人の話を聞かない婚約者

夢草 蝶

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恋人同士の過ごし方

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「婚約者かぁ」

「婚約者ですよ」

「婚約者って何すんの?」

 今まで婚約者のいたことのないソールが婚約者同士の過ごし方について尋ねる。

「そうねぇ。やっぱ婚約者といったらあれよ。こう・・・・・・なんかこう・・・・・・おでかけ? とかしたりして、一緒にほら・・・・・・えーと」

「何で婚約者いたのにそんなふわふわしてんの?」







「くっ! ヴィネとはほとんど一緒に過ごしたことがないからさっぱりわからない! せっかくソールに先輩風吹かせられると思ったのに・・・・・・!」

 心の底から悔しそうなカナ。

「婚約破棄前から破綻してるじゃん。つーか、お前そんなこと考えてたの?」

「まぁ、待ちたまえ。結論を出すのは尚早だぞ。ここはソール君の意見を聞こうじゃあないか」

 カナが髭を撫でる真似をして、気取った口調でソールを指名する。
 自分が婚約者同士の過ごし方を思いつかなかったから、ソールに発案を押しつけたが、そもそも先に質問したのはソールの方である。

「お前は何の教授なの?」

「いいから、何か考えてよ。ソールの中の婚約者同士のイメージ像。ソールがしたいことでもいいよ」

「俺のしたいこと・・・・・・うーん」







「特には思いつかない。強いていうなら、各々好きなようにして一緒に過ごす?」

「それじゃあ趣味人の集いじゃん。別に婚約者じゃなくてもいいでしょ」

 ソールのイメージした理想はお互いが同じ空間にいて、それぞれ好きなことをして会話がなくても気まずい空気にならない関係だ。
 ただ、カナはそれを各人自由気ままに過ごすだけと言葉通りに受け取ったらしく、意図は半分も伝わっていない。ソールも自分のイメージを伝える語彙が見つからず、訂正出来ないでいた。

「まぁ、確かに。じゃあ、デートとか? 恋人同士がするやつだけど」

「いいわね。恋人同士も婚約者同士も一緒でしょ。延長線上に婚姻があるんだから」

「いや、既に結婚の約束をしている婚約と、破局の芽が常にある恋人関係は違くないか?」

「何でそーゆーことゆーの・・・・・・」

 ソールの夢も希望もない相違点の指摘に、カナは顔も知らない世の恋人たちを思って悲しそうな顔をした。







「とゆーか、ソールの論でゆうと婚約は恋人関係よりも安定感があるってことよね? それなら婚約破棄された私って一体・・・・・・」

 強制力のある約束を反故にされたカナはショックそうだ。
 双方の意思でいつでも別れられる恋人とは違い、婚約は家同士の関係を強固にしたりと利害関係が絡んでくる。そのため本人たちの一存では本来は「婚約やめたいのでやめます!」なんてことは出来ない。
 なのに、カナの元婚約者のヴィネはそこをごり押しで婚約破棄してしまったのだ。
 そうなるとカナも悩んだ。婚約破棄されたということよりも、自分の人間性に何か問題があったのかなとか、自分は魅力のない人間なのかなとか。
 まぁ、そのすぐ後に恋人が出来たから婚約破棄したいと種明かしをされ、馬鹿馬鹿しくなってすんとしたが。
 安定したものや確約されていたものがひっくり返ると、足元が崩れ落ちたような心地になるが、婚約者がいながら、婚約破棄する前に交際するような相手とは別れられて良かった。
 代わりにカナの中で婚約は絶対という定義も崩れてしまったが。







「話を戻そう。デートという着眼点はなかなかいいわね。というか、普通にどっかおでかけしたいわ」

「なら今度の休日どっか行くか?」

「いいわね。映画、動物園、水族館」

「ライブ、コンサート、演奏会」

 二人とも行きたいところを各自想像して楽しそうにしている。
 カナは色んなものを観賞するのが好きで、ソールは音楽を聞くのが好きだ。
 なので、行き先候補はそれぞれの好みが顕著に反映される。

「休日だからどこも混んでるだろうけれど、午前の方がすいてそう。事前に座席取れる場所は午後に回して、混みそうなとこ午前中に回ろう」

「うん」

 カナの提案にソールも頷き、スケジュールを考えていく。
 あれしたい、これしたいと話し合っていると、背後から悪意の滲んだ声がカナの名前を呼んだ。

「これはこれは。婚約者殿じゃないか。何? 俺にフラれてクラスで気まずくてこんな学園の端っこに逃げてきたの」

「げっ! ヴィネ・・・・・・」

 振り返ると、そこには婚約破棄したカナの元婚約者、ヴィネが立っていた。
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