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第一章 カースドナイト

第五話 衝撃の理由

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「──心臓?」

 予想外の返答に、クローシィは心臓の胸元をまじまじと見つめる。
 人であれ、悪魔であれ、心臓は重要な臓器だ。
 魔族は人よりも頑丈で生命力が強いため、即死するという訳ではないが、それを失って平気な筈はない。しかし、シンの顔色は振る舞いは健康そのもので、黒い衣服の下に脈打つものがないというのは信じられない。
 だが、わざわざそんな嘘をつく理由も思い当たらない。クローシィはそのまま話の続きを待つことにした。

「そう。昔、ある魔術師とやり合って非っ常~~~~に! 遺憾だが! 俺様は敗れた。その時にそいつに心臓を奪われちまったんだよ」

 シンが悔しそうな表情で語る。

「それは、凄い話だな・・・・・・その魔術師は何故、心臓を?」

「おうおう、そこ訊きたいか? 訊きたいよなぁ。それには聞くも涙、語るも涙の話があるんだよ」

「聞くは呆れ、語るは間抜けの間違いじゃない?」

「うっせ!」

 クローシィが袖を目元に当て、泣き真似をしながら言うと、じとーっとした横目でエミーリアがつっこむと、シンはイーッと白い歯を見せた。

「で? その話とは?」

 話が脱線しないようにクローシィが先を促す。
 シンは一つ頷いてから、事の顛末を話始めた。

「あれは五百年程前──強くて凄くて最っ高な俺様は暇を持て余して人間界を放浪していた。そしたら、ある日変な魔術師に声をかけられて勝負を挑まれたんだ。まぁ、そういう命知らずな人間は珍しくもなかったし、毎回転がして玩具にしてやってたんだが、その魔術師はひょろいナリして結構な手練でな──結果、俺様は負けた。あ! 言っとくけどまぐれだからな! もし再戦してたら絶対俺様が勝ってたぞ! ──で、俺様を打ち負かした魔術師は俺様の心臓を抉り獲ってルビーを錬成した。魔族の肉体は金や宝石に錬成することが出来るからな。で、魔術師はそのままルビーにした俺様の心臓──悪魔の心臓ルビーハートを持ち去って行ったんだ」

「悪魔の心臓──魔族の肉体を元に錬成された宝石類は魔術の触媒としても価値があると聞くが──その魔術師は何の目的で心臓を? 手練とは言え、悪魔相手に勝負を挑むなどリスクもあるだろうに」

「金」

「──は?」

 簡潔過ぎる答えにクローシィは目を丸くした。
 心臓を奪っても悪魔は絶命しないが、奪われて平気な訳ではない。是が非でも取り戻そうとする筈だ。どんな腕が立つ魔術師であっても、報復のために悪魔に付き纏われる可能性がある真似はしないだろう。それなのに相手を完全に消滅させることもなく心臓を奪ったというのなら、余程の理由があると普通は思うだろう。
 なのに、金?
 確かに悪魔の心臓ならば、大金になるだろう。実際に人に害を成す魔族を狩り、その魔族から錬成した金や宝石を換金して生計を立てている者もいるが、悪魔相手であればリスクと報酬がつり釣り合わない。
 その魔術師の目的が分からず、クローシィは首を捻った。
 クローシィの心中を察したのか、シンはぶるぶると震える程強く拳を握り締め、額に青筋を浮かべながら補足した。

「そうだ。あいつあのクソ野郎──たかが、たかが金欠で! たまたま近くを通りかかった俺様に喧嘩売って心臓奪ってその心臓を売っぱらいやがったんだよ! しかもたった金貨百枚で! バッカじゃねーの!? この俺様の心臓だぞ! 価値の分かる魔術師なら金貨千枚どころか全財産つぎ込んででも欲しがる代物だぞ!? オークションでもどんなに低く見積もっても金貨五百枚から始まるくらいの超超超スーパーでハイパーでデラックスなスペシャルウルトラレアアイテムを! そこら辺の商人に値切られて金貨百枚! ふっざけんなァアアアアアッ!!!」

 当時のことを思い出したのか、シンは言葉尻に近づくにつれ怨嗟の声が深まって行き、最後には大きく上向いて怒りの雄叫びを上げたのであった。
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