力の暴走により、一本の巨大な樹木へと変じてしまった。
それこそが、現在、王立学園の中庭にある大樹なのである。
青々と繁る葉をつける木は、生命力に満ちているが、そこにエルツィアの魂と呼べるものはない。
この大樹は、生きた屍と言えるだろう。
エルツィアの亡骸である大樹は、あまりにも大きすぎて、伐根することが出来ない。かといって、枝や幹を切ることも躊躇われ、この木はエルツィアの墓標としてこの中庭に残されることになった。
何故、エルツィアが『自禍中毒』を起こしたのかは分からない。
悲劇の後、ヘンゼルは取り乱し、自身も『自禍中毒』を起こしそうになったが、結局魔力の暴走は起きず、そのまま王立学園を卒業した。
それからはエルツィアに会うために頻繁に学園を訪れている。
その行動から、彼女を失ってからも、ヘンゼルはいまだにエルツィアだけを想っていることは手に取るように分かる。
伯爵であり、『地』の魔力を持つヘンゼルも例の王命の対象である。それは婚約者を失っても変わらない。
とは言え、傷心中に無理強いをすれば『自禍中毒』を起こしかねない。そうなれば本末転倒だ。だから今はまだ、ヘンゼルに新しい婚約の話は来てはいない。
レティシアは、そのことについて、貴族たちが話しているのを聞いたことがある。
──お可哀想に。けれど、時間が解決してくれるでしょう。
(本当にそうでしょうか?)
他人事な憐憫と、無責任な楽観的予想の言葉を思い出したレティシアは、目の前のヘンゼルを見て、そう思う。
(恋というのは、簡単に忘れられないものなのではないでしょうか? あの人みたいに)
レティシアは昔、失恋によって『自禍中毒』を起こし、死んだ者を見たことがある。
それはすでにレティシアにとっては、ただの記憶になってしまったが、直後はレティシア自身も『自禍中毒』を起こしそうなほど取り乱した。
なんとなく、その時のことが頭に浮かんだ。
「どうしたの?」
「あ、いえ」
急に黙り込んでしまったレティシアを見て、ヘンゼルが不思議そうに問いかける。
その声に思考の海から現実に意識が引き戻されたレティシアは、何でもないと首を振った。
「その、ありがとうございます。恋人との過ごし方、参考にさせて頂きますね」
「うん。愛する人と過ごす時間は何よりもかえがえのないものだからね。役立つといいな」
相手があのアレックスである以上、ヘンゼルから聞いたようなことを共にするというのは想像出来なかったが、自分で振っておきながら、これ以上この話を広げたくなかったレティシアはそう言って話を終わらせた。
「ヘンゼル様は暫くここに?」
新しい話題を振ると、ヘンゼルは穏やかな表情で頷いた。
「うん。一月も来れていなかったからね。暫くは彼女と語り合うつもりだよ。ね?」
そう言って大樹に微笑み掛けるヘンゼル。
当たり前だが、口のない大樹は返答などしない。
ヘンゼルがこの大樹はエルツィアの亡骸の成れの果てであり、自身の声がエルツィアに届くことはないと理解しているかどうかはレティシアの目からは分からなかった。
「そうですか。では、これ以上お邪魔するわけには参りませんね。ここで失礼します。ヘンゼル様、ごきげんよう」
制服のスカートの裾を摘まんでカーテシーの姿勢を取りながら、レティシアはヘンゼルに別れの挨拶をした。
「うん。またね」
ヘンゼルはレティシアへ向けて二、三度手を振ると、それからもうレティシアを視界には入れなかった。
陶酔しきった表情を浮かべる美しい顔は絵になるが、その横顔を見たレティシアは胸がざわつくのを感じた。
(あれが、恋・・・・・・だとしたら、私には一生縁のないものでしょうね)
けれど、それは決して夢の中の出来事などではなく、現実に起こった事実である。
そして、魔法界ではこういったことは不幸な事故で片付けられる。それが魔力の継承難より遥か昔から抱えた魔力持ち減少の問題であった。
魔力を持って生まれた時点で、魔力持ちたちは等しく、ある爆弾を抱えている。
その現象を魔法界では『自禍中毒』と呼んでいる。
『自家中毒』とは、身の内にある魔力が暴走することを指す。
魔力を暴走させたものは、そのほとんどが死に至る。
例えば、『火』の魔力持ちならば、全身を炎に焼かれる。
例えば、『水』の魔力持ちならば、肺を含めた全ての臓腑に水が溢れ、全身から水を垂れ流しながら呼吸が出来ずに死に至る。
例えば、『風』の魔力持ちならば、全身を暴風に包まれ、全身を切り刻まれる。
例えば、『地』の魔力持ちならば、足元から大地と一体化し、最後は土となって全身が崩れ落ちる。
上記したのはあくまで一例であり、暴走の形は人それぞれだが、迎える最後は同じ──死である。
実際、『自禍中毒』での死亡率は九割以上だという正式な調査結果が出ている。
『自禍中毒』の発生原因は、魔力持ちの感情に由来すると言われている。
強い感情によって、魔力の暴走が引き起こされるというが、それにも大分個人差があり、真の原因究明には至っていない。
エルツィア・リーフディウスもまた、『自禍中毒』によって命を落とした一人であった。
彼女の魔力の属性は『植物』。
故に、『自禍中毒』もこのような形で発現した。
『植物』の魔力持ちだったエルツィアに対して、ヘンゼルは四大属性の一つである『地』の魔力持ちであった。
希少な四大属性である以上、レティシアとロッシー、アレックスとキャサリンのように、同じ『地』の魔力を持つ女性との婚約が望ましかったが、当時はヘンゼルの婚約者に見合った年齢と魔力の女性はおらず、貴族としては珍しくヘンゼルはフリーだった。
そんな時に、ヘンゼルは王立学園でエルツィアと出会い、互いに恋に落ちた。
エルツィアの『植物』の魔力は、『地』の魔力との親和性が高く、同じ属性程ではないが、魔力の継承の確率が高いと見込まれていた。
互いに想い合い、魔力の相性も申し分ない。二人は誰もが祝福する恋人同士だった。
しかし、幸福な時は長くは続かず、エルツィアは在学中に王立学園の中庭で『自禍中毒』を起こし、帰らぬ人となった。彼女の体は魔力の暴走により、一本の巨大な樹木へと変じてしまった。
それこそが、現在、王立学園の中庭にある大樹なのである。
青々と繁る葉をつける木は、生命力に満ちているが、そこにエルツィアの魂と呼べるものはない。
この大樹は、生きた屍と言えるだろう。
エルツィアの亡骸である大樹は、あまりにも大きすぎて、伐根することが出来ない。かといって、枝や幹を切ることも躊躇われ、この木はエルツィアの墓標としてこの中庭に残されることになった。
何故、エルツィアが『自禍中毒』を起こしたのかは分からない。
悲劇の後、ヘンゼルは取り乱し、自身も『自禍中毒』を起こしそうになったが、結局魔力の暴走は起きず、そのまま王立学園を卒業した。
それからはエルツィアに会うために頻繁に学園を訪れている。
その行動から、彼女を失ってからも、ヘンゼルはいまだにエルツィアだけを想っていることは手に取るように分かる。
伯爵であり、『地』の魔力を持つヘンゼルも例の王命の対象である。それは婚約者を失っても変わらない。
とは言え、傷心中に無理強いをすれば『自禍中毒』を起こしかねない。そうなれば本末転倒だ。だから今はまだ、ヘンゼルに新しい婚約の話は来てはいない。
レティシアは、そのことについて、貴族たちが話しているのを聞いたことがある。
──お可哀想に。けれど、時間が解決してくれるでしょう。
(本当にそうでしょうか?)
他人事な憐憫と、無責任な楽観的予想の言葉を思い出したレティシアは、目の前のヘンゼルを見て、そう思う。
(恋というのは、簡単に忘れられないものなのではないでしょうか? あの人みたいに)
レティシアは昔、失恋によって『自禍中毒』を起こし、死んだ者を見たことがある。
それはすでにレティシアにとっては、ただの記憶になってしまったが、直後はレティシア自身も『自禍中毒』を起こしそうなほど取り乱した。
なんとなく、その時のことが頭に浮かんだ。
「どうしたの?」
「あ、いえ」
急に黙り込んでしまったレティシアを見て、ヘンゼルが不思議そうに問いかける。
その声に思考の海から現実に意識が引き戻されたレティシアは、何でもないと首を振った。
「その、ありがとうございます。恋人との過ごし方、参考にさせて頂きますね」
「うん。愛する人と過ごす時間は何よりもかえがえのないものだからね。役立つといいな」
相手があのアレックスである以上、ヘンゼルから聞いたようなことを共にするというのは想像出来なかったが、自分で振っておきながら、これ以上この話を広げたくなかったレティシアはそう言って話を終わらせた。
「ヘンゼル様は暫くここに?」
新しい話題を振ると、ヘンゼルは穏やかな表情で頷いた。
「うん。一月も来れていなかったからね。暫くは彼女と語り合うつもりだよ。ね?」
そう言って大樹に微笑み掛けるヘンゼル。
当たり前だが、口のない大樹は返答などしない。
ヘンゼルがこの大樹はエルツィアの亡骸の成れの果てであり、自身の声がエルツィアに届くことはないと理解しているかどうかはレティシアの目からは分からなかった。
「そうですか。では、これ以上お邪魔するわけには参りませんね。ここで失礼します。ヘンゼル様、ごきげんよう」
制服のスカートの裾を摘まんでカーテシーの姿勢を取りながら、レティシアはヘンゼルに別れの挨拶をした。
「うん。またね」
ヘンゼルはレティシアへ向けて二、三度手を振ると、それからもうレティシアを視界には入れなかった。
陶酔しきった表情を浮かべる美しい顔は絵になるが、その横顔を見たレティシアは胸がざわつくのを感じた。
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