花間の高手

きりしま つかさ

文字の大きさ
216 / 262
0200

第0216話 罪の証拠

しおりを挟む
「秋羽……強盗にやられて意識が戻らないのよ、どうしようかしら」夏蘭は涙目になりながら訴えた。

頬を伝う涙が止まることなく零れ落ちる。

林雪珊が心配そうに言う。

「趙伯様、そっと診てあげてください。

秋羽は重傷じゃないのに昏睡状態なのよ」

「落ち着いて──」趙伯が近づき、秋羽の頬を覗き込むように見つめた。

彼女は穏やかな表情で目を閉じていた。

趙伯は人中を強く押さえつけた。

間もなく秋羽がうっすらと息を吐いた。

「ん……」と目を開けた瞬間、頭の痛みに眉をひそめる。

上を見上げると周囲の人々が集まっていることに気づく。

「あ、秋羽君が起きてくれた──」夏蘭が涙を拭いながら声を上げる。

彼女の頬はまだ涙で光っていた。

林雪珊が優しく尋ねた。

「小羽ちゃん、大丈夫?」

秋羽が目を開いたのは趙伯の手技によるものだが、舌下に嚢入した薬丸も効果があった。

彼は自制してそれを飲み込みながら答えた。

「大丈夫よ。

只、その強盗を逃がしたのが残念だわ」

林雪珊が安堵の表情で言う。

「捕まらなくても──君が無事ならそれでいいのよ」

「ああ、本当に驚いたわ。

私はもうどうしようかと思ったの」夏蘭は涙ながらに語る。

雨に打たれた梨花のように儚げな姿だった。

秋羽は胸中でため息をついた。

彼女がこんなにも心配してくれていることにようやく気づいて──

「一体何があったのかしら?」

趙伯が震える声で尋ねた。

強盗の侵入という話を聞いた途端、怒りに顔を歪めた。

「この狂った奴め!うちの物は全て奪うつもりだったんだろうか!私が捕まえたなら足を折ってやるわ」

「天ああ、本当に小偷が家に入ってきたなんて──」小蓮が驚きの声を上げた。

林雪珊が落ち着けるように言った。

「秋羽君が追い払ったから大丈夫よ。

みんなで休息を取ろう」

しかし趙伯は頑として諦めなかった。

「そんなことは許せないわ!私は必ずその野郎を見つけ出すわ」──この老婦人の若い頃の姿もまた烈しいものがあった。

地下室から鷹牌ダブルバレルライフルを取り出し、庭を隈なく捜索する。

秋羽が無事だったため小蓮は先に帰宅した。

部屋には秋羽と二名の姫たちだけが残る。

夏蘭が窓戸を閉めながら尋ねた。

「秋羽君、その強盗って凄い腕前よね?あなたでも負けていたのかしら」

醒神丸の効果で回復した秋羽は起き上がり、林雪珊が枕を背もたれに押し当ててくれた。

彼女は優しく言った。

「小羽ちゃん、そこへ座りなさい」

「ん──」と秋羽は苦々しい表情で答えた。

「その強盗は確かに腕前があるわ。

でも私が負けていたのは暗算のせいよ。

安心して──必ず捕まえるわ」

林雪珊が頷く。

「君がいれば──私たちは怖がらないわね。

父様の目は本当に確かだったわね、あなたが夏蘭と林家を守ってくれるなんて」

その言葉に夏蘭も頷いた。

彼女は姪の言う通り、有難くも恐ろしい存在であることを悟った──謎の強盗が現れたという緊張感も、秋羽がいれば安心できるのだ。



秋羽は肩にのしかかる重荷をさらに強く感じ、同時に決意を固めた。

二人の少女と林家全体を守り抜くことが自分の使命だと。

休息した後、彼は言った。

「窃盗犯が夜中に怯えて来ないだろうから、私は部屋に戻って寝る。

おふたりも早く休まれた方がいい」。

立ち上がろうとしたその時、林雪珊が手で彼を押さえつけた。

「動かないで、あなたは怪我をしているんだから。

先ほど意識を失っていたのだから、帰らないように。

ここで寝なさい。

私が残ってお世話します。

蘭蘭さん、私の部屋に行ってください。

明日学校があるでしょう」

「私は行きたくない……」夏蘭が頬を染めて言った。

「私も彼をお守りしたいんです」

林雪珊は微笑んで頷いた。

「分かりました」

秋羽は驚きを感じた。

二人の姫君が自分を特別にケアするなんて、まるで王様のような気分だった。

慌てて断った。

「大丈夫です、本当に。

おふたりは早く寝なさい」

夏蘭は眉をひそめて言った。

「何が大丈夫なのよ?手から血が出ているのよ。

素直に横になってください。

私たち二人で看病しますわ。

楽しく過ごしましょう」

秋羽は笑って頷いた。

「うん、すごく温かい感じだわ。

家族のような気がするわ」

彼女の目線が姉妹たちの美しい顔を巡った時、もし自分がこの家に住み、彼女たちを妻にするならどれほど幸せだろうかと考えた。

二人の美女はその思考を知っているのかどうか分からないが、林雪珊は笑って言った。

「ここを自分の家にしてください」

「えーと……」秋羽はため息をついた。

「少し怪我をしているだけなのに、こんなに特別な扱いを受けているなんて。

でもまあ、仕方ないわね」

夏蘭は唇を尖らせて言った。

「そんなことより、あなたは私の蘭姐さんよ。

彼女は雪珊姐さん」

秋羽は笑って頬を膨らませた。

「そうだったの?覚えていないわ」

林雪珊が「まあ」と言いかけた瞬間、夏蘭は sẵり気な声で言った。

「いいえ!私は姉さんよ!彼女は私の蘭姐さんよ!」

秋羽は笑いながら体をベッドの中に寄せた。

「雪珊さん、蘭さん。

こんな時間なのに、おふたりも疲れているでしょう。

少し休んでください」

「蘭姐さん」という呼びかけに夏蘭の顔が輝いた。

「まあ、あなたは本当に優しいわね。

この大きなベッドなら三人で寝られるわよ。

雪珊さん、一緒に休もうか」

林雪珊は頷いて言った。

「分かりました」

ベッドには二人の姫君の体があった。

林雪珊はベッドの端に斜め座り、夏蘭は足元に横たわり、秋羽と三角形を形成していた。

眠気を感じさせないよう会話を続けながら、いつの間にか幻山時代の思い出話が始まった。

秋羽は滔々と語り始めた。

幻山で十数年過ごしたから楽しいエピソードがたくさんあるのだ。

少年時代に五人の老人達と遊んだこと、深山で狩猟したこと、市場で人々を診察したこと……

二人の姫君は興味津々に聞き入った。

狼群と戦う場面では心配そうに声を上げ、老人たちからの暴力を受けた時には怒りが込み上げたが、彼のユーモラスな復讐方法には笑いが出た。

深夜三時過ぎ、二人の少女は睡魔に勝てず昏々と眠りについた。

秋羽はそっと起き上がり、姫君たちの足元から靴を外し、体勢を正して毛布で覆った。

そして自分も香ばしいベッドに入り、目を閉じた。

翌朝、林雪珊が目覚めた時、隣には夏蘭と秋羽がいた。

彼女は笑みを浮かべて言った。

「あなたたち二人は本当に仲良く眠っていたわね」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ
恋愛
クラス一の美少女・強羅ひまりには、誰にも言えない秘密がある。 実は“売れない地下アイドル”として活動しているのだ。 偶然その正体を知ってしまったのは、無愛想で怖がられがちな同級生・兎山類。 けれど彼は、泣いていたひまりをそっと励ましたことも忘れていて……。 不器用な彼女の願いを胸に、類はひまりの“支え役”になっていく。 真面目で不器用なアイドルと、寡黙だけど優しい少年が紡ぐ、 少し切なくて甘い青春ラブコメ。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...