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第一章 紫炎のグリモワール
11.手巻き寿司と昔話
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「ただいま」
「おかえりー。あら、どうしたの? その子」
帰宅するとお母さんがリビングから顔を出した。水色のエプロンをしてシュシュで髪を纏めている姿は夕飯の支度をしていたのだと分かる。
私が抱っこしているレムガさんを見たお母さんに訊ねられ、私は予め用意していた返答をした。
「ともにぃの知り合いから一晩だけ預かったの。いいでしょ?」
「あら、とも君の? 分かったわ。ちゃんと面倒見るのよ」
「はーい」
お母さんはそれ以上何も言わずにキッチンへ戻り、私は素早く靴を脱いで二階の自室へ向かった。
私は制服を脱いで着替え──その間レムガさんには後ろを向いてもらった──、レムガさんにお願いした。
「私は夕飯を食べてくるので、ここで待っていて下さい。あ、レムガさんもお腹空いてますよね。後でなにか持ってきます」
レムガさんはつぶらな瞳をぱちくりさせてから頷き、ベッドの上で丸まり、眠った。
普段、家族みんなで食事をするダイニングに行くと、お父さんがいた。私より早く帰ってきてるのは珍しい。
「ただいま、お父さん」
「ああ、おかえり。母さんに聞いたぞ。犬を預かったんだってな」
……犬。なるほど、お母さんはあの姿のレムガさんを犬と判断したのか。なら犬ということにしとこう。
「うん。ちょっと色々あって」
「そうか、後で見たいな」
私はぎくりとして慌てて言った。
「いや、慣れない環境で疲れてるから、ね?」
「そうか……」
お父さんが残念そうに肩をすぼめる。申し訳ないけれど、なにかの拍子でうっかりレムガさんが話したりしちゃったら大変だから、なるべくお父さんとお母さんに接触させないようにしないと。
そうこうしているうちにお母さんがダイニングテーブルに料理の乗ったお皿を並べ終え、みんなで座り、手を合わせていただきますをした。
今日の夕食はメインがエビフライでほかはレタスサラダに白米、豆腐の味噌汁といったメニューだった。
私は家族の談話もそこそこにそれらをお腹に収め、ごちそうさまをしてから食器を流しに置いた。
「お母さん、余ってる食材使ってもいい?」
「それはいいけど。ひょっとして足りなかった?」
「ううん。夜食用になにか作ろうと思って。ほら、月末中間テストあるから勉強しないと」
半分は嘘。お母さんごめんなさい。
もちろん、勉強はするし自分用のも作るけど、レムガさんの食事が一番の目的だ。
お母さんの許可を得て、私はキッチンに行き、自分用のひまわりのアップリケのついた黄色いエプロンをして炊飯器の中を見た。中にはまだ三分の一くらいのご飯が残っており、続いて冷蔵庫の中を確認する。
あ、エビフライの海老が残ってる。レタスもあるし、あれにしよう!
私はまな板の上に海苔を敷き、その上にご飯を置く。本当は酢飯の方がいいけれど、今回は普通の白米でいく。
そう、私が作るのは手巻き寿司だ。
ご飯の上にレタスを被せ、マヨネーズ絞り、海老を置いて巻く。これで海老マヨの完成だ。
次に、棚を漁ってツナ缶を見つける。お母さんがおかずの足しに買いだめしているものだ。これもマヨネーズと和えてツナマヨにする。
あとは……。もう一度、冷蔵庫を確認する。お父さんのおつまみ用のマグロの刺身とチーズ、他に納豆があった。うん、どれも手巻き寿司にぴったり!
そう思ったが、はっとして手を止めた。
納豆とか生魚ってレムガさん大丈夫かな? 外国の人は苦手な人多いって聞くけど……。悩んだ末に納豆と魚はやめて、チーズと卵、それからきゅうりを取り出して、卵は卵焼きにして纏めて巻いた。
結果、三種類の手巻き寿司とほうじ茶を淹れた湯飲みをお盆に乗せて私は自室へと戻った。
「レムガさん、起きてください」
「ん~? ふわぁあ……」
くぁーと大きな欠伸をしてレムガさんが起きた。
私が手巻き寿司の乗ったお皿目の前にを置くと、レムガさんはぽてぽてと近づいてきてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「美味しそう。これ、食べてもいいの?」
「もちろん。レムガさんのご飯ですから。苦手なものありませんか?」
「大丈夫だよ。僕、山葵以外なら食べられるから」
山葵が苦手なんだ。つーんとするもんね。
レムガさんはぽてりと座り、前足で器用に海老マヨの手巻き寿司を掴むとぱくりと食べた。
「美味しいね」
「ホントですか? よかった」
もきゅもきゅと海老マヨを平らげたレムガさんは次に手を伸ばし、頬張る。私は喉が渇くだろうとほうじ茶を差し出した。
「お茶どうぞ」
「ありがとう──あつっ!」
レムガさんがまた白い煙に包まれ、人の形に戻ってしまった。
「わわっ! あ、熱かったですか!?」
「うん。あの姿だといつもより熱く感じるの。こっちなら平気」
そう言ってお茶を啜る。今度は大丈夫そう。
小動物の姿の時は猫舌なんだ。犬科っぽいのに。
「ご飯、ありがとう。ふふっ、懐かしいな。鈴乃もね、 いっぱいご飯作ってくれたの。ヒマワリのご飯は鈴乃の味がする」
「そうでしょうね」
おばあちゃんは料理が好きだった。
お母さんはおばあちゃんから料理を習い、私はお母さんから料理を習ったから、きっとおばあちゃんの味を受け継いだのだろう。
私は気になっていたことをレムガさんにぶつけた。
「レムガさんとおばあちゃんはどうやって知り合ったんですか?」
おばあちゃんが悪魔と出会った経緯。
どうしても気になる。おばあちゃんのことを明かす前に、それだけは知っておきたい。
レムガさんは湯飲みをお盆に戻すと、私と向き合い、にこりと笑った。
「鈴乃は僕を召喚したの」
召喚。悪魔を喚び出す……。
「一体なんのために?」
「……戦うため?」
疑問に疑問系で返された。戦うって……。
「誰とですか!?」
「『エメラルド』」
「エメラルド……?」
エメラルドってあれだよね? 緑色の宝石の。いや、この場合は何かの名前って捉えた方がいいよね。
「鈴乃たちは『偽りの使徒』って呼んでた」
「偽りの使徒……?」
聞きなれない言葉に思考が纏まらない。
うーん、学園長室でレムガさんが私並みに説明が苦手なのは分かってたけど。それ以前に出てくる単語が分からない。
「えーと、おばあちゃんはその『エメラルド』と戦うためにレムガさんを呼び出したということですか?」
「そう」
「倒せたんですか?」
「倒せた……と思う……」
予測なのはなにか事情があるのだろうか?
すると、レムガさんが驚くことを言った。
「あの時、僕は一度死んじゃったから」
「おかえりー。あら、どうしたの? その子」
帰宅するとお母さんがリビングから顔を出した。水色のエプロンをしてシュシュで髪を纏めている姿は夕飯の支度をしていたのだと分かる。
私が抱っこしているレムガさんを見たお母さんに訊ねられ、私は予め用意していた返答をした。
「ともにぃの知り合いから一晩だけ預かったの。いいでしょ?」
「あら、とも君の? 分かったわ。ちゃんと面倒見るのよ」
「はーい」
お母さんはそれ以上何も言わずにキッチンへ戻り、私は素早く靴を脱いで二階の自室へ向かった。
私は制服を脱いで着替え──その間レムガさんには後ろを向いてもらった──、レムガさんにお願いした。
「私は夕飯を食べてくるので、ここで待っていて下さい。あ、レムガさんもお腹空いてますよね。後でなにか持ってきます」
レムガさんはつぶらな瞳をぱちくりさせてから頷き、ベッドの上で丸まり、眠った。
普段、家族みんなで食事をするダイニングに行くと、お父さんがいた。私より早く帰ってきてるのは珍しい。
「ただいま、お父さん」
「ああ、おかえり。母さんに聞いたぞ。犬を預かったんだってな」
……犬。なるほど、お母さんはあの姿のレムガさんを犬と判断したのか。なら犬ということにしとこう。
「うん。ちょっと色々あって」
「そうか、後で見たいな」
私はぎくりとして慌てて言った。
「いや、慣れない環境で疲れてるから、ね?」
「そうか……」
お父さんが残念そうに肩をすぼめる。申し訳ないけれど、なにかの拍子でうっかりレムガさんが話したりしちゃったら大変だから、なるべくお父さんとお母さんに接触させないようにしないと。
そうこうしているうちにお母さんがダイニングテーブルに料理の乗ったお皿を並べ終え、みんなで座り、手を合わせていただきますをした。
今日の夕食はメインがエビフライでほかはレタスサラダに白米、豆腐の味噌汁といったメニューだった。
私は家族の談話もそこそこにそれらをお腹に収め、ごちそうさまをしてから食器を流しに置いた。
「お母さん、余ってる食材使ってもいい?」
「それはいいけど。ひょっとして足りなかった?」
「ううん。夜食用になにか作ろうと思って。ほら、月末中間テストあるから勉強しないと」
半分は嘘。お母さんごめんなさい。
もちろん、勉強はするし自分用のも作るけど、レムガさんの食事が一番の目的だ。
お母さんの許可を得て、私はキッチンに行き、自分用のひまわりのアップリケのついた黄色いエプロンをして炊飯器の中を見た。中にはまだ三分の一くらいのご飯が残っており、続いて冷蔵庫の中を確認する。
あ、エビフライの海老が残ってる。レタスもあるし、あれにしよう!
私はまな板の上に海苔を敷き、その上にご飯を置く。本当は酢飯の方がいいけれど、今回は普通の白米でいく。
そう、私が作るのは手巻き寿司だ。
ご飯の上にレタスを被せ、マヨネーズ絞り、海老を置いて巻く。これで海老マヨの完成だ。
次に、棚を漁ってツナ缶を見つける。お母さんがおかずの足しに買いだめしているものだ。これもマヨネーズと和えてツナマヨにする。
あとは……。もう一度、冷蔵庫を確認する。お父さんのおつまみ用のマグロの刺身とチーズ、他に納豆があった。うん、どれも手巻き寿司にぴったり!
そう思ったが、はっとして手を止めた。
納豆とか生魚ってレムガさん大丈夫かな? 外国の人は苦手な人多いって聞くけど……。悩んだ末に納豆と魚はやめて、チーズと卵、それからきゅうりを取り出して、卵は卵焼きにして纏めて巻いた。
結果、三種類の手巻き寿司とほうじ茶を淹れた湯飲みをお盆に乗せて私は自室へと戻った。
「レムガさん、起きてください」
「ん~? ふわぁあ……」
くぁーと大きな欠伸をしてレムガさんが起きた。
私が手巻き寿司の乗ったお皿目の前にを置くと、レムガさんはぽてぽてと近づいてきてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「美味しそう。これ、食べてもいいの?」
「もちろん。レムガさんのご飯ですから。苦手なものありませんか?」
「大丈夫だよ。僕、山葵以外なら食べられるから」
山葵が苦手なんだ。つーんとするもんね。
レムガさんはぽてりと座り、前足で器用に海老マヨの手巻き寿司を掴むとぱくりと食べた。
「美味しいね」
「ホントですか? よかった」
もきゅもきゅと海老マヨを平らげたレムガさんは次に手を伸ばし、頬張る。私は喉が渇くだろうとほうじ茶を差し出した。
「お茶どうぞ」
「ありがとう──あつっ!」
レムガさんがまた白い煙に包まれ、人の形に戻ってしまった。
「わわっ! あ、熱かったですか!?」
「うん。あの姿だといつもより熱く感じるの。こっちなら平気」
そう言ってお茶を啜る。今度は大丈夫そう。
小動物の姿の時は猫舌なんだ。犬科っぽいのに。
「ご飯、ありがとう。ふふっ、懐かしいな。鈴乃もね、 いっぱいご飯作ってくれたの。ヒマワリのご飯は鈴乃の味がする」
「そうでしょうね」
おばあちゃんは料理が好きだった。
お母さんはおばあちゃんから料理を習い、私はお母さんから料理を習ったから、きっとおばあちゃんの味を受け継いだのだろう。
私は気になっていたことをレムガさんにぶつけた。
「レムガさんとおばあちゃんはどうやって知り合ったんですか?」
おばあちゃんが悪魔と出会った経緯。
どうしても気になる。おばあちゃんのことを明かす前に、それだけは知っておきたい。
レムガさんは湯飲みをお盆に戻すと、私と向き合い、にこりと笑った。
「鈴乃は僕を召喚したの」
召喚。悪魔を喚び出す……。
「一体なんのために?」
「……戦うため?」
疑問に疑問系で返された。戦うって……。
「誰とですか!?」
「『エメラルド』」
「エメラルド……?」
エメラルドってあれだよね? 緑色の宝石の。いや、この場合は何かの名前って捉えた方がいいよね。
「鈴乃たちは『偽りの使徒』って呼んでた」
「偽りの使徒……?」
聞きなれない言葉に思考が纏まらない。
うーん、学園長室でレムガさんが私並みに説明が苦手なのは分かってたけど。それ以前に出てくる単語が分からない。
「えーと、おばあちゃんはその『エメラルド』と戦うためにレムガさんを呼び出したということですか?」
「そう」
「倒せたんですか?」
「倒せた……と思う……」
予測なのはなにか事情があるのだろうか?
すると、レムガさんが驚くことを言った。
「あの時、僕は一度死んじゃったから」
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