散らない春のアルメリア~婚約破棄を決めた婚約者が物凄い誤解をしてました~

夢草 蝶

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本編

第十八話 聞くに堪えない身勝手な話

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 ──どうしてグジル様が王宮にいらっしゃるのでしょうか?
 頭の中はそのような疑問でいっぱいでした。
 婚約破棄の手続きの際に、シアーガーデンのお父様とライラックが今後、グジル様が私に近づかないようにとホータラン侯爵様に約束していただいたと聞いておりましたのに。
 何かのご用で登城されたのでしょうか? いえ、今日私がアクシズ殿下と縁談をする旨は広く知られておりました。そんな日にホータラン侯爵様がグジル様を登城させるとは思えません。
 少し気持ちが落ち着いて、視野が広まると私は他にも不自然な箇所に気がつきました。
 よく見るとグジル様は使用人の格好をしていらっしゃいます。

「あの、グジル様。何故、そのような格好をなさっているのですか?」

「ん? ああ、これか? 今日、アルメリアが城に来ると聞いて会いに来ようとしたんだが、父上に止められてな。そうしたら父上が使用人に王宮への届け物を頼んでいたのを見て、使用人には俺が届けると言って服を借りて来たんだ」

「………………」

 明朗に説明されるグジル様に、絶句いたしました。
 これは明確な契約違反です。
 私に近づくことを禁じられているのに、変装までして王宮へ来るなんて常軌を逸しています。
 あのパーティーの時より落ち着いたように見受けられましたが、どうやら私の誤解のようでした。
 ──明らかに、グジル様は平静ではあらせられません。

「そんなことはどうでもいいだろう? アルメリア、話をしよう」

「婚約についてはすでに両家の間でお話がついたはずです。これ以上お話しすることはありません」

 一歩、一歩と近づいて来られる度に、後退る背筋に冷たい汗が伝います。
 まるで水位が上がり続ける川の中洲に置き去りにされたように、徐々に追い詰められていくような恐ろしい感覚が身を包んでおります。
 この時の私は、予期せぬ事態に自分が思っている以上に動転していたのでしょう。
 異様な空気に飲まれ、走って逃げることも大声を上げることも頭に浮かびませんでした。
 ただ、見えない透明に張られた糸が私の周りにあって、それを切ってしまったら大変なことになると思い、とにかく慎重にお話ししました。

「そうだ。その婚約の話だよ。アルメリア、もう一度俺と婚約しよう」

 有り得ない申し出に、言葉を失うどころか息も止まりそうになりました。
 ──この方は……何を仰って……?

「何を……馬鹿なことを仰らないでください」

 ライラックのあの呼び方が移ったのでしょうか? 人生で初めて馬鹿という言葉を使ったことすら気づかず、私は震えた声で言いました。

「何故そんなことを言うんだ? 今までの関係に戻るだけだ。何も問題ないだろう?」

「問題だらけです。第一、リマリーさんのことはどうなさるおつもりですか?」

 燃えて灰になってしまったものを元に戻すことは出来ないのと同じで、一度不貞が発覚したのに今まで通りになんて不可能です。その上で再度婚約するなんて、出来るはずがありません。
 それにリマリーさん。パーティーでの彼女の様子を見たら、そんなことを納得して受け入れるとは思い難いです。
 今、グジル様とリマリーさんがどのような状況にあられるかは存じませんが、それくらいの想像はつきます。

「グジル様はリマリーさんを愛していらっしゃるのでしょう?」

 グジル様がリマリーさんのことを想っていらっしゃるのであれば、その想いの誠実さを貫くために引いてくださらないかと期待して申し上げましたが、グジル様はさらに信じられないことを仰いました。

「リマリー……? ああ、そうだ。愛しているぞ。俺はリマリーを愛している。けれど……彼女は侯爵夫人にはなれないんだ。父上が認めてくれない。母上だって、リマリーが侯爵家の敷居を跨ぐことは許さないって言うんだ。なら、仕方ないだろう?」

「リマリーさんと、お別れになられたのですか?」

「何故だ? 俺はリマリーを愛しているのに」

「今、ご両親がお認めにならないと……」

「そうだ。だから、今までと同じが一番だろう? アルメリアが婚約者で、リマリーが恋人。そうすれば俺は爵位も愛も失わずに済む!」

「何を──何を仰っているのですかっ!!?」

 あまりにも私欲にまみれた支離滅裂な言葉に、私は声を荒げました。
 つまり、グジル様は私と婚約を続け、結婚して爵位を継いで侯爵になり、その裏でリマリーさんとの不義の関係を続けたいと? そんなこと、許されるはずがありません。
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、耳を貸すことすら厭わしい身勝手な内容に私ははっきりとお返事を差し上げました。

「私はグジル様の欲望を叶えるための道具ではありません。そのような申し出、受け入れるわけには参りません。どうぞ、お帰りください」
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