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1,歪なきょうだい
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「お兄様、おはようございます」
「・・・・・・」
美しい金色のふわふわの髪をたなびかせて、愛らしい相貌の少女が会釈をしながら挨拶をする。
しかし、挨拶の言葉を向けられた背の高い黒髪の青年は、まるで何も聞こえなかったかのように少女の目の前を素通りしていった。
まるで少女が透明人間かのように思える対応に、少女はきゅっと唇を引き結び、堪えるように重ねていた両手に力を込めた。
いつも通りのその光景を見ていたリゼは、憂いを帯びた吐息をつくと、すぅっと肺いっぱいに息を吸い込んで、兄の名前を呼ばわった。
「リベルトお兄様!」
リベルトと呼ばれた青年は、今度は足を止めて振り返り、自身を呼び止めたリゼの姿を認めると、先程まで凍てつくような色を浮かべていた藍色の瞳に慈愛を浮かべて僅かに口角を緩めた。
「ああ、リゼか。おはよう。朝から元気だな」
「あ、リゼお姉様・・・・・・おはようございます・・・・・・」
リベルトはかつかつと急くようにヒールを鳴らして近づいてくるリゼに朝の挨拶をした。その声音はリゼの纏う淡く、けれど確かに分かるぴりついた空気を全く気にしていないように穏やかだ。
平静な態度のリベルトの背後で、先程の少女もリゼに挨拶をした。だが、リベルトに無視されたばかりだからか、その声はか細く、不安が滲んでいる。
「おはようございます。リベルトお兄様、モニカ──リベルトお兄様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
リゼは微笑みを浮かべて二人に挨拶をしてから、きゅっと表情を引き結び、リベルトに話し合いの時間を求めた。
「勿論、構わないぞ」
「ありがとうございます。では、あちらの部屋でお話ししましょう。モニカ、ごめんなさいね、先に食べていていいから、私とリベルトお兄様は朝食の時間に少し遅れると皆に伝えておいてくれるかしら?」
「はい、わかりました。リゼお姉様」
物腰の柔らかなリゼに、少女──モニカもほっとしたのか、顔を綻ばせて頷いた。
「ありがとう。食後は一緒にお茶をしましょう? お友達から美味しいクッキーを頂いたのよ。楽しみにしてて」
「わぁっ、私クッキー大好きです!」
暗い表情から一転、嬉しそうな笑顔になったモニカに内心安堵して、先に食堂へ向かう彼女に手を振って見送ったリゼは眉間に皺を寄せた厳しい面持ちで兄に振り返った。
「またアレに構っているのか?」
リベルトもリベルトで、リゼのモニカに対する接し方が気に入らないらしく、先程よりもその顔は強張っている。
「アレではなく、モニカです。いい加減、妹の名前を覚えてあげてください」
「妹じゃない」
リゼの言葉を容赦なく一刀両断したリベルトは、不快感を隠しもせずに舌打ちをした。
背の高い険のある青年の苛立った姿には年頃の娘なら足がすくんでしまいそうな威圧感があったが、とうに慣れてしまったリゼは臆することなく話を続ける。
「確かにお母様は違いますが、モニカは私たちの妹です」
「違う。またその話か? なら時間の無駄だ」
「お兄様!」
「っ!」
これ以上話すことはないと踵を返したリベルトの腕を引っ張り、リゼはさっき提示した部屋に兄を引きずり込んだ。そして逃げられないように壁に追い詰めた上で、バンッと両腕で挟み込むようにリベルトの両側の壁に手をついた。
「お・に・い・さ・ま・? お兄様のご意志が固いことは私も重々承知しておりますわ。けれど、私の意志とて粘土のように柔くはありません。リベルトお兄様が時間も無駄と切り捨てられるのであれば、私は力づくでもお話を聞いて頂かなくてはならなくってしまいます」
むぅっと頬を膨らませて見上げてくるリゼに、リベルトは視線を反らしてたじろいだ。
兄と妹。体格差も歴然ながら、リベルトがリゼを力ずくで押し退けることは容易であったが、リベルトはこちらの妹相手にはそういった乱暴な扱いをすることは出来ず、向こうも引かないとなればリベルトが折れるほかなかった。
「はぁ。わかった。話を聞けばいいんだろう? あの毎回代わり映えのしない結局結論の変わらない無駄な話を」
「確かにリベルトお兄様のお心次第ではありますが。水滴であっても長い時間をかければ石に穴を開けることもあります。何事も諦めないことが肝要かと」
そう言ってにっこりと笑ったリゼは、リベルトが逃げないことを確信すると、テーブルの方へ駆けて行き、椅子の背凭れを掴んで引いて、座るようにリベルトに目で促す。
リベルトは無意味なことだと内心で思いつつも、リゼが満足するまで話を聞くのが解放される一番の近道だと大人しく従った。
リベルトが椅子に座ると、リゼも手前に回って着席し、背筋の伸びた美しい姿勢で兄を真っ直ぐに見据えて改めて話を切り出した。
「・・・・・・」
美しい金色のふわふわの髪をたなびかせて、愛らしい相貌の少女が会釈をしながら挨拶をする。
しかし、挨拶の言葉を向けられた背の高い黒髪の青年は、まるで何も聞こえなかったかのように少女の目の前を素通りしていった。
まるで少女が透明人間かのように思える対応に、少女はきゅっと唇を引き結び、堪えるように重ねていた両手に力を込めた。
いつも通りのその光景を見ていたリゼは、憂いを帯びた吐息をつくと、すぅっと肺いっぱいに息を吸い込んで、兄の名前を呼ばわった。
「リベルトお兄様!」
リベルトと呼ばれた青年は、今度は足を止めて振り返り、自身を呼び止めたリゼの姿を認めると、先程まで凍てつくような色を浮かべていた藍色の瞳に慈愛を浮かべて僅かに口角を緩めた。
「ああ、リゼか。おはよう。朝から元気だな」
「あ、リゼお姉様・・・・・・おはようございます・・・・・・」
リベルトはかつかつと急くようにヒールを鳴らして近づいてくるリゼに朝の挨拶をした。その声音はリゼの纏う淡く、けれど確かに分かるぴりついた空気を全く気にしていないように穏やかだ。
平静な態度のリベルトの背後で、先程の少女もリゼに挨拶をした。だが、リベルトに無視されたばかりだからか、その声はか細く、不安が滲んでいる。
「おはようございます。リベルトお兄様、モニカ──リベルトお兄様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
リゼは微笑みを浮かべて二人に挨拶をしてから、きゅっと表情を引き結び、リベルトに話し合いの時間を求めた。
「勿論、構わないぞ」
「ありがとうございます。では、あちらの部屋でお話ししましょう。モニカ、ごめんなさいね、先に食べていていいから、私とリベルトお兄様は朝食の時間に少し遅れると皆に伝えておいてくれるかしら?」
「はい、わかりました。リゼお姉様」
物腰の柔らかなリゼに、少女──モニカもほっとしたのか、顔を綻ばせて頷いた。
「ありがとう。食後は一緒にお茶をしましょう? お友達から美味しいクッキーを頂いたのよ。楽しみにしてて」
「わぁっ、私クッキー大好きです!」
暗い表情から一転、嬉しそうな笑顔になったモニカに内心安堵して、先に食堂へ向かう彼女に手を振って見送ったリゼは眉間に皺を寄せた厳しい面持ちで兄に振り返った。
「またアレに構っているのか?」
リベルトもリベルトで、リゼのモニカに対する接し方が気に入らないらしく、先程よりもその顔は強張っている。
「アレではなく、モニカです。いい加減、妹の名前を覚えてあげてください」
「妹じゃない」
リゼの言葉を容赦なく一刀両断したリベルトは、不快感を隠しもせずに舌打ちをした。
背の高い険のある青年の苛立った姿には年頃の娘なら足がすくんでしまいそうな威圧感があったが、とうに慣れてしまったリゼは臆することなく話を続ける。
「確かにお母様は違いますが、モニカは私たちの妹です」
「違う。またその話か? なら時間の無駄だ」
「お兄様!」
「っ!」
これ以上話すことはないと踵を返したリベルトの腕を引っ張り、リゼはさっき提示した部屋に兄を引きずり込んだ。そして逃げられないように壁に追い詰めた上で、バンッと両腕で挟み込むようにリベルトの両側の壁に手をついた。
「お・に・い・さ・ま・? お兄様のご意志が固いことは私も重々承知しておりますわ。けれど、私の意志とて粘土のように柔くはありません。リベルトお兄様が時間も無駄と切り捨てられるのであれば、私は力づくでもお話を聞いて頂かなくてはならなくってしまいます」
むぅっと頬を膨らませて見上げてくるリゼに、リベルトは視線を反らしてたじろいだ。
兄と妹。体格差も歴然ながら、リベルトがリゼを力ずくで押し退けることは容易であったが、リベルトはこちらの妹相手にはそういった乱暴な扱いをすることは出来ず、向こうも引かないとなればリベルトが折れるほかなかった。
「はぁ。わかった。話を聞けばいいんだろう? あの毎回代わり映えのしない結局結論の変わらない無駄な話を」
「確かにリベルトお兄様のお心次第ではありますが。水滴であっても長い時間をかければ石に穴を開けることもあります。何事も諦めないことが肝要かと」
そう言ってにっこりと笑ったリゼは、リベルトが逃げないことを確信すると、テーブルの方へ駆けて行き、椅子の背凭れを掴んで引いて、座るようにリベルトに目で促す。
リベルトは無意味なことだと内心で思いつつも、リゼが満足するまで話を聞くのが解放される一番の近道だと大人しく従った。
リベルトが椅子に座ると、リゼも手前に回って着席し、背筋の伸びた美しい姿勢で兄を真っ直ぐに見据えて改めて話を切り出した。
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