貴方にずっと言いたかったことがあるんです。

夢草 蝶

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3.第一報告は悪友でした。

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 婚約者との再会は感動の「か」の字もなく、それどころか婚約破棄することになった。
 積年の『お前名前間違ってやがるぞ』問題にケリをつけることの出来たアリシアは、すっきりしたもののこれから婚約破棄についての報告や手続きが待っていると思うと真っ直ぐ家に帰る気にもならず、憂さ晴らしに街へ向かった。
 名前も知らない人々の雑踏。アリシアに目もくれずにすれ違っていく人々。そこに溶け込む自分。
 干渉されることなく大きな流れに身を委ねることの心地よさに、自然とアリシアの足は自然と軽くなっていく。

「んー♪ やっぱ街はいい。ちょっと気分アガってきたかも。うん! こういう時は美味しいもの食べてー、デザートに甘いもの食べてー、ウィンドウショッピングして目の保養してー、オペラでも聞いてさっきのクッソくだらないアホの言葉を頭から追い出そうっと! その後はやっぱりゆったりと古書店巡りよねー。新規開拓するのもいいなぁ。アメルフォニアの銀の章、あと二節でコンプだし♪」

 一際賑わっている大通りへ出て、飲食店を物色していると喧騒の中にアリシアを呼ぶ声があった。

「あれ? シアじゃん。また脱走してきたん?」

「フレッド。今回は違うわよ。予定がちょっぱやで終わったのと、気分転換したくてとりあえず腹拵えしようとしてたとこ。そっちこそ、まーた抜け出して来たんでしょ?」

「そうそう! 聞いてくれよ、シア! 今日さー、乗馬の稽古って言われて意気揚々と馬車に乗り込んだら練習場と真逆に進んで「あれ?」って思ったら危うく見合いさせられるとこだったんだよ。騙し討ちとか酷いと思わない? あったま来たから逃げてきた」

 してやったりと両手でピースサインをつくっている青年の名はアルフレッド。
 アリシアの幼馴染みにして悪友である。
 着ている服は上等な絹の礼服だが、ネクタイは首に掛けているだけ。シャツの釦は三つ開けられ、細かな金の刺繍が施された濃紺の上着に至っては皺になるのも気にせず腰に巻きつけられている。
 動く度に後ろで編んだ金の尻尾が揺れる。目尻の垂れた蜜色の瞳は蠱惑的で、黙っていたら世慣れた青年に見えるが、口を開けば艶めかしさもシャボン玉のように消える。

「また? なんて言うか、どっちも懲りないわよね……ゆうて、いつまでも逃げられないんだからそろそろ一回くらい真面目に受けたら?」

「やだよ。まだ遊びたいもん。だいたいさー、家のために滅私奉公なんて性に合わないんだよ」

「気持ちは分かるけどねー」

「だろだろ? で、シアは何の用だったの? そのコートの下、めっちゃ豪華なドレスじゃん。シア、ゴテゴテしたのら動きづらいからって夜会とかでもシンプルなドレスばっかなのに」

「あー、これ?」

 ロングコートの裾から覗く白とピンクのレースを何枚も重ねたドレスの存在を目敏く見つけたアルフレッドに指摘され、アリシアはコートの裾を少しだけ引っ張り上げた。
 街中でいかにも貴族ですという格好をしていたら目立つし、物取りのかっこうの餌食になってしまう。
 その対策としてアルフレッドが服をわざとだらしなく着崩しているように、アリシアはドレスをコートで覆い隠している。
 とはいえ、これは突発的に街へ出た時の対策で、普段は人混みに溶け込める服装を選んでいるが。
 アリシアの趣味ではないドレスに、何か特別なことがあったと勘づいたアルフレッドは好奇心を宿した目をしている。
 婚約破棄の話は現段階ではアリシアとボッドの間のみで交わされたものであり、他に知る者はいない。両家すらまだ把握していないことだ。
 真っ先に伝えるべきは父親なのだが、アリシアはあっさりと答えた。

「ボッド様が帰ってきたから会いに行ってきたんだけどさぁ、なんだかんだで婚約破棄することになった」
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