シャッフル・フィアンセ~こちらの方が快適なので、婚約破棄で構いません~

夢草 蝶

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第十話 望まぬステップアップ

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 結局のところ、レティシアは真面目なので翌日もちゃんと登校した。
 朝は問題なかった。いつものようにマーサと共に馬車で登校し、それぞれの教室へ向かう。
 授業が始まってしまえば、昼休みまで短い小休憩時間を挟むだけなので、クラスの違うロッシーやアレックスとは顔を合わせることはなかった。
 そして、昼休み。

「こうやって終鈴が鳴ってから、真っ先に食堂に来れたのも久々ですね」

 ぽそりと呟きながら、レティシアはフォークで刺したプチトマトを口に含んだ。
 プツリと皮が破れる音がして、甘みのある酸味が口に広がる。
 今日は特に胃痛もないので、昼食はブールパンにポトフ、サラダ、香草がたっぷり使われた蒸した鶏肉料理と人並みの量を頼んだ。
 昨日までは昼休みになると、一応ロッシーを誘おうとロッシーのクラスを覗いて、いなければアレックスに捕まり、ロッシーとキャサリンたちを探しにいくのが日課となっていたが、今日からはその必要がなくなった。

(恋人交換期間中はこちらからもいきすぎなければ、ロッシー様とキャサリン様の関係に口は挟めませんし、そうなればアレックス様もお二人を探そうとはしませんものね)

 こうやってのんびり過ごせるのであれば、ロッシーの遊びに乗ったのも悪くないと思った矢先。

「あっ、やっぱり食堂にいた! おーい! レティ!」

「おい! 腕を引っ張るな! 放せ!」

「・・・・・・何でしょうか? ロッシー様、アレックス様」

 食堂の入り口から眉間に皺を寄せているアレックスの手首を掴んで、引っ張っているロッシーが笑顔で手を振りながら入ってきた。
 儚いのんびりタイムの終わりを告げられ、あからさまにレティシアの声は元気がなくなった。

「知らん。昼休みになるなり、いきなり俺のクラスに押し掛けて来てここに連れて来られたんだ。全く、普段はこっちが必死になって探しているというのに──」

「そんなイライラしないでよ、牛乳奢ってあげるから。あ、牛乳プリンだって。これにする?」

「いらん! そもそも人の都合も考えずにいきなりやって来て、こちらの意見も無視して連れ出す態度が気に食わない。ちょっとは相手のことを考えろ!」

(・・・・・・何でしょう。この、とても共感出来るのに、全然納得のいかない理不尽感は・・・・・・)

 完全に自分のことを棚上げしたアレックスの言葉に、釈然とせずにモヤるレティシアであった。

「まぁまぁ、とりあえず座って!」

「それで、ご用件は何ですか?」

 レティシアは正面の席に座り、隣にアレックスを無理矢理座らせたロッシーに訊ねる。

「何って、そりゃあ晴れて恋人になった二人に恋愛指南をしに♪」

「いりません」

「晴れても何も、貴様らの出してきた条件だろうが」

 即答で断りを入れるレティとアレックスだが、それでうん、わかったとなれば二人のこの数ヶ月の苦労はなかった。

「えー! 二人は今は恋人同士なんだよ? なら、恋人っぽいことをするのは当然。言っておくけれど、この遊びゲームのミソは婚約者を交換して恋人として過ごすってことなんだからね? もし、レティとアレックス様が三ヶ月間恋人として過ごさなかったら、この遊びはなし! 勿論、俺とキャシーが別れる話もね」

 至極当然だとばかりに話すロッシーに言いたいことは山ほどあったが、確かに恋人として過ごすことには二人とも了承してしまっている。言質を取られている以上、適当にお茶を濁せそうにもない。

「・・・・・・チッ。なら、俺たちは何をすればいい? 言っておくが、俺は貴様ほど厚顔無恥ではない。レティシア・ソルシェと一時的に恋人関係になったとしても、表向きは俺の婚約者はキャサリンだ。他の人間の目のあるところであからさまなことは出来ないぞ」

 ロッシーの恋愛指南とやらは一応聞く姿勢を見せたものの、不本意極まりないと舌打ちしたアレックスは、姿勢を崩し、手と足を組んで椅子の背凭れに乱暴に背中を預けた。

「ソレ!」

 アレックスの言葉の何に反応したのか、ロッシーがビシッとアレックスの鼻に人差し指を突き刺す。

「人を指差すな。どれだ?」

 ペシッとロッシーの手をはたき落としたアレックスは、怪訝な顔で訊ねた。

「レティシア・ソルシェってトコ!」

「私の名前が何か?」

 ロッシーの言いたいことが分からず、アレックスと共に首を傾げるレティシア。

「普通、恋人のことをフルネームで呼ばないって! いや、そもそもクラスメイトとかのことも呼ばないけど。とりあえずアレックス様は、レティのことフルネーム呼び禁止!」

「はぁ?」

 いきなり出された禁止令に、アレックスは不満そうにした。
 アレックスは流石に目上や年上の者に対しては然るべき敬称を使うが、同格か目下の者に対しては、基本的にフルネーム呼びが常だ。婚約者で長い付き合いのキャサリンや親しくしている友人は名前のみで呼んでいるが、レティシアはそのどちらの枠にも入っていないため、当然今までフルネーム呼びである。
 だが、ロッシーの言う通り、恋人をフルネーム呼びするものはいないだろう。

「なら、何と呼ぶ?」

(普通にレティシアでいいのでは?)

 婚約者であるキャサリンを名前で呼んでいるのだから、それでいいのではと思ったが、婚約者のいる仮初の恋人に自分を呼び捨てにすることを提案することは憚られたので、レティシアは心の中で思うだけにした。
 しかし、名前呼びだけではロッシーは満足しなかった。

「そりゃあ勿論、レティだよ! はい、アレックス様言ってみて! レティ!」

「・・・・・・」

 レティシアを愛称で呼べと言われたアレックスは、固まったまま黙り込んでしまった。
 無理もない。キャサリンをキャシーと愛称で呼んでいるロッシーに対し、アレックスのキャサリンの呼び方はキャサリンのままだ。婚約者に対してそうなのだから、アレックスは同年代の女性を愛称で呼んだことはないのだろう。

「愛称とか特別な呼称で呼び合うのは恋人の第一歩! あ、レティもアレックス様のことは愛称で呼ぶんだよ?」

「え」

 当然と言えば当然だが、アレックスと同じことを要求されたレティシアも固まった。アレックス同様に、レティも同年代の異性を愛称で呼んだことなどなかった。そもそも、ロッシーはレティシアを愛称で呼ぶが、キャサリンはアレックスをアレックス様と呼ぶ。レティシアはアレックスの愛称を知らない。

(私がアレックス様を愛称で? いや、無理ですが・・・・・・何とか、逃げられないものでしょうか?)

「あ、何なら、ダーリンとハニー呼びでもいいよ。そっちの方が恋人っぽいし!」

 どうにか逃げ道を探すレティシアの心情など、露ほども知らないロッシーは笑顔で追い打ちをかけた。
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