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第十一話 愛称で呼んでみた
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レティシアがちらりとアレックスを見ると、タイミング良く目が合った。視線がかち合った瞬間に、最高級の宝石のような蒼い瞳は細められ、綺麗な顔はくしゃりと歪んだ。萎びた果実のように顔の中心に皺を寄せた渋面を見て、レティシアはついうっかり、吹き出しそうになった。
(アレックス様って本当に感情がすぐ顔に出ますよねぇ)
特に『怒』の感情が一番分かりやすいと思う。
一緒にいる時が、ほとんどロッシーとキャサリンを探して機嫌が悪いからかもしれないが、アレックスは赤ん坊並みに不快感を隠さない人だと、時々思っていた。
貴族としては割りと致命的かもしれないが、元より公爵家の跡取りで、不正を嫌い、裏のない性格のアレックスに掬われる足はない。
元々感情がフラットで『喜』と『楽』しかないようなロッシーくらいしか身近な異性がいなかったため、レティシアがアレックスを苦手とするのは、そういうところも理由の一つなのかもしれない。
一方、レティシアは四六時中無表情という訳ではないが、表情豊かな方ではない。とは言え、嬉しい時は笑うし、驚いた時は叫ぶため、感情自体が希薄という訳でもない。
ロッシーからは感情豊かで、顔に出ない時でも空気に出ていると言われ、内心を言い当てられることもままあった。
幸い、感情豊かであっても、レティシア自身は『自禍中毒』が起きにくく、レティシアが『自禍中毒』を起こし掛けたのは過去に一度のみである。
「ねぇねぇ、アレックス様は家族に何て呼ばれてるの? レティには何て呼ばれたい? ねぇねぇねぇねぇ」
両手の人差し指で肩やら腕をツンツンつつかれているアレックスは、むっつりと口をへの字に閉ざした。
いつもであれば怒声の一つでも飛んでいるかもしれないが、恋人同士が何をするか知らないなりに、愛称で呼び合うのは不自然ではないだろうと思っているらしく、真っ正面から反論出来ずに無言の抵抗をするしかないらしい。
アレックスの目が語る。
(何とかならないのか?)
レティシアがそっと首を振る。
(無理です)
ロッシーが道理を引き下がらせてでも無理を通す人だということは、アレックスよりもレティシアの方がより深く承知していた。
元よりこちらの分が悪ければ、ロッシーに口では勝てないというのがレティシアの見解だった。
目で諦めた方がいいと言われたアレックスは、観念したのか、渋々重たい口を開いて、普段なら聞かないような小さな声で言った。
「・・・・・・レクスだ。家族からはそう呼ばれている」
「あはっ! だって!」
アレックスから愛称を聞き出せたロッシーは、嬉々としてレティシアの方を見て言った。その目は明らかにレティシアにアレックスをその名前で呼ぶことを期待していた。
アレックスに諦めろと促した手前、ここで抵抗しても徒労に終わるだろうと思ったレティシアは、素直にアレックスの愛称を口にした。
「・・・・・・レクス様」
何ともまぁ、口に馴染みのない言葉だ。舌がむずむずして、初めて食べる果実を数回咀嚼して舌に馴染ませるように、何度か呼ばないとこの呼び方には慣れそうにない。
レティシアに愛称で呼ばれたアレックスは変な顔をした。何か言いたげだが、上手い言葉が見つからないような表情だ。レティシアとしてはロッシーに従っただけなので、そんな顔を向けられても困るのだが・・・・・・。
「じゃあ、次はアレックス様の番ね!」
「・・・・・・ぐぅ」
笑顔で迫ってくるロッシーに、喉から唸り声を上げたアレックスは視線を忙しなく移動させている。アレックスの方がロッシーより背は高いのに、その様はまるで狼に追い詰められて必死に逃げる方法を探している子兎のようであった。
やがて、とうとう観念したのか、アレックスは小さくレティシアの愛称を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・レティ」
気まずいのか、完全に首を曲げてレティシアと顔を合わせないようにしているが、その声はちゃんとレティシアの耳に届いた。
それと同時に、自分がアレックスの愛称を呼んだ時に、何故変な顔をされたのかも理解した。
確かに、どんな顔をすればいいのか分からない。
(呼ぶもの凄い違和感がありますけれど、呼ばれるのもまた、呼ぶこととは違ったこそばゆさがありますね)
これでひとまずはロッシーも納得しただろうと、そっちへ目をやると、案の定、ご満悦な顔があった。
「オメデトー! 小さな一歩こそ、大きな前進へ続いているからね! 今、二人の愛のメモリーに素晴らしい記憶が刻まれましたー♪ パチパチパチパチ」
まるで新郎新婦の門出を祝う結婚式の司会役のように、二人のやり取りをナレーションしたロッシーは、気の済むまで拍手を送り、最後にヒュウッ♪ と短い口笛で閉めた。
「何もめでたくない・・・・・・釘を刺しておくが、さっきも言った通り、表向きの俺たちの関係は変わらない。人目のあるところでは無理だからな」
アレックスが念押す。
食堂にも人はいるが、この三人の組み合わせを見て近づきたいとは思わなかったのだろう。レティシアたちの周囲だけ、変な空席が出来ている。
小魚の群れに突っ込んだ鮫のような気分だが、聞き耳を立てられる心配もないため、レティシアもアレックスもロッシーの提案に従ったのだ。
ロッシーも自身は時と場所なんてどうでもよかったが、その考えを二人に押しつける気もなかったため、そこは素直に頷いた。
「うん。その代わり、二人っきりの時とか、俺たちしかいない時はちゃんと呼んでね?」
「分かってますよ」
「まぁ、所詮は三ヶ月の辛抱だしな」
嫌々そうながらも、真面目に頷く二人にバレないようにロッシーはほくそ笑んだ。
(二人っきりの時なら、お互いが言わなければバレないのに、ちゃんと呼び合うんだろうなー。ホンット律儀だよねぇ)
人前で愛称で呼び合わなくていいのなら、ロッシーたちの前でだけ呼べばいいだろうが、この二人は真面目に約束を守って二人きりの時も愛称で呼ぶだろう。
簡単に想像のつく光景に、ロッシーは内心でクスクス笑いながら、次はどんな風に駒を進めようか思案するのであった。
(アレックス様って本当に感情がすぐ顔に出ますよねぇ)
特に『怒』の感情が一番分かりやすいと思う。
一緒にいる時が、ほとんどロッシーとキャサリンを探して機嫌が悪いからかもしれないが、アレックスは赤ん坊並みに不快感を隠さない人だと、時々思っていた。
貴族としては割りと致命的かもしれないが、元より公爵家の跡取りで、不正を嫌い、裏のない性格のアレックスに掬われる足はない。
元々感情がフラットで『喜』と『楽』しかないようなロッシーくらいしか身近な異性がいなかったため、レティシアがアレックスを苦手とするのは、そういうところも理由の一つなのかもしれない。
一方、レティシアは四六時中無表情という訳ではないが、表情豊かな方ではない。とは言え、嬉しい時は笑うし、驚いた時は叫ぶため、感情自体が希薄という訳でもない。
ロッシーからは感情豊かで、顔に出ない時でも空気に出ていると言われ、内心を言い当てられることもままあった。
幸い、感情豊かであっても、レティシア自身は『自禍中毒』が起きにくく、レティシアが『自禍中毒』を起こし掛けたのは過去に一度のみである。
「ねぇねぇ、アレックス様は家族に何て呼ばれてるの? レティには何て呼ばれたい? ねぇねぇねぇねぇ」
両手の人差し指で肩やら腕をツンツンつつかれているアレックスは、むっつりと口をへの字に閉ざした。
いつもであれば怒声の一つでも飛んでいるかもしれないが、恋人同士が何をするか知らないなりに、愛称で呼び合うのは不自然ではないだろうと思っているらしく、真っ正面から反論出来ずに無言の抵抗をするしかないらしい。
アレックスの目が語る。
(何とかならないのか?)
レティシアがそっと首を振る。
(無理です)
ロッシーが道理を引き下がらせてでも無理を通す人だということは、アレックスよりもレティシアの方がより深く承知していた。
元よりこちらの分が悪ければ、ロッシーに口では勝てないというのがレティシアの見解だった。
目で諦めた方がいいと言われたアレックスは、観念したのか、渋々重たい口を開いて、普段なら聞かないような小さな声で言った。
「・・・・・・レクスだ。家族からはそう呼ばれている」
「あはっ! だって!」
アレックスから愛称を聞き出せたロッシーは、嬉々としてレティシアの方を見て言った。その目は明らかにレティシアにアレックスをその名前で呼ぶことを期待していた。
アレックスに諦めろと促した手前、ここで抵抗しても徒労に終わるだろうと思ったレティシアは、素直にアレックスの愛称を口にした。
「・・・・・・レクス様」
何ともまぁ、口に馴染みのない言葉だ。舌がむずむずして、初めて食べる果実を数回咀嚼して舌に馴染ませるように、何度か呼ばないとこの呼び方には慣れそうにない。
レティシアに愛称で呼ばれたアレックスは変な顔をした。何か言いたげだが、上手い言葉が見つからないような表情だ。レティシアとしてはロッシーに従っただけなので、そんな顔を向けられても困るのだが・・・・・・。
「じゃあ、次はアレックス様の番ね!」
「・・・・・・ぐぅ」
笑顔で迫ってくるロッシーに、喉から唸り声を上げたアレックスは視線を忙しなく移動させている。アレックスの方がロッシーより背は高いのに、その様はまるで狼に追い詰められて必死に逃げる方法を探している子兎のようであった。
やがて、とうとう観念したのか、アレックスは小さくレティシアの愛称を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・レティ」
気まずいのか、完全に首を曲げてレティシアと顔を合わせないようにしているが、その声はちゃんとレティシアの耳に届いた。
それと同時に、自分がアレックスの愛称を呼んだ時に、何故変な顔をされたのかも理解した。
確かに、どんな顔をすればいいのか分からない。
(呼ぶもの凄い違和感がありますけれど、呼ばれるのもまた、呼ぶこととは違ったこそばゆさがありますね)
これでひとまずはロッシーも納得しただろうと、そっちへ目をやると、案の定、ご満悦な顔があった。
「オメデトー! 小さな一歩こそ、大きな前進へ続いているからね! 今、二人の愛のメモリーに素晴らしい記憶が刻まれましたー♪ パチパチパチパチ」
まるで新郎新婦の門出を祝う結婚式の司会役のように、二人のやり取りをナレーションしたロッシーは、気の済むまで拍手を送り、最後にヒュウッ♪ と短い口笛で閉めた。
「何もめでたくない・・・・・・釘を刺しておくが、さっきも言った通り、表向きの俺たちの関係は変わらない。人目のあるところでは無理だからな」
アレックスが念押す。
食堂にも人はいるが、この三人の組み合わせを見て近づきたいとは思わなかったのだろう。レティシアたちの周囲だけ、変な空席が出来ている。
小魚の群れに突っ込んだ鮫のような気分だが、聞き耳を立てられる心配もないため、レティシアもアレックスもロッシーの提案に従ったのだ。
ロッシーも自身は時と場所なんてどうでもよかったが、その考えを二人に押しつける気もなかったため、そこは素直に頷いた。
「うん。その代わり、二人っきりの時とか、俺たちしかいない時はちゃんと呼んでね?」
「分かってますよ」
「まぁ、所詮は三ヶ月の辛抱だしな」
嫌々そうながらも、真面目に頷く二人にバレないようにロッシーはほくそ笑んだ。
(二人っきりの時なら、お互いが言わなければバレないのに、ちゃんと呼び合うんだろうなー。ホンット律儀だよねぇ)
人前で愛称で呼び合わなくていいのなら、ロッシーたちの前でだけ呼べばいいだろうが、この二人は真面目に約束を守って二人きりの時も愛称で呼ぶだろう。
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