3 / 18
3.第一報告は悪友でした。
しおりを挟む
婚約者との再会は感動の「か」の字もなく、それどころか婚約破棄することになった。
積年の『お前名前間違ってやがるぞ』問題にケリをつけることの出来たアリシアは、すっきりしたもののこれから婚約破棄についての報告や手続きが待っていると思うと真っ直ぐ家に帰る気にもならず、憂さ晴らしに街へ向かった。
名前も知らない人々の雑踏。アリシアに目もくれずにすれ違っていく人々。そこに溶け込む自分。
干渉されることなく大きな流れに身を委ねることの心地よさに、自然とアリシアの足は自然と軽くなっていく。
「んー♪ やっぱ街はいい。ちょっと気分アガってきたかも。うん! こういう時は美味しいもの食べてー、デザートに甘いもの食べてー、ウィンドウショッピングして目の保養してー、オペラでも聞いてさっきのクッソくだらないアホの言葉を頭から追い出そうっと! その後はやっぱりゆったりと古書店巡りよねー。新規開拓するのもいいなぁ。アメルフォニアの銀の章、あと二節でコンプだし♪」
一際賑わっている大通りへ出て、飲食店を物色していると喧騒の中にアリシアを呼ぶ声があった。
「あれ? シアじゃん。また脱走してきたん?」
「フレッド。今回は違うわよ。予定がちょっぱやで終わったのと、気分転換したくてとりあえず腹拵えしようとしてたとこ。そっちこそ、まーた抜け出して来たんでしょ?」
「そうそう! 聞いてくれよ、シア! 今日さー、乗馬の稽古って言われて意気揚々と馬車に乗り込んだら練習場と真逆に進んで「あれ?」って思ったら危うく見合いさせられるとこだったんだよ。騙し討ちとか酷いと思わない? あったま来たから逃げてきた」
してやったりと両手でピースサインをつくっている青年の名はアルフレッド。
アリシアの幼馴染みにして悪友である。
着ている服は上等な絹の礼服だが、ネクタイは首に掛けているだけ。シャツの釦は三つ開けられ、細かな金の刺繍が施された濃紺の上着に至っては皺になるのも気にせず腰に巻きつけられている。
動く度に後ろで編んだ金の尻尾が揺れる。目尻の垂れた蜜色の瞳は蠱惑的で、黙っていたら世慣れた青年に見えるが、口を開けば艶めかしさもシャボン玉のように消える。
「また? なんて言うか、どっちも懲りないわよね……ゆうて、いつまでも逃げられないんだからそろそろ一回くらい真面目に受けたら?」
「やだよ。まだ遊びたいもん。だいたいさー、家のために滅私奉公なんて性に合わないんだよ」
「気持ちは分かるけどねー」
「だろだろ? で、シアは何の用だったの? そのコートの下、めっちゃ豪華なドレスじゃん。シア、ゴテゴテしたのら動きづらいからって夜会とかでもシンプルなドレスばっかなのに」
「あー、これ?」
ロングコートの裾から覗く白とピンクのレースを何枚も重ねたドレスの存在を目敏く見つけたアルフレッドに指摘され、アリシアはコートの裾を少しだけ引っ張り上げた。
街中でいかにも貴族ですという格好をしていたら目立つし、物取りのかっこうの餌食になってしまう。
その対策としてアルフレッドが服をわざとだらしなく着崩しているように、アリシアはドレスをコートで覆い隠している。
とはいえ、これは突発的に街へ出た時の対策で、普段は人混みに溶け込める服装を選んでいるが。
アリシアの趣味ではないドレスに、何か特別なことがあったと勘づいたアルフレッドは好奇心を宿した目をしている。
婚約破棄の話は現段階ではアリシアとボッドの間のみで交わされたものであり、他に知る者はいない。両家すらまだ把握していないことだ。
真っ先に伝えるべきは父親なのだが、アリシアはあっさりと答えた。
「ボッド様が帰ってきたから会いに行ってきたんだけどさぁ、なんだかんだで婚約破棄することになった」
積年の『お前名前間違ってやがるぞ』問題にケリをつけることの出来たアリシアは、すっきりしたもののこれから婚約破棄についての報告や手続きが待っていると思うと真っ直ぐ家に帰る気にもならず、憂さ晴らしに街へ向かった。
名前も知らない人々の雑踏。アリシアに目もくれずにすれ違っていく人々。そこに溶け込む自分。
干渉されることなく大きな流れに身を委ねることの心地よさに、自然とアリシアの足は自然と軽くなっていく。
「んー♪ やっぱ街はいい。ちょっと気分アガってきたかも。うん! こういう時は美味しいもの食べてー、デザートに甘いもの食べてー、ウィンドウショッピングして目の保養してー、オペラでも聞いてさっきのクッソくだらないアホの言葉を頭から追い出そうっと! その後はやっぱりゆったりと古書店巡りよねー。新規開拓するのもいいなぁ。アメルフォニアの銀の章、あと二節でコンプだし♪」
一際賑わっている大通りへ出て、飲食店を物色していると喧騒の中にアリシアを呼ぶ声があった。
「あれ? シアじゃん。また脱走してきたん?」
「フレッド。今回は違うわよ。予定がちょっぱやで終わったのと、気分転換したくてとりあえず腹拵えしようとしてたとこ。そっちこそ、まーた抜け出して来たんでしょ?」
「そうそう! 聞いてくれよ、シア! 今日さー、乗馬の稽古って言われて意気揚々と馬車に乗り込んだら練習場と真逆に進んで「あれ?」って思ったら危うく見合いさせられるとこだったんだよ。騙し討ちとか酷いと思わない? あったま来たから逃げてきた」
してやったりと両手でピースサインをつくっている青年の名はアルフレッド。
アリシアの幼馴染みにして悪友である。
着ている服は上等な絹の礼服だが、ネクタイは首に掛けているだけ。シャツの釦は三つ開けられ、細かな金の刺繍が施された濃紺の上着に至っては皺になるのも気にせず腰に巻きつけられている。
動く度に後ろで編んだ金の尻尾が揺れる。目尻の垂れた蜜色の瞳は蠱惑的で、黙っていたら世慣れた青年に見えるが、口を開けば艶めかしさもシャボン玉のように消える。
「また? なんて言うか、どっちも懲りないわよね……ゆうて、いつまでも逃げられないんだからそろそろ一回くらい真面目に受けたら?」
「やだよ。まだ遊びたいもん。だいたいさー、家のために滅私奉公なんて性に合わないんだよ」
「気持ちは分かるけどねー」
「だろだろ? で、シアは何の用だったの? そのコートの下、めっちゃ豪華なドレスじゃん。シア、ゴテゴテしたのら動きづらいからって夜会とかでもシンプルなドレスばっかなのに」
「あー、これ?」
ロングコートの裾から覗く白とピンクのレースを何枚も重ねたドレスの存在を目敏く見つけたアルフレッドに指摘され、アリシアはコートの裾を少しだけ引っ張り上げた。
街中でいかにも貴族ですという格好をしていたら目立つし、物取りのかっこうの餌食になってしまう。
その対策としてアルフレッドが服をわざとだらしなく着崩しているように、アリシアはドレスをコートで覆い隠している。
とはいえ、これは突発的に街へ出た時の対策で、普段は人混みに溶け込める服装を選んでいるが。
アリシアの趣味ではないドレスに、何か特別なことがあったと勘づいたアルフレッドは好奇心を宿した目をしている。
婚約破棄の話は現段階ではアリシアとボッドの間のみで交わされたものであり、他に知る者はいない。両家すらまだ把握していないことだ。
真っ先に伝えるべきは父親なのだが、アリシアはあっさりと答えた。
「ボッド様が帰ってきたから会いに行ってきたんだけどさぁ、なんだかんだで婚約破棄することになった」
81
あなたにおすすめの小説
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
裏切者には神罰を
夜桜
恋愛
幸せな生活は途端に終わりを告げた。
辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。
けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。
あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる