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本編
第三十話 約束の言の葉
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愛というものについて、私は人生で初めて真剣に考えたかもしれません。
私にとっての愛とはまず、常に傍らに注ぎ、傍らに与えられるものでした。
物心ついてからずっとそれが当たり前のことで、愛することにも愛されることにも選択の余地などありませんでした。
「私にはライラックがいてくれてましたから、愛情はごく自然にあるもので、綺麗で安心できて幸福なものだと感じてました」
「うん。俺はアルメリアが大好きだぞ」
「ありがとう。私もだよ」
この年頃になればきょうだいに好きと言うのは恥ずかしがりそうなものですが、ライラックは嬉々として堂々と真っ直ぐに好意を伝えてくれます。
ライラックがそうなら、私も恥ずかしくないので素直に同じだと返しました。
「今は違う?」
「少し」
私の言葉が過去形だったため、アクシズ殿下がそうお訊ねになられ、私は小さく頷きました。
「結局のところ、愛も人それぞれなのだと。全てが許される免罪符にはなりませんし、人によって順位もあります。そしてその愛を自分にとってどんなものにするかは、自分の選択次第なのだと思いました」
その上で私が思ったことは、私はグジル様やリマリーさんのようにはなりたくないということでした。
愛に固執して不義理を働くことも、不義の恋に溺れることもしたくはありません。
思えば、私の愛は潔癖な節がありました。
表現の仕方を少しでも間違えれば、どこかの誰かに揚げ足を取られて後ろ指を差されると思っていたのでしょう。あのご先祖様たちのように。
清く正しく美しく、それがライラックと引き離されて影の差した愛情を歪めないために必要なことでした。
双子というものはやはりお互いが特別で、お母様のお腹の中にいた頃の名残りのように少し閉塞的です。
私の愛情はライラックとの間で循環して、完結してました。それは今まで強固な殻に守られて、他に向かう先などなかったものです。
ですが、愛情は己の選択で行き先を決められると知りました。
ぎゅっと手に力を込めて、この数日何度も練習した言葉を口の中で呟きます。
今日、言おうと決めていたことがあります。
これからも今までのように、ライラックへ向ける愛情は未来永劫変わりません。けれど、それとは別に私の愛は家族に向けるものとは形を変えて行き先をもうひとつ見つけたのです。
私の愛の話が聞きたいとアクシズ殿下は仰いました。それなら、私の選択は──。
「それを踏まえた上で、私は良い選択ができると思います。あ、アク、シズ……」
「……え?!」
「! ! ! ! !」
数拍の後、いつまで経っても「殿下」の敬称がついてこないことに、呼び捨てにされたと理解されたアクシズ殿下がぽかんとしたお顔をされました。
そして何故かアクシズ殿下よりライラックの方が驚いていて、首をぶんぶん振って何度も私とアクシズ殿下を交互に見ております。そんなに驚くことでしょうか?
縁談の時に呼び捨てにするお約束をして、今日は縁談の続きの席ではないのですが、私は今日こうお呼びすると決めておりました。
最初は期間が余りにも短すぎると思ったのですが、より深く考えるとこういうものは長引けば長引くほどに言いづらくなるものだと思ったのです。
だから次にお会いした時に必ず果たすと決心しておりました。
照れが入って練習の時よりどーんと言えませんでしたが、なんとか呼べました! 頑張りました、私!
お約束を果たしましたよとアクシズ殿下のお顔を見ます。楽しみにしていると仰ってくださっていましたし、喜んでくださるはず──そう、思っていたのですが、アクシズ殿下はぽかんとしたお顔のままでした。
「あの、アクシズ……?」
もしや聞こえていなかったのかなと思い、もう一度呼んでみました。今度はつっかえなかったので伝わったはずです。
そうしたら、アクシズ殿下のお顔が一気に赤くなられました。頬を染めていらっしゃるところは見たことがありましたが、その時の日ではありません。二人のお父様がお酒を飲んで酔われた時みたいに全体的に真っ赤です。ひょっとして、アクシズ殿下のお茶はブランデー入りだったのでしょうか?
そんなことを考えていると、テーブルの下からごんっという音がしました。
「何の音──アクシズ殿下!? どうなさいました!?」
テーブルの下を見ようとしましたが、俯いてぷるぷる震えてらっしゃるアクシズ殿下の異変に気づき、顔を上げてお声掛けしました。
お顔を上げられたアクシズ殿下は笑顔で、
「ううん、なんでもない──よ!」
語尾を上げて仰ると、またテーブルの下からごんっという音がしました。
「また──って、今度はライラック!? どうしたの!? どこかぶつけたの?」
すると、今度はライラックがまるで痛みを堪えるように顔を顰めています。肩を揺すって訊ねてみますが、口を引き結んで答えてくれません。よほど痛かったのでしょう。
「どうしたんだろうね? ライラック、大丈夫か?」
「……」
にっこりと微笑むアクシズ殿下と、何故か睨みつけているライラック。謎の視線の攻防はしばらく続きました。
──それはそれとして、せっかく勇気を出したのにこの反応は少し悲しいです。
「あの、アクシズ殿下、これでお約束は果たせましたでしょうか……?」
「あ、あー、うん……嬉しかったよ」
無理矢理話題を戻しますと、アクシズ殿下がはにかみながらそう仰ってくれたのでよかったです。
ほっとして胸を撫で下ろしていると、アクシズ殿下は人差し指を立てて、
「だからもう一回」
アンコールをご所望されました。
「もう一回!?」
私にとっての愛とはまず、常に傍らに注ぎ、傍らに与えられるものでした。
物心ついてからずっとそれが当たり前のことで、愛することにも愛されることにも選択の余地などありませんでした。
「私にはライラックがいてくれてましたから、愛情はごく自然にあるもので、綺麗で安心できて幸福なものだと感じてました」
「うん。俺はアルメリアが大好きだぞ」
「ありがとう。私もだよ」
この年頃になればきょうだいに好きと言うのは恥ずかしがりそうなものですが、ライラックは嬉々として堂々と真っ直ぐに好意を伝えてくれます。
ライラックがそうなら、私も恥ずかしくないので素直に同じだと返しました。
「今は違う?」
「少し」
私の言葉が過去形だったため、アクシズ殿下がそうお訊ねになられ、私は小さく頷きました。
「結局のところ、愛も人それぞれなのだと。全てが許される免罪符にはなりませんし、人によって順位もあります。そしてその愛を自分にとってどんなものにするかは、自分の選択次第なのだと思いました」
その上で私が思ったことは、私はグジル様やリマリーさんのようにはなりたくないということでした。
愛に固執して不義理を働くことも、不義の恋に溺れることもしたくはありません。
思えば、私の愛は潔癖な節がありました。
表現の仕方を少しでも間違えれば、どこかの誰かに揚げ足を取られて後ろ指を差されると思っていたのでしょう。あのご先祖様たちのように。
清く正しく美しく、それがライラックと引き離されて影の差した愛情を歪めないために必要なことでした。
双子というものはやはりお互いが特別で、お母様のお腹の中にいた頃の名残りのように少し閉塞的です。
私の愛情はライラックとの間で循環して、完結してました。それは今まで強固な殻に守られて、他に向かう先などなかったものです。
ですが、愛情は己の選択で行き先を決められると知りました。
ぎゅっと手に力を込めて、この数日何度も練習した言葉を口の中で呟きます。
今日、言おうと決めていたことがあります。
これからも今までのように、ライラックへ向ける愛情は未来永劫変わりません。けれど、それとは別に私の愛は家族に向けるものとは形を変えて行き先をもうひとつ見つけたのです。
私の愛の話が聞きたいとアクシズ殿下は仰いました。それなら、私の選択は──。
「それを踏まえた上で、私は良い選択ができると思います。あ、アク、シズ……」
「……え?!」
「! ! ! ! !」
数拍の後、いつまで経っても「殿下」の敬称がついてこないことに、呼び捨てにされたと理解されたアクシズ殿下がぽかんとしたお顔をされました。
そして何故かアクシズ殿下よりライラックの方が驚いていて、首をぶんぶん振って何度も私とアクシズ殿下を交互に見ております。そんなに驚くことでしょうか?
縁談の時に呼び捨てにするお約束をして、今日は縁談の続きの席ではないのですが、私は今日こうお呼びすると決めておりました。
最初は期間が余りにも短すぎると思ったのですが、より深く考えるとこういうものは長引けば長引くほどに言いづらくなるものだと思ったのです。
だから次にお会いした時に必ず果たすと決心しておりました。
照れが入って練習の時よりどーんと言えませんでしたが、なんとか呼べました! 頑張りました、私!
お約束を果たしましたよとアクシズ殿下のお顔を見ます。楽しみにしていると仰ってくださっていましたし、喜んでくださるはず──そう、思っていたのですが、アクシズ殿下はぽかんとしたお顔のままでした。
「あの、アクシズ……?」
もしや聞こえていなかったのかなと思い、もう一度呼んでみました。今度はつっかえなかったので伝わったはずです。
そうしたら、アクシズ殿下のお顔が一気に赤くなられました。頬を染めていらっしゃるところは見たことがありましたが、その時の日ではありません。二人のお父様がお酒を飲んで酔われた時みたいに全体的に真っ赤です。ひょっとして、アクシズ殿下のお茶はブランデー入りだったのでしょうか?
そんなことを考えていると、テーブルの下からごんっという音がしました。
「何の音──アクシズ殿下!? どうなさいました!?」
テーブルの下を見ようとしましたが、俯いてぷるぷる震えてらっしゃるアクシズ殿下の異変に気づき、顔を上げてお声掛けしました。
お顔を上げられたアクシズ殿下は笑顔で、
「ううん、なんでもない──よ!」
語尾を上げて仰ると、またテーブルの下からごんっという音がしました。
「また──って、今度はライラック!? どうしたの!? どこかぶつけたの?」
すると、今度はライラックがまるで痛みを堪えるように顔を顰めています。肩を揺すって訊ねてみますが、口を引き結んで答えてくれません。よほど痛かったのでしょう。
「どうしたんだろうね? ライラック、大丈夫か?」
「……」
にっこりと微笑むアクシズ殿下と、何故か睨みつけているライラック。謎の視線の攻防はしばらく続きました。
──それはそれとして、せっかく勇気を出したのにこの反応は少し悲しいです。
「あの、アクシズ殿下、これでお約束は果たせましたでしょうか……?」
「あ、あー、うん……嬉しかったよ」
無理矢理話題を戻しますと、アクシズ殿下がはにかみながらそう仰ってくれたのでよかったです。
ほっとして胸を撫で下ろしていると、アクシズ殿下は人差し指を立てて、
「だからもう一回」
アンコールをご所望されました。
「もう一回!?」
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