グリモワールと文芸部

夢草 蝶

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第一章 紫炎のグリモワール

1.文芸部室と謎の本

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 窓を開けてから、はたきで高いところの埃を落とす。
 積み重なった本を崩してしまわないように慎重に。
 埃が降りてくるけどマスクをしているから問題ない。
 私は本棚やロッカーの上からはたきをかけて、徐々に下へ向かった。
 一通り埃を落として、今度は箒で床に溜まった埃を片付けてしまう。

「よし、箒終わり! 最後に雑巾で水拭きして終了ね。雑巾濡らして来よう」

 私は箒とはたきを掃除用具用のロッカーにしまって、代わりに雑巾を取り出す。
 ここは梅星学園高等部の文芸部の部室だ。
 私、八瀬ひまわりはこの文芸部に所属している。
 今日は部活はないけれど、個人的に部の埃が気になってしまい、顧問の先生に許可を貰って一人で掃除をしている最中だ。
 にしても、この部室は至るところに本が積んであるから苦労する。本棚にはもう入らないし、新しい本棚を置くスペースもない。
 せめてもっと分かりやすい配置にしたいけれど、今の本の配置は部長のこだわりらしく、勝手に変えることは出来ない。

「あれ……? 雑巾ない。先週はあったのに……あ、そうだ」

 思い出した。
 先週末に先輩が缶コーヒーを溢して、その時使ったんだった。あの後水洗いした雑巾を乾かすために窓枠にかけといたはず……ない。

「あ、あった!」

 風のせいか、雑巾は壁と本棚の間に落ちてしまっていた。ギリギリ手が入る隙間だったから、私は雑巾を取ろうとその隙間に腕を突っ込んだ。すると、雑巾と他の何かに指先が触れた気がした。

「なんだろ?」

 私は雑巾と一緒にそれを引っ張り出した。
 そこにあったのは一冊の本。
 暗い紫色のかなり古そうな洋書だった。

「こんな本あったっけ? えーっと、タイトルは……」

 本の表紙に目を落とす。そこに書かれているのは、

『grimoire』

「なんて読むんだろ? ぐ? ぐりもいれ?」

 英語は苦手。
 私は何となく本のページをパラパラと捲ってみた。

「うわー、見事に英語ばかり。こんなの読めな……ん?」

 本を閉じようとした時、ページから一枚の紙片が、膝の上へ落ちた。
 何かのメモっぽい。私はそれを拾い上げ、読み上げてみた。

「えっと、『紫炎のグリモワールの主よ。汝の真名を持って我が下に』? 悪魔……レムガ……」

 読み終えた瞬間、突然本が紫色のまばゆい光を放ち、宙へと浮かび上がる。

 何これ!? 超常現象? ポルターガイスト?
 てゆーか、眩しすぎる!

 私はその紫光から目を守るために目をぎゅっと閉じた。
 暫くして光が収まった頃、ゆっくりと瞼を上げると目の前には知らない人がいた。
 黒い髪に紫の瞳。黒いスーツを身に纏った彼は外見から私とあまり年齢は変わらないように見える。
 だが、それより何より、スッゴい美形! うーわー、部長とか先輩も格好いいと思うけど、この人はなんていうか美人って感じ。肌とかホントにキレー。どんなケアしてるんだろ。
 ……じゃなくて、誰!? どっから現れたの? ここ窓際だよ? ドアは私の後ろにあるし、文芸部は三階にあるどうやって一瞬で私の前に?

「えっと、どちら様? 一体どこから……」
「……?」

 男の人は私を見ると小首を傾げ、暫く硬直。それから──

「ここ、どこ? 鈴乃どこ?」

 泣き出した。って、えっ!?

「鈴乃……ひっく、どこ……ふぇ」

 わー、美形がぽろぽろ涙を流している。泣いていると幼く見えるなー。
 ……言ってる場合じゃない!

「あの……大丈夫ですか?」
「? 誰? 鈴乃知ってる?」

 不安に揺れる紫の瞳を向けられ、私は困った。物凄く。

「えっと、鈴乃さん? の事は知りません。ごめんなさい。ところで貴方は」

 一体誰、と訊こうとする前に、部室に大きな泣き声が響き渡った。
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