闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

文字の大きさ
1,079 / 1,458
1100

第1113話 銅片

しおりを挟む
在蕭炎の姿が階段から消えた瞬間、赤袍の老者は口を開かなかった。

彼の中では些か葛藤があったものの、そのような取引は誰が耐え抜くかで得するものだという事実を理解していた。

獲物を捕らえるための策略は皆慣れている。

互いに我慢比べをして、相手が限界に達した瞬間に真の勝者となるのがこの場所の常識だった。

赤袍老者の沈黙に驚くべきことではない。

蕭炎はそのことに動揺せず、そのまま最上階へ向かって進んだ。

最上階への階段口には二人の老者が立っていた。

彼らの和やかな表情とは裏腹に、着ている衣装からこの取引会場の関係者であることが分かる。

胸元には錬金術師の紋章はなく、しかし周囲に広がる圧倒的な斗気からは明らかに二人とも強力な斗宗級の実力を持つことが窺えた。

その老者が蕭炎一行を見た時、まず驚きを顔に出した。

彼等の胸元にある輝く七品錬金術師の紋章が彼らの目を引いたからだ。

近年若い七品錬金術師は稀だったためである。

視線を蕭炎から外し、葉重と小医仙、天火尊者に移すと、特に後二人を見た瞬間に彼らの瞳孔が僅かに縮まった。

その二つの存在からは斗尊級の凄まじい気配を感じ取れたからだ。

「どうぞお上がりください」黄袍の老者が率先して挨拶をした。

蕭炎は笑みを浮かべて会釡し、頷いた。

「皆様は初めてこの錬金術師取引会に来られたのですか?」

黄袍の老者は笑顔で尋ねた。

「まさか、最上階へのアクセスには常連客が必要ですか?」

蕭炎が眉をひそめて問いかけると、「ふふ、冗談です。

皆様が最上階へお越しいただければどうぞ」と老者が頭を下げて誘った。

実力は確かだが、最上階にいるのはいずれも油断ならない存在だという認識から、黄袍の老者は彼らを案内する手を差し出した。

その後ろについて階段を上がると、短い二十メートルにも満たない距離で五度もの隠れ蓑鞭が彼らの周囲に向けられた。

蕭炎は内心「この錬金術師取引会には確かに背景がある」とつぶやきながら最上階への最後の一歩を踏み出した。

噂の最上階は二階より狭く、三階より華美ではない。

淡い青色の温玉が敷き詰められ、足元に触れるたびに心地よい涼しさが全身に広がる。

その空間には稀少な人々しかいない。

一目で十人程度と数えられるだけだった。



数十人程度の実力者とはいえ、蕭炎はその意味を理解していた。

この「数十人」が外で見れば、個々が一定以上の実力を誇る強者や薬師たちだ。

頂上階に現れた彼らの姿はすぐに注目を集め、視線が集まった。

胸元の紋章と小医仙らを見た瞬間、皆の目に驚きが走った。

今年の七品中級薬師という若手実力者に加え、二名の斗尊強者がいるこの編成は相当な強さだ。

一体どこから来た豪族だろうか。

当然、彼らの好奇心はあるものの頂上階でのルールを理解していたため、単純に質問するなど無粋な真似はしなかった。

ここではそのような行為が忌み嫌われるのだ。

「ふふふ、何か必要なものがあれば声をかけてください。

たまには情報を提供できるかもしれませんよ」

黄袍の老者(こうほうろうしゃ)が笑いながら言った。

話を聞いた蕭炎は一瞬考え込み、頷いた。

「二種類の薬材が必要です。

万年青霊藤と雪骨参です」

「万年青霊藤……雪骨参……」黄袍老者が呟き、しばらく黙り込んだ。

「どちらも希少な薬草ですね。

おそらく高級丹薬を作るために使うのでしょう。

万年青霊藤については情報がありませんが、この雪骨参は……運が良かったと言えますね。

今日頂上階で取引される品物の中に恰好一株あるようです」

「おや?」

蕭炎の目が光った。

単なる質問に返ってきたのは予想外だった。

「ふふふ、どうぞご案内します」黄袍老者が笑いながら北東の角へ向かう。

蕭炎は三人を連れて後を追った。

しばらく歩くと頂上階の北端にある玉石台(ぎょせきだい)に到着した。

そこから漂ってくる冷たい気流が周囲の温度を下げていた。

玉石台上には零細に薬材や巻物、丹薬などが並んでいた。

どれも平凡な品ではないようだ。

その周りには人々が集まっていて、明らかに興味津々だった。

蕭炎は玉石台を見ずに玉台後ろの灰髪老者(かいはらろうしゃ)に視線を向けた。

その男は汚れた服を着ており、無精な様子で玉台上に寝そべり、周囲の注目も気にせず耳掃除をしている。

「ふふふ、燕老(えんろう)、今日はご機嫌いかがですか?」

黄袍老者が玉台近くまで近づき、灰髪男に向かって笑った。

「くっさい屁(へ)!皆が見ているだけじゃなくて買うやつもいない。

高いから嫌だと言っているんだよ。

吐き気のするような価格だぜ。

下で安く売ればいいんだよ」

灰髪老者は白目を剥いて、床に唾を吐いた。

その光景を見て周囲の人々は困った表情になったが、ここでは喧嘩をするわけにはいかないため、不自然な笑みを浮かべて去っていった。

蕭炎もその態度に驚き、相手の胸元を見やった。



同じく七品勲章だが、今回は七品上位のものだ。

明らかにその人物は七品上位の薬師である。

『この方』、これが求めた雪骨参です。

ただ燕老は物価が高いため、心理的準備が必要でしょう。

黄袍の老人は寒気が漂う玉台を指し示した。

そこには白い人参が静かに横たわっている。

その体全体が骨のように白く、まるで宝石のような輝きを放っていた。

炎の目はその雪白い人参を見詰め続けた。

しばらくしてゆっくりと頷いた。

その人参から流れている光の動きを見る限り、確かに雪骨参であることは間違いない。

『見ないか?』この方には偽物はないぞ。

買う気があるのか?』汚らしい老人は炎をちらりと見た後、胸に刻まれた勲章に視線を留めたまま笑みを浮かべた。

『雪骨参を得るためには七品上位の薬が必要だ』。

その言葉に炎は眉根を寄せた。

七品上位の薬とは、この老人もとんでもないことを言い出したようだ。

『お爺さん』、雪骨参は確かに貴重だが、それを薬にするならせいぜい七品中級程度でしょう。

他の希少な素材が必要になるはずです。

ただ人参一株でその価格というのは高すぎるのではないでしょうか?』炎は笑みを浮かべて言った。

『ふん、若造が口うるさいな。

確かにその通りだ。

今回は七品中級に値下げする』ただし、私が気に入った薬が必要だ』老人は笑いながら言葉を変えた。

明らかに先ほどの七品上位という話は人を煙にまかすためのものだった。

その返答に炎は頷いた。

七品中級なら受け入れられる条件だが、すぐに承諾するわけではなかった。

玉台を見回し始めた。

この汚らしい老人の売り物は確かに高価なものばかりだ。

他の希少な素材も同様で、それらの値段は雪骨参と変わらないだろう。

視線を引き上げようとしたその時、炎の目に玉台の隅に淡黄色の銅片が映った。

その表面には緑色の錆びがあり、よく見れば奇妙な紋様が刻まれている。

他の売り物はどれも目を引くものばかりだが、この銅片だけはごみのような存在だ。

炎はその銅片に視線を留めた眉根を寄せた。

詳細に観察しても異常さを見つけることはできなかった。

ただそれほど普通な感じがするのである。

逆にそれが不自然だと直感的に感じていた。

『炎』、もし可能ならこの銅片を得てほしい。

その紋様は遠古の時代にしか現れないものだ。

具体的な用途は分からないが、遠古に関連するものは単純なものではない』天火尊者の声が脳裏に響いた。

炎は驚きを隠せなかったが表情を変えずに頷いた。

漆黒の瞳の中に誰も気づかない熱い光が浮かんだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...